強者との戦闘
お待たせしましたー!
ようやっと更新再開です!
鉄扇を構えた褒姒は躊躇いなく襲撃者へと突っ込んでいった。
辟方と彼女の会話を黙って眺めていた彼は、褒姒の攻撃を受ける前に短剣を投げて彼女の勢いを殺すと、面白そうに笑って距離を取る。
「あんた后なのに雄々しいな。まぁ、代々茜帝の后は変わったのが多いけど。……なかなかじゃじゃ馬な后だ!」
言い終わると同時に今度は襲撃者が踏み込んできた。
長剣を巧みに操り、繰り出される素早い攻撃を鉄扇でいなしつつ躱していく。
すると、焦れたのか襲撃者は大胆に懐に踏み込んできた。
横に一閃した剣を褒姒が躱すと彼はそのまま更に踏み込み、左手に持った短剣で切り上げてくる。それを半身を下げて更に躱すと、逆手に持ち替えた長剣の柄が褒姒のわき腹に叩き込まれた。
「ぐっ!!」
強打された衝撃に一瞬息が詰まる。
だがすぐにわき腹を抉った右手の長剣が閃くのに気付き、褒姒は慌てて背後に飛び退った。しかし相手の動きの方が早く、身に纏っていた羽織の胴部がはらりと切れる。
襲撃者は彼女の追撃はせずに長剣の腹で肩をトントンと叩きながら、羽織の切れた部分を見ていた。
「へぇ……そんな格好でも仕込んでるのか。流石は管家の娘だな」
「そう言う君は正規の兵士の動きじゃないね」
褒姒は相手の視線に気付き、切れた服の間から僅かに覗く胴当てを隠しつつ、鉄扇を構え直す。
右足で強く地面を蹴り素早く突っ込むと、襲撃者の間合いに入った処で空かさず彼の長剣が襲ってきた。それを鉄扇で受け止め、そのまま鉄扇を剣の柄の方まで滑らせて襲撃者の懐に潜り込む。
敵の懐で褒姒が素早く左手の短剣を突き出すと、襲撃者は身を退いて難なくそれを躱した。だが褒姒は更に速く身体を回転させると、右手の鉄扇を片手で開いて遠心力を使って切り上げた。
鉄扇の刃が襲撃者の服と左頬を切り裂くと、そこに追い討ちをかけるように褒姒の左足が彼の鳩尾に減り込み、彼の身体が後に吹っ飛んだ。
勢いのまま地面に倒れた襲撃者は、しかし「ゲホッ」と咳をひとつしてすぐに立ち上がった。顔を顰めて鳩尾を摩った後、頬の傷口から垂れた血を拳で乱暴に拭う。
「ちょっと舐めてたな……予想以上じゃないか」
「かすり傷程度でそんなこと言われても嬉しくない」
今のは完全に褒姒を下に見ている発言だ。侮辱と言ってもいい。
しかも、先の攻撃ではほとんど傷を負わせられなかった。特に最後の鳩尾への蹴りは、打撃に合わせて襲撃者が自ら後方に飛んだせいで完全に威力を殺がれてしまっていた。
それが余計に腹立たしい。
(相性最悪な上に私より強いって……素敵筋肉じゃないくせに生意気な!! あんな奴チビ黒で充分だ!! ……しかし宿元以外にもいたんだなぁ、母様よりも強い奴)
と、褒姒が考えている間にトントンと軽快なリズムで小刻みに飛び跳ねていたチビ黒は、それを止めてふぅっと大きく息を吐き出した。
その後ゆっくりと顔を上げたチビ黒は、顔に張り付く笑顔を鋭い瞳が完全に裏切っていた。
本気になった彼が醸し出す殺気に褒姒の背筋がゾクゾクする。
「楽しみがなくなるからな。潰れないでくれよ?」
「っ!!」
獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべて宣言したチビ黒は、身体からふっと力が抜けたかのように腰を落とすと、一瞬後にはその場からいなくなっていた。
褒姒は身体が反応するままに鉄扇を振り下ろす。下から切り上げようと迫っていたチビ黒の剣とぶつかった鉄扇は、ガキィンと高い音を立てて勢いよく弾かれ、それに釣られた褒姒は体勢を崩した。
身体が反れてたたらを踏んだ褒姒の背後から再び襲ってくるチビ黒の剣を無理矢理身体を捻って避ける。だが、そのせいで更に体勢を崩し倒れそうになった褒姒は、牽制のために左手の短剣をチビ黒に放り、追撃をかけようとしていたチビ黒の手足を止めると、その間に左手を使ってバク転、彼との距離を取った。
先ほどまでとは段違いの速さで攻めて来る相手に、褒姒は背筋が冷えるのを感じながらも、内心から湧き上がる衝動を抑えきれないでいた。口角が上がり、唇が弧を描くのを止められない。
本来の目的を忘れて、この楽しみに集中してしまいそうだ。
そう。
どれだけ腹立たしかろうが、チビ黒は強い。……チビだけど。
自分の身体の使い方を知っている。身体が小さいという短所すら最大限利用し、敵を翻弄して打ち負かすその様は、チビ黒の性格も相まって極められ、いっそ感心するほどだ。
正直なところ、見習いたいとも思う。絶対に口にはしないが。
そのため、これ以上戦うと趣味に走ってしまいそうな褒姒は、取り敢えず時間を稼ぐ事を第一に考え声を出した。
「チビ黒君」
「ちび……?」
思わず心中で使っていたあだ名で呼びかけてしまった褒姒は、チビ黒が怪訝そうにこちらに視線を向けるのを見て、どうしようかと視線を泳がせる。
「あー……、背が低いことを貶める言葉よ」
「あ゛あ゛? 喧嘩売ってんのか?」
嘘を付くようなことでもないと思ったので結局褒姒は正直に答えた。
だが、案の定その答えを聞いたチビ黒の目が釣り上がり、殺気混じりに睨みつけられる。
褒姒はそれに困ったように笑って答えた。
「そういう訳じゃないんだけど……。じゃあ名前教えてよ」
「はぁ? それで教える馬鹿が何処にいるんだよ?」
「じゃあチビ黒でいいのね」
「……」
そう言って褒姒がにっこり笑っても、チビ黒の表情は変わらない。額に青筋が浮いてはいるが。
だが、先刻よりも低くなった声で言い返してくるチビ黒は確実に憤っていた。
「いい度胸だな。そのふてぶてしさは親譲りか?」
「失礼な。私を父様たちと同列に語らないでくれる? 父様たちに対する侮辱よ!」
「……怒るところはそこなのか?」
心外だ、と憤る褒姒に呆れるチビ黒。
今の遣り取りによって、辺りに漂っていた殺伐とした殺気や雰囲気がキレイに流さたのを認識した褒姒は、無邪気な笑顔を浮かべたまま新たな話題を振る。
「それよりも私、君に聞きたいことがあるんだよね」
「俺に興味あるんだ? へぇ……それはそれは光栄だなぁ。それで? 俺に何を聞きたいって?」
すっかり初めのにやにや顔に戻ったチビ黒が猫撫で声で聞き返してくる。
思わずイラっとした褒姒の眉間に皺が寄った。
だが、すぐに表情を戻すと褒姒はじっとチビ黒を見つめて笑いながら尋ねる。
「私、前にその戦い方をする奴を見たことがあるんだよね」
「へぇ?」
反応の薄いチビ黒に、褒姒は目を眇めて追い打ちをかける。
「君、“白鯨”にいたでしょ?」
「……さぁ?」
「しかも“暴虎”の部隊に」
「……」
「“暴虎”の元部下君。君はどうして生きているのかなぁ?」
褒姒の笑い混じりの問いにチビ黒は表情を消して口を噤んだ。
そこで黙り込んだら肯定でしょ、と相手の呆気ない自白に内心首を傾げながら、褒姒はふふんとチビ黒を鼻で笑う。
「しらばっくれる気? まぁ、いいけどね」
そう言った褒姒をただじっと見ていたチビ黒は、しばしの沈黙の後、今までの唇の片端を上げる嫌な笑いとは違う、ふっと気の抜けたような笑顔を見せて肩を竦めた。
「ふぅ。箱入り娘のくせに妙なことを知っているんだな?」
年相応のその笑顔に褒姒は毒気を抜かれ、思わず戦闘態勢を解いて片手で頬を掻いてしまう。
こんな態度を取られるとは思っていなかった――というか空惚けるとしか考えていなかった褒姒は、次にどうすればいいのか分からなくなった。
取り繕うようにへらりと笑ってみる。
その笑顔にぶふっと噴き出したチビ黒は、再びにやりと笑った。
「でも――――まだまだ甘い」
間を空けて後半の言葉を低く呟くと同時に、チビ黒が片足で強く地面を蹴り踏み込んで来る。
ビシビシと感じる殺気に本気を感じて褒姒は内心でヒイッと悲鳴を上げる。
(何コレ?! もしかしなくても私地雷踏んだ? さっきまでと全然違うじゃない! なにこの殺る気満々なオーラ!!)
当初の目的を大きく外れた事態に流石の褒姒も顔を顰めた。
鉄扇と短剣で応戦するも本気で命の危険を感じる。これが戦いを楽しめる状況ならまだ違うのだが、戦いを楽しめない上に命を危険に晒すなんて無意味な自虐趣味はない。
うわー、どうしよう……とどこか余裕そうな感じで内心呟いてみるも、どうにもこうにも打開策がない。
何より、この1対1が長期戦になれば確実に負ける。
ただでさえ女と男であるがために体力や腕力、膂力などが敵わない上に、相手は自分と同じスピードを武器にする超一流の暗殺者だ。加えてさっきから地味に嫌な攻撃を仕掛けてくる。さり気なく暗器を投げては転がってる兵士や辟方を狙うため、それを阻止するために無理をしなくてはならず、羽織や領巾に傷が増えていく。仕込んである短剣もあと二本しか残っていない。
何かないかと周囲にざっと視線を走らせた褒姒だが、その隙をついてチビ黒が攻めてくる。意識が分散していた褒姒は上手く応じ切れずに体勢を崩した。
褒姒の頭上からチビ黒の剣が迫る。
「――――っ!!」
せめて急所を外そうと素早く身を捩る。
だが。
(避けきれない――――!!)
微妙に文体というか雰囲気が変わってしまった気が……
アホなの書いてた余韻だろうか……?