大通りの襲撃
戦闘描写があります。
残酷ではないと思いますが、苦手な方は注意して下さい。
幼い子供特有の澄んだ高い声が喧騒の中にあっても確かにその場に響き渡った。
突然の闖入者に気付いていなかった褒姒はその声の主を慌てて振り返る。そこに立っていたのは、目を潤ませおどおどと辺りを見回しながら大輿の方へ近寄って来る少年だった。
「どこぉ? 媽媽? 媽媽!」
必死に母親を呼ぶ少年の姿に呆然としたのは一瞬で、すぐに周囲の人間が動き出した。
少年の一番近くにいたのは襲撃者の一人だったが、動き出したのは近衛隊の兵士の方が早かった。そのお陰で襲撃者たちよりも早く少年を保護出来たが、彼は少年を保護した際に出来た隙を突かれて襲撃者に腕を切られてしまう。
しかしすぐに持ち直すと切られた腕とは反対の手に剣を持ち替えて襲撃者と打ち合い始めた。打ち合いの合間に彼は少年に大輿の傍に居るよう指示すると、少年を背後に庇いながら襲撃者と相対し続ける。
周囲の兵士も無事少年が保護されたことに気付き、皆の注意が完全に目の前の襲撃者達に集中した。
その時。
少年が動いた。
褒姒はずっと少年を見ていた。
周囲を警戒していたにも関わらず、褒姒には少年が何処から出てきたのか分からなかった。
警戒中の自分が迷子の子供の接近に気付かないなんてありえない。それは、警備の兵士たちにも同様に言えることだ。だが、実際には自分も彼らも少年の接近に気付かなかった。
だからこそ、彼の登場はおかしい。
しかし、近衛隊の兵士も警備隊の兵士も目に見える危険である襲撃者たちを取り押さえることを優先させていた。
(その対応は間違ってないけど、少年を放置するのはなぁ……。まぁ、どの道彼が刺客なら狙いは不意打ちによる奇襲でしょ。それなら私だけでも防げるか……)
そう思い、褒姒は只只管に少年の奇襲を警戒していた。
そして、周囲の注意が自分から逸れたその一瞬に動いた少年を見て、褒姒は唇で弧を描いた。
少年がこちらを狙い投げて来た得物を見て褒姒はすぐさま頭の薄布を取り外す。
その得物は、暗器匕首――。
隠し武器として使われる鍔のない短刀で、殺傷能力の低い匕首を遠距離攻撃に使う場合、刃に毒が塗布されている事が多い。
それ故に褒姒は、右手で辟方の肩を掴んで力を込めて床に押し付ける。
「伏せて!」
戸惑う辟方を強引に床に伏せさせると、褒姒は手に持った薄布をひらひらと匕首に纏わり付かせて包むと、その軌道に合わせてくるりと回転する。
回転によって匕首の推進力をいなしてそれを完全に無効化した褒姒の動きを見て、驚きで目を見開いている少年を見据えながら彼女は辟方に声をかけた。
「毒付きだから触らないでね」
そう言うと、布ごと匕首を輿の上に放り投げてすぐさま輿から飛び降りる。
着地の際の衝撃を利用してそのまま地面を強く蹴り、自分を保護した兵士を背後から切り捨てようとしている少年と兵士の間に飛び込んだ。
差し迫る少年の剣を、移動の際に取り出した鉄扇で受け止める。
褒姒は少年との鍔迫り合いに全体重を掛けるために両足を上げて飛び上がり少年を地面に押し付けつつ、その足で背後にいる兵士を蹴り飛ばした。兵士は30cmほど背後に飛んでべちゃっと地面に落ちる。上手く受身を取れなかったようだ。
兵士を飛ばしたことで体勢を崩している褒姒の隙を狙い、少年は鍔迫り合いの力を受け流して更に彼女の体勢を崩すと、片手で短剣を取り出して彼女に突き刺そうと振り上げた。
褒姒は体勢を崩された力を敢えて殺さずに、そのまま重力に従って地面に叩き落ちると足を上げて短剣を持つ少年の手を蹴り上げようとする。しかし、手の軌道を変えるだけでその攻撃をいなした少年はそのまま短剣を振り下ろした。
彼女は足を蹴り上げた反動を使ってごろごろと地面を転がってそれを避けると、すぐに立ち上がって少年の懐に飛び込んだ。
褒姒を追撃しようとしていた少年は、反転して自分に向かって来た褒姒にぎょっとするもすぐさま反応し、低い位置から鉄扇で鳩尾を狙った彼女の一撃を短剣と長剣を交差させて防御、ぶつかった衝撃を使って後に飛び退き、彼女と距離を取った。
すぐに追撃しようとした褒姒は、しかしすぐに足を止めて半眼で少年を見やる。
少年は突然止まった褒姒の様子を訝しんで警戒した。そこに突如背後に生まれた殺気に気付いた少年は、素早く半身を捻るも迫ってきた剣の峰が鳩尾を強打した。
「っつ!」
衝撃に息が詰まったその隙に、首に手刀が入り少年はそのまま意識を失う。
意識のなくなった少年の身体を片手で受け止めたのは、背後から少年を襲った兵士だった。
「いい所を邪魔しないで欲しいのだけど?」
「これが私の任務ですので」
半眼で睨む褒姒の態度をものともせずに返してきたのは優男な近衛隊の兵士で、ふてぶてしいその態度にムカッとした褒姒は厭味を飛ばす。
「その割には丁度良い機会を見計らって美味しい所だけ持っていったわね?」
「心外ですね。襲撃者を捕らえ終えたのでこちらに来たまでですよ」
さらりと流した男に、ナメられていると感じた褒姒は彼を睨みつけた。
「気付いてないとでも思ってるの?」
「管后様、どうぞ輿へお戻り下さい。すぐに出立致します」
「……いい度胸ね。君、名前は?」
「禁軍第一軍第三分隊旅帥、江龍慶と申します」
「そう。覚えておくわ」
怒った彼女を全く取り合わず淡々としている龍慶に、褒姒は内心でこいつ絶対ぶっ飛ばす! と息巻きつつも、それだけ聞くと後は興味を失ったように踵を返した。
しかし、すぐに立ち止まって後ろを振り返ると龍慶に声を掛ける。
「その子に聞きたい事があるから王宮に戻ったら話しを聞けるようにしておいてくれる?」
「襲撃の背景を問い質すおつもりですか?」
冷たい声で聞き返してきた龍慶に褒姒は面くらいながらも彼の問いに答えた。
「それは私の役目ではないもの。別の人間に任せるわ。私が聞きたいのは襲撃とは関係ないことよ」
「そうですか。ですが、私の立場では確約出来ませんが?」
褒姒の答えを聞いて声色の戻った龍慶を疑問に思いながら、褒姒は自分の考えを告げる。
「構わないわ。私の望みが責任者に伝わればそれでいいのよ」
「承りました」
そう言って頭を下げた龍慶に頷いてから、褒姒は今度こそ踵を返して輿へと戻って行った。
頭を上げた彼は褒姒の後姿を見つめた後、意識のない少年を肩に担いで事後処理のために彼女とは反対方向に歩いていった。
待たせたのに短くてすみません~
戦闘描写、やっぱり難しい。
でも、簡単にさっぱりぽんで終わらせるのもちょっと……
何せ皇后様が戦い大好きですから。
次話の更新はこちらの都合により13日以降になりそうです。
またもや間が空いてしまいますが、待っていて下さると有難いです。