招かざる訪問者
そんな騒ぎが王宮内で起きている中、外の王宮前広場では国軍の王都警備隊が広場に集まった国民の誘導を行っていた。この後、王宮から出てくる参詣行列が通るための道を作り、そこに何か異常がないか点検するために広場にいた人間を散らしている。
元々王都にいる人間などは、勝手が分かっているために速やかに協力してくれるが、流石に皇帝の婚姻という嘉礼だけあって観光客なども多く、作業が捗らずに遅れていた。
そんな騒がしい王宮前広場で、じっと佇んだまま皇帝夫妻の姿が消えた円舞台の奥を見ている男がいた。
人々を誘導していた兵士の一人がその男に気付き、声を掛ける。
「すみませ~ん」
「あ、はい」
声を掛けられた男が兵士の方を向くと、人の良さそうな顔をした兵士が眉尻を下げながらひょこっと頭を下げた。
「これからここ、参詣行列が通るんですよ~。お手数ですけど移動してもらいたいんです~」
「ああ、そうなんですか? では、邪魔をしてしまいましたね。すみませんでした」
心底申し訳なさそうに言った男に兵士は頭を掻きつつ笑う。
「いえいえ~。こっちの都合ですから~。こちらこそご協力感謝します」
またまたひょこっと頭を下げた兵士に「わざわざありがとうございます」と返して、一歩踏み出した男は、しかしすぐに兵士を振り返った。
「あの、この後の行列って何処なら見えますか?」
「行列ですか~? 今からだと大通りは既に人で溢れ返ってるから難しいですね~」
「そうですか」
兵士の言葉を聞いて考え込んでしまった男を見かねて、兵士は又聞きの情報を教える。
「ああ、でも大宗廟の近くなら見れるかもしれませんよ~? 皆大通りで行列を見るのであっちには人が少ないとか」
「そうなんですか? ありがとうございます。それならそっちに行ってみます」
「ああでもそっちは警備の――ってあれ~?」
兵士が注意をしようとすると、男は既に立ち去った後で人ごみに紛れてしまっていた。それを見て「あちゃ~」と頭を掻いた兵士は、しかしすぐに背後から「師帥ー! どこっすかー?」と自分を呼ぶ声が聞こえて「まぁいいか~」と呟くと再び誘導作業に戻っていく。
と、その途中で見知った人を見つけて声を掛けた。
「あれ~? 見に来てたんですか~?」
「当たり前じゃない。私の可愛い子の晴れ舞台なのよ? それより、師帥ともあろう人が何故人民誘導なんてやっているの?」
「そうですか~。まぁどうでもいいんですけどね~。あ、俺は司令部から将軍に叩き出されまして~」
そこまで言ったところで兵士は彼女の笑顔が変わったことに気付いた。その笑みは、周囲の温度を下げることなく此方の背筋だけを凍らせていく。
「どうでもいいってどういうこと? その腐った脳みそ潰しましょうか?」
「あはは~、遠慮しますよ~」
しかし、その兵士はそんな冷気に怯むような人間ではなかった。先ほどまでと同じように笑いながら、手をぞんざいに振って拒否した兵士は、というか俺の叩き出された話は無視ですか~? と問いかける。もっとも、彼女には彼の科白諸共綺麗さっぱり無視されたが。
「まぁ、いいわ。ちょうど良かったし。……何か変わったことはなかった?」
にっこり笑ってもう一度威嚇した彼女は、後半笑みを消して真剣な眼差しで尋ねた。
そんな彼女に対して、兵士は一度だけ笑みを消すと、またへらへら笑いながら軽く答える。
「皇帝夫婦の観察者はちらほらいましたね~。ただその中に見慣れぬ旅人が一人、謀とか暗躍が好きそうな感じの人がいましたよ~。あ、近くにはいませんでしたがお仲間がいるようで~」
「そう。その旅人は?」
「大宗廟の方は人がいないので参詣行列見れますよ~って教えたら、そっち行くって言ってました~。ただ最後まで話を聞いてくれなくて、『そっちは警備の人間しかいませんよ~』って言いそびれてしまって~」
兵士は頭の後ろを掻きながら、どうしましょう~? と笑った。何とも胡散臭いその姿に彼女は胡乱な目を向け低い声で訊ねる。
「……貴方、わざとでしょう?」
「大丈夫でしょ~? 行列には近衛隊いるし、正直彼女一人でも問題ないと思うけど~?」
片手を上下にひらひらさせて軽く言う兵士に、彼女は眉を寄せた。
彼をしっかりと睨みつけてから、顎に軽く手を当てて呟く。
「でも、あの子も万能じゃないのよ? まだまだ子供だし……」
「そりゃそうでしょうけど~。……って、あれ~? 彼女もう22歳じゃなかったっけ~?」
「そうなんだけどね……はぁ。あの子、人の悪意とか害意に鈍感だから……人間は欲望で国すら殺すというのに、そんなことになるとは露ほども思っていないのよ……大丈夫かしら?」
彼女は悩ましげなため息をつくと、ぶつぶつと子煩悩なことを言い始める。
彼女の呟く内容が内容なだけに流石の兵士も顔を引き攣らせた。
「というか、国すら殺すとか簡単に言わないでくれませんか~? 貴女が言うと生々しくて洒落にならないんですけど~」
「当たり前でしょう? 事実なんだから。……ああ、やっぱり心配だから大宗廟の方に行ってみようかしら?」
「見つからないようにして下さいよ~?」
誰に言っているのかしら? と彼女が剣呑な顔で聞くとすぐに貴女ですよ~、と暢気な答えが返ってきた。本当に食えない男である。
しかしすぐに思考があの子のことに戻ると、彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「ふふふ。人知れず陰で暗躍してあの子を守る……こういうのもすごく楽しいわね。これからもやろうかしら?」
明らかに本気の眼をしている彼女に、兵士の男はうんざりする。
「そういうのは夫君に相談してからやって下さいよ~?」
「嫌よ。それじゃあ面白くないもの。……それに、あの人だったらすぐに気付くわ」
言外に、彼は優秀なのよ? と夫の自慢兼惚気る彼女に、
「はいはい」
と兵士は適当な相槌を打った。
「あまり大事にしないで下さいよ~、三娘様?」
小声で低く忠告すると、彼は今度こそ自分を呼んでいる部下の下へ向かった。
***
一方、人ごみに紛れた男が流れに乗って歩いていると、後ろから小柄な青年が近寄って来る。
「花嫁はどうだった?」
問いながら男の横に並んだ青年は目を細めて彼を見上げた。
「思っていたのとは違ったな」
「ああ、なんか素直そうだったね」
「……まぁ、父親とも母親とも違うようだな」
前を向いたまま男は唇を吊り上げる。その笑みに隠された好奇心と少しの苛立ちを見つけた青年はにやりと笑った。
「何? その含みのある言い方は」
「あれだけでそう判断するほど馬鹿じゃない」
青年を見下した男の視線には多分に嘲りの感情が含まれていた。
それを見咎めた青年は声を上げて憤慨する。
「うわー、馬鹿にされた!」
「これ位は気付くか」
「荘」
「ふっ。まぁこれからだ、宝。管家の警備を掻い潜って情報を得ることは難しいが、王宮ならどうとでもなる」
低く名を呼んで非難した青年を男は軽く笑って流した。そして漸く顔を青年に向けた男は、彼の名を呼ぶとふてぶてしく嗤った。
青年は肩を竦めて答える。
「王宮ってのは何処も隙があるからな」
「ああ」
「と言うかあれは管家の方がおかしいんだ。ただの娘なのにそこらの皇族より警備が厳しいってどういうことだよ」
手を頭の後ろで組んで歩きながら非難した青年に、再び前を向いた男が片頬を上げて笑った。
「ただの娘ならば、な」
「何かあるのか?」
「さぁな。あの娘に関して分かっているのはあれが養子で夜郎ではないことだけだ」
男の答えを聞いて眉を寄せて唸った青年は、男の顔を見上げて再び問うた。
「養子ってのは分かるけど、本当に夜郎じゃないのか? 真っ黒の髪と眼なんだろ?」
「ああ」
「そこも何かあるってことか?」
「恐らくな」
「それもこれからってことか……。んで? これからどうする?」
素っ気ない男の返答にこれ以上聞き出すのを諦めた青年は、前を向いて横目で男を見ながら軽く聞く。
「もう少し付き合え」
「何する気だよ?」
立ち止まって訝しんだ青年に、男は振り返って嗤った。
「ふっ。ちょっとした挨拶だ」
新たな人物の登場です。
本当はこんなに長くする予定なかったんですが、何故か1話分に……
おちゃめな彼女が出てきたせいっすね。
そんな彼女、大好きですが(笑)
次話から漸く暗躍する者たちが表で本格的に動き出します。
そこからは丁寧に書きつつもなるべくテンポよくいくようにしていきます。
と言うか、どちらかというとテンポの方を大事に書いていくので、書き漏れが出そうですがそこは小話や後からの編集で書き足したりして何とかしていきます。
私のスペックが低いので書き漏れはきっと起こります。気をつけますが。
どうぞ宜しく~