表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
条件付きの結婚生活  作者: 八月葉月
【改稿前】
11/29

幕間 突きつけられた条件2

幕間の続きです。

翌日。

朝議が終わり、執務室にこもって仕事に励む辟方へきほう叔牙しゅくがの元に冢宰ちょうさいである管夷吾かんいごがやって来た。


「おはようございます、陛下」


にこにこと笑顔で礼をする彼を、辟方は胡散臭そうに眺める。


そもそも冢宰は百官の長であり、官吏の頂点に立つ者だ。欲望渦巻く宮廷で見事その地位を勝ち取り、何事もないかのように立ち回っている彼は徒者ただものではない。


正直、辟方にはくせしかないように見える。

宮廷で育ち、次期皇帝として、人々の欲望と思惑の中で生きてきた辟方は人の心の機微には敏い。だから、何か企んでいる者がいれば、その何かは分からずとも企んでいることくらいは分かる。

けれど、夷吾に関しては腹の内が全く読めないのだ。裏があるのか、企みごとがあるのか、それすら分からない。気取らせない。


政事に関して、夷吾が自分の味方であること、自分を支持していることを疑うことはない。それだけの信頼は築いている。

だが、もっとレベルの低い問題になると一気に怪しくなる。

夷吾は何事も楽しむ癖がある。そして、性質たちが悪いことにそのための努力を惜しまないのだ。

そのせいで散々遊ばれてきた。だからこそ、どこかにアラがないか探してしまう。


「そんな目で見てどうかなさいましたか?」


のほほんとすっとぼける夷吾に、ビキッと音を立てて青筋が浮かんだ。いつもながら人の神経を逆なでする腹の立つ男である。


そんな二人の様子には慣れている叔牙は、淡々と自分の仕事をこなしていた。叔牙は自分の敵わない相手に無闇に突っ込むほど愚かではない。夷吾のことを辟方よりもよく知る彼は、こういう場では沈黙をもって見守るのが常だった。


「文を読んだ。お前の娘からのだ」

「あの子はふみを書くのが苦手なのです。しかし陛下のために頑張ったのですよ」


初々しくて可愛い娘でしょう? とにこやかに聞いてくる彼に辟方の口元が引き攣る。今まで彼の親馬鹿な発言を聞いたことがないわけではないが、ここまでとは思わなかった。


「どこがだ! 何なんだ? あの男らしい文は?」

「陛下はお忙しいですから、時間を取らないようにと気を利かせたのですよ」


健気でしょう? と本気で感激している様子の夷吾に、ついに頭が壊れたかと本気で思ってしまう。

しかし彼のその様子で後の展開が読めてしまい、辟方は憮然とした。だが、何も言わないままでは気が済まない辟方は、目を据わらせながらも文句と疑問を口にする。


「……。護衛が邪魔だと書いてあったぞ?」

「国のための兵ですから、自分に付いてもらうのが申し訳なかったようです。それに妻の教えであの子も身を守るすべを持っていますから」

「休暇が欲しいと書いてあったが?」

「親思いの子で私たちに会えないのは寂しいと言ってくれるのですよ」

「奇行に目を瞑れと?」

「自分が箱入りであることを知っていますから。何かおかしな振る舞いをしてしまうかもしれないと不安なのです」

「……。……性交の際に目隠しをしろと書いてあるのはどう説明する気だ?」

「あの子は恥ずかしがり屋でして。陛下に見られるのが恥ずかしくてそんな条件をつけたのですよ」

「本当の恥ずかしがり屋は堂々と性交の方法など要求して来ん!!」


にこにこと笑顔で娘を――強引に――褒める夷吾に辟方が吼えるも、全く堪えていない。それどころか何故可愛さが分からないのか、と不思議そうな顔をされてしまう。

流石にいたたまれなくなった叔牙が、ややぐったりとしている辟方を庇い、話を進める。


「夷吾殿、褒姒様が提示なさった条件のいくつかは承諾しかねます」

「護衛は少数の精鋭をつければ事足りるでしょう。休暇は無理を押し通して作る必要はありません。ただ、休める時間が欲しいことを陛下にご承知いただいていればそれで構いません」


話が進んだことで夷吾はふざけていた父親の顔を改めて、真剣な官吏としての顔で言った。相変わらずの素早い切り替えに感心しつつも、辟方は承諾の意を示すために軽く頷く。


「奇行については慣れていただくしかありません。普段の生活に支障をきたすようなことはないと思いますが……」

「そこはどうしても目を瞑る方向に向かうのか?」


少々呆れ気味に問う辟方に、真剣な顔のまま夷吾は頷いた。


「褒姒は育った環境が特殊なため、私たちとは異なる価値観を持っています。以前よりは馴染みましたが、完全ではありません」

「特殊な環境?」

「はい。いずれ表面上は上手く振舞えるようになるかもしれません。ですが、はっきり言って今の上流階級きぞくには馴染めないでしょう」


仕事時の夷吾らしくない言い様に辟方は怪訝な顔を向ける。また自分を試すつもりなのかと睨みつけるが、彼は顔色を変えることなく真剣な目をしたままだった。

彼の真意を汲み取れなかった辟方は、取り敢えず思いついたまま問うて見る。


「旅をしていたからか?」

「それもあります」

「……詳しく話せぬ理由わけでもあるのか?」

「いいえ。ですが、それは関係ないのですよ」


あまりにも素っ気ない返答に、隠しごとがあるのかと問い詰める。すると、あっさりと予想外の言葉が返ってきた。

珍しく苦笑している夷吾に辟方は困惑する。


「関係ない?」

「はい。どんな理由があろうとも、あの子が私たちの可愛い娘であることに変わりはありませんから」


またしても夷吾らしくない言葉だった。と言うか、それはただの親馬鹿発言だろう。

しかし、清々しく笑って返された答えに思わず納得してしまい、毒気を抜かれてしまった。

そんな辟方ににっこりと微笑んでから、夷吾は少し哀しそうに付け足した。


「それにあの子はあまり過去については語りたがりません」

「何か、悪い思い出でもあるのか?」

「それについては何とも。ですから、無理に聞き出そうとしないで下さいね?」


夷吾の悲哀に満ちた微笑みに釣られて、うっかり褒姒の過去に同情してしまった辟方が思わず聞き返すと、それはそれは綺麗な笑顔でずっしりと釘を刺された。

彼の思惑に乗ってしまったことに気付いた辟方は小さく舌打ちしつつも、頷いた。


「覚えておこう」

「……何やら瞳が輝いておりますが?」

「むっ」


どうやら辟方の魂胆はすっかりバレていたらしい。小さく呻きつつも、未だに確約を口にしない彼に、夷吾が笑顔で凄んできた。

その笑みが逆に恐怖を引き立て、流石に恐ろしくなった辟方は仕方なさそうに約束する。その返事に満足した夷吾は凄んでいた顔を元に戻し、それを見た辟方はほっと安堵の息をついた。


二人の対決に決着が付いたのを見計らって叔牙が声をかける。


「陛下、最後の条件についてお訊ねしなくて宜しいのですか?」

「そうだった。あれは――」

「最後の条件に関しては、一切の譲歩をする気がないとのことです」


辟方の言葉を遮って、夷吾がきっぱりと言い切った。


「あれが最重要条件で、あの条件を飲んでいただけないのならば、他の条件を飲んで下さっても婚姻に承諾は出来ないと」


続けて述べられた言葉に、辟方と叔牙は絶句してしまう。

一番どうでもよさそうな条件が最も大事で絶対だ、などとのたまう褒姒もそうだが、それを是として聞き入れた夷吾にも驚きを隠せない。


「……」

「……」


言葉が出ない二人は、どちらからともなく互いに目を合わせる。その表情を見やるに、お互いにどうも同じ様なことを感じているようだった。


辟方は一度俯くと表情が見えないまま小さく呻いた。


「そんなに目隠し行為プレイがいいのか……」

「陛下……」


またもや落ち込んでしまったのかと思ったが、かける言葉が見つからない叔牙は気の毒そうに呟いた。

しかし、俯けていた顔をゆっくりと上げた辟方の唇は面白そうに弧を描いていた。


「ここまでくると面白いな」

「は?」

「うむ、そうだ。よく考えると面白い。そこまで言うのなら期待に応えてやらねば。それに、そんな娘ならば当分は退屈せずに済みそうだ」


その意見には全く賛同出来なかった。しかし、懸命にも叔牙はそれを表には出さずに苦笑する。


その一方で、すっかり褒姒に興味を持ってしまった辟方を、夷吾が複雑そうな顔で眺めていた。だが、すぐに気を取り直したのか、満足そうににこにこと笑う。

そんな夷吾の様子に、二人は全く気付かなかった。


父様、ナイス親馬鹿です! 流石ですよ!


ずっとこの親馬鹿具合を書きたかったんです。

垂れ流せてよかった~


そして。

可哀想な旦那様はしかしこれくらいではめげないので応援してやって下さい。

ははは。

報われるのはいつのことだろう……(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ