公爵令嬢ですが、天から降ってきた鬼の若旦那のお世話係になりました。
完璧な淑女として育てられた公爵令嬢エメラルダ。
ある日、空から黒髪の「鬼の若旦那」紅丸が庭に降ってきて、
突然お世話係を任されることに。
ぶっきらぼうで常識ゼロなのに、いざという時だけ優しくて圧倒的に強い紅丸。
振り回されながらも、エメラルダは自分でも知らなかった“心の解放”を感じ始め――。
完璧令嬢 × 無骨な鬼の若旦那が描く、
ほの甘でじんわり温かい恋のはじまり。
続編検討中です。よかったら感想やブクマをいただけると嬉しいです!
完璧な淑女であれ──。
それが私、エメラルダ・フォン・ルーヴェルトに与えられた生き方だった。
弱音は吐かない。感情は表に出さない。常に優雅に、正しく。
その仮面をかぶり続けて十八年。
心がどこにあるのかなんて、いつしかわからなくなっていた。
……けれど、その日。
私の庭に落ちてきた“鬼”によって、すべてが変わることになる。
***
その日の庭は、いつもと変わらぬ静寂に包まれていた。
春の陽光を受けて白薔薇が揺れ、穏やかな香りが漂っている。
私は淑女らしく姿勢を正し、お茶を口に運んだ――その時だった。
空が、裂けた。
「……え?」
青空の一部が、まるで紙のように破れたのだ。
裂け目から赤い光が漏れ、風が渦を巻く。
次いで、巨大な影が一直線に落下してきた。
ドゴォォォンッ!!!
轟音とともに庭が揺れる。
薔薇が舞い上がり、テーブルが倒れ、私は椅子ごとひっくり返った。
「い、今の……なに……っ」
土煙が晴れ――そこにいたのは。
黒髪を乱し、赤黒の着物を纏った青年。
鋭い二本の角が額から伸び、長身の影が太陽を遮る。
圧倒的な存在感。
顔立ちは荒々しいが、整いすぎていて逆に近寄りがたい。
――鬼。
東の方にいると言われていて、物語の中でしか見聞きしたことのない存在が、本当に目の前にいた。
「……ちっ、また派手に落ちちまった」
低く震える声音。
青年は大きな手で顔の埃をはたき、ようやく私に視線を向けた。
「おい、怪我はねぇか」
「えっ……!?」
初対面の鬼が、何故か当然のように私を“おい”と呼ぶ。
恐怖よりも混乱が勝った。
「震えてる。まぁ、普通は逃げるわな」
「そ、そりゃあ……あなたが……っ」
「角か? 気にするな。折ればすぐ生える」
「そういう問題ではありません!!」
思わず声が裏返ってしまい、私は顔を押さえた。
こんな取り乱した声を出すなんて……恥ずかしすぎる。
すると、鬼の青年は意外にも優しい手つきで、私の肩についた土を払った。
「落ち着け。あんた、綺麗な顔が台無しだぞ」
「なっ……か、顔が……!? け、綺麗って……っ」
何年ぶりかわからないほど、心臓が大きな音を立てた。
この鬼、あまりにも不意打ちが過ぎる。
「名乗り遅れたな。俺は紅丸。鬼の国の若旦那……らしい」
「らしい? らしい、って……」
「自覚がねぇ。親父が勝手に決めた」
無骨な言い方だが、不思議と嫌味がない。
そんな彼との初対面は、騒然とした空気の中で幕を開けた。
***
翌朝。
屋敷中がざわついていた。
陛下より正式な勅命が届いたのだ。
『鬼の若旦那・紅丸を一定期間、ルーヴェルト家で保護せよ。
その世話係は、エメラルダ・フォン・ルーヴェルトとする──』
「……はい?」
つい素の声が出てしまった。
だが父はすでに了承しており、私は紅丸の“世話係”に決まっていた。
その日の昼、紅丸は屋敷の客間で腕を組んでいた。
「お嬢。世話係ってのは、どこまでやんだ?」
「どこまで……と言われましても……常識的な範囲ですわ」
「常識……ってなんだ?」
「えっ……?」
「俺、鬼の常識ならわかるけど、人間のは知らねぇ」
堂々と言い放つ紅丸。
私は思わず額を押さえる。
「では、起床時間から食事のマナー、屋敷での振る舞い方まで……教えます」
「なるほどな。あんたが教えてくれるなら悪くねぇ」
「な……っ」
「それに、お前の声は落ち着く」
唐突な直球。
心臓が忙しい。
紅丸は言葉こそ無骨だが、悪意が一切ない。
だからこそ、変に刺さる。
(こんなことで動揺するなんて……私、どうかしてる)
私は深呼吸して、淑女の仮面を整えた。
「ではまず、ナイフとフォークの持ち方から――」
「食えりゃいいだろ」
「よくありません!」
***
お世話係になり数日。
紅丸は常識がない。
ナイフとフォークは逆に持つし、窓から出入りするし、廊下は静かに歩いてほしいのに足音が大きい。
初日はもう大混乱で、疲れ果ててベッドに倒れ込んだほどだった。
でも――。
「エメラルダ、これ壊れてたぞ」
庭灯の傾きに気づいて直してくれたり。
「花、枯れかけてる。……水、やった」
無表情のまま、意外に細やかな気遣いを見せたり。
無骨さと優しさの落差が、心に刺さる。
そんな日々のある夕方、事件が起きた。
紅丸が庭で鍛錬している横で、私は書類仕事をしていた。
そこに――魔物の影がひゅっと飛び込んできたのだ。
「お嬢様、下がって――!」
護衛の声が飛ぶが、私の足は固まってしまう。
魔物がこちらに跳ねてきたその瞬間――。
「……チッ」
紅丸の指がわずかに動いた。
風もなく、魔法の気配もなく。
ただ、魔物の影が一瞬で消えた。
それだけだった。
「………え?」
「お前、マジで鈍ぇな」
「……っ」
「エメラルダ」
大きな手が肩を押さえる。
「怪我は?」
「……っ、だ、大丈夫……」
「嘘つけ。声、震えてる」
その言葉で、胸がばくんと跳ねた。
「……怖いのなんて、言っては……いけないから」
ぽろっと本音がこぼれた。
言ったあと、自分で驚く。
紅丸の眉がわずかに動いた。
「……言っていいんだよ。
誰かに頼るのは、弱さじゃねぇ」
「…………」
「お前、ずっと我慢してきたんだろ」
耳が熱くなるほど図星だった。
「……でも、完璧でいなければ、恥ずかしいから……」
「恥ずかしい? なんでだよ」
紅丸はゆっくりと私の手を取った。
荒いのに、優しい手だった。
「弱ぇところも、強ぇところも、あって当たり前だろ。
お前は……そのままで、十分綺麗だ」
「っ……!」
胸がぎゅっと締め付けられ、目から涙がこぼれた。
泣くなんて、何年ぶりだろう。
でも紅丸は驚かず、そっと私の頭に手を置いた。
「……いい女は、泣いても綺麗だ」
「ち、ちが……私は淑女で……」
「知ってるよ。それでも泣くときゃ泣くんだよ」
「……紅丸の前だと……変なの」
「それ、悪くねぇだろ」
彼は照れ隠しのように目をそらす。
その不器用な仕草に、胸が少し温かくなる。
***
(紅丸)
ったく、人間の女は細けぇ。
完璧とか淑女とか、息詰まる話ばっかしやがる。
エメラルダもそうだ。
表情は整ってるのに、胸の奥はずっと泣いてるように見えた。
初めて会った時から――放っておけねぇと思ってた。
(守りてぇ女って、こういうの言うんだな)
さっきの泣き顔なんざ、胸がぎゅっと掴まれたほどだった。
俺は不器用だし、甘い言葉なんか知らねぇ。
だが、あいつが自分を殺して強がる姿だけは、どうしても見ていられなかった。
「……お前は、お前のままで十分だ」
それだけで、本当に嬉しそうに笑うんだから――
どうしようもなく、愛おしい女だ。
***
その夜。
紅丸は屋敷の縁側で黙って月を見ていた。
「……あの、紅丸」
「なんだ」
「さっき……助けてくれて、ありがとうございます」
「礼はいい。世話係が死んだら困る」
「そういう言い方を……」
「事実だろ」
「……そうですけど」
風が吹く。
紅丸の黒髪が揺れ、赤い瞳が月光を反射する。
「エメラルダ」
「……はい?」
「今日、お前……綺麗だった」
「………………え?」
「怖がってても、逃げねぇのはすげぇ。
ああいうの、嫌いじゃねぇ」
「な……っ……!」
顔が熱くなる。
こんなの慣れてない。
「お、思ったことを……そんなふつうに言わないでください……!」
「言わなきゃ伝わらねぇだろ」
「だ、だからって……!」
「それに――」
紅丸が少しだけ視線を逸らす。
その仕草が、妙に可愛い。
「お前、普通の人間より色々張り詰めすぎてんだよ。
……もっと、楽に生きりゃいいのに」
無骨な声なのに、優しさが沁みる。
「わ、私は……っ、人に迷惑をかけないために……」
「迷惑くらい、誰でもかける」
「……紅丸も?」
「あぁ。俺なんかしょっちゅうだ」
思わず笑ってしまった。
「確かにそうですね。今のところ迷惑かけない姿の方が想像できませんけど」
「うるせぇ」
そう返すくせに、口元が少しだけ緩んでいるのが可笑しい。
――知らなかった。
完璧じゃなくても、誰かと並んで笑える時があるなんて。
「なあ、少し散歩しねぇ?」
「少しなら。」
2人はそのまま歩き出す。
気づけば行き先はあの白薔薇の庭。
彼が空から落ちてきた場所。
「なぁ、エメラルダ」
「……はい?」
「俺はしばらくここにいる。お前が嫌じゃなきゃ、だが」
「嫌……ではありません」
むしろ、心がふわりと軽くなる。
「……紅丸のそばなら、私は……」
「ん?」
「自分らしく、いられる気がします」
紅丸は一瞬固まり、すぐに照れたように鼻を鳴らした。
「……そりゃあ、悪くねぇな」
月明かりが差し込む庭で、私は静かに微笑む。
完璧でなくてもいい。
強がらなくてもいい。
私は、天から降ってきた鬼の若旦那に、
心をそっと溶かされてしまったのだ。
読んでいただきありがとうございました!
鬼とか妖怪もの‥大好きです笑




