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言葉の死んだ世界で

作者: ポン吉

文章の最後に句点を打ち込んだ瞬間、穂村の指先が止まった。

画面に並んだ文字列が静かに光り、部屋の空気だけが自分の呼吸で揺れた。


「よし、いいものが書けた!これは傑作だ!!」


「くくく……これならだれも文句は言うまい!!」


背もたれに体を預け、マウスに手を伸ばす。

投稿ボタンの位置は何度も押してきた場所で、見なくても分かる。

画面の端にあるその小さな四角を、ためらいなくクリックした。


読み込みの輪がくるりと回り、画面の色味がわずかに変わる。

投稿完了の表示を待つ間、穂村は腕を組み、モニターから視線を離さなかった。

数秒。

右上に赤い表示が灯り、画面が一瞬白く瞬いたかと思うと、見慣れたページに弾き返された。


『危険ワードが検出されました。利用を禁止します』


「………………………は?…」


表示された文面を読み取るまでに、数拍かかった。

ブラウザのタブが震えているように見えた。

更新を押そうとした手が途中で止まる。


「…………はぁ!?!ふっざけんなよ!!何が危険だよ!何にもやましいこと書いてねーだろうが!!」


支離滅裂な文章でもない。

誰かを罵倒した覚えもない。

穂村は画面の下部に表示された小さな文字列を探した。

ページの端に“ご意見はこちら”のリンクがあった。

カーソルを合わせ、強くクリックする。

問い合わせフォームが開き、何が問題だったのかを打ち込んで送信した。


モニターの前で腕を組み、椅子を揺らす。

返事が来るまでの時間が、いつもより長く感じられた。

メールの受信を告げる小さな音が鳴り、別のウィンドウが開く。

そこには、簡素な一文が並んでいた。

端的に言うなれば。


“文面に接吻というワード。こちらは危険ワード。だから利用禁止”


画面の文字が、視界の中心からじわじわと滲んでいく。


「……っ!!これは前後の文を見たら全然問題ねーだろうが!!なんだよ単語で垢バンって!!ふざけんな!!」


握りしめた拳が机の板を叩いた。

乾いた音が一度だけ響き、ペン立てが揺れた。

モニターに映る通知は変わらない。

リロードを繰り返しても、同じ文面が戻ってくるだけだった。


叩いても画面の表示は変わらない。

無機質な文字列が、そこに居座ったままだった。


「……俺の作品が…奴らのせいで壊された……俺の…大事な大事な宝が……」


喉の奥に詰まったものが言葉にならず、声の端だけが漏れた。

眼鏡の縁が邪魔に感じ、片手で外す。

レンズが外気に触れて曇り、机の上に置かれたそれだけが、ぼやけた光を返した。

穂村は椅子から立ち上がり、窓辺へ歩く。

鍵を回し、窓を押し開けると、外の空気が一気に流れ込んできた。


ベランダに出る。

足元のコンクリートが冷えていて、靴底越しに固さが伝わる。

街の明かりが遠くに並び、風が頬をなでていった。

下を見れば道路、その先に同じようなベランダの列。

どこにも言葉はなく、光だけが点在している。


(……あの独立機関さえこの世界からなくなれば……)


指先に残っていた熱が、ゆっくりと散っていく。

息が外気に混じり、音もなく消えた。


あの日、とある国では、別の声が響いていた。


天井の高い部屋の中央に、重厚な椅子が置かれている。

壁には、その国を中心に据えた世界地図が掲げられていた。

厚い扉は閉ざされ、外の様子は届かない。

部屋の主は、背もたれに体を預けて笑っていた。


「ふははは……世界よ怯えろ!!そして我が国を崇めよ!!」


言論を統制し、異論を押さえつけた総帥は、その響きに満足しているようだった。

机の上には、彼の名が刻まれたプレートと、いくつもの書類が積み上がっている。


扉の前の空気が揺れた。

重い扉が内側に押し開かれる。

足音が、ためらいなく部屋の中に踏み込んできた。

数人分の影が伸び、床の模様を飲み込む。


「な!!なんだ!?」


椅子から身を乗り出した総帥の声に、前に立った者が淡々と応じた。


「あなたは危険人物と認定されました。あなたの国は、政治は極めて危険で悪質です。あなたはもう不要です」


総帥の視線が左右に揺れ、背後を探した。

いつもなら護衛の気配があるはずの場所が、空気だけを残していた。


「は?何を言っとるんだ!我が国を俺がどうしようと勝手だろう!…護衛はどうした…」


返答が重なった。


「あなたの護衛や仲間たちはもういません。……連れていけ」


足音が近づき、総帥の腕が強く掴まれた。

体勢が崩れ、椅子が後ろへ滑った。


「触るな!!俺を誰だと思っている!!」


怒鳴り声が廊下へ引きずられ、遠ざかっていく。

その背に最後の声が落とされた。


「危険な言葉を垂れ流す悪質なゴミです」


音が消え、部屋の空気だけが残された。

椅子と書類だけが乱れ、世界の一部が抜け落ちたように静かだった。


「……さて、世界に向けて発信準備に取り掛かるか…」


その日世界から1つの国家が消えた。

地図の色が意味を失い、境界線がただの線になった。

代わりに、謎の組織が自らを独立国家として宣言した。

かつて弾圧されていた国民は、その言葉を歓声で迎えた。


組織は、元の国民の生活や政治に直接関与しないと宣言した。

それぞれが自分たちで治安を維持し、政治を行うように告げた。

その上で、こう続けた。

政治について我々は監視している。政を行う者の言葉はキレイでなければいけない。嘘、攻撃的な言葉、口汚い相手を貶めるような言葉はすべて規制対象。粛清の対象とする。我々は世界を美しい言葉だけにするためにある。


最初、世界は何を言っているのか理解できなかった。

それがどういう意味なのか、そのときはまだ、だれも知らなかった。




この作品は、深夜テンションで「なんか書けそう」と思った勢いのまま一気に書き上げました。

構成も発想もほぼその場のノリで固まったので、自分も「何これ?」と思いながら書いています。

でも、その勢いだけで最後まで辿り着けたのが逆に面白くて、そのまま短編として投稿することにしました。


言葉が規制される世界というテーマは重めですが、深夜ならではの妙なテンションが背中を押してくれた結果です。

楽しんでいただけたら嬉しいです。


もし反響が大きかったら、長編化も少し考えてみようかな……と、こっそり思っています。

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