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言葉の死んだ世界で

作者: ポン吉
掲載日:2025/11/19

文章の最後に句点を打ち込んだ瞬間、穂村の指先が止まった。

画面に並んだ文字列が静かに光り、部屋の空気だけが自分の呼吸で揺れた。


「よし、いいものが書けた!これは傑作だ!!」


「くくく……これならだれも文句は言うまい!!」


背もたれに体を預け、マウスに手を伸ばす。

投稿ボタンの位置は何度も押してきた場所で、見なくても分かる。

画面の端にあるその小さな四角を、ためらいなくクリックした。


読み込みの輪がくるりと回り、画面の色味がわずかに変わる。

投稿完了の表示を待つ間、穂村は腕を組み、モニターから視線を離さなかった。

数秒。

右上に赤い表示が灯り、画面が一瞬白く瞬いたかと思うと、見慣れたページに弾き返された。


『危険ワードが検出されました。利用を禁止します』


「………………………は?…」


表示された文面を読み取るまでに、数拍かかった。

ブラウザのタブが震えているように見えた。

更新を押そうとした手が途中で止まる。


「…………はぁ!?!ふっざけんなよ!!何が危険だよ!何にもやましいこと書いてねーだろうが!!」


支離滅裂な文章でもない。

誰かを罵倒した覚えもない。

穂村は画面の下部に表示された小さな文字列を探した。

ページの端に“ご意見はこちら”のリンクがあった。

カーソルを合わせ、強くクリックする。

問い合わせフォームが開き、何が問題だったのかを打ち込んで送信した。


モニターの前で腕を組み、椅子を揺らす。

返事が来るまでの時間が、いつもより長く感じられた。

メールの受信を告げる小さな音が鳴り、別のウィンドウが開く。

そこには、簡素な一文が並んでいた。

端的に言うなれば。


“文面に接吻というワード。こちらは危険ワード。だから利用禁止”


画面の文字が、視界の中心からじわじわと滲んでいく。


「……っ!!これは前後の文を見たら全然問題ねーだろうが!!なんだよ単語で垢バンって!!ふざけんな!!」


握りしめた拳が机の板を叩いた。

乾いた音が一度だけ響き、ペン立てが揺れた。

モニターに映る通知は変わらない。

リロードを繰り返しても、同じ文面が戻ってくるだけだった。


叩いても画面の表示は変わらない。

無機質な文字列が、そこに居座ったままだった。


「……俺の作品が…奴らのせいで壊された……俺の…大事な大事な宝が……」


喉の奥に詰まったものが言葉にならず、声の端だけが漏れた。

眼鏡の縁が邪魔に感じ、片手で外す。

レンズが外気に触れて曇り、机の上に置かれたそれだけが、ぼやけた光を返した。

穂村は椅子から立ち上がり、窓辺へ歩く。

鍵を回し、窓を押し開けると、外の空気が一気に流れ込んできた。


ベランダに出る。

足元のコンクリートが冷えていて、靴底越しに固さが伝わる。

街の明かりが遠くに並び、風が頬をなでていった。

下を見れば道路、その先に同じようなベランダの列。

どこにも言葉はなく、光だけが点在している。


(……あの独立機関さえこの世界からなくなれば……)


指先に残っていた熱が、ゆっくりと散っていく。

息が外気に混じり、音もなく消えた。


あの日、とある国では、別の声が響いていた。


天井の高い部屋の中央に、重厚な椅子が置かれている。

壁には、その国を中心に据えた世界地図が掲げられていた。

厚い扉は閉ざされ、外の様子は届かない。

部屋の主は、背もたれに体を預けて笑っていた。


「ふははは……世界よ怯えろ!!そして我が国を崇めよ!!」


言論を統制し、異論を押さえつけた総帥は、その響きに満足しているようだった。

机の上には、彼の名が刻まれたプレートと、いくつもの書類が積み上がっている。


扉の前の空気が揺れた。

重い扉が内側に押し開かれる。

足音が、ためらいなく部屋の中に踏み込んできた。

数人分の影が伸び、床の模様を飲み込む。


「な!!なんだ!?」


椅子から身を乗り出した総帥の声に、前に立った者が淡々と応じた。


「あなたは危険人物と認定されました。あなたの国は、政治は極めて危険で悪質です。あなたはもう不要です」


総帥の視線が左右に揺れ、背後を探した。

いつもなら護衛の気配があるはずの場所が、空気だけを残していた。


「は?何を言っとるんだ!我が国を俺がどうしようと勝手だろう!…護衛はどうした…」


返答が重なった。


「あなたの護衛や仲間たちはもういません。……連れていけ」


足音が近づき、総帥の腕が強く掴まれた。

体勢が崩れ、椅子が後ろへ滑った。


「触るな!!俺を誰だと思っている!!」


怒鳴り声が廊下へ引きずられ、遠ざかっていく。

その背に最後の声が落とされた。


「危険な言葉を垂れ流す悪質なゴミです」


音が消え、部屋の空気だけが残された。

椅子と書類だけが乱れ、世界の一部が抜け落ちたように静かだった。


「……さて、世界に向けて発信準備に取り掛かるか…」


その日世界から1つの国家が消えた。

地図の色が意味を失い、境界線がただの線になった。

代わりに、謎の組織が自らを独立国家として宣言した。

かつて弾圧されていた国民は、その言葉を歓声で迎えた。


組織は、元の国民の生活や政治に直接関与しないと宣言した。

それぞれが自分たちで治安を維持し、政治を行うように告げた。

その上で、こう続けた。

政治について我々は監視している。政を行う者の言葉はキレイでなければいけない。嘘、攻撃的な言葉、口汚い相手を貶めるような言葉はすべて規制対象。粛清の対象とする。我々は世界を美しい言葉だけにするためにある。


最初、世界は何を言っているのか理解できなかった。

それがどういう意味なのか、そのときはまだ、だれも知らなかった。




この作品は、深夜テンションで「なんか書けそう」と思った勢いのまま一気に書き上げました。

構成も発想もほぼその場のノリで固まったので、自分も「何これ?」と思いながら書いています。

でも、その勢いだけで最後まで辿り着けたのが逆に面白くて、そのまま短編として投稿することにしました。


言葉が規制される世界というテーマは重めですが、深夜ならではの妙なテンションが背中を押してくれた結果です。

楽しんでいただけたら嬉しいです。


もし反響が大きかったら、長編化も少し考えてみようかな……と、こっそり思っています。

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