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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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鮮血の因果律に叫ぶ寒月の断罪(3)

明るい十六夜月の星月夜。薄暗くも青白い月光に照らし出された草原で、幾度と無く繰り返される重厚な剣戟音。


ウィルナの忌まわしい過去の記憶の仇敵。望まざるとも、運命と自身の行動が結び付けてしまった因縁の刃。


「おおおぉぉぉっ!」


ダルドの上げる咆哮が闇夜に悲しく轟き響く。


「おああああ!」


ウィルナも、自身を確実に仕留める攻撃を繰り出し続けるダルドに、応えるように声を上げていた。


相手を一撃で確殺できる巨大な武器を両者が振り回す。しかし互いが斬撃による負傷は皆無。その戦闘時間は十数分をも経過した。


ダルドの猛攻はその巨躯から生み出される筋力に、身体強化魔法を上乗せした凶暴さを見せる。


大上段からの強撃はウィルナに回避され、草原に巨大な刃を食い込ませる。普通ならここに隙が生じる筈だがダルドには皆無。


草原の土を掘り起こして刃を返し、腰を落として極大剣を構え直し攻撃動作へと移行するウィルナに斬り払いの一撃を打ち込む。


ウィルナもダルドの動きを冷静に観察して対応。


その刃の猛威に抗う事無く巨大な極大剣で受け流し、その勢いを重ねて舞い踊るような重心移動で回転斬撃を繰り出す。


互いが譲らず拮抗した戦闘は、時間の経過で確実に崩れ始めていた。


ダルドは若かりし頃から訓練を重ねて来た。何よりも騎士だった父の背を追い続け、田舎貴族の家名であろうと、その名に恥じない行いを心がけて来た。


国民を守るため。魔族討伐のため。魔獣討伐のため。ダンジョンに潜って現状確認や保全を行うため。


しかし訓練は対人戦を想定した物が全てだった。


悪意蔓延る人間の世界。その脅威は諸外国からもたらされ続けた。


十二歳で騎士見習いとして親元を離れ、長い年月幾度と無い敵国の進行を最前線に立って防ぎ続けた。守り続けて来た。


その中で培ってきた高い対人戦闘技術。持って生まれた屈強な体躯。


その二点以外、全てがウィルナに負けていた。


製作したダルド本人でさえまともに振れない極大剣。


それを振り回せる身体強化魔法を生み出している高次元の魔力出力。そして格段な違いは体力と魔力量。悲しくも力及ばず、底すら未だ見せる事が無かった。


「おおおおおっ!」


ウィルナの右背後下段からの強烈な斬り上げが大地を削り、咆哮と共にダルドを強襲する。


「がああああっ!」


雄叫びを上げたダルドが大きく振りかぶった両手斧。深淵の月光をその身に宿し、大上段からの袈裟斬りが猛威を振るってウィルナを迎え撃つ。


二つの巨大な刃が月明かりに閃き、闇夜の静寂に重厚な金属音が激しく響き渡る。


月明かりに照らし出された二人の戦いは戦神と鬼神の戦いの様だった。


それは荒々しく抗い暴れる大型草食獣が小型肉食獣に命を削られゆく悲しい光景にも映る。そして今の一合が長い戦いの幕引きの合図となった。


戦神のような小さな影が弾いた。鬼神のような大きな影は押し切られ、その体勢は大きく後方に崩された。


ウィルナの強烈な斬撃にダルドの両腕は固く握った武器ごと真上に弾かれ、体は大きく反り返りった。最早片手で持つだけとなった背後のバトルアクスは手から放れた。


(良い斬撃だ。そんな辛そうな顔をさせて済まない)


ダルドは心の中で呟きを漏らした。


ウィルナは悲愴感漂う悲しい目をしていた。


ダルドは国の上層部に愛想を尽かし、ダルナクと名を変えて隠遁した。いつかガウェインが戻って来ると信じ、ガウェインが治めていた北部地域の拠点であるこの城塞都市に居を構えて待ち続けた。


だが、ガウェインは十中八九帰ってこない。真実の一端に触れたダルドの自責の念はウィルナ個人へと向けられた。


ダルドはウィルナが感じる罪悪感を少しでも軽くするため、決闘という形で命を差し出した。敵として認識された以上、憎まれた敵として最後を迎えるつもりだった。


ウィルナは無防備となったダルドを正面で捉え、その巨体に極大剣を大上段から斬り降ろした。


「おおおおっ!」


ダルドは最後の時を敏感に感じ取って雄叫びを上げた。


全身の筋肉が熱く躍動する感覚を感じ、背後への転倒を防ぐ為に広く下げた右足は大地を力強く踏みしめた。限界を超えて痛みすら感じる腹筋と背筋が、バランスを保とうとするダルドの強靭な意志に応えた。


生死を分けた接戦が自身の命を奪う罪の意識を少しでも軽くする。その思いが『簡単には死ねない』と、限界を迎えつつある体を奮い立たせる。


それはダルドが父から受け継いだ崇高な精神と意志の結晶。それが数多の戦場を駆け巡り、死中に活路を見出し続けて来たダルドという男の生き様。


「があっ!!!」


ダルドがウィルナの斬撃を避ける事無く前進し、その打点をずらして有効打になる前に左肩で受け止めた。


「なっ!」


ウィルナは想像もしていなかった。ダルドとの戦闘は驚かされてばかりだった。


更に追撃として繰り出されたダルドの右拳。ウィルナの口元から流れ出た血の一線。


ガチッという骨と歯の音がウィルナの顔面から発生し、その頭部はグルンと後方に回転した。


ウィルナは頭部を高速回転して体を反らし、打撃の衝撃力を弱めた。首が残りの衝撃を吸収した。左頬と唇のジンジンズキズキ響く些細な痛みはどうでも良かった。


「くはっ!」


ダルドは後方に大きく弾き飛ばされた。


ウィルナの強烈な横蹴りの衝撃は凄まじく、巨躯のダルドを一撃のもとに大きく吹き飛ばした。


「家族の仇です」


ウィルナは悲しい目をダルドに向けて歩み寄った。草原に引きずる極大剣がやけに重い。頭の中では『出来ない』『やれ』その言葉が繰り返されていた。


それでもダルドの決意はウィルナの胸にも届いていた。悲しくも、打ち合う刃で語られた悲痛な言葉。それはウィルナに、ダルドの命で過去を清算してこの場を去る事を決心させていた。


「やめろおっ!」


誰もがウィルナとダルドの決闘を無言で見つめる静寂の中、ウィルナが片膝をつくダルドの正面まで足を進め、刃を暗天に高々と掲げた瞬間だった。


ウィルナはヴィガの悲痛な叫び声に目を向けた。その両手には双剣が闇夜に輝き、戦闘態勢となったヴィガの決意宿る双眸がウィルナを睨んでいた。


「そうか。――僕は同じことを」


ウィルナはその言葉を残して極大剣を素直に降ろした。


ヴィガはウィルナにとって得難い存在。失いたくない仲間。ダルドはそのヴィガの育ての親で父親。肉親や大切な存在が奪われる苦しみを想像の産物では無く、体感した認識で痛感している。


そしてウィルナの体は復讐心への拒絶の意志を明確に示し、勝敗を決した一撃以外斬撃傷の無いダルドの体がそれを如実に物語っていた。


やはり出来る筈も無かった。


復讐という自己満足で、ヴィガやダルドを大切に思う人達を傷つけていい筈が無い。


ウィルナはそう自分に言い聞かせて極大剣を草原に突き立て、獣人達を連れて休息地から離れる為に歩き出した。


「待て!俺の命はお前にやる。これが俺達の償いだ」


歩き去るウィルナに声をかけたダルド。胸部は血に染まり、昨夜受けた傷から出血していた。


ウィルナには衣服を朱に染め上げるその流血も、ダルドの無言の謝罪と苦悩する涙のように見えていた。それが酷く悲しく辛かった。


「もう良いです。僕はもう、貴方達を恨みません。――いや、そうじゃない。恨んでも何も出来ないんです」


ウィルナは悲しみに暮れた表情を明るい夜空に向けた。周囲を包む寒風が悲哀に感じられる。それほど心は落ち着き、同時に冷静だからこそ感じる無力感と罪悪感。


「村の人達は怒ると思います。――いや、どうなんでしょうか」


人間の感情は移ろいやすい。それは一時の感情に支配され易いという事。その中で苛立ちや復讐心は、特に精神を支配し自他を苦しめる。


それを経験から知るダルドはウィルナの声を聴きながら腰を上げた。


「お前が望もうと望むまいと俺の命はお前にやる」


「もういいです」


「いや、お前が受け取れ。これは俺のケジメだ。俺の未来の全てをお前にやる」


「はい?」


「これからは、お前の剣となり盾となってこの命を捧げる」


ウィルナはダルドの言葉の意味が理解出来なかった。その本心が理解出来ない。敵と認識した存在となれ合うつもりも無い。


「結構です」


「いいやっ、俺は決めた。ガウェインがお前の村を襲撃した理由がある筈だ。俺達は只の道具だった。命じた奴が必ずいる」


「道具?ですか」


「そうだ。俺達を置いて行った理由は大体見当が付く」


「はぁ」


「良し!決まりだっ。鍛冶屋は今日で閉店だ。俺の事はダルドと呼べ。これからはお前が主だ。部隊長だ!」


「はい?」


ウィルナも薄々気が付いていたが、ダルドは他人の言葉多くに耳を貸さない。豪快過ぎるその性格。言いだしたら邁進するその姿はヴィガそっくりだった。


ダルドとヴィガの違いは人の話を素直に聞くか聞かないか。『最悪だ』この言葉がウィルナの脳内で繰り返された。


「ギャリアン!次だっ。俺が生きてるから穴は二つ分だっ!皆も剣を取れ!」


ダルドは呆然と立ち尽くすウィルナを気に留める事も無く大声を張り上げた。


その言葉に敬礼の姿勢を見せていた男達十三人が歩き始め、剣の墓標から次々に剣を引き抜く。並び立つ剣は男達がウィルナの村人の魂に捧げた仮の墓標だった。


そしてダルドが鍛冶屋として過ごした中、傑作として保管していた十数本の武器も含まれた。ウィルナが手に取った極大剣も、ウィルナに剣を折られた直後から作ってみたが、重すぎて振れず不良品となった品だった。


「凄い音がしてたけど、どうしたの?あっ、武器屋さん血ぃ出てるよ」


ダルド達の集団に馴染めず黄昏ていたウィルナの傍に、駆け寄って話しかけて来たベリューシュカとトレス。その声は弾んでいても、どこか暗い影を感じる雰囲気だった。


ウィルナもその理由はすぐに理解出来た。


休息地側の林の影から姿を見せた獣人集団は、エイナを数人がかりで大切に担ぎ上げて歩いていた。


「この場所、明るいときは遠くが見えて綺麗なんだ。春には青い花が咲き誇る場所なんだよ」


「そうでしたか」


ウィルナはベリューシュカに多くを返せない。家族との別れの感傷を和らげる魔法の言葉なんて在りはしない。只々無言のままでエイナの騎士風葬儀全てを見守った。


ウィルナは横に立つトレスの頭に手を乗せて考えた。考えずにはいられない。


人の命は重くて軽い。誰かにとっては宝物。誰かにとってはかけがえの無い者達。


頭では理解しても簡単にダルド達を許せるはずも無い。そして旅に同行すると言い張る始末。


そして眺めたエイナの墓標。立派な墓石が立てられ、その横に掘った穴にダルドや男達が布袋を投げ込んで埋めた盛り土がある。


布袋の中身は忌まわしい記憶の金属鎧や盾だった。ダルド達には名誉と誇りを宿した宝具とも言える貴重な品々を、贖罪の一環として穴に投じた。


ベリューシュカは蒼凱の騎士団にお婆さんが守られると喜んだ。


しかし当のウィルナはそんな事されてもまったく嬉しくない。涙を流す男達もいたが感情移入出来る筈も無い。


「はぁー」


今のウィルナを弟や妹が見たら、特に妹のルルイアが見たら凄い剣幕で怒られそうに感じて、小さくも深い溜息をついた。


「お迎えに来たよー」


ウィルナが可愛らしい声に振り向くと、幼い獣人の子供達四人が遠くから駆けて来ていた。そしてミスアがウィルナに抱き着いた。


「お待たせミスア。キーラ、イズ、オーストも」


ウィルナの声に体を寄せる無邪気な子供達。しかしウィルナの複雑な感情を敏感に感じ取り、ウィルナの暗い顔を眺めて首を傾げた。


「おねえちゃんと喧嘩したの?夫婦喧嘩?」


ウィルナの顔を黙って見上げていたミスアの不意の一言。


「いやあああああ」


ウィルナはミスアの話に被せるように発せられたベリューシュカの悲鳴交じりの絶叫に平手打ちを思い出し、条件反射的に体を硬直させながら身構えた。


「いやっ。違うよ。喧嘩してないよ。いや違う。それ以前に夫婦じゃないから」


「そっ。ならいいよ」


「うん」


ウィルナにはミスアや子供達の笑顔が救いだった。人生辛いが今は暖かいと感じる何かがある。


「おなかすいた?大人はお酒飲んだら元気になるんだって。向こうにあるから行こ」


「そうだね。キーラ達はもうご飯済ませたの?」


「そうだよ。でも一緒にいてあげる」


「ふふっ。それは良かった。寂しかったんだ」


見上げた空には明るい月が星々に囲まれ輝いていた。


あの引き込まれるような優しい光景を、子供達や苦しむ獣人達と再現したい。今はその思いだけが正しい事だと思わせてくれる唯一の行動理念。


相手を憎んでもいい。恨んでもいい。だが、ウィルナはその思いを胸に秘めるだけにした。何が最善か分からなくなっていた。

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