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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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鮮血の因果律に叫ぶ寒月の断罪(2)

夢と現の狭間にたゆたう意識が認識する確かな笑い声。見上げた馬車の天幕は白に闇色が加色されていた。


ウィルナがうっすらと瞳を開いて認識した暗がりの世界は、闇に覆われた意気消沈の世界。


「ここは、――ベリューシュカさんの馬車か」


目を開けても体を起こせない。只々感じる脱力感。眠りに落ちる直前の衝撃が、ウィルナの行動一切に制限を設けるほどの重圧として残り続ける。


聞こえて来る笑い声は、それをもたらした人達から聞こえていた。


ウィルナは広いと教えられた外の世界で出会うなど、思いもしなかった。


その相手が外の世界では滅多に出会わない、好感を抱いた人達だった事で心は押しつぶされた。


村を襲撃した仇敵。それは悪人でなければならなかった。


ウィルナの目には悪人として映るはずだった。


「みんな――。ロッシュ、ルル。――僕は弱い。――出来ないんだ」


ウィルナは一人呟き、暗い馬車内で瞼を閉じて手を乗せた。自分を含めた世界を見たくない。これが現実だとは認識したくなかった。


「ごめん、皆。――ごめんなさい」


相手を知らなければ。相手と違う出会い方をしていれば。


その思いだけがウィルナを苦しめた。弟妹に会わす顔が無い事を自覚しても行動を起こせず、謝罪の言葉だけが闇夜に悲しく溶けて流れた。


「起きたのか?――具合はどうだ?薬の後遺症は?どこか体に異常はないか?」


馬車の荷台後方から聞こえたヴィガの慌てた様子の声。その声に木材の軋む音が重なり、ウィルナは横に座り込んだヴィガの気配を感じて濁った瞳を見せた。


「大丈夫です。怪我した人はいませんでしたか?」


「あぁ、大丈夫だ。お前がそうしたんだろ」


「そうですね。ヴィガさんが立ち塞がってましたし、出来ませんでした」


「起きれるか?ダルドさんがお前と話をしたいそうだ」


「そうですか」


「お前の気持ちは痛いほど理解出来る。だが俺はお前と戦いたくない」


「そうですね。僕もです」


ウィルナは自分の体に掛けられていた毛布をどかして体を起こした。


これから仇敵との対談に、沈んだ気分は更に沈下していく。


怒りをぶつける相手が目の前にいても手を出したくないという葛藤は、体内に混入した毒物のように精神を蝕み続けた。心は深く沈んだ深海のように暗く冷たく静まり返った。


しかしウィルナが馬車から降りて眺めた夜会の光景は、足を止めて見惚れるほど美しい景色だった。


開けた大地に総数七台の馬車が真冬の強く冷たい風の暴風壁として並んで置かれ、その数の馬車を引く為の馬達が集団を形成して大人しくしている。


そして無数の篝火が暗天の周囲を明るく照らし、その無数の焚き火を取り囲んで声高な笑い声を上げながら食事を楽しむ人達の集団。


素朴な一枚画を見た様な感動は、闇夜に安心感を与える焚き火の炎。その周囲で楽し気に駆けまわる獣人の子供達と人間の子供達。そして子供達を笑いながら追いかけるベリューシュカが見せる光景が与えてくれた。


「あの子供達四人は別格だ。お前のお陰か、俺達人間に大分慣れた様子だ」


足を止めて穏やかな光景を眺めるウィルナ。その横に立って子供達の意識の変化を素直に喜んだヴィガ。


ウィルナが見た光景には子供達に混ざって、獣人達も人間達に交ざり近くの焚き火で食事をしている姿も含まれた。皆がその姿を隠す事無くフードを外し、首輪も外す。


子供達に触発された獣人達は、敵意を隠して人間達と過ごしていた。敵意より警戒心の方が強かった。それは獣人達が人間達から受けた苦痛と苦悩に満ちた日々がもたらした、心に食い込んだ悪意の爪痕。


それを理解するダルド達も、首輪をつけてない獣人達を恐れる事無く人として扱った。豪快で大雑把なダルドいわく『それが騎士道』という事らしい。


「獣人の人達、増えてませんか?」


ウィルナは十八人だった獣人達の姿に目を疑った。眠りから目覚めたばかりの気怠い意識は、すぐさま覚醒してその数の確認を行った。


獣人達は二つの尖った耳があるから認識しやすい。人数確認も直ぐに済んだ。


「二十七人も増えてるんですけど。凄い数ですね」


ディロンから譲り受けた幼い子供達四人。貴族屋敷から強奪して来た十八人。そこに新たに加入した二十七人の数を数え終わって、素直に驚きを声に乗せた。


「お前が寝てる間、奴隷市場に寄ったんだ」


「あぁ、作戦の第二段階でしたね」


「あそこにいた獣人達を正式な取引で購入して来た。奴隷商も悪人ばかりじゃない。お前のように皆殺しにして奪ってきたわけじゃ無いがな」


「購入。買って来たって事ですよね。お金は?」


「皆で出し合った。マークドフェンリルの商品の大半を投じた。――旅は身軽な方が良い。それにメレディアが強引に買い叩いたんだ。あいつの圧力は半端じゃないからな」


「何となく分かります」


「何とか全員から引き取れた。強引に奪い取ったとも言えるが」


ヴィガは今朝方見ていた奴隷市場を思い出して苦笑した。


ヴィガからウィルナと過ごした経緯を簡単に説明されたダルドとメレディア。メレディアは皆からの寄付金や商会からの品々を馬車に詰めて単身奴隷市場に乗り込んだ。


「一番気に入った獣人奴隷を連れて行く」


メレディアの言葉に奴隷商達は全員が獣人奴隷を連れて来た。奴隷商達は食料確保を済ませ次第、別の都市に移る準備の最中だった。奴隷が減れば食料も少なくて済む為、我先にと駆け出していた。


「全員気に入った。ここにある品と金貨二千五百枚で引き取る」


メレディアの言葉に奴隷商達は当然猛反発した。


ここにいる獣人達の総額は万枚を軽く超える額。それでも引き下がらないメレディアに奴隷商達がぶつけた護衛隊数十人。都市が崩壊した今、メレディアの馬鹿げた商談に付き合う余裕は無かった。


しかしその屈強な男達全員が素手のメレディアに返り討ち。終いにはリーダー格の大男の首根っこを鷲掴みにし、片腕で釣り上げて満足そうな微笑を浮かべたメレディア。そして奴隷商達の周囲を取り囲んだダルドとその元部下達。


奴隷商達が恐怖に歪んだ表情を見せる中、一人の老人が敬意の眼差しをダルドに向けた。


「あんた、ケイディールか?」


老人の一言が周囲に重苦しい沈黙を生じさせた。その名はかつて救国の英雄として、この国や他国にまで轟いていた。


「あんたなのか?ワシの育った村は蒼凱の騎士団が守ってくれた。可愛い孫がいたんだ」


「俺もだ。あんたがいなければとっくの昔にくたばってた。こんな時にこんな場所で出会うとはな」


「あんたが巨岩の破壊者か。通り名通りの大男なんだな。死んだおやじの遺言だ。受けた恩はこの場で返すとしよう」


その言葉を尊敬の眼差しに乗せ、奴隷商達は獣人奴隷達を多額の赤字も受け入れて渡してくれた。


以上が今朝の顛末。ヴィガは横に立つウィルナに詳細を語って聞かせる気分になれない。ウィルナは切望した人と獣人が見せる笑顔に微笑するだけ。普段見せる無邪気さは影を潜めていた。


「そうですか。有難うございます」


詳細の多くを語らないヴィガにウィルナは暗く沈んだ声を返した。


望んだ光景を目にした。だがそれは仇敵と認識した人達がもたらしていた。そこに湧き上がる感情は愛憎渦巻く複雑な思いだった。


「礼は必要ない。勿論金を出し合ってくれた皆にもな」


「はい。それと礼はヴィガさんにも。話して気分が少し落ち着きました」


「そうか。ダルドさんはその先にいる。行こうか」


ヴィガは北街道第一休息地から歩き出した。


都市が崩壊し、西からはバーキスが進軍中の今、戦火を逃れ安息の地を求めるなら東進すべきだった。しかしヴィガからエイベルの事を聞かされたダルドは逡巡後に北進を決断した。


ダルドにもエイベルに技を伝授した過去がある。ヴィガやメレディア同様、共に過ごした懐かしい記憶がある。都市を襲撃した理由が知りたい。理由次第では自らの手で終わらせる決意は直ぐに固まった。


だが、ダルドは体が一つ。命も一つしかない事を心底悔やんだが、表情にすら出さなかった。


二人は奥に見える林に無言で進み、足元の枯草が踏みしめる大地の土音に混ざって耳に残る。


最悪ウィルナと命を懸けて殺し合う。


それは是が非でも止めたいが、ヴィガが何を口にしても言葉では止まる事が無いだろうウィルナ。進みたくない意識が足を鈍らせる重しとなる。


二人は自分達の馬車四台の横を通り抜け、月光に照らされた青黒い木々の間を押し黙って歩き続けた。重苦しい空気は、二人が確実に訪れるすぐ先の未来を拒絶して形成されていた。


無言のままで辿り着いた林の一角。そこは木々の間の開けた草原。


「これは――」


ウィルナが目にしたのは無数の剣の墓標。それは抜き身の剣大小様々が草原に突き立った異質な光景。


雲一つない夜空は巨大な十六夜月が明るく光り、無数の星がその存在感を示して輝く。


その光に照らし出された無数の剣も微弱な月光をその身に受けて妖光煌めき、不気味な存在として認識させた。


「剣身は英霊に!剣先は己に向けて魂を律せよ!」


メレディアの毅然とした声は、草原に入ったウィルナとヴィガを視認して発せられた。そこに足音と動作音が重なり、ダルドの元部下総数十三名の男達が敬礼の姿勢を取る。


その姿や動作は洗練されたものだった。伸ばした背筋。正面に向けて微動だにしない顔と視線。そして両手は胸の前で固く握られた。


しかしメレディア含む全ての人物が両手で固く握る物は、剣では無く木の棒。それは小枝や曲がりくねった枯れ枝。全員がそれを両手で握り絞めて敬礼の姿勢を取る不自然。そして全員の足元にある布袋。


「ここにある剣から好きな品を選べ」


月明かりに照らされたダルドは、鎧を脱ぎ捨てた普段着の姿を見せてウィルナに言葉を投げかけた。その声には疑問も質問も許さない意志が強く込められた。


ウィルナは理解した。


ダルドは巨大な両刃のバトルアクスを肩に担ぎ上げてウィルナを見ていた。それはダルド一人だけが武装した状態。命を奪う気なら俺だけをやれというダルドの強い意志表示。


ウィルナは剣の墓標に足を進めてそれぞれを眺めた。


その剣は一際巨大で周囲から浮いた存在。鋼色は闇夜に白銀の光沢を宿し、飾りっ気のない無骨さがその巨大さを際立たせた。


ウィルナはその片刃の極大剣に歩み寄り、大地に突き立った状態でも自身の身の丈を超える剣の柄に手をかけて引き抜いた。


その重量も身体強化魔法無しでは持ち上げる事すら不可能な超重量。


ウィルナがその剣を手に取った瞬間ダルドは笑みを見せた。しかし先手を打ったダルドの形相は野獣と化し、その猛攻は熾烈を極めた。


剣の墓標から離れたウィルナに飛び掛かり、両手で握る巨大なバトルアクスを軽々と振り回す。


その凶刃は胴体を骨ごと両断する重厚さと凶悪さをウィルナに感じさせ、ウィルナはその凶刃を距離を取って回避し続けた。


やがて両者の刃が激しい金属音を響かせ、林の静寂に鳥の羽ばたきを生じさせる。


『強い!』その意識がウィルナに明確に刻まれた。


ダルドの動きは野生味を感じさせる荒々しさと凶暴さ凶悪さ。そして優れた筋力と技術の体重移動が猛烈な連続攻撃を生み出し、受ける剣は力任せに押し返される。


ダルドの動きはヴィガの動きに重なった。ヴィガの師匠がダルド。ヴィガがダルドの動きを学んで重ねたと言う方が正しい。


そしてダルドと打ち合うウィルナは大振りの一瞬の隙に肉迫。その巨躯に背面中段に構えた極大剣の横薙ぎの斬撃を繰り出す為に両足を踏ん張る。


ウィルナは大振りに誘われたわけでは無かった。ダルドには確かに隙が生じた。


「なっ。がっあぁ」


それは一瞬の攻防。大きく後方に弾かれ飛ばされたウィルナ。


踏み込んだダルドの大上段からの大振り。そこに合わせて肉迫したウィルナ。選択は間違いでは無かった。


ダルドは巨大なバトルアクスを振り下ろしながらウィルナの接近を視認。振り下ろす動作に重ねた勢いそのままの体当たり。体格差が結果を生んだ。ダルドの野生味あふれる前進力と驚異的な運動神経が、その巨躯を武器に炸裂した。


ウィルナには想像だにしていない強烈なダメージ。


防御魔法は展開せず。対等に剣で戦うべきだと。しないべきだと判断した。


外の世界はおろか、長い日数魔獣との戦闘時ですら脳震盪を起こす事は無かった。しかし脳が揺れる。視界が歪む。立っているのに地面が近づいて来る錯覚。


「ヴィガさんも強かったが、ダルドさんも強い。外の世界にもいるんだな」


ウィルナは弾き飛ばされた地面に逆立ちする状態で回転跳躍後に着地。そしてダメージで苦悶の表情を浮かべず苦笑した。


ウィルナの類まれな戦闘技術は対魔獣戦に特化した。それが生きる糧であり生き残る術だった。


訓練を重ねて来た木剣は、今のウィルナにとっては小枝のように軽いものだった。


だが、折れない武器をと手に取った武器の超重量に体の制御が狂う。そして扱った事の無い極大剣の最適動作が未だイメージできない。


そのウィルナの眼前に迫る巨躯の野獣と化したダルド。


ダルドは騎士として訓練と研鑚を積み重ね、血風巻き上がる戦場で幾度となく死線を潜り抜いて来た猛者だった。


生まれ持った体格。物心ついた時には気が付いた強い魔力。田舎貴族出身でも両親に恵まれ、厳しくも優しい父に教わった技術と受け継いだ意志は他を圧倒した。


それはこの国最強と謳われた蒼凱の騎士団に加入する生え抜きの猛者達の中で、副団長に抜擢されるに至る実力となった。


そして人生の友となるガウェイン・キーガーラとの出会い。今は没落した五大貴族が田舎貴族のダルドを友と呼ぶ、懐かしくも嬉々とした感情を与える過去の記憶。


その友であるガウェインが過去に汚点を残したのであれば、ダルドの自身が命をもって償おう。その決意を秘めた咆哮が、二人の剣戟音に悲しく交ざり響き渡る。

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