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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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漆黒に燃える二羽の飛燕(5)

石壁のエントランス室内で闇夜に輝く双眸は合計七人分。全てが得も言われぬ光を宿し、その表情も闇夜に同化する闇色に染め上げられた。


地下牢からウィルナを先頭に屋敷玄関であるエントランス広場まで移動し、寝ていた少女二人も地下牢内で異常な気配を察知して目を覚ましていた。


ウィルナの言葉に応じた獣人達の全員が不安・恐怖・罪悪感、そして絶対的な絶望感を抱いた。


ウィルナに従った理由は拒めば殺される。死の回避への一念のみ。それ程の冷徹さをウィルナから感じ取ってしまっていた。


そして恐怖の対象であるウィルナは獣人達をこの場まで先導し、足を止めて振り返ると同時に黒色ガントレットに覆われた両手を持ち上げる。


二人の獣人女性は反射的に感じ取った恐怖に瞳を固く閉じた。男性三人は二人の少女を庇うように立ち位置を変えた。


(信用されないか。僕の姿も人間種だ。過去にどれだけ人間に苦しめられて来たのか想像も出来ない)


ウィルナは獣人達のその姿に、同情心より罪悪感を強く抱いた。同じ人間がやった事なのだから。


しかし獣人男性達が見せた少女二人を庇い立つ動き。それは自身の命を懸ける覚悟を宿した表情と、恐怖に屈せず決意宿る双眸の光で精神の崇高さが一目瞭然。


ウィルナはその姿を見て微笑んだ。


「ヴィガさんとの合流後に外に出ます。僕の防御魔法を付与しますので怖がらないでください」


ウィルナの穏やかな声は広いエントランスに反響音を生み出した。そして生じた薄氷を踏み拉く防御魔法の構築音。深夜を大きく過ぎた静寂はその音を明確に伝え、付与された獣人達は構築音に警戒して自身の体の異常を確認している。


「外は火災の熱と真冬の寒さで辛いでしょうが、その魔法の効果がある程度緩和してくれます」


ウィルナは浮足立つ獣人達を眺めた。ここの貴族はまともな思考の持ち主ではないらしい。


真冬の寒さの中、全員がノースリーブの薄いボロ一枚。その手足には必ず痣や傷跡を残し、生傷のある少女もいる。そしてやせ細った体に不釣合いな厚さの鋼鉄首輪。


「皆さん素足ですけど魔法が怪我も防いでくれます。それに後から衣服も渡しますので少しの間我慢してください」


ウィルナの声に黙って頷く獣人達。思えばディロンから譲り受け、保護した幼い獣人達もおびえた様子を最初に見せた。


ウィルナは子供達の安らかな寝顔を思い出し、自然と笑みをその顔に宿した。


それからウィルナ含めた集団は、闇夜の静寂に重ねた無言の時を過ごした。


「待たせた。夜明けまで時間も少ない。次に向かうぞ」


やがて沈黙を切り裂いた待ち人ヴィガの声と石床を蹴り進む靴音。


暗がりの廊下に姿を見せたヴィガは窓から差し込む薄藍色の月明かりに照らされ、その両肩には大きな布袋二つと木樽が抱えられていた。


「また大荷物ですね」


ウィルナはついついヴィガの姿に笑い声を含んだ言葉を投げた。それほど大きな布袋二つと肩に抱えた木樽。


「この屋敷の始末は俺なりに着けた。目的の紅玉と鍵も確保してきた」


「有難うございます。でも、僕達何だが野盗みたいですね」


ウィルナは略奪品を抱え、返り血を浴びたヴィガの姿を見て多少辛そうな表情を見せた。それは複雑な感情だった。獣人の人達も強奪した。押し寄せたのは悪人の所業に対する罪悪感。それに尽きた。


「お前は闘争の決着をどう着けて来た?」


ウィルナは突拍子も無い質問で頭は一瞬空になった。唐突なヴィガの質問に顔を上げ、その顔を呆けた表情で見返し考えた。


「魔獣との戦闘は生きるか死ぬかでした。見逃してくれませんし。――ふふっ、見つかればすぐ襲ってきますし大変でした」


過去の記憶は鮮明となり、その記憶が良き隣人であり素直に襲って来る魔獣達への笑顔を浮かべさせた。


「そういう事だ。俺達は穏やかに暮らしていただけだ」


「そうでした。――この罪悪感は僕だけが背負えばいい」


「そう言うな。お前の罪悪感は保護者になると決めた俺も背負う」


「はい。有難うございます」


「行くか」「はい」


二人の会話は冷たく暗い闇色の尾を引く。善人であろうとしたウィルナは悪に染まり切れない。その心の葛藤が辛く重く圧し掛かる。


それでも自分が始めた戦い。心身の痛みは忘れず刻み込む事にして歩き出した。


「あの。荷物持ちます」


その声は腕に生傷のある少女の声だった。傷は服に隠れた胴体各所にもあった。人間に対する恐怖心が奴隷としての発言を誘発した。


「お願いしましょう。男の人達に」


ウィルナは少女に笑顔を向けて応えた。言葉を重ねる事で相互理解は生まれ、やがてそれが信用の大樹へと成長する。


ヴィガはウィルナの言葉に立ち止まり、獣人男性三人を眺めた。奴隷として荷物を持たせるか思案した。


「すまない。これを頼めないか?」


思案は巡りやがて辿り着いた一つの答え。ヴィガは獣人達を友人として扱う事にした。ヴィガより少し若く見える男性達。二十前後の若さと多少の幼さを見せる。そして無警戒に歩み寄って笑顔を見せた。


「分かりました」


一人が呟くように答えて荷物を受け取る。そこに無言の二人も続く。


獣人達の受けた心と体の傷は深い。人間の業は悪魔的。


「助かる。左腕を負傷しているんだ」


ヴィガは辛く歪む顔の獣人達に、それでも笑顔絶やす事無く言葉を続けた。哀れみや憐憫は無用。友人と意識認識してもらう為に接するのみと考えた。


「確認ですけど貴方達は奴隷では無くなりました。悪魔の僕と契約したんです。でも僕は貴方達の望みは半分程度しか叶える事が出来ないと思います。なので貰う魂も半分。だから半分の魂を僕は拘束出来ません。それは貴方達の自由の証です」


ウィルナは獣人達に満面の笑顔を向けて説明した。それは生きる希望を持って貰う為。そして自由を謳歌してもらう為。そしてやがては子供達を含め、笑顔の中で食卓を囲みたいという願いを込めた。


「ははっ。上手いこと考えたな。くくっ。最初の自己紹介で悪魔なんて言葉が出て来た時は驚いたぞ」


玄関口に歩を進めてウィルナの演説に耳を傾けていたヴィガ。その口元を右手で覆い隠して苦笑しながら率直な言葉を並べた。


「そこは僕なりに考えたんですよ。しかも笑う所でもないでしょう」


「くくっ。そうだな。くっ。――で、首輪はここで外すか?」


玄関扉に背を預け両手を腰に当てて苦笑を続けるヴィガ。ウィルナの反応を喜んで眺めながら笑い転げている。どうやら地下牢の緊迫したウィルナの獣人達説得時から吹き出しそうになっていた模様。


「そうでした。すぐに外しましょうよ。何で教えてくれなかったんですか」


「馬鹿言え。紅玉と鍵を手に入れたと言ったぞ」


「首輪を外すとは言って無いです」


「お前なぁ。苦し紛れの反論は子供っぽいぞ」


「今日は良いです。明日から大人になります」


「はっ。これだから子供は」


「むい――。早く外してください」


「むい――ってお前なっ。くくっ。これ以上笑わせるな。腹筋がつる」


じゃれ合う二人の口論を眺めた獣人達は殊更混乱した。当たり前だが首輪の制限が無くなれば逃走も現実視出来る事になる。それを無邪気に談笑しながらいとも容易く容認した人間達の気が知れない。


獣人達はやがて歩み寄って来たヴィガに少女から順に女性男性と首輪から解放され、皆が首辺りに手を伸ばして奴隷身分からの解放を実感した。


「どうして俺達をそこまで信用する」


声を上げた獣人男性は、ヴィガを眺めてしきりに手を動かした。そこに物心ついた時から存在していた首輪が無い。それは軽くなった体が生まれ変わったような感覚を抱かせた。


幼い記憶の当時から苦痛と苦悩を与えて来た人間種。それから解放したのも人間種。訝しむ感情はくぐもった声と表情に表れていた。


「契約ですよ。貴方達の自由は僕の大切な子供達の為です。そのため全力で貴方達を守ると誓います」


ウィルナが開いた両開きの木製扉。そこから差し込む月明かりは、獣人達に振り向いて言葉を返したその姿に暗黒の影を落とした。


「そういう事だ。悪魔契約は魂の合意。俺も悪魔に魂を売り渡した身だ。これから俺達は仲間友人としてお前達と接する」


そしてヴィガも屋内よりは明るい夜空の下に出る為、ウィルナの元へと歩を進めてその言葉に補足した。


首輪の外れた自分達はこれから人間達と敵対する事になる。それは迫害・虐待・凌辱された過去の恐怖とは別の恐怖。外へと歩み出た二人。その二人を戦い抜く決意を胸に追いかけた獣人達。


朱色に染まる夜空に輝く朱色で巨大な満月は、この日この都市の凶兆と不吉さを表すような不気味さ。


その雲一つない朱の夜空に光輝く星は姿を見せない。それほど都市火災は延焼を繰り返し、巻き上がる黒煙の渦が闇を深くする。


その地に解放された獣人達は生き抜く決意を胸に姿勢を正した。口は堅く閉ざされ、深夜過ぎでも双眸は力強く開かれた。


「馬屋の場所の見当はついている。行こうか」


ヴィガの言葉に頷き従う一行は口を閉ざして進み、屋敷前通路を抜けて屋敷側に角を折れた先に馬屋を見つけた。


「おぉー。馬!――えとえと。――全部で十二頭も!おぉーお」


ウィルナは馬屋を発見後、その石材の石壁に設けられた木製扉に駆け寄り、一気に開いて子供っぽい反応を見せ大声を上げて喜んだ。


ヴィガは駆け込むウィルナを横目に、見えている長方形厩舎の短辺方向に歩み寄り、巨大な木製扉を解放した。


屋敷も立派なら厩舎も立派。ヴィガは高額な獣人奴隷が七人もいた事に驚いた。それ故馬への期待感も強く、それは予想通りの大収穫。


「くくっ。聖騎士改め悪魔付きの暗黒騎士か。存外性分に合っているようだ」


ヴィガは孤児としてダルド引き取られてからは、寝る間を惜しんで研鑚を重ねた。彼は賢く何より努力家で素質があった。そしてダルドに見い出され、この国最強と謳われたガウェインにも指南を受けるほどだった。


つまり大胆不敵で有言実行。それを可能にする意志と能力を、長年の努力琢磨により手に入れた。そして若くして手に入れたもう一つ。銀麗の騎士副団長の座。


絶望を糧に、幼い当時から堅実で確実な努力を継続し続けた結果は幸運に恵まれ開花した。ディロンの口添えが強かったが騎士団内では誰もが賛同し、その地位に就くことを祝福してくれた。それほどまでの力量と人望を得るまでに努力を積み重ねてきた。


「今までの苦労がこんな形で報われるとはな。ふふっ」


ヴィガは寂しさを含んだ自身の言葉に苦笑した。意外に暗黒騎士も悪く無い。そう思うと笑えて来る。


「ヴィガさーん。僕この子が良いです!凄いですよ!真っ白!何で!?」


ウィルナは茶馬しか見た事が無かった。トレスのように綺麗な毛並みは月明かりに白銀の光沢を放つ。ヴィガは、白馬の鼻筋を撫でながら無邪気に喚き散らすウィルナに目を向けて笑いが止まらない。


災厄に見舞われた都市。屋敷内に悪意を振りまいたヴィガ自身。それでも感じる解放感は、一重に無邪気な笑顔のウィルナが与えてくれた。


「あぁ、好きな奴を連れてけ。どうせこの場の馬は全て連れて行く」


「はーい!」


ヴィガはウィルナの保護者らしく笑顔で答えた。そして歩き出した先は道具置き場。鞍や馬鎧が並べ置かれた一角。


「すまないが加勢を頼みたい。荷物はこの付近にでも置いておいてくれ。そしてあの悪魔の事は気にするな」


ヴィガがウィルナに視線を向けると馬の背に抱き着いている始末。どう見ても子供過ぎるその騒ぎ様。ヴィガの背後について来ていた獣人達の全員が、そのウィルナの行動を呆然と眺めるに至り絶句する。

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