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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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漆黒に燃える二羽の飛燕(1)

広く薄暗い地下室には合計五つの光源が置かれていた。


木製の長テーブルには二股の銀製燭台一つに弱い光が二つ灯り、蠟燭の影が燃える明かりに揺らめきテーブルに淡く薄い棒状の影を落とす。


その影は燭台の根元から幾筋かに別れ、その影の数は合計四本。それぞれが別方向に設置されたランタンの橙色光から生み出されていた。


ウィルナは地上階から設置された木製階段脇に立ち尽くし佇んでいた。ただ立って時の経過をぼんやりとした視界の中に映る子供達の寝顔に向けて過ごしていた。


子供達それぞれが冷たく硬い石畳の上に敷かれた一つの毛布に体を横たえ、その体にも厚い布が掛けられて熟睡している。


肌を冷たく刺す真冬の低気温は石造りの地下室である事が幾分解消し、そんな子供達の穏やかな寝顔を腕組みした状態で立って眺めるウィルナの顔にも自然と微笑が生まれる。


熟睡している子供達はウィルナが保護した獣人の子供達だけでは無かった。


メレディアが匿った住民の数はウィルナ達を除き、総数で二十一人。単身世帯二名を含む、血縁でまとめて合計六世帯の人達が身を寄せていた。


広い地下室でも普段は物置として利用しているため、荷物は急ごしらえで乱雑に積み上げられ、不必要な物は壁際に押しやられて空間の確保がなされた。そして開けた空間の大部分を合計九人の子供達が横になり、占領してかなり手狭な空間と化していた。


メレディアは最初、ウィルナ達が連れて来た子供達が首輪の無い獣人だった事に驚いたらしいが、その子供達の安らかな寝顔を見て即決。


他五人の子供達同様手厚く扱い、寝ている五人の子供達の隣に寝床を用意してくれていた事と、周囲にいた大人達も率先して手伝い、場所を空けてくれていた事をヴィガから聞いていた。


その他の大人達は部屋の壁際に身を寄せ合い、ある者は妻の肩に手を置き抱きしめた。ある者は一人胡坐をかいて寝ている。年齢はそれぞれ。若年もいれば老齢夫婦もいる。


そして巨体のダルドと細身だが高身長のギャリアン二人が負傷箇所に巻かれた包帯を赤く染め上げ、横になって場所を取り眠りに落ちていた。


その地下室の石床に靴音を抑えてヴィガが歩を進める。


「子供達やベルの事はメレディアに任せて問題無い。ここにいる人達も、元はダルドさんと命を懸けて戦場を共にした屈強な騎士の人達やその家族。全員では無いが俺も世話になった事のある人達だ。信用していい」


階段横のウィルナの傍まで来たヴィガは寝ている周囲に気を遣い、かなり抑えた小声で準備完了の意思を伝えた。


ヴィガはダルドやギャリアンの怪我の具合や、子供達を心配して様子を伺いに来ていた。それだけが目的で、ウィルナも同様に子供達やベリューシュカの様子確認の為に階下に降りて来ていただけだった。


「メレディアさん、良い人ですね。綺麗ですし、ヴィガさんの彼女さんですか?」


ウィルナはここにいる人達に子供達が受け入れて貰えた事や、何よりも一人の子供としてそれぞれが扱われている事に嬉しさ余ってつい余計な事を口にした。


ヴィガは腰に装着したベルトに金具を通している最中だったが、ウィルナの思いがけない発言で勢い良くその顔をウィルナに向けた。それ以上口を開くな。その願いはウィルナに伝わり、地下室に静寂が舞い戻る。


「ほうほう。お前は私が好きなのか?この仏頂面。暫く会わないうちに姉への愛に目覚めたか」


「はぁー」


背後から聞こえたメレディアの不敵な声。幼い頃からこの声に何度うなされた事か数えきれない。広い地下室は地下室故に音が篭り、小声であっても十分聞き取れたらしいメレディアは、ヴィガの肩に腕を回してにっこりと微笑んだ。


「はぁーじゃなくて何とか言いなさいよ。お姉さん悲しい」


「素面でこれだから嫌なんだ。酒が入れば最悪だしな」


「あらあら。照れ隠しなの?お姉さんも来る人全員お断りしてるのに素直になりなさい」


「そんな事より、マークドフェンリルは夜中でも営業中ってホントか?特に今日は大惨事だぞ」


ヴィガは腰のベルトに装着した器具にラギールの鞘を装着し、空いた右腕でメレディアの腕を掴んで肩から落とした。


不敵な笑みを浮かべるメレディアのヴィガに対する扱いは、幼少期から変わる事が無い。そして優しさの中に隠す事無く見せる反論を許さない高圧的な声。それは久々の再会である今回も、空白の期間を無視して心身に踏み込んでくる。


「心配しない。店が開いてなければ押し入りなさいよ。そっちの方がお金が掛からず良いじゃない」


「なっ。そこは人としてどうなんだ」


「どうせ明日の夜には全てが灰の山。この際だから使える物は何でも持ってきなさい。水に食料に酒に防寒具に馬に馬車に医薬品に――」


「何で今酒が出て来るんだ。――分かった。――集めれるだけ集めて来る。明日の昼前には準備を済ませてこの都市を離れる。それまで皆を頼みます」


ヴィガはメレディアに後の事を頼んでウィルナに頷いて出発の意思を伝え、軋む音を立てる木製階段を上り始めた。


「いざとなったら団長とギャリアン起こすから心配しない。皆もいるし大丈夫よ」


メレディアは階段に両腕を置いてもたれかかり、二人を笑顔で見送りながら大き目な声を上げた。二人の心配を極力表に出さないように努めた。外の惨状は全てを見ずとも想像できた。その渦中に足を踏み出す二人を心配しない筈が無かった。


「この場は私が守って見せる。貴方達も無事に帰って来なさい」


一階床の入口が閉められ、姿を消した二人に向けた願いと誓い。メレディアはその言葉を残して子供達の傍に腰を下ろし、はだけた厚布を掛け直した。


「二人の心配は必要ない。貴方も寝れる時に寝てなさい」


メレディアは壁際で毛布に包まり、心配そうな表情を見せているベリューシュカに声をかけた。この場の殆どがベリューシュカに縁の無い他人で接点はヴィガのみ。危険な外へと出ていく二人を無言で見送り心細い状態だった。


ベリューシュカはメレディアの言葉に従い目を閉じてそれから暫く後、その意識は途切れた。


ベリューシュカも子供達同様ひどく疲れていた。そして夢の中でエイナの声が聴ける事を願いながら立てだした安らかな寝息は、二人の無事な帰還の願いと共に周囲の音に溶け込んだ。


そして薄明りの月夜に照らされた静寂に足を踏み出したウィルナとヴィガも、息を殺して周囲の状況確認を音を頼りに判断した。


「お待たせトレス。周囲に変わった事は無かったみたいだね」


ウィルナはヴィガが立てる木枠のガタガタとした音を背景音に膝をつき、足元に着地して姿を見せたトレスの首に両手を回してわしゃわしゃ撫でた。


「ん――。今日もさらさらふわふわ」


そう言いながら結局その蒼白銀に揺れる長い毛並みに顔を埋めた。


「遊んでないでお前も手伝え。なるべく壊したくない」


ヴィガは閉ざされたダルドの武器屋の横引き鎧戸を開ける為に悪戦苦闘していた。鎧戸は内側から施錠されてびくともせず、叩き壊す事は可能だがそれは最終手段にしたかった。


「裏庭から入りませんか?正面は一番頑丈でしょうから」


ウィルナの当然な言葉に一瞬固まったヴィガ。なぜ思いつかなかった!と自問自答する無意味な時間は、その時間経過と共に恥ずかしさを掻き立てた。


「――確かに。こっちだ。資材運搬用の小道がある」


羞恥心は甘んじて受け入れ、真冬でも体が火照った感じのヴィガは「んんっ」と咳払いして裏手に回った。


木造家屋が隣接密着して立ち並ぶ通りに、闇色濃く口を開けている武器屋横の小道。


この通りの全てがダルドの所有で周囲の民家にはダルドの戦友達が住んでおり、今現在はメレディアの地下室に避難している。そのせいもあり、周囲はゴーストタウンのようにひっそりとした闇色に染まり切っていた。


馬車一台が通れる程度の細道は整地されておらず砂利道のまま。歩く度に小石交じりの砂音が、隣接する木造家屋に反響して不気味な雰囲気を醸し出す。


直線の小道は突き当り後に左折しており、人の背丈を超す木造の塀がその行く手を遮っていた。


「ここから入ろう」


背後のウィルナに顔だけを向け、握った右手は顔の真横。親指だけが塀の中に設置された木造扉を指さしていた。


ヴィガはウィルナが頷いた事を確認した後、少し膝を屈めて直上に跳躍。木の塀を乗り越えてその奥へと姿を消した。そしてウィルナとトレスも塀の奥の状況が視認出来ないため、塀の頂点へと飛んで一旦体を預けて先の小さな庭を確認後に着地した。


「懐かしいな。この切り株で剣を折って怒られたんですよ。ふふっ」


ウィルナは足元の大きな亀裂が直線で入る切り株を目にして微笑んだ。言葉通り懐かしさを感じる切り株だが、剣を折った日は今日まで数えても十日も経ってない。それほどまでに過ごした日常と、感じた意識が強烈で濃厚な日々だった。


「まぁ大目に見てやれ。あの人も鍛冶屋では無いからな」


「ふふっ。折った時は凄い勢いで怒鳴ってましたよ。あれが僕の最初の武器だったんですけど残念至極です」


「お前の全力に耐える事が可能な武器か――。ないんじゃないか?はは」


「外の世界には無さそうですよ。すごく脆いし」


二人は何気ない会話を重ねつつも歩を進め、(ひさし)の架けられた地点に積み重なる薪の山の横を通過した。


「少し音がするが周囲に問題はないか?」


裏口の木製扉に手をあてたヴィガが、ウィルナを通じてトレスに周囲の確認を願い出た。しかし当のウィルナは無邪気にトレスの頭を撫でまわして聞いていなかった。


「――無反応この上ないな。それだけ周囲は安全という事か」


ヴィガは身体強化魔法と防御魔法を発動。扉に当てていた掌は離れ際に拳となり打ち抜いた。


革手袋が破壊と衝撃の音を多少は減算したが、その音は静寂に包まれた闇夜に鳴り響いた。


「やり過ぎたか。腕が――」


ヴィガの拳は扉深く飲み込まれ、その腕は肘辺りまで木の扉に突き刺さった。


「ヴィガさんってかなり強引というか、力業なんですね。ふふふ。・・・くふっ」


「笑ってないで何とかしろ。嵌って抜けん」


ヴィガは腕を抜こうと体を動かすが動くのは体だけで、肝心の腕は万力に挟まれたように抜けないらしい。その様子がヘンテコな踊りのように見えて「くひひひ」と久々出た個性的な笑い方のウィルナの声で佳境を迎えた。


「力を・・・力を抜いたら・・・くっ。っひひ。良いと思いますよ」


「何!?」


ウィルナの助言に動きを止めたヴィガはすっと抜けた腕を軽く振った。


「なかなか思う様には行かないものだ。服が破けた」


「怪我はしてないですか?」


「ああ。マナスキンを発動した。この穴から(かんぬき)を外してくれ」


「はい。マナスキンって何ですか?」


ウィルナは扉前から下がって場所を空けたヴィガの魔法名に興味を持った。その名はかつても聞いた名。その効果は名前から大体判断できたがやはり詳細が気になった。戦闘狂としての興味はやはり現れた。


「お前が使う防御魔法と同じ効果だがこちらが劣化版だな。唯一の長所は打撃耐性もある点か」


「そうなんですか!打撃耐性が――。相手からの攻撃の衝撃を吸収できるんですか?」


「多少だがな。無重量で分厚い服を身に纏っている感覚だ」


「そうなんですか。僕にも付与できますか?」


ガコンという音が木の扉の穴に腕を突っ込んでいたウィルナの足元から発生し、腕を抜いたウィルナがその扉を外側に開いてヴィガに道を開けた。


「ああ、可能だ。だがお前には不必要なんじゃないか?」


ウィルナが開けた扉を潜って室内に入ったヴィガは、迷う事無く小さな工房横にある資材置き場としての小部屋に歩き出した。


「そんな事はありません。今後使用してくる敵も出て来ると思います。後学の為にぜひともお願いします」


木床にレザーロングブーツ四つの足音が小気味良く奏でられ、最後尾に無音で歩くトレスが追従した。屋内は大きな通路に狭い小部屋が数ヶ所と店舗となる空間が奥にある。


「バルムト卿が言ってたな。未来の為の今を懸命に生きる――か」


「僕には自覚は無いんですけど良い言葉ですよね。その通りに生きていこうと思います」


「そうだな。より良い未来の為に生きる今。――この部屋だ。そこに立ってじっとしてろ」


「はい」


ヴィガは目的地の資材置き場に辿り着いて木の扉に背を向け、背後のウィルナに向かい合った。そして右手をウィルナに翳して魔法を付与した。


「マナスキンを付与した。使用者により効果には個人差が出る。自慢じゃないが、俺はこの国ではトップクラスの実力者だ。恩師に鍛え抜かれた剣術と強い魔術。まぁお前と比べれば虚しくなるがな」


「有難うございます!ヴィガさんは外の世界の人間の中ではかなり強い方ですよ。ん――僕の村の中でもそこそこ?まあまあ?」


「ははっ。俺は褒められてるのか?――まあいいさ。必要な物を取って来る」


「はい――」


ヴィガは屈託無い笑顔をウィルナに向けて狭い資材置き場に姿を消した。


ヴィガにとってはウィルナに強いと言われた事が十分自信につながる一言だった。その言葉は過去の自分の努力が報われたと実感できた言葉でもあった事に満足した笑顔だった。


「――僕の知らない防御魔法か。どれどれ」


マナスキンと呼ばれる防御魔法。


それはウィルナが行使する防御魔法とは別物だった。ウィルナが目の前まで上げて広げた両手は淡く白い光に包まれていた。その光は光源の無い今だからこそ目視可能なか弱い光。


右の手で拳を作って自分の胸を叩いてみた。


「おおぉう」


ウィルナの拳は胸部に当たる直前、透明なジェル状の物体に阻まれた。思わず笑みが零れた。


「何だこれ。面白い防御魔法だな。けどこれ、この魔法は意味ないんじゃ――」


ウィルナの強化魔法無しの拳でさえ体に当たる直前で止められた。


ウィルナが感じた疑念は脅威となる物質が面積の小さな物体。例えば剣先の突き攻撃や矢弾などの場合。もしくはウィルナ個人の魔槍にも無力な感じが否めない。


「ん――。う――ん。対魔法特化の。ん――」


闇夜に慣れて青い寒色に染まる闇夜に一人うなり声を上げて首を傾げ続けるウィルナ。


「お前は色々とよく考える奴だな。目的の赤鱗鋼は見つけた。マークドフェンリルに向かうぞ。無人でもこれを代金として置いておけば何でも買えるし焼け落ちても残り続ける。これを持っているのはダルドさんだけだし払った証明になる」


「はい。あぁそれでしたか。ここまで運んだの僕でした。迷子の時にダルドさんと偶然出会いまして」


「お前は色々と何かに繋がる奴だな。ははっそれじゃ行くか」


「はい。それ僕が持ちます。ヴィガさん怪我してますし、武器は剣です。僕は両手が塞がっても魔法があるので」


「あぁ、よろしく頼む。向こうまでは屋根上を超えて向かう。視点が高いほど索敵や状況判断が容易だ」


「了解です」


ダルドの武器屋裏口から外出し、その背後の扉を丁寧に閉めたヴィガ。


破壊痕は間違いなくダルドに怒られる事になるだろうがこの際仕方ない。負傷して寝ているダルドの衣服を漁って鍵を見つけたくは無かった。持っているかも分からない大雑把な人だ。それ以前にもうここには住めなくなる。


「全力で約十五分。戦闘は避けたいが最短距離で進むか」


ヴィガは独り言と共に脳内マップで最短ルートを検索。そして先頭で跳躍を開始。進行方向の屋根上に飛び上がって闇夜に姿を消した。


その後を追って深淵の黒に全身を染めたウィルナと、闇色に染めた蒼白銀のトレスが後に続いて姿を消した。

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