表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/108

自由の天秤とその先の代償(7)

「見えてきましたよ。ここまで来たら僕でも分かりました」


「そうか。周囲にも被害は無さそうだ。やはり表は閉ざされているか。少し待ってろ」


ダルドの武器屋の通りは閑散とした状態で闇が深く、人の気配を感じない。ダルドの武器屋以外の木造建屋周囲からも人の気配が消えていた。


「俺です。ヴィガです。ダルドさん!」


武器屋正面は木枠の鎧戸で固く閉ざされ、その扉を連打しながらヴィガが声を上げた。しかし何の反応もない家屋内。ヴィガの心にダルドの安否に不安が過り、扉を叩く音と呼ぶ声が強くなる。


「やかましいぞヴィガ。夜更かしは美容に悪いんだ。私のお肌と髪質に気を使え」


ヴィガが焦る気持ちを抑えて声を上げ、しつこくダルドの名を連呼して鎧戸を叩いていた時だった。気配無く現れたその女性の刺さるような冷たい声は、ヴィガ背後の家屋玄関扉を開いて姿を見せた女性からだった。


腰の両側に装備したロングソードの左側の柄には右手が添えられ、いつでも抜ける態勢のままでヴィガ達一行を見回した。


「ご無沙汰してます、メレディアさん」


「その呼び方は止めろ。お前と私の年齢は私が一つだけ上。でもその言い方じゃ私が年増のおばさんみたいじゃないか。お前の仏頂面は老けて見えるんだよ」


背後から現れた久方ぶりに会うメレディアに、ヴィガの心臓は跳ねあがった。それは良し悪し織り交ぜた幼い頃の記憶が呼び覚まされた事に起因した。


ヴィガがダルドに引き取られた幼い当時、魔獣に襲撃された村と目の前で命を落とした両親を誰も助けてくれなかった。「逃げろ」という両親の最後の言葉に従い、泣きながら懸命に走り続けた。


ヴィガが幼いからこそ感じた無力感は自責の念を強めた。それは目の前で食い殺された両親や、阿鼻叫喚の地獄絵図となった小さな村から逃げ延びた深い森の中の静寂がもたらした。


子供ながらに絶望したヴィガは凄まじくグレた。一人逃げ延びた先でどうにか騎士団に保護され、数ヶ月後にダルドに引き取られても全てに反発を繰り返した。


来るのが遅い。必要な時にいない。只偉そうな役立たず達。ヴィガのその思いが反発心に拍車をかけた。


そんなヴィガの腐った性根を文字通り叩き直したのがメレディアだった。


当時の彼女も幼い少女で同じ境遇。違いはヴィガより二年程前に保護された事。ヴィガは訓練という名目で、幼い少女のメレディアにボコボコにされ続けた過去を思い出した。辛い経験だったが強さを得られた。自身が強くある事で他人にも優しくなれる事が出来た。


「すいません。あぁ、これからは気を付ける。それでダルドさんは?」


ヴィガは緊張した面持ちで返した。メレディアを怒らせれば何をされるか分からない。ヴィガにとっては厳しい姉のような存在でありつつ、恐怖の対象として映っていた。


「うちの地下室で寝てるよ。お前も知っていると思うがこの都市は襲撃されている最中だ。団長とギャリアンが仲間の保護のために動いて負傷した」


「二人は無事なんですか?ああ、無事か?」


「お前は真面目か?不器用か?言い方ひとつ思うように出来ないとは。まぁ二人は心配ない。立ち話も何だ。保護した皆もうちにいる。うちが一番広いからな」


言い終えたメレディアの次の行動は瞬時の対応だった。ザリッっという音が石畳に広げ踏みしめられた靴底から発生し、同時に鞘から抜かれたシュリンという音が二つ重なる。


ヴィガと落ち着いた会話をしていたメレディアは即座に反応して抜剣し、腰を落として両手の二刀を構えた。


「なんで魔族がここにいる!ヴィガ、お前は魔族の下僕になり下がったか!」


「ひいいい」


臨戦態勢となったメレディアは圧倒的な威圧感を感じさせた。そしてその実力の片鱗も。


彼女は両手の二刀をフードを外したティナに向けて構えていた。その気迫に押されたベリューシュカが純粋な恐怖心を抱き、自分と同じ位の背格好のティナにすがり付いて悲鳴を上げた程だった。


人間種なら誰もがメレディアと同じ行動を取る。正確には対抗する意志を持つメレディアのように武器を構えるか、魔族という恐怖に生を諦めて屈服するか。


「寝ている子供達を休ませて欲しい。私達は子供達を預けたら直ぐに移動する。」


相対したティナはメレディアの強圧にさえ表情を変える事無く無表情。普段通り抑揚の少ない声音で静かに言葉を流した。


メレディアはティナの独特な声音に誘導され、視線だけを動かして寝ている子供達を確認した。


暗くて分からなかったが、離れた位置で闇と同化して立つティナの後ろにいる全身黒づくめの人影が確かに子供を抱いていた。奥の四人もフードを外して見せた紅眼と角。魔族が子供を大切に抱いている姿が理解出来なかった。


しかしメレディアにもティアの意志は伝わった。害そうとするならフードを取る必要は無い。ティナは離れた位置で立ち止まっていた。それはティナ達自身が魔族であり、人に恐怖を与える存在である事を自覚して敵意が無い事を示すために距離を保っていた。


結局、メレディアの抜いた双剣のやり場と気迫は行き場を無くし、全ては大きな溜息となって吐き出された。


「お前は何に首を突っ込んだんだよ、ヴィガ」


「俺にもよく分からん」


双剣を向けても表情一つ変えず微動だにしないティナ達。そして抱えられて穏やかに眠る子供達。メレディアには理解不能な状況だが、敵意が見られない以上受け入れざるを得なかった。


「お前達は魔族達とここで待て。中には一般人が大勢いる。お前達を見れば恐怖で心臓発作を起こしかねん」


メレディアは再び大きな溜息一つを吐いた後、双剣を収めて肩を落とし呆れた声を出した。


「あの、いいですか?僕が預けた馬車はどこですか?エイナお婆さんを馬車に寝かせたいのですけど」


ウィルナは冷たくなったエイナを抱きかかえたまま、それぞれの会話が一段落する今まで順番待ちだった。


その声でメレディアはエイナの状態に漸く気が付いた。それ程エイナは、通りの端にひっそりと立つウィルナに大切に抱き上げられていた。


「急ぐべきはお前からだな。先に案内する。馬車はうちの裏手の厩舎だ」


死者に出来る事は数少ない。だからこそメレディアはエイナを優先してウィルナを誘導した。


「わた、わ、私も。――いきます」


ベリューシュカも思い切って声を上げた。先程の一件でメレディアが怖い。だがエイナ亡き今、受け継ぐべき馬車と二頭の愛馬。そして仮ではあるが、安眠させるエイナに付き添うべくティナの傍から離れて声を上げた。


「あぁ、こっちだ。他はここで待ってろ」


メレディアはウィルナとベリューシュカを連れて家屋横の細道を抜け、裏手に併設されている小さな厩舎に案内した。


そこは薄暗い小部屋程度の厩舎で普段は倉庫代わりに使用され、平時なら家屋の窓から明かりが漏れ出し周囲を明るく照らす筈の場所だった。


「ただいま!闘技場の従業員が預かってお世話してくれるって言ってたのに何でここに?」


愛馬に抱き着き、不意な疑問を独り言に乗せたベリューシュカ。それでも無事な愛馬の鼻筋を優しく撫でている。


「宿屋に放置されてましたよ」


「えぇ――」


ウィルナはベリューシュカの素朴な疑問に答えつつ、厩舎手前の小スペースに止めてある馬車の荷台にエイナを乗せた。そして自らも荷台に上がり、少ない荷物が積み重なる場所から毛布を掴み取り、荷台に広げてエイナを寝かせ両腕を組ませた。


「貴方の馬車です。やっと戻ってきましたよ」


ウィルナはそう言いながら二つ目の毛布を手に取り、掛布団としてエイナにかけた。その声も表情も優しくかけた毛布同様、優しく包み込む思いやりの心を見せていた。


「ありがとう、ウィルナ。明日北の休息地に行くんでしょ?お婆さんはあそこの景色が好きだったんだ。だから――」


ベリューシュカの悲しみに暗く沈んだ弱々しい声。それは明日にエイナとの確実な別れを意味し、第二休息地での埋葬を願っての言葉だった。


「はい。――ベリューシュカさん、僕が巻き込んでしまった事、本当にごめんなさい」


ウィルナはエイナやベリューシュカが巻き込まれた地下闘技場の一件を謝罪した。謝って済む話でも無いし、ウィルナ自身の対応次第では二人とも無事だった今も、あったのかもしれない。だが結果は今の現実だ。


ウィルナは罪悪感に苛まれ、下げた頭を上げてベリューシュカの瞳を見つめた。


彼女の閉ざした唇が開かれた時、どの様な罵声が発せられようと受け止める覚悟をした。と同時に無くした命は償いきれない事実も理解し、彼女に贖罪として何をすべきかが未だ思い浮かばない。


「私はいいの。エイナお婆さんもウィルナを恨んでないと思う。だって最初に盗賊から助けてくれたもの。ウィルナがいなかったら今頃私もどうなっていたか――」


ウィルナはベリューシュカのその声が引き金となり、せき止めていた感情が溢れ出した。それは両頬を流れて伝い落ちる涙の雫となり、声も無く表情すらも崩す事無く溢れ出した。


それはウィルナが流した透明な血の雫。切り裂かれた心が悲鳴を上げた。


ウィルナは何か言葉を返したくて口を開いた。しかし何も言葉が出ない。只々涙に歪む視界にベリューシュカの悲愴感漂うその瞳を見つめ続けて涙を流した。


ウィルナは家族友人大切な人達を失う辛さを熟知していた。だからこそその事実を受け止め、誰に当たり散らす事も無く前を向いて生きるベリューシュカの強い意志を自分も欲した。自分の心の弱さが情けなく感じて涙が止まらない。溢れる涙が無意識に夜空を見上げさせた。


「ウィルナは何も悪く無いよ。悪いのは悪い事をした人達なんだから」


(――悪い人。そうか、シュリスト、あいつか。そしてこの国の権力者共。ヴィガさんが言っていた。この国自体も二人を苦しめた敵か。多分二人は復讐を望まない。だけど、これはあいつらが先に始めた事。その代償を僕が――)


二人のやり取りを無言で見つめていたメレディアは事情を察して歩き去った。その過ぎ去る足音に乗せたベリューシュカの優しい声でウィルナの意思は固まった。


「もう泣かないで。落ち付いたら皆の所に戻ろ?」


赤く燃える夜空に輝く赤い満月を見上げていたウィルナは小声で「はい」と返事を返した。止まる事の無い涙を砂利の細道に落としながら、ベリューシュカに手を引かれて歩き出した。


ベリューシュカの細くか弱い指先に包まれた手はその温もりを優しさと共に伝え、メレディア宅の玄関扉の前まで握られ続けた。


「先に入ってるね」


そう言ってベリューシュカは扉を開けた。既に通りに人影は無く、ティナ達も姿を消して月明かりが周囲を淡く照らすだけの静寂に包まれていた。


「僕はもう少しここにいます。ヴィガさんに相談があると伝えてください」


ウィルナは涙を流した状態で見せた笑顔という一風変わった感情表現で、頷いて了解の意思を示したベリューシュカを見送った。


やるべき事が明白になったウィルナは、目的達成のためにやるべき事を考え尽くしていった。エイベルの発言の『この状況下が一番』という意味がよく理解出来た。全てはウィルナの動きやすい状況にある。


「どうした。何か問題か?」


夜空を見上げて考え事をしていたウィルナ背後の扉が開き、暗がりの屋内からヴィガが姿を見せながら声をかけた。ヴィガにも二人だけの状況での相談ならばただ事ではないと感じさせ、その真剣な声音が周囲の静寂に重く響いた。


「僕にはやるべき事が沢山出来ました。シュリストやこの国の権力者を。いえ、この国を滅ぼしたいです。それに獣人の人達の多くを僕が助けたいです。それに、エイベルさん達が敵なら・・・」


ウィルナは赤い満月を見上げながら確固たる意志を強調した声を上げた。そして涙が止めどなく流れては零れ落ちるその瞳を背後のヴィガに向けた。


「お前・・・」


ヴィガは涙で充血して真っ赤になったウィルナの双眸を見つめて絶句した。


『彼は天使で悪魔なんだよ。そして魔族にも匹敵する力を持つ。君も彼の実力をその目で見たら驚くだろうさ』


ウィルナを見つめたヴィガの背後に姿を見せ、片手をヴィガの肩に置いて話しかけた今は亡きディロン。そう感じさせるまでに鮮明な過去の記憶のディロンの言葉や仕草がヴィガの脳内で再現された。そしてウィルナから感じ取った悪意という名の冷徹さに背筋は凍り付いた。


「何をするにも誰もが自由です。でもそれは何をしても良いわけじゃ無い。その責任と代償は必ず自身に帰って来る。僕を敵に回したあいつらに必ずその償いをさせる」


ウィルナの発言後半は矛盾していた。


仕留めようとする相手にも家族友人が存在し、誰かは誰かの良き存在である事実。


それを敵と認めた相手同様踏みにじろうとするウィルナ。そして巻き込まれる国家そのもの。


それを理解していても尚、ウィルナの決意は揺らぐ事は無かった。それは相手が始めてしまった闘争に他ならない。失いたくないのなら争いからは遠ざかるべきなのだから。


「この国にも善人は多く住んでる。それを理解した上での言葉なんだな。北部防衛拠点であるこの都市が陥落した今、お前がこの国に害を成すまいと西のバーキスにかなり深い所まで攻め込まれる。それでも何かを成そうと言うんだな」


ヴィガは確認の言葉など無意味だと分かっていた。ウィルナの決意はその瞳と語気に全てが現れていた。そして静かに頷くウィルナ。ヴィガも口を堅く閉ざして思案していたが、やがてゆっくりと頷いて協力する旨を伝えた。


ヴィガ個人もこの国に愛着どころか信用すら置いてない。この国の全ては約十年前、蒼凱の騎士団長が遠征部隊と共に行方知れずになった北部遠征時期から壊れ始めていた。


(済みません、ガウェイン・キーガーラ卿。貴方の愛したこの国は、来年の今頃には存在して無いでしょう)


ヴィガは引き取り育ててくれたダルドの上司で蒼凱のノーブルエイム騎士団長、ガウェイン・キーガーラに思いを馳せた。ダルドと共に剣術や知識を与えてくれた人で、エイベルやメレディアと共にその恩師達のもとで成長した。


しかしヴィガはガウェインの愛したこの国を亡ぼす側に今正に回る決断を下した。ヴィガにも主であり兄と慕ったディロンを謀殺された恨みがある。多少の時間を善悪の狭間で思案したが、協力を断る理由は皆無。


標的は手近なシュリスト。そして行き着く最後の相手は、この国の玉座に腰を据えるガナン・ファルクス・ガリアリス。


「この戦いは向こうが仕掛けてきました。僕には外の世界の知識がありません。西のバーキスのせいで多分時間も余り無いでしょう。北の休息地まで全力で走れば半日。先ずはこの都市に住む獣人を解放したいです」


「奴隷解放は獣人だけなのか?」


「はい。人間は信用できません」


「冷たい一言だな。まあいい。それに俺は全力が半日も持たんぞ。この都市で動ける時間は明日の午前中までだ。それからどこかで馬を調達して駆けるとしよう。助けた獣人達はどうする?」


「一緒に行きたいですけどどうしましょう」


「ふむ。――どうすべきか」


夜半に低音で流れる二人の声は、薄明りが照らす赤い月の下で繰り返された。二人が始めた国家への無謀な反逆行為。しかしそこに躊躇いは微塵も存在せず、二人が胸に抱いた大切な思い出の中の人物の為に知恵を出し合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ