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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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自由の天秤とその先の代償(4)

連続する破壊音は稀に爆発音を伴い、軽微だが明確な空気の振動を伝えた。


音や振動が体に伝わる直前の陽光にも似た強力な光。


オーグスと漆黒の影による戦闘状態。二人の攻撃魔法がその光源となり、巨大な爆炎が立ち昇る度に振動が空気の波となって子供達を喜ばせた。


「だ、だ、だいじょうぶなんですか。ここ。これ、花火じゃないんですよね?」


この一行の中で唯一怯え、挙動不審なベリューシュカ。膝枕した冷たいエイナを抱きあげて、しきりに周囲を見回し、爆発音の度に驚いて肩をすくめた。


恐怖心をその表情に描いたベリューシュカ。他数人が破壊音の移動を聞き取り、不安を感じた。


「あれに巻き込まれたくは無い。移動しよう」


ヴィガが戦闘音の方角に体を向けて音を判別。ウィルナに移動を促した。破壊音は間違いなく近づいて来ていた。そして、ヴィガ個人では抗えないだろう脅威も近づいて来ている不安。


ヴィガは皆を守りきると心に決めた。しかし、魔族相手ではどこまで守りきれるか分からない。焦る気持ちを押し留めて子供達に視線を向けた。


「そうですね。子供達もいいかな?」


ウィルナも移動が賢明と判断。トレスと楽しそうに戯れている子供達を気遣いつつも声をかけた。


ウィルナが急に離れた後、ヴィガの指示で建物の影に息を殺して身を潜め続けた子供達。ウィルナが戻って来た安心感と、新たな来客のティナに相手してもらい、大満足でご満悦の笑顔を見せていた。


「また歩くの?」


元気に駆け回っていた子供達の中のキーラが、大きなあくびしをながらウィルナに涙目を向けた。あくびで出た涙を手の甲で拭き取り、流石に疲労の色を見せて眠そうにしている。


時間は日付変更前の深夜。幼い子供にはつらい時間。そして元気そうに騒いでいる子供達も、今日一日で受けた心労は計り知れない。それが確実な重しとなって疲労していた。


「もう少し頑張って。ゆっくり休める場所があるから」


ウィルナは子供達に歩いてもらうしかなかった。エイナもいる。ヴィガは左腕や他数ヶ所を負傷。四人を抱えて歩く事が不可能だった。


ティナはトレスの横に座ってその背を撫でて、子供達に笑顔を振りまいていた。しかし、この場に到着前からエイナの状態には気が付いていた。


ティナは子供達が落ち着いた頃合いを見計らってゆっくりと立ち上がり、横たわるエイナを抱き上げたベリューシュカの傍で両膝をついた。そして差し伸べた両手は、ベリューシュカの両手に重ねられた。


「優しく強い、立派な意志をお持ちの方でした。」


ティナがベリューシュカに告げた声。抑揚は少なく、その声に含まれる感情も微細。しかし言動の全てに優しさは詰まっていた。


ティナの声を引き金に、涙を堪えていたベリューシュカは泣き崩れた。ティナの両手を握りしめたままでエイナを抱き上げた。涙に濡れる頬を、冷たくなったエイナの頬に重ねて啼き続けた。


「エネ。撤退する。オーグスと合流して兄さんを引き剥がして。」


ティナが下を向いて紅の瞳を固く閉じた数秒後だった。ティナが瞳を開けば、ベリューシュカが背を丸めて号泣している。


撤退は目的の成就を妨げる。しかし、ベリューシュカの悲愴感を理解出来たティナは、語気を強めて声を上げた。


ティナには考えるまでも無い二択。目的よりベリューシュカの心の平穏を選択した。


そしてこの場の全員がエネを探した。しかし誰もその存在を視認する事が出来なかった。ティナの独り言にさえ感じる声に、戸惑いは隠せなかった。


しかしウィルナだけは戸惑いを見せなかった。それだけの実力をエネから感じていた。そしてウィルナは、エネも近くにいた事に嬉しさを感じて微笑した。


(ん――。兄さん?にいさん!!!)


ウィルナの微笑は凍り付いた。漆黒の影がティナの名を聞いて攻撃を止めた理由を理解した。それと同時に、魔族同士で兄弟が争う理由という新たな疑問まで発生してしまった。


(どうしよう!兄さんの前でティナに告白したのか。戦闘中だったから聞こえてない?でも、魔族の感覚は僕では理解出来ない領域。聞かれてたら恥ずかしい。ん――)


ウィルナが、夜空を見上げて口をあんぐり開けて物思いにふけっていた時だった。ティナのロングブーツの足音で視線を戻した先。ウィルナの開いた口は閉じられる事が無かった。


「ん・・・。」


ウィルナの正面まで移動して両腕を開いたティナ。その姿は、まるで父親にだっこをせがむ子供のようだった。


ティナの真っ直ぐに見つめて来る紅の瞳。その表情は無表情。漆黒のフードから流れ出た白銀のストレートヘアだけが赤い闇夜に揺らめき、周囲の炎の光を反射して赤白く躍った。


(可愛すぎる――)


ウィルナは誘惑の魔法にでも当てられたように歩き出してティナをお姫様抱っこした。抗うどころか思考は停止して吸い込まれた。


しかし、どうにか我に返った時には遅かった。


子供達の視線が痛い。ベリューシュは真っ赤な目を向けて来る。トレスは興味を示さずあくび中。


(やってしまった。子供達には歩いてと言ったばかりなのに)


ウィルナは夜空を見上げた。恥ずかしさだけがこみ上げて、ひきつった苦笑いを見られたくは無かった。


「ラナ・シー・アーシア・スキア。」


ウィルナの首に両腕を回したティナが再度声を上げた。普段通りの声量に、抑揚の無い音の流れ。ウィルナを含めた全員がティナを見つめた。周囲に気配は皆無。発した言葉が何なのかさえ理解出来なかった。


「ひいいいい」「きゃっ」「うわっ」


ベリューシュカを皮切りに、子供達四人が一斉に驚きを声と動作で体現した。ヴィガは即座に戦闘態勢を取った。


皆が半歩後退して凝視した漆黒の四人。空から音も無く降って来た。着地地点はウィルナに抱かれたティナの背後。


皆が四人も魔族である事を理解した。


魔族を一度も見る事が無く生涯を終える幸運の持ち主もいる中、数が少ないと言われている魔族がこの地に七名。魔族一人が小さな都市を破壊可能な実力を保有すると教えられてきたヴィガとベリューシュカ。


この場に生きて立っている事が、幸か不幸か分からない状態に陥った。


子供達だけは新たな魔族の登場方法に驚いただけで、直ぐに警戒心を解いてウィルナの横に駆け寄った。


「このおねーさん達も恩人さん?」


「いや、僕も初めて会った人たちだよ。皆ご挨拶しよう。良い人達には自己紹介だよ」


「はーい」


ウィルナと子供達は、魔族四人にそれぞれ挨拶と自己紹介を始めた。それを眺めるティナは、クスクスと声を出して微笑んだ。


「自己紹介が遅れて申し訳ない。俺はヴィガ。それだけが俺の名だ。俺は子供達の保護者になろうと、努力を始めたばかりの一般人だ。そして彼女はベリューシュカ。彼女の状態を鑑みて私が代弁した」


状況について行けないヴィガ。ヴィガも魔族との邂逅はこれが初。魔族を警戒した。


しかしこの場のヴィガ以外が警戒心を見せない今、自身の考えに固執するのは愚の骨頂と判断。魔族に敬意を込めて挨拶する事になるとは思いもしなかった。そしてそんな日常を切磋琢磨しながら過ごしてきた。


「初めましてヴィガ。私はティナ。ウィルナのお嫁さん。」


「はあああああ」「お嬢様!」


人間側と魔族側は驚愕した声を上げたが、さしたる要因は違った。人間側はウィルナに魔族の嫁がいた事実に驚愕。魔族四人はティナが人間と結婚したか、もしくはこれからするかもしれない事への脅威。


「冗談。貴方達は子供達を抱いて。この場から撤退する。」


周囲の反応が予想通りすぎてつまらなそうなティナ。言葉の流れのままに指示を伝えた。


「はっ」


ティナの指示を受けた四人は、主人の婚姻に多少の動揺を残して子供達を抱き上げた。抱き上げられた子供達は、魔族の女性達の肩に顔を寄せて居心地良さそうにした。


「降りる。」


子供達の笑顔に笑顔となっていたウィルナに届いたティナの声。ティナを見つめて頷きゆっくりと降ろした。


「さあ。私の手を。」


ティナはベリューシュカの前まで歩き、手を差し伸べた。


「はい」


ベリューシュカはエイナを寝かせてその手を取って立ち上がった。


「ひいいい。――あ、あ。あの。いいのでしょうか」


ティナはベリューシュカを軽々と抱き上げて歩き出していた。細身で小柄なティナは、ベリューシュカに微かな笑みを返してウィルナの傍に戻った。


「それでは僕がエイナさんを連れて行きます」


ウィルナには至れり尽くせりの状況だった。安らかな子供達。ベリューシュカの身も、安全が担保された状態。ウィルナはヴィガに笑顔を向けてエイナの傍に駆け寄り抱き上げた。


「行きましょう、エイナお婆さん。もうすぐ貴方の馬車に着きます」


ウィルナは返事を返す事も無いエイナに笑顔を向けた。命が尽きても存在の記憶はウィルナの心に残り続けていた。それは残された者の自己満足。けれども大切な存在に向けた言葉は届いている様に感じられた。

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