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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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自由の天秤とその先の代償(1)

周囲の光景は異常だった。


半壊した街並みと目につく火の手。そして大通りに転がる惨殺死体が複数。


これほどの事態になっても、通りに姿を見せる人は皆無という異常事態。本来なら、体一つであろうと都市からの脱出を試みる。


それが、大通りに面した石造建築群には照明すら見えず、窓は固く閉ざされ、カーテンで外部と遮断されていた。都市から人の気配一切が消滅していた。


「待たせたトレス!隠れなくて良いよ!」


無人の大通り中央に歩いたウィルナが、異様な雰囲気を切り裂く大声を上げた。その両腕には冷たくなったエイナが大事に抱えられ、周囲の異様を気にする様子も無い。


「良し。皆でダルケイさんの武器屋に行きましょう。――ん。ダルドさん?」


一行はウィルナの大声に慌てた様子で走り出した。行く先はウィルナの傍。目的はその無鉄砲な口を塞ぎたかった。


「お前は少し自重しろ!周囲は明らかにおかしいだろ!」


真っ先に駆け付けたヴィガが、ウィルナの肩に右手を置いて真摯に伝えた。一行にはベリューシュカと幼い獣人の子供が四名。


ヴィガ個人とウィルナだけならどうとでもなる。なるようにするだけだ。だが守るべき存在がいる今は違う。それをウィルナは理解していないように思えて不安を抱いた。


「だからですよ。僕の家族のトレスを紹介します。あの子もきっと、皆を守ってくれます」


「トレス?お前の連れている魔獣か。あぁ、俺も見た事が無いな」


「そうですね。ベリューシュカさんとエイナお婆さんは会ってますけど」


「それほどに強いのか?」


「そうですね。まだ子供ですので、そこまでは」


「ひいっ!」


ウィルナとヴィガの会話を中断させたベリューシュカの悲鳴。その声と仕草には、音も気配も無く現れたトレスに対する驚きが多くの割合を占め、残り少しを恐怖が埋めていた。


「お帰りトレス。遅くなったよ」


ウィルナが声をかけた魔獣はベリューシュカの足元で頭をこすり付け、自分の匂いでマーキングしている風にも見えた。そしてベリューシュカは急に現れたトレスに怯えた。一週間以上会って無い魔獣が足元。忘れられていたら噛み殺されるという不安感が恐怖心を抱かせた。


「白銀のオオカミさん。おっきいー」


「きれいだねー」


子供達は口々にトレスの感想を述べ、その蒼灰銀に輝く毛並みにそっと手を伸ばした。そして触れた瞬間手を引っ込めた。子供達は暴れないトレスに安心感を得て、沸き立つ感情そのままに笑い声を上げてその行動を繰り返した。


「大丈夫。噛まないよ」


ウィルナの優し気な声が子供達に拍車をかけた。トレスに抱き着く子供達までいるが、なされるがままのトレスとその周囲に上がる陽気な笑い声。


ウィルナは子供達の様子に微笑を向けて眺めた。異様な雰囲気の大通りに出現した安息の聖域と感じるほどの別空間を、トレスと子供達の周囲に感じて自然と笑みが溢れた。


この世界で守りたい人達がいる。それがウィルナの精神的主柱となり、その存在達が心の中心で大きく支えてくれていた。


「お前・・・。あれ、フェンリルだろ。神獣や聖獣といった伝説の生き物だろ」


ヴィガがウィルナの肩に手を置いている事も忘れ、顔だけ向けてトレスを直視した。そのかすれた声は、ヴィガの驚愕した表情と感情を判り易く語ってくれていた。


「さあ、僕は知りませんが、あの子がトレスです。フェンリルじゃないです。トレスです」


「あ、あぁ。そうか、トレスか」


「トレス。その子達も僕達の家族だ。皆で助けあって生きていこう」


ウィルナの少し寂し気な声。トレスはエイナの体の異常と変化に気が付いていた。人間より感覚が鋭く、人間と同等の思考と感情を持つ唯一無二の魔獣。


大通りの中心で膝をついたウィルナに抱かれたエイナ。その体に顔を優しく当てたトレス。エイナはトレスを家族の一人として優しく接してあげていた。接した時間が少なくとも、トレスの記憶には鮮明に映るその姿。


トレスは声を出さない。涙も流さない。それでも悲しむ姿である事を周囲に認識させた。


「ごめん、トレス。守りきれなかった」


ウィルナの言葉でウィルナにも寄り添ったトレス。背にある二つの触腕、棘刺鞭をゆっくり伸ばしてウィルナの顔に当てた。慰めた。


「ありがとう。――子供達を紹介するよ。左からキーラ、ミスア、イズ、男の子がオースト。そしてこの人はヴィガさん。僕達を守ってくれた人だよ。――皆もトレスをよろしく。この子、声を出さないから」


「俺がヴィガだ。まさか、フェンリルに自己紹介する事になるとは」


トレスの周りで騒ぐ子供達。腰に両手をあてて大きく息を吐いたヴィガ。その背後でオドオドしているベリューシュカ。


ベリューシュカの喪失感は拭えていない。エイナを失った悲しみに未だ支配されている。それでも涙を堪えていた。そして皆の輪に入りたいが、引っ込み思案が尾を引いた。


「良し。ここからは俺が先頭を歩く。目的地の西区までは距離がある。なるべく目立たない道順で進む」


「そうですね。開けた通りは敵にも発見され易い」


ヴィガの声で一行は西に体を向けた。


異様に静まり返った周囲。未確認である外敵の存在。


犯罪者としてこの都市や国と敵対した今、これ以上の敵を作りたくは無かった。ダルケイの武器屋に置いてある馬車で都市を脱出。これが作戦目標。戦闘を行う必要は皆無。避けるべき事態。


「ある程度の道幅を選んで進む。追い込まれる事は避けたい」


ヴィガが先頭を進みだしてウィルナに告げた。狭い通路では少数の敵でも前後から挟まれる。角を曲がった先で鉢合わせという可能性も高い。しかし、ある程度の通りは視界が通る。視認され易い。


「そうですね。トレス、ヴィガさんの横で索敵と警戒を頼むよ」


「ああ、助かる。敵は避けるが発見されたらどうする?戦うか?」


「どうしましょう。反撃する方向でいきますか?」


「そうだな。敵対しないのならば、それに越した事は無いが」


「そうですよね。僕達もこの都市の人間として見られますよね」


「まぁ、反撃でやるか」


「はい。――それじゃあ皆、警戒態勢に展開しよう」


「はーい」


ウィルナの声に元気に反応した子供達。艶消しの黒いマントを翻して走り、ウィルナが最後尾、その前に四角を形成してベリューシュカを取り囲んだ。


「おねーちゃんは、あたしが守ってあげる」


ベリューシュカの右前列を歩くミスアが飛び跳ねるように歩きながら振り向き、元気な声と笑顔で告げた。都市が壊滅する最中でも散歩気分のミスア。ヴィガの横に並んで歩くトレスが大層気に入った様子だった。


「うん。ありがとう、ミスアちゃん」


この一行の中で、唯一怯えて周囲をキョロキョロ見回すベリューシュカ。心身共に限界間近。しかし生存本能が体力を与え、子供達やウィルナ達が気力をくれて歩き続けた。


通りに散乱する遺体と破壊痕。瓦礫に埋まって手足だけが見えている人達もいた。立ち上る業火が揺れ動く事で、通りに映る影は常にうごめき続ける。


この都市に住まう人達は、未だ安息を神に願い続けながら隠れていた。


それぞれが住まう場所という個人の絶対的な安息地。各家の一室で、息を殺して災害が収まる時を、静かに待ち望み続けていた。


「ヴィガさん。トレスに反応が。背にある二本の爪です」


「あぁ、敵の気配は全く感じない。この子は凄いな」


ヴィガの横で歩くトレスが二本の棘刺鞭を伸ばし、その先端にある長い爪を左前方に突き出してウネウネしていた。それだけでヴィガには敵の位置と存在を認識する事が出来た。同時に驚異的な察知能力に驚愕せざるを得なかった。


「そうでしょ。僕の大事な家族ですから。ふふっ」


ウィルナのトレス自慢の笑みと声。ヴィガにはよく理解出来た。魔獣多数との戦闘経験を持つが、ここまで異質な魔獣を見た事が無い。魔獣が人と行動を共にし、魔獣が人に慣れ親しむ姿や話も聞いた事が無い。


「進路を変える。皆、音を抑えて進もう」


ヴィガは考える事を止めた。ウィルナやトレスの事は深く考えない。考えても答えは出せないなら、他に思考を使う。今は皆を守る事に全力を注いだ。


「敵が近いのなら、僕が視認してきます。相手の情報を少しでも貰いたい。この装備なら見つかる事も無いと思います」


ウィルナは全身真っ黒な姿を誇張して体現した。広げたマント。その内部の着衣や装身具。全てが深淵の黒。光を吸収して光沢も無い。闇の中では同化する最高級品の装備一式。


「分かった。俺達は。――あそこの大樽の影に身を潜める」


「分かりました。すぐに合流します」


ヴィガは周囲を眺めて見つけた酒場の裏手。空になっている大樽が積まれている陰に皆を誘導した。ウィルナはトレスの示した方向に駆け出し、手頃な屋根に跳躍した。更に屋根上数件を飛び渡り続けて立ち止まった。


ウィルナが周囲を一望できる屋根の上から眺めた光景は綺麗だった。


明るく照らす各所の大火が、大きなうねりとなって空へと舞い上がる。そして見上げた朱色に染まる空。そこに映る満月も朱色に染まり、地上に落ちてきているかのような巨大さを見せていた。


ウィルナは業火に見とれた。深夜の森林で起こした焚き火の炎に見とれているかのように心を奪われた。


やがて、その光景に微かな違和感を感じて目を凝らした。


炎の影ではない他の影。建物の影の中を高速で移動する生物の影。


「あれは、魔獣?見た事も無い姿」


一瞬が数回。建物の影から姿を現した魔獣らしき存在。知り得た情報はこれで十分だった。すぐさまヴィガ達のいる場所へと戻るために跳躍を開始した。


都市の住民が天災のように家で耐えていた理由が魔獣の襲撃。外に出れば確実に餌食にされた。しかも存在を確認されれば家ごと魔法を撃ちこまれて絶命した。


どちらも死を待つだけなら、恐怖に耐えて息を殺し続ける事を選んでいた。その内都市に集合していた騎士団が、殲滅作戦と救出作戦を行ってくれると信じていた。


しかし部隊は派遣されなかった。


騎士団は中央の頑丈な騎士団本部と、都市中央に城郭を構えたコンスフィッツ城に立て籠り、そこに逃れて来た貴族諸侯や富豪達を守る任務を受けていた。


全ては上位権力者の保身のため。


この都市の騎士団は黄金。権力者の息子達が多い。死なせれば後々面倒になる。そして騎士であって騎士ではない軍団兵。その殆どが鎧を付けただけの木偶人形。魔獣相手に戦っても勝てない事を、決定権を持つ全ての人間が理解していた。


事態を全く理解出来ない住民の大多数は、恐怖に震えながら耐えていた。


そしてウィルナも魔獣多数が都市で徘徊している事だけしか情報を得ず、ヴィガにそれだけを伝えた。


「そうか。ダルドさんの家に急ごう」


事態を理解出来た少ない人物であるヴィガは、ただ先を急いだ。事態の説明は不要と半刺した。説明しても事態は好転しない。


そして、ダルドの身を案じた。もう長い年月会っていなかった。ダルドの実力は自分よりも上だった。周囲の人達を守るために、必ず無茶をする人だった事を思い出して先を急いだ。

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