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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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世界の浸食とその変貌者(7)

ウィルナは右手に握った鋼の感触を意識して、身を寄せ合い抱き合う子供達に目を移した。


疲労感と不安感を隠しきれずにいる子供達。それでも声も無く涙を流し続けるウィルナに微笑んだ。


「僕達がんばった。みんな怪我してないよ」


自身の命を奪う攻撃に晒され続け、気力も体力も限界に近いオースト。話すだけでも辛い筈なのに、言葉と共に再度微笑んだ。


「あぁ。良く頑張った。ガンバッタ。――離れてごめん」


強がりという笑顔を見せた子供達が、無反応だったウィルナに動く意識と生きている実感を灯した。涙は止まらす震える肩は激しさを増した。それでも子供達を抱きしめた。


「皆も良く頑張った。もう大丈夫。大丈夫だよ」


子供達の小さすぎる体がウィルナに巨大な力を与えてくれる。心の中心に子供達やベリューシュカを守り通すという、一本の巨大な柱が撃ち込まれた。


冷静さを失う事が自他にどれほどの危険を及ぼすか、理解していたはずなのに暴走した。怒りに飲まれ、守るという誓いを軽んじた自分が情けなかった。


「皆の首輪を外すから」


ウィルナは子供達から体を少し離して微笑んだ。


子供達に十分慰められた。泣きたいだけ泣いて涙は止まった。


「馬鹿な!子供でも獣人。変身したらどうする!私達に攻撃するぞ。しなくても逃走するぞ!」


ウィルナの言葉にルーシェがすぐさま怒鳴り散らした。


ルーシェは子供達が自由に変身する権利を得る事に、強い抵抗感を感じて猛反発した。


幼くても獣化した獣人は確実な脅威とみなされ、魔獣や魔物同様即座に殺される。人間はそれほどまでに獣人の変身後を恐れた。


「貴方を守ったのはディロンさんのためです。彼との盟約は終了しました」


「何の話をしている。私は首輪を外すなと言っている!」


ウィルナには焦りを隠さないルーシェが鬱陶しく感じた。そもそもルーシェは完全に無関係な他人。興味も無い。どちらかと言えば嫌いだ。


「それ以上何か口にすれば貴方の意識を断ちます。それか外した首輪で奴隷にしますよ」


「なっ。何を馬鹿な事を!そんな事でこの私が奴隷などになるか!」


「貴方は僕の奴隷になりました。次に口を開いたら食事抜きです」


「ふざけるな!」


「めんどくさいので一週間ほど飢えてもらいます。水はあげますから」


「なっ」


ウィルナは苛立ちを前面に出して口を結んだルーシェをよそに、子供達に顔を向けた。今のウィルナの大切な存在で、生きる意味そのものの一つ。


子供達は呆気にとられた表情をウィルナに返した。


開いた口が塞がらず、何かを口にしたいのか、思考に集中しているのか、その表情からは何も分からない。


「皆は何も心配しなくて良いよ。敵が来たら必ず僕が守る。言っただろ。僕も君達家族の一人なんだ」


「じゃあ、お母さんたちの所に帰れる?」


ウィルナの言葉に反応して、イズが不思議そうな顔を浮かべた。


イズはウィルナに家族と言われても家族とは思えない。買われるまで一緒にいた母親からは、首輪を絶対外すなと言われていた。解放されてどうするべきかが分からなかった。


「イズが帰りたいならそれでもいいよ。勿論首輪は自由にして良い。僕が送っていくよ」


「ダメだよイズ。もうお母さんやお父さんとは会えないよ」


「なんでよキーラ。また会えるんだよ?」


「会ったらまた悲しませるよ。また売られるだけだよ」


解放されると喜んでいたキーラ以外の子供達は、キーラの落ち着いた声に乗る冷たさに肩を落とした。キーラの言葉の意味と、離れ際の母親の泣く顔を思い出した。そして母親と自分がいた場所が分からない。


「おかあさん――」


ミスアの一言が子供達を泣かせた。最後まで我慢していたキーラも大声で泣きだした。だがウィルナには慰める言葉が無い。言葉だけでは補いきれない存在が、この世界にはいる事を理解していた。


「時間がかかってもお母さんを探し続けよう。この世界のどこかにはいるんだ。僕がいるから」


ウィルナは子供達の首輪を外し始めた。初めて首輪を持った。子供が首に付ける重量ではない厚い鋼鉄の首輪。その重さは子供達の命の重さ。解放された瞬間から人間達の敵となる子供達。


それでも全員の首輪を外した。憂いや躊躇は皆無。そしてウィルナ自身も子供達の為に、人間と敵対する道を即決した。


「良し。どう?どこか痛い所とかは無い?」


「だいじょうぶです」


「ぼくも」


「うん」


「ないです」


子供達は解放された首辺りに両手を当て、その解放感を軽くなった体の感覚と共に感じていた。そして浮かべた無垢な笑顔がウィルナを笑顔にさせた。


「良かった。これからは殆どの人間が僕達の敵だ。皆で皆を助けながら生きていこう。僕達はこの世界で自由なんだから」


「はいっ」


「うんうん。四人ともいい返事だね。さあ、ここじゃない何処かに行こう」


ウィルナは視線をエイナ、ディロンの順に向けた。もう選択を間違えない。二人の閉じた目が過去の笑顔を思い出させる。


外の世界で初めて出来た恩人と友人だった。優しいエイナが焼いてくれたパンが心を幸せで満たしてくれた。親しみやすいディロンに友人と呼ばれる言葉が嬉しかった。


この世界で感じた安らぎと憩いと(くつろ)ぎ。それは壊れた。壊された。


ウィルナは立ち上がった。そして両手を開いて防御魔法の再展開を行った。


この場の全員から薄氷を踏み拉く音が響き渡り、全員が自身の体に目を向けた。構築音が聞こえるほどに会場は静まり返っていた。


闘技場に入った魔物二体はウィルナの魔槍を警戒して、離れた中央まで移動してうろついていた。それを眺めていた観客は飽きて眺めていた。


「さて、約束通り付けますね。貴方は僕の奴隷です」


「ふざけるな!あれを約束とは言わん!寄るなっ!!!」


ウィルナが近づく事で尻もちをついて後退するルーシェ。時間を取られたくないウィルナは子供達に目を向けた。


「面倒だから抑えてくれない?」


ウィルナの言葉を聞いた子供達は一斉に飛びかかり、両腕を掴んで抱きつき動きを封じた。幼くても獣人。素早い身のこなしに四対一。ルーシェはすぐに拘束された。


「ありがとう」


ウィルナは開いた首輪をルーシェの髪ごと首に当てて閉じた。


響いた金属音。ルーシェは目を見開いてウィルナを眺めた。


反逆罪で頼れる知人はこの国にはいない。だからこの場で朽ちる事を選んでいたが、未だ死にきれずにうずくまっていた。反逆罪で家族や家財友人全てを失い転落したが、今はさらに奴隷の身分まで扱いが落ちた事に絶望した。


「ヴィガさん。傷は大丈夫ですか?」


「バルムト卿はお前と出会って変わった気がする。お前は変わった奴だよ――」


ヴィガは下を向きながらウィルナに答えた。


落ち着いている今の時間は小休止。ヴィガは今後の為に削られた体力魔力を少しでも回復させていた。そして右手で矢を掴んで一気に引き抜いた。


「――俺は大丈夫だ」


鎧の隙間を運悪く貫かれたヴィガ。引き抜いた矢傷からは赤色が重力方向に広がりを見せるが、その顔には苦痛の表情すら見せず、覇気を宿した男の顔だけが見えていた。


「僕達はここから出ます。ヴィガさんはどうしますか?」


「そうだな。俺は主を失った。殺したのはこの国。反逆者はバルムト卿の従弟。手を下した道具のシュリストも始末する」


そう言ってヴィガは立ち上がり、鎧の全てを脱ぎだした。


ディロンから貰った大切な鎧だった。しかしこの国の紋章が刻まれた鎧でもある。だから拒絶した。それはこの国との決別と敵対の意思表示。そして自身が購入したロングソードだけを握りしめた。忠誠は今尚ディロンへ。その友情を引き継ぐために。


「俺がこの国に尽くす理由は無くなった。お前と共に自由を謳歌しよう」


「謳歌?――知らない言葉ですけど、何となく分かります」


「仲間達と思いっきり自由に行動し、楽しみを分かち合う事だ。俺一人では出来ん」


「ふふっ。謳歌。良いですね」


「おーか。やろー、おーかー」


「そうだね。ミスアや皆もいる。勿論ベリューシュカさんも」


急に話を振られたベリューシュカは凄い勢いでウィルナを見上げた。その手はエイナの手を固く握りしめていた。顔は涙が伝い、赤い目でウィルナを見つめ続けた。


「そうだな。お前は巻き込まれたが、口封じに殺される。俺達と一緒に来い」


「そうですか。僕のせいでごめんなさい。でも僕が必ず守ります。子供達もお願いするよ」


「いいよー」


「しょうがないお姉ちゃん」


「はい」


「僕が守ってあげるよ」


「ひい」


混乱して挙動不審となり、口々に声を上げた子供達に思いっきり首を振り、それぞれに顔を向け続けるベリューシュカ。それが面白かったのか、子供達に抱き着かれて小さな悲鳴を上げた。


「で、あの魔物はどうする」


「あぁ。死臭が強いですね。アンデッドですか」


「そうだ。ダンジョンの神命樹。その実。――厄災の果実から誕生した魔物だ」


「弱そうですね。生まれた時から死んでる。何なんでしょうね」


「はっはっ。それなら子供達は俺に任せろ。魔物の事は俺に聞くな!」


「ふふっ。皆をお願いします。それとベリューシュカさんも、これを」


「はひ」


ウィルナは片手斧をベリューシュカに手渡した。扱えるかどうかは関係ない。子供達と同じ物を持っていて欲しかった。それだけの理由だった。


「それでは行ってきます。少しうるさくなるけど、気にしないでください」


ウィルナはルーシェ以外の顔を見ながら笑顔を贈った。子供達は元気を取り戻して手を振り、ヴィガとベリューシュカは頷いて見送った。


魔槍の三つを上にずらして開いた防御壁。そこからウィルナが出ていく事で再度閉じられた。


そして始まった惨劇。


会場内は凄惨な現場と変貌した。巻き起こったのは阿鼻叫喚の大災厄。


ウィルナは不思議に感じながら歩いていた。ベリューシュカの悲鳴は、必ず守るという覚悟を抱かせる声だった。しかし今現在聞こえて来る絶叫は、苛立ちを募らせる不快感しかもたらさない。


ウィルナは飛び掛かって来た魔物一体に敢えて接近した。その胴体に組み付き、両腕を回して抑え込み、毛皮を掴んで体を回転させた。自身を軸に魔物を抱えて回る姿はコマのように見えた。そして魔物を観客席に放り投げた。


それだけで会場は騒然となり、あらゆる音が会場に反響し続けた。


「あ、臭い。やっぱり生きてるのか、死んでるのか分からない魔物だな」


ウィルナは会場のその他を気にせず、ディロンに買ってもらった服やマントの匂いを気にした。今となっては大切な服と装備。残る一体に多少の怒りを込めて歩き出した。服の匂いより有象無象の悲鳴が耳障り過ぎた。


ウィルナを警戒した魔物は横移動を開始した。魔獣や魔物、動物の全てが賢い。人間よりわかりやすい生態環境を構築し、その中で生きている。そして生きる為の感覚も鋭い。ウィルナに恐怖心を覚えた魔物は攻撃の意思を示さなかった。


「大丈夫。僕は今、食欲無いんだ。君を食らう気は無いんだ」


ウィルナはそう口にして魔物へと駆け出した。魔物もウィルナに駆け出した。


互いが生存競争の為に力を発揮した。


が、魔物の攻撃回避どころか眼前の進路上から大きく横に飛んだウィルナ。魔物はウィルナを視界内から見失い、反転して捉えようとした直後、魔物の後ろ足を掴んだウィルナに放り投げられた。


低空飛行で悶えながら闘技場の壁に激突して動きを鈍らせた魔物。起き上がる体をウィルナに抑えられて動きを止めた。ウィルナが頭の付け根を抑えた事で手足をバタバタしたがすぐに大人しくなり、右前足だけが子猫の前足の様に動いていた。


「大人しくしてよ。僕は君をこれ以上傷つけないから」


ウィルナは魔物の首根っこを倒れ込むように抱え込んで抑え込み、子供達へと視線を移した。光る魔槍はこの場の雑音から子供達を守る境界線のように聳え立ち、今はそこに撃ち込まれる魔法も矢弾も一切が無い。


会場に目を移したら大惨事。


上段の一部に集団で固まって矢を放っていた騎士達も姿を消した。


ディロンを仕留めた以上は最低限の仕事を終え、今は魔物の対処で手一杯になっている、といった所だろうとウィルナは考えた。


「魔法を移動します!皆さんもこちらに来てください」


魔槍を上空に移動し皆の天井となるように並べて周囲を警戒した。子供達に手を繋がれて歩くベリューシュカ。エイナとディロンを両肩に担ぎ上げて歩いて来るヴィガ。


「鉄格子はどうするんだ!流石にお前と俺の二人でも持ち上がらんぞ。それに分厚い!」


ヴィガがウィルナの奥に見えている出入口。そこを塞ぐ鋼鉄の鉄格子をどうするかウィルナに聞いた。その大声には不安が無く、ウィルナがどうするのかという興味だけが声を張り上げさせた。


「確認しました!結構な分厚さですね!でも、問題無いです!」


ウィルナは張り上げて皆の到着を待った。魔槍を待った。


「皆さんはそこで待っていてください。多分すぐ終わります」


ウィルナは多少距離を空けて背後で止まってもらった皆から視線を逸らし、正面に向き直った。視線の先には鉄格子ではなく、その横の闘技場の壁。


直後に地響きと轟音が響き渡り、粉塵の中でカラカラと小さな石や岩が鳴らす落石の音が響いた。


魔槍を四本操作し、鉄格子が塞いでいる通路まで石壁を貫通させた。


先程の戦闘時、闘技場の壁面がそこまで強く無い事は理解していた。固そうな鉄格子を切断するよりは、手っ取り早いと判断してトンネルを貫通させた。何より切断した鉄格子で、子供達やベリューシュカが怪我したら大変だ。という考えに占拠された。


そして起こった大歓声と笑い声。


子供達はトンネルを見てベリューシュカの手をブンブン振りながら大いに騒いだ。ヴィガは大声で笑った。


「もう少し待ってください」


ウィルナは抱えていた魔物を慎重に引きずり出した。今暴れ出したら皆がいる。襲うなら確実に仕留めなければならないが、魔物の命は奪いたくなかった。奪う理由が無かった。


幸い暴れる事無く押さえつけながらトンネルの入り口に引きずり、その穴へと押し込んだ。


「これで君も自由だよ。好きなように生きろ」


ウィルナから解放された魔物はトンネルを抜け、通路の奥へと消えていった。


「お前は本当に悪魔だな」


「ふふ。ディロンさんも、よく言ってましたよ。それより僕がエイナお婆さんを預かります」


「すまんな。矢傷が痛むんだ」


「知ってます。それ、やせ我慢っていう言葉ですね」


「ははっ。そうだな。我慢は苦手なんだ」


「ふふっ。」「ふっ、はははっ」


「早く行こうよ。おなかすいた」


「そうだね。――?」


笑う男二人を眺めていた子供達。その中のキーラが告げた。いつも冷静で多少冷たい雰囲気だが、ウィルナには何かが違う感じがした。やがて理由を理解した。ルーシェにしっかりと手を握られている。それが酷く不満そうだった。


「それでは行きましょう。僕が先導します。道案内はヴィガさんが最後尾からお願いします」


「任せろ」「おー」


ウィルナは子供達の元気な声の中に、不機嫌なキーラの声が無かった事を聞き分けた。確かに自分もルーシェは嫌いだが、そこまで露骨にしなくても良いのにと、多少ルーシェを不憫に思った。

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