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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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世界の浸食とその変貌者(5)

ナイト・オブ・アルケミスト二名から放たれた炎魔法の連弾と、コンヴィクション・ゴーレム一体による連携攻撃は一際(ひときわ)巨大で嵐のような大歓声を会場から巻き起こした。


「お兄ちゃん!」


周囲に負けじと、悲痛な大声を張り上げたのはミスアだった。


「僕達、これからどうする?」


「みんなで行こうよ!お兄ちゃんのところ!」


「でも、あれはもう駄目なんじゃ」


「そんなことないもん。強いから大丈夫っていってたもん!」


(まば)らに襲い来る矢を躱しながらも、言い合いを始めたミスアとオースト。


「ダメだよミスア。待機って命令だよ」


反論したイズ。ウィルナは子供達に生命の心配をされるほどに致命的な一撃を直撃し、軽いわら人形のように吹き飛ばされてしまった。


「でも自分で考えて行動しろって言ってた。それに起きるみたい」


会話に落ち着いた声のキーラが加わり、無言となった子供達。取るべき行動が分からず、現状維持を選択するしかなかった。そして矢の回避に専念しつつ、焦る気持ちのままにウィルナを見た。


ウィルナは体が砂地に接触する事で生じる抵抗力でようやく止まり、舞い上がった砂埃の中をうつ伏せ状態で右手を地面についていた。そして右手右膝と順について体を起こし立ち上がったが、片手斧を握った右手は左肩を抑えていた。


「僕は大丈夫だよ!皆はそこで回避の練習を頑張れー!」


巨大な刃の直撃は、流れと同じ方向に飛んで威力を弱めても凄まじく、体勢を入れ変え真正面から全力で受けた事により、負傷していた二ヶ所の傷口が開いた。激しく痛む左肩を強く抑えた。だが顔にも声にも出せない。子供達に不安は与えない。


そして立ち上がった事で観客が熱狂している。


ウィルナは理解した。自分が接戦で負ける事を会場全体が望んでいる。だが勝てる相手にシナリオ通り負けてやるつもりは無い。後は円形舞台で囚われている二人をどうやって助けるか。考える時間や糸口を見つけるためにゴーレムへと歩き出した。


(少し数を減らすか。――駄目だ。上の二人が心配だ。――人間どもが!)


ゴーレム一体が中央にまだいる。三体が壁を形成するように並び立ち、背後の騎士二名を守っている。そして思いつかない二人の救出方法に苛立ちが募り、左肩の激痛と共に思考を支配してくる破壊衝動を必死に抑えた。


大きく息を吸い込み、負の感情と共に大きく吐き出した。


そして片手斧とダガーをそれぞれ握りしめ、速力を抑えて走り出した。直後に小型の魔槍を一つ形成してゴーレムの胴体中央に撃ち出した。


固い金属の外殻は容易く貫通し、勢い余って奥の闘技場壁面まで深く貫いた。計算違いも甚だしい脆弱さだった。


「そこまで脆かったか。体で当たった感じは固く感じたんだけど」


ウィルナは酷く残念な金属体を眺めながら走るのを止めて歩き出した。ゴーレムは巨体故か動きが遅い。攻撃力は申し分ないが、当たらなければ意味が無い。そして容易く貫通できる装甲。


「まぁ、痛みを感じない事が利点なのかな」


歩くウィルナの視界には胴体に空いた空洞を物ともせず、地響きを上げながら突進して来るゴーレム。


「子供の遊びじゃあるまいし」


ウィルナは小声で愚痴を吐いた。大人になっても人形遊びをしている気分だった。ゴーレムが味方で自分が子供だったなら、有頂天間違い無しだった。


ウィルナはため息まじりに息を吐きだし、ゴーレムを視界に捉えつつ迂回する形で走り出した。炎魔法の出所は騎士二名。子供達の盾となるべく騎士達との直線上まで移動して、進路をゴーレムに戻した。


そして中央から少し離れた位置に陣取り、両手の武器を構えてゴーレムを迎え撃った。


そこからは両者が繰り広げた激しい戦闘の金属音だけが響き渡った。


巨大なゴーレムから繰り出される二本の巨大な刃の斬撃をウィルナが躱す。ウィルナが刃を掻い潜り、高所の胸部を狙うために跳躍して斧の一撃を与えた。しかしゴーレムの刃が空中移動出来ないウィルナを強襲し、正面で交差させた防御態勢の武器ごと弾き飛ばす。


そして斬撃の衝撃をいなしたウィルナは空中で回転。着地と同時に再度距離を詰めてゴーレムへと切り込み、同じ事を何度も繰り返した。ゴーレムを壊さないように戦闘訓練をしている状態だった。


「――そろそろ良いか」


熱狂に沸き立つ大歓声の中、再度吹き飛ばされ空中で身を翻して両足から着地したウィルナは、巨大な魔槍を三つ構築。追従させながらゴーレムへと突撃した。


「エイナお婆さん、ごめん」


会場から低音のどよめきが混ざる中、ウィルナは歯を食いしばって決意を固めて賭けに出た。ゴーレムの両腕に生えている巨大な刃を掻い潜った。チャンスは一度きり。集中して狙いを定め、巨体の真下から魔槍三弾を射出した。


魔槍はゴーレムを貫通して破砕し、勢いを失う事無く上昇した。そして狙いを定めていた天井から吊られた円形舞台の鉄鎖の三本を断裂させて黄金の曲線を描いた。


床が抜けるように傾く舞台。落ちて来る人影。


ウィルナは小型の魔槍を構築して、落下中で体をバタバタさせている騎士三名を正確に貫いて動きを止めた。


「ベリューシュカさん!」


ウィルナは大声と共に駆け出し、落下して来るベリューシュカを跳躍して抱きかかえた。


「ごめんなさい」


着地したウィルナは謝罪の言葉しか出なかった。その目には涙で目を真っ赤にしたベリューシュカ。ウィルナには彼女がどの様な心境なのか、察する事さえ出来なかった。


「ぅえぇ――ん」


ウィルナの顔を認識したベリューシュカは、ウィルナの肩に顔を当てて大声で泣いた。ただ大声で泣き続けた。


ウィルナは天井の舞台に放っていた巨大な魔槍を自身周囲に直立展開、周囲を回転させた。それと同時にベリューシュカに防御魔法を付与した。


「そのまま動かないでください。拘束を破壊します」


ウィルナは極めて小さな魔槍を構築して、ベリューシュカの手足の木の拘束を破壊した。そしてベリューシュカは自由になった両腕をウィルナの肩に回して抱きしめた。会場の雑音が抱き合う二人を包み込んだ。


「もう大丈夫です。僕が貴方を必ず守ります」


ウィルナはベリューシュカを見つめて口を堅く結んだ。二択でベリューシュカを選んだ。エイナとベリューシュカの二人を守るとは言えなかった。


「茶番は終わりだ!我が名、イグナ・シュリストの名において全員始末しろ!」


ウィルナが若年男性の声の主を特定するために顔を上げた先は上段の特別観覧席。自分達がいた部屋の真向いだった。そしてシュリストは部屋奥の影へと姿を消した。


「くっ!」


押し留めた微かな声が、押し寄せる感情と共に漏れ出した。


エイナを助け出す希望は無い。


ベリューシュカを捉えていた騎士達は抜剣していなかった。だから時間をかけて観客を熱狂させた。騎士が油断して拘束を緩めた所を強引に救出出来た。しかし騒ぎを起こした今、騎士達は剣を抜いて命令を聞く。命令が無くても人質として意識させるために同じ事をするはずだった。


そしてエイナ以外にも守るべき命がある。


「皆!僕の近くに集合だ!」


ウィルナはベリューシュカを抱えたまま、子供達のいる場所へと駆け出し大声を張り上げた。


ウィルナは、走り出したがすぐに立ち止まってしまった子供達を目にした。そして自分も立ち止まった。


「あの人連れて行こうよ」


ミスアの何気ない一言が、座り込んだルーシェを見る子供達を止めていた。


ウィルナはディロンが自分の事を、悪魔と対を成す天使だとよく言っていた事を思い出した。しかしこの地獄ような雄叫びが轟く中で見た子供達こそ天使に見えた。


そして足を止めた理由。ガタガタと聞こえる音を耳にして、音源の方向である天井を振り返って見上げた。


天井から吊り下がる円形舞台は下から見上げる形となって状況が分からない。そして舞台がゆっくりと降りて来ている理由も。


しかし状況確認のために立ち止まっている暇は無かった。


「数が多すぎる。くっ。――手数で押される!」


ゴーレム三体の奥の闘技場壁面の鉄格子が上へと解放され、出入り口となっている大きな通路から騎士達三十人ほどが闘技場に駆け込んで姿を現した。それに加えて炎魔法が連発され、ウィルナの魔槍が盾となり、両者の間で巨大な爆炎を連続して巻き起こした。


(不味いがマズくないと思え!何とかするんだ!守ると決めたんだ!)


ウィルナは焦燥感で浮き立つ意識を自制し、ベリューシュカを抱えたまま巨大な魔槍を追加で発動し、子供達の場所まで後退を余儀なくされた。


敵から距離を取れば対処時間も多少は確保できる。鉄格子の入場口は全部で四ヶ所。何処から敵が現れるか分からない以上、子供達の側にいたかった。


爆音の度に抱き上げているベリューシュカが小さな悲鳴を上げ、体を硬直させてウィルナにしがみ付く。巨体のゴーレム三体が歩き出して距離を詰めて来る。そのゴーレム三体を盾にするように騎士達が前進を開始した。


「お兄ちゃん。お姉ちゃんも連れてきた!」


「みんな後ろにいるよ」


「誰も怪我してない」


「僕達がんばった!」


ウィルナの背後から幼い子供達の声が聞こえた。今この場にあっても元気いっぱいの子供達。


相手の手数に対して防戦一方となりつつも、後退して子供達と合流出来た事はウィルナに安心感を与えた。自身が多少感じていた焦燥感をバカバカしく感じさせた。


「良い子達だ!えらいぞー。この人はベリューシュカさん。僕の恩人なんだよ」


ウィルナは敢えて余裕を見せた。その声も陽気に富んだ快活さ。それは子供達に向けた意識だったが、自分にも勇気と気力を与えてくれた。


「そうなんだ。お兄ちゃんの恩人さん。恩人って誰?いとこ?」


ウィルナが魔槍を懸命に操作し続ける中、子供達は抱きかかえられた顔を近くで見ようと周囲に集まり覗き込んだ。


「え?」


ウィルナの肩に顔を埋めて目を閉じていたベリューシュカ。子供の声に反応して顔を上げ、子供達を視認してから呆けた声を出した。


「あああぁ。あ、ぁあの、おろろ、――降ろして、ください」


子供達に見つめられて恐怖心は全て吹き飛び、お姫様抱っこされている状態が恥ずかしくなった。


「はい。僕の後ろから離れないで。子供達を頼みます」


「ひゃい!」


ウィルナはベリューシュカに視線を送る暇さえなく魔槍を操作し続け、敵集団に顔を向けたまま屈んで砂地に立たせた。


「子供達は僕の後ろで全方位を警戒!何かあったら大声で叫ぶんだ。必ず僕が守る!君達も僕達を守ってくれ!」


「はいっ!」


子供達の元気な返事と共に感じ取った移動する小さな足音。意識と感覚は研ぎ澄まされ、怒り以外の感情が溢れ出して全身を強化してくれた感覚。


「ふふっ。これじゃどっちが守られてるか分からなくなる」


ウィルナの浮かべた微笑みは数秒。今が一番強い自分だと言い切れる自信があるほどに強力な魔力を体内から感じる。


「うおおおおあぁ――」


咆哮と共に両足で砂地を踏みしめ、両腕を開いて伸ばして魔力出力を最大限まで高めた。


ウィルナは意識だけで魔槍を操作していた。しかし魔力も筋力同様身体機能の一つ。全身で操作し、人体で最も優れた手という感覚器官を使用する事で、魔槍本来の性能は解放された。


展開していた大小の魔槍全弾は、横一線となり距離を詰めて来るゴーレム三体を高速で貫いた。


ウィルナが両手で操る魔槍は更に飛翔を続け、緩やかな弧を描いて身構えていた騎士数名を貫通。そして狙いを定めていたナイト・オブ・アルケミスト二名へと襲い掛かった。


ナイト・オブ・アルケミスト二名と数名の騎士達は炎魔法によるウィルナ達への攻撃を止め、迫り来るウィルナの魔槍の迎撃に全弾を向かわせたが爆砕され続けた。


そしてナイト・オブ・アルケミスト二名だけが見せた青薄色の薄いベール状防壁魔法。


ウィルナは見た事も無い魔法に一瞬目を奪われたが、強度や効果を確認するため全力のままで魔槍を走らせた。


防壁魔法は布のように魔槍を包み込んで限界強度を超えた。魔槍と同じ大きさの穴を空けて狙った騎士二名に襲い掛かり、その体を四散させて消滅した。


「脆いが防壁魔法だよな。――跳ね返す魔法か。受け流す事が目的の魔法?」


ウィルナは姿勢を立ち姿に戻して一人で考え事に時間を割いた。思考の片隅で掌を上に右手を前に伸ばし、旋回して周囲に戻すよりも時間効率が良い為、魔槍全弾を消滅させて自身上空に再発動した。


大きさは自身の身長と同程度の中型に抑えて総数十二本。その魔槍達を子供達やベリューシュカ含めた円形範囲で旋回させた。


「外の世界の人間どもは全てが弱い。だから姑息な手段しか使わないのか」


ウィルナは悲しみを胸に、降りて来た円形舞台を見上げた。

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