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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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世界の浸食とその変貌者(3)

「ヴィガ、二人を迎えに行ってくれ」


ディロンは些細な不安感を抱いてヴィガに伝えた。特別観覧席に入って一時間近くが経過している。


エイナとベリューシュカは、王族の名であるガリアリスのクラン名を使い、ここの責任者であるシュリストに任せた。今二人は豪華な特別室で上級貴族並の、丁重なもてなしを受けているはず。


その部屋は歩いて十五分程度の距離。自身が到着したら呼ぶようにと厳命しておいた。それが遅すぎる。


「迎えなら僕も一緒に」


ウィルナは子供達に目を向け、少し考えた。二人の迎えにも行きたいが、子供達から離れる事に抵抗感を感じた。二人と離れた事で今の状況が生じた以上、子供達と離れる事が最善には思えなかった。


「迎えは俺だけでいい。子供達の側にいろ」


ヴィガがウィルナの肩に手を置いて笑顔を向けた。ウィルナは大きく頷いた。ヴィガの陽気な声に安心感がもたらされた。接した僅かな時間で信用に足ると判断していた。


「どなたか来客ですかな。若の賓客ならば、この爺がお出向かいに参りましょうぞ」


「起きたのかい。爺は酒に弱いくせに煽りすぎる。立って大丈夫なのかい?」


ディロンが見上げた横に立つラギール。顔は飲酒で赤く染まり、多少の酩酊ぎみ。それでも元気なお爺さんは扉へと歩き出した。


「心配ご無用。意識までは飲まれておりませんぞ。来賓は今どちらに!?」


「待て待て!爺は危なっかしい。ヴィガ、君に頼む」


ディロンが立ち上がり、ラギールが笑い声を含んだ大声を上げて扉前に着いた直後だった。


「シュリスト卿から送れと命じられ、二名を連れて参りました」


扉を叩く音と男の声で、観覧席は静寂に包まれた。ディロンは杞憂だったと安心した。ウィルナは二人にようやく会える事で嬉しさと、巻き込んだ罪悪感に苛まれた。ヴィガは扉の奥の相手を警戒した。


「ご友人の来訪。早く出迎えましょうぞ!」


静寂を破ったラギールが、勢いよく扉を開けてからは流れるような一瞬だった。開いた扉の隙間から腹部を剣で貫かれ、衝撃と苦痛でうめき声を上げて前屈みとなり停止した。


「ラギール!」


子供達はベッドの上で硬直した。ウィルナとヴィガはそれぞれ身構えた。ルーシェはベッドで寝ていた上体を跳ね上げた。皆が無言で状況確認と対処を模索する中、ディロンだけが大声を上げた。


その直後、ラギールを押し出す形で襲撃者達が乱入した。


全員が黄金のフルプレートアーマー。ここを警備する騎士達が剣を抜いてヴィガに襲い掛かり、剣を抜いたヴィガが応戦してロングソード同士がぶつかり合う重厚な金属音が響き渡った。


「子供達、戦闘準備だ!仲間を護れっ!」


ウィルナは咆哮と共に自身が装備する武器二本を、マントの内側背後から抜いて突撃した。ウィルナの咆哮及びこの場の音の全てが闘技場内の狂気じみた怒号と歓声に飲み込まれ、その一部となって渦に消えた。


「くっ――。うぁ・・・。お前らあぁ――」


ウィルナはラギールと過ごした時間は少なくとも、ディロンの仲間として認識していた。だからこそ芽生えていた仲間意識。元気なお爺さんラギールと男らしいヴィガ。そして大理石の床に倒れ込んでしまったラギール。


防御魔法を付与する時間は皆無。ウィルナは全力で騎士に挑んだ。


観覧席という戦闘には不向きすぎる場所でウィルナは右手に鋼鉄の片手斧、左手にビルから貰ったダガーを逆手に持ち、入口に防御線を張る為侵入した騎士に斬りかかった。


ウィルナに狙いを定めた騎士は直線の鋭い突き。狭い屋内で両手持ちの長剣を扱う手段としては最善。しかし騎士がかなりの実力者でも相手が悪かった。


「ふっ」


ウィルナは鋭く吐く息と共に呼吸を止め、ダガーで騎士の剣筋を逸らしながら懐に潜り込んだ。そしてダガーで跳ね上げた長剣。ウィルナの眼前には無防備な騎士の胴体。流れる体の勢い全てを横殴りの斧に乗せた一撃。


軽い金属音と重厚な金属音が連続して反響した。


元々二刀での戦闘を行い続けていたウィルナの動きは攻防が正に一体。流れる動きに無駄は無く、その速さと威力は正真正銘の化け物と化した。


ウィルナは鎧の総重量を合わせれば、かなりの体重の騎士を奥の壁まで斬り飛ばし、ヴィガに膝を屈して力尽きた騎士を避けて扉へと突進した。


「ぅおあああ――」


ウィルナは進入した騎士残り二名を直線で捉え、咆哮と共に体当たりをして扉の外へと二名を突き飛ばした。入口付近には倒れ込んだままのラギール。貫かれたのは腹部。早く処置すれば助かるという望みに懸けて安全確保を優先した。


ウィルナが扉を閉め、施錠した直後だった。


大理石の床や、革のソファーに突き刺さる金属音。そしてディロンの苦痛に歪む声。


観覧席に数本の矢が撃ち込まれ、その一本がディロンの背後から右肩を貫通していた。上段の特別観覧席の各部屋には数名の騎士が弓を構え、矢を放っていた。


「お前達は一体何なんだ!なぜ攻撃する!」


ウィルナは膝をつきながらも右肩を抑えて苦痛に耐え、扉にいるウィルナとヴィガの近くに四つん這いで這って来るディロンを見て思わず叫んだ。


ディロンとヴィガはウィルナ達を巻き込んだ事に罪悪感を感じた。今まで配下として服従させていたシュリストの裏切り行為。


ヴィガは何も言わずにベットを起こして遮蔽物にした。ウィルナはディロンに駆け寄り、放たれる矢のことごとくを切り払った。そしてディロンを右腕で抱え込み、ベッド裏まで後退した事で矢の攻撃は止んだ。


「すまない。私が君達を巻き込んだようだ」


「今は良いです。ラギールさんの具合は」


ウィルナが視線を向けた先にはヴィガ。彼が屈みこんで手を置いたラギールの体に生命兆候は見られず、ラギールの瞼を閉じてその両手を胸の上で組ませた。


「ラギールさん――」


先程まで元気だったラギールの大声がウィルナの脳内で再生されていた。人は呆気なく死ぬ。それも意図せず急に。ウィルナに悲しみは皆無だった。ディロンやヴィガに信頼されていた様子のラギール。きっと人格者だったんだろうと考え、敬意を持って見送った。


「怪我は無い?」


ウィルナが視線を向けた子供達は小さく固まり、両手でウィルナと同じ片手斧を握りしめていた。その顔には焦燥感だけが浮かび上がり、震える体が四面楚歌な現状を理解している事を物語っていた。


「大丈夫です」「僕も」「私も」「だいじょうぶ」


「良かった。君達は僕が必ず護る。怖くても冷静に行動するんだ」


「はい」


「一つ目だよ。敵が誰でも全力で。仲間は必ず護る事」


「はい」


小さくても、震えた声でもハッキリと言葉にした子供達。ウィルナは希望を与えるために子供達の頭に手を置きながら笑顔で応えた。


「君は私の王位継承問題に巻き込まれた」


床に座り込んでいるディロンが苦痛に耐えながらウィルナに語りかけた。巻き込んだ以上、説明する責任と敵の存在を明確にしたかった。


「王位継承問題って何ですか。僕は貴方の護衛。失敗してすみません」


「ふふ、君はそこからかい。そうだね、村長を決めるんだよ。僕ともう一人が村長候補さ」


「ディロンさんが村長ですか。僕の村の村長は優し人でした」


「そうか。――この程度の傷は心配ない、多分ね。でも僕は戦えない。君達に全てを託すよ」


「はい。全力で敵を排除します」


「君がそう言ってくれるんだ。安心材料としては一番効果的だな」


苦痛を浮かべながらも微笑するディロン。ウィルナはディロンに頷き、ここに二人がいない可能性。最悪の場合も考えて両手の武器を固く握った。


「これからどうしますか?部屋から出れは騎士達。ここから出れば矢が撃たれます」


ヴィガが打開策を求めてディロンに聞いた。戦闘直後のこの状況においても落ち着いた声に表情。それが彼の実力を表し、ウィルナにも心強い仲間として映った。


「先に防御魔法を付与します。皆が固まっている今の内です」


ウィルナはベッド裏に身を潜めている全員に声をかけ、その一人が声を上げた事で中断された。


「私にラギール殿の剣を譲って頂きたい。敵の反逆行為は明らか。私にも護衛の役目を任せて頂きたい」


声を上げたのは赤いドレス姿のルーシェ。武器一切を携帯しておらず、戦列に加わる為に武器を所望した。その声には強い決意が宿り、子供達の近くでへたり込んでいる姿とは真逆を見せた。


「ルーシェ嬢。君も巻き込んでしまったね。ヴィガ、彼女に剣を」


「はい」


ヴィガはラギールの腰のベルトから鞘付きの剣を外し、ルーシェに渡した。


「ベルトまでは取りにくい。貴方を信頼したバルムト卿を信用します」


「分かっています。我が家名に誓い、責務を果たします」


受け取ったルーシェは剣を鞘から少し抜いて眺め、再度収めた。柄の感触や刃の状態、剣全体の重量を頭に叩き込んで体に順応させた。貴族として教育されて生きていたルーシェは良くも悪くも貴族。その教え込まれた価値観のままに行動して来た。そして巻き込まれた陰謀。対処の仕方は生き方が決めた。


「僕はここの構造が分かりません。判断は皆さんにお願いします――」


ウィルナは皆に向けて声をかけ、両手を広げた。そして微かに聞こえ始めた構築音。


「今防御魔法を皆さんに付与しています。全ての攻撃を緩和してくれますが、衝撃が一番緩和出来ません。敵の攻撃は防御魔法に頼らず、防ぐか回避してください」


完了させるまでの時間を使い、自身が付与した魔法の効果を説明した。それが自身の弱点ともなり得る言葉でも、今いる人達を仲間と認識してためらいは無かった。


「感謝するよ。出会いは何であれ、君と知り合えた事は私にとっての幸運だな」


「まだです。僕は貴方との盟約を最後まで果たす。貴方は子供達同様必ず護ります」


「ふふ――。それでは逃走経路を考えるとしよう。ここにも一部しか知らない裏口がある。そこは敵も知る通路だが一般人は巻き込まれないだろう」


「敵が待ち構えているという事ですね。僕が先頭で退路を切り開きます」


「そうだね。ルーシェ嬢は肩を貸してくれ。寄り添うなら綺麗なご婦人が良い」


「――はい。この命に代えましても、お守り致します」


多少返答に戸惑ったルーシェ。綺麗と言われた事では無く、完全に自分を信頼しているディロンに戸惑った。今の状況ではルーシェが切り札となり、ディロンの首を上げる事も可能。だからこそ陰謀には無関係である事を行動で示し、全力を尽くして守ると決めた。


「さて、ご来賓の皆々様方。次なる演目の開始でございます!」


多少の時間をベッドの影に隠れ続け、静かになっていた地下闘技場に突如反響した大声量。その声に騒めき立つ観客勢。狂った共演は次の幕へと移行していた。

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