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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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世界の浸食とその変貌者(1)

大きな窓から見える視界の先には中央区のシンボルである円形闘技場。夕日が辺り一帯を薄赤く染め上げ、広大な敷地内広場の行き交う人達を、巨大な影で覆い尽くしている。


大通りに併設されてある馬車止めに停車した馬車内部。


「君達は僕の奴隷となった。だから命令を聞いて欲しい」


ウィルナは向かいに座る子供達に真剣な表情と声で語りだした。ここに来るまで子供達は下を向いて暗い表情のままだった。


奴隷という言葉は使いたくなかった。命令もしたくは無いが、綺麗事だけでは子供達を守り切れないと判断した。自分を認められてない今、守られる側にも守ってもらうという意識を持って欲しかった。


「僕の出す命令は三つ。この命令を必ず守って」


ここで話を区切り、顔を上げた子供達が黙って頷くのを確認した。今までと違い、ウィルナの目を見て話を聞いてくれる事だけでも嬉しかった。だからこそ言葉に熱意が乗った。


「一つは君達の隣にいる仲間達の為に命を懸けて戦い、守り抜く事。生き抜く事。これはどんな敵でも容赦はいらない。全力で立ち向うんだ」


「こんな子供達を戦わせるのかい?君がいるじゃないか!」


ディロンが馬車内部の座席に深く沈めていた体を起こし、すぐさま横やりを入れて来た。


ウィルナが戦いを強要した相手は十歳にも満たない子供達。ウィルナの実力があれば子供達に戦闘の必要は皆無と考え、飛び跳ねて異論を唱えた。しかしウィルナはディロンに顔を向け、黙って頷くだけに留めて言葉を続けた。


ここに着くまでの時間で考え抜いた命令と、自分への誓い。命令として与える以上、命令を出すウィルナにも、その責任を重く受け止める事が出来た。


「二つ目は自分の考えを持って行動する事。三つ目は必ず僕の所に戻って来る事。僕からあまり離れたら駄目だよ」


「わかりました」


一時が長く感じた沈黙の後、声を上げたのは青い目が特徴的な一番小さな少女。絶望感満載な弱々しい声に暗い表情。それでもウィルナは笑顔を返した。幼い子供達が笑顔を向けてくれる事を望んだ。それが遠い日になろうとも。


「ありがとう、ミスア。――オースト、君は男の子だ。キーラとイズも守ってあげるんだよ」


「はい。わかりました」


ウィルナは返事をして頷く子供達の顔を見回して大きく頷いた。それは自分が子供達を見守り続け、笑顔を取り戻すという誓いを立てた証として。


「そうだ。自己紹介の時にも言ったけど練習しておこう。僕をお兄ちゃんと呼んでくれないか」


ウィルナの急な願いに子供達の体は完全に硬直した。浮かべた表情は恥ずかしさ。膝の上に乗せていた両手を固く握りしめてモジモジし始めた。しかしここでも先陣を切ったのは一番小さな少女のミスア。諦めて小さな声をウィルナに返した。


「お、おにい、ちゃん――」


「うんうん。――さあ、キーラ。イズ。オースト。君達も練習だ!一度言葉にすれば抵抗感は無くなるよ!さあ!」


もはや強制ともいえるウィルナの態度に押されて子供達も折れた。無音の馬車内部で儚い音が確実な声となって流れた。


「君は大丈夫かい?子供達の心労を考えたまえ」


ディロンの声はウィルナの耳に入らず、ニヤケ面という満面の笑みを浮かべたウィルナ。


「ラギール。扉を開けてくれ」


呆れた表情のディロンがウィルナを眺めながら声を上げた。この手の輩はほっとくに限ると判断した。


「待ちくたびれました。開けますぞ」


やがて走る事で鳴らされる鎧の金属音と共にラギールが駆け付け、扉が大声と共に勢いよく開かれた。


「楽しい会談だった。時間を取らせて済まない」


ディロンが開かれた扉から下車し、子供達に手を差し伸べた。その手を取って子供達も下車し、ウィルナが最後に石畳の通路に足を付けた。


大きな通りを隔てた向かいには、高く聳える石造りの円形闘技場。その巨大な外観は細部にまで施された彫刻が外部を埋め尽くし、階層ごとの凹凸が横一線のボーダーとなり、洗練された品格を一つの建築物が醸し出している。


「目的地はこっちだ。私についてきなさい。これから君達は使用人であり、私の護衛。口を開いてはいけないよ」


ディロンはウィルナと子供達に顔を向けた。彼はウィルナの暴走を恐れたが、子供達がストッパーとなり、抑えてくれる事を切に願った。


「はい。二人の場所までお願いします」


ウィルナと子供達は黒一色の着衣に身を包み、更にマントのフードと首元の布を鼻筋まで上げて顔を隠した。


「しかし艶も無い黒で統一するとは、念の入った黒一色だな。子供用が無かった事が残念だ」


護衛としてディロンの横についているヴィガがウィルナ達を眺めて告げた。通行人の中にも黒の服装の人は確かにいる。しかし全身が真っ黒となれば珍しい。集団ともなれば浮いた存在となるほどに。


「そうですね。これで完全に闇に同化出来ます」


答えを返したウィルナは服を選ぶ時、魔族達の服装に着想を得て選び続けた。魔族達の着衣は高貴さを体現するかのような、月明かりでも光り輝く光沢に包まれた漆黒。だがウィルナは闇夜に完全に融合するため自分なりに考え、魔族達とは違う艶の無い深淵の黒を選んだ。


しかしヴィガの言葉通り子供用の装備は無かった。服では無く、あくまでも装備品に分類される最高級品の防具一式。戦闘を行う大人用に製作されており、子供の体形に合うサイズは無かった。


それでも購入して、子供達は袖を折り、裾を捲し上げ、マントは内側にめくり上げられていた。手袋や靴も体形に不揃い。それでもウィルナは自分と同じ装備を子供達にも揃えた。


その破格の装備一式は店内に五点。それはこの世界においての数と同数で、破格の対魔法防御性能と、軽量さを兼ね添えた最高級品。


ウィルナは同じ姿になった子供達を目に、新しく芽生えた同調意識を感じて笑みを零した。


「なかなかの出費だった。君はその分、働きを持って返済したまえ。ふふっ」


ウィルナの笑顔に対して、ディロンは軽くなった懐を感じて薄ら笑いを浮かべた。


五人分を最上級品で揃えたためにかかった費用は思い出したくも無い額。その額は店員ですら驚く額になってしまった。結局屋敷から持ち出していた金額では足りなかったため、近衛に屋敷まで走らせて支払わせた。


「貴方の護衛ですよね。わかっています」


「ならば良し。私は戦えないんだ――」


無くなった物は仕方ないと忘れる事にしたディロン。ラギールに顔を向けた。


「ここからはラギールとヴィガだけ同行して他は返せ。これだけの大人数では他に迷惑を掛ける」


ディロンの周囲には近衛騎士総数十二名が全身鎧の金属音を上げて歩いていた。


ディロンはこの都市で一貴族として過ごしてきた。それは自身が自由に行動する為。不要な問題を招かない為。だから近衛騎士を側に置かなかった。だが今はどうでいい些事。後ろについて歩くウィルナに良い所を見せたかった。その一心で信頼する近衛騎士二名を連れて自身の存在価値を示し、胸を張って歩いた。


ウィルナの歩く視界の先には大きな石造建築が建ち並ぶ。どれもが横に巨大な建築物。その正面の一つに足を運ぶディロンと、その後ろの子供達の後を追いながら石柱の間を通り過ぎた。


石柱を抜けた先でヴィガが走り、目的地の木造大扉を開けて一行を屋内へと誘導した。その大部屋にウィルナは圧倒された。ディロンの白を基調とした落ち着いた雰囲気の邸宅とは違う別空間。


足元一面が赤い絨毯。正面には高価そうな黒のカウンター。木目が見える事で木製だと判別できた。左手にはバーカウンターがあり、多少離れた向かいに銀製の丸テーブルと銀製の椅子が数脚一組。それが二列十組置かれている。他にも巨大な階段や大扉、照明器具や観葉植物に装飾品。言いだしたら切りが無いほどに派手さが目立つ巨大な空間。


そして言葉を失った要因はここにいる人々。男性は派手さを前面に押し出した色彩の着衣。女性は大きく開かれ強調された胸元に足元で大きく広げたドレス。タイトなドレスに腰元から大きく開いたスリットなど、自身を誇張するための様々な色彩と宝石貴金属類で身を飾っていた。


言葉を失い、場違い感を全身で感じたウィルナは、黙ってディロンの後を最後尾で追った。視線はディロンの背だけを見つめた。歩く事だけに集中した。全身に押し寄せた緊張を肌で感じて平静を装った。


ウィルナと子供達は明らかに目立った。しかし原因は前を歩くディロン。襲撃された噂は都市を駆け巡り、この場の誰もがディロンの姿に視線を移した。


「バルムト卿の到着だ。部屋に案内しろ」


入口の扉を開けて一行を招き入れたヴィガは一行を足早に追い越し、正面のカウンターまで行って受付に声をかけていた。


受付の初老男性は黒の生地に赤の装飾が多少入った上下の着衣。純白のインナーが栄えて見える。周囲にも同じ服装の従業員が十数名いる事から、ウィルナはメイド服同様制服である事を理解した。


その従業員達の年齢は様々。しかし全員が気品と優雅さを兼ね備えた身のこなしを見せ、この場の品位を格段に上昇させていた。


「バルムト卿ではございませんか」


ヴィガのいるカウンターまで距離を残して女性の声に足を止められ、ディロンがバーカウンター横の銀テーブルから駆けて来る女性達に体を向けた。


「これはルーシェ嬢。それにメイ嬢。と誰だったか」


「これはブライトンです。それより、襲撃されて行方知れずと聞いていましたが、ご無事で何より。父に代わりここに謝罪を。申し訳ございません」


赤くタイトなドレス姿のルーシェと、マント姿でフードを外してある使用人二人。ディロンの元に駆け付けた直後、ルーシェが捲し立てるように言葉を発し、勢いよく頭を下げた。


「謝罪は受け入れるが君達に罪は無い。君の父上の統治でこの都市は上手く機能している。頭を上げたまえよ」


ルーシェは目の前の人物がガリアリスの名を持つ者であると認識してその失態と責任を感じた。罪は無いと言われても治安維持も我が家名の名の下に負うべき責務。謝罪の受け入れを受け入れ難く、返事をする事無く頭を上げてウィルナ達を眺めた。この場でここまで浮いた集団を目にした事が無いからこそ興味を持った。襲撃後に連れて歩くほどの存在は何者なのか確認したかった。


「この者達は?それに今日はラギール殿までご一緒とは」


「あぁ。漆黒の彼らは私の暗部。襲撃後の今日は、有能な護衛として連れて来た。暗部故に顔は見せれない」


「暗部。諜報機関をお持ちで、しかもここまで幼い子供達まで育成済みとは」


「これは内密に頼むよ。それに私は一貴族。近衛を連れていようと、それを認識する者以外には知られたくは無い」


「畏まりました」


「それでは失礼するよ。先を急ぐのでね」


「はっ」


ディロンは片手を上げ、見送るルーシェ達を背にして歩き出した。進行方向は受付を迂回する形で右方へと進み、ウィルナの視界にも大きな木造扉と警備する黄金のフルプレートアーマーの騎士二名が視認された。


ルーシェはダンジョン内で畏怖の念を持たせたエイベル達。そして別れ際にはカインの横にいたウィルナに気付かなかった。姿と顔全体を隠していた為に。対してウィルナもルーシェに気が付かなかった。一切の興味が無い故に、その存在を出会いすら無かったかのように失念していた。


扉に着く頃にはヴィガが一行の先頭に立ち、若い男性従業員が一行を先導する形で扉を開けた。石壁に口を開けた扉の奥は、大人二人が並んで歩ける程度の狭い直線通路。入って背後の扉を締められた瞬間、大部屋の雑踏は消え去った。


従業員が扉を閉めて先頭に立つまで立ち止まっていた集団は、急に訪れた静寂と暗闇に包まれた。闇を照らす唯一の光源は、一定間隔で縦長に窪んだ石壁に置かれた揺れ動く松明の炎。自分は動いてないのに揺れ動く自分の影が、異様に感じる不気味な空間だった。


「ご案内いたします」


狭い空間に独特な靴音を反響させて歩き出した従業員。ウィルナは子供達が不安に包まれている事を感じ取り、子供達の背に手を当てて一緒に歩いた。


やがて折れ曲がった階段が一行を飲み込み下った先。壁にはめ込まれた木造扉と、そこに立つ黄金の騎士二名が階段下の広場に出現した。


「案内ごくろう」


広場に着いた一行は、ヴィガが従業員に告げた言葉で目的地が近い事を悟った。そして騎士に「バルムト卿の到着だ」と告げて扉を開かせた。全てはバルムトの名と、ディロンの顔が通行パスとなり、行く手を阻む者は誰も居なかった。


扉を開けた先はまたしても煌びやかな空間。絨毯は無い石畳。しかし大理石で埋め尽くされて光沢を放ち、その光源は高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが担っていた。


それ以外は高価そうな五人掛けの革製ソファーが三台並び、その向かいに荷物を置く為の長方形の低いテーブルが同数置かれていた。


ただそれだけしかない空間に、それなりの人数がそれぞれ輪を形成して立ち話をしている異様な空間。


「ここは待合室ともいえるエントランスさ。君達はもう少しの我慢。もうすぐ私の個室に辿り着く」


ラギールとヴィガが部屋に入って立ち止まった一行の先頭で周囲を観察して警戒し、ディロンがウィルナ達に振り向いて笑顔を向けた。雰囲気に飲まれている子供達は勿論、ウィルナも小さく頷くだけに留めた。まるで別世界のどこかに迷い込んでしまったかのような圧迫感を抑えきれなかった。

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