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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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平穏の破壊者(7)

ウィルナが足を止めて見上げた石造りの巨大な建物。その外観は質素かつ殺風景。周囲に並ぶ飾られた外装の建築群とは、明らかに異質な存在感を示していた。


その要因はやはり大きな銀色盾型の紋章。中央にトレスのような狼と剣。周囲の蔦が直下から上へと這いあがる装飾。


普通、大きな商会でも紋章までは付けない。付けるなら店舗名を表す大看板。店が扱うサービスの種類を表す文字や絵が一般的。それは一重に、この商会が普通では無い事を示すが為か。


ヴィガが店舗入り口の扉を開けて一行を導いた先。小窓しか無い外観のため屋内は暗いかと思ったが、陽光以外の照明などが広い店内を昼間の様に明るく照らしていた。


「どうだい。ここは凄いだろ」


ディロンの子供っぽい質問の返答にウィルナは戸惑った。


店内は確かに広い。様々な武具に素材。衣類に小物。寝具に収納鞄に何故か馬車まで店内で陳列され、統一感の無さが際立った。更には植物由来の薬材の強烈な匂い。魔獣の爪や牙に毛皮と骨に魔核まで売り物として配置されているスペースまである。


「確かにこの店の匂いは独特と言うか何というか」


「何を言ってるんだい!あの魔獣の素材を見たまえ!北の辺境の更に果てまで行かないと採れない品なんだよ!そしてそれらを素材として作られた装備品の数々!どうだい!本店では魔獣のステーキまで食べれると聞く。私ですら食べた事が無い珍味だそうだ!」


ディロンは足早に歩きながら話していたが、通路の交差している広い場所で立ち止まって振り返った。


ウィルナはディロンがここでの用事を済ませる為の速足かと考え、前を小走りで進む子供達に駆け寄った。だが、振り返るディロンから違和感と嫌な感じを受けた。


興奮したディロンはウィルナへと両腕を広げ、大声をだして共感を抱かせようとしていただけだった。


「――わざわざ大声出さなくても聞こえてます。そのポーズを取りたいから早歩きになったんですか?子供達の走る足音、聞こえませんでしたか?今度したら怒りますよ」


ウィルナはディロンの行動理念が理解出来ずに呆れた声をだした。そして冷たい目線を送り、大人なのに子供みたいだ、など考えながら子供達に寄り添い、その肩に手をあてて歩いた。


「君は分かってないんだ。子供達が駆け回る理由はこの場が気に入ったからさ。君も隠さなくて良い。私に感謝したまえ。存分に堪能したまえよ!」


「貴方が一番子供じゃないですか。意味が分かりません」


「それは自ずと理解に至る。店内を散策しようじゃないか。子供達は私が預かろう。行くよ子供達」


大手を振って歩き始めたディロン。そこについて行く子供達は今現在二人の主人がいる状況となり、契約の変更は未だ成されていないため大人しく付き従った。


「お前も苦労するよな。俺もそうだ。知っていると思うが俺はヴィガ。それだけが俺の名だ」


最後に入店したヴィガが、目の前にいるウィルナを不憫に思い声をかけた。


自分もディロンにいつも振り回される。子供の世話をし続けている感覚は痛いほど理解出来た。そして同じ境遇となっているウィルナに同情心を抱いた。


「初めまして、僕はウィルナです。あの子達は僕の家族です」


「そうか。事情は知らんし聞く気も無い。まだ幼い子達だ。大切にしてやれ」


「はい!」


ヴィガの男らしい風貌に体格と低い声。しかし活舌が良く、聞き取りやすいその声は陽気さを含んでおり、ウィルナに安心感を与えた。子供達を人として見ているヴィガに好感しか抱かなかった。


「君達!こっちだ!」


広い店内に高い天井という空間に響き渡った声。


ディロンの声に反応した二人は周囲の客に目線を向けられ、ウィルナは頭を下げて声の方に歩き出した。ヴィガはあからさまに頭を抱え、天井を見上げながらウィルナの後を追った。他人の振りは出来ない恥ずかしさと、広い店内で肩身の狭さを切実に感じた。


ディロンに呼ばれた場所は店舗内一階部分の最奥で木の扉の真正面。ディロンのすぐ横に、イカツイ男二人が立っていた。スキンヘッドが良く似合う悪人面。しかし悪意は感じない不思議な雰囲気の二人がウィルナを見てディロンに頷いた。


「これから契約の変更を行う。子供達は傷つき血を流す事になるが取り乱すな。これからは君が紅玉を無くさないよう肌身離さず持つんだ。この扉の先で店員が行うから、君が子供達の面倒を見るんだよ」


ディロンが急に真顔になり口にした契約の変更。それは自分の魔力と子供達の血が必要となる契約の儀式。


「あの!どのくらいの血が必要なのですか?傷は残るんですか?あの――」


ウィルナは心構えも出来ずに狼狽した。自身が傷つく事は厭わないが、守りたい存在が傷つくとなれば大問題。しかも今回は契約の為に必要な傷。そして溢れる自分には何も出来ない無力感。


「彼らに任せておけば心配は無い。すぐに終わるから行ってきなさい」


そう言ってディロンは透明な宝玉のついた純銀の首飾りをウィルナに手渡した。


「契約は紅玉と。これは透明ですけど」


「私が今契約を破棄した。いいかい。君が不安を見せれば子供達にも伝播する。守るという意味をもう一度よく考えるんだ」


ウィルナは、ディロンから手渡された透明な宝玉のついた首飾りを握りしめて頷いた。ディロンの言葉は正しいと感じて素直に受け入れる事が出来た。そして子供達の前に跪き、それぞれの顔を眺めた。


「大丈夫。僕が君達を必ず守る。だから君達も、隣にいる友達のために頑張って」


「わかりました」


声を上げたのは女の子だった。未だ心を開かず、名も知らない少女の声を初めて聴いた。その声はウィルナを保護者へと確実に変貌させた。


「――それでは子供達をよろしくお願いします!皆行こう」


ウィルナは子供達に頷いた後に立ち上がり、扉の前に立つ男二人に頭を下げた。せめて傷が浅く済む事を、痛みが少ない事を強く願って頼み込んだ。


ウィルナを訝しむ男達は顔を見合わせて扉を開き、ウィルナと子供達を部屋へと入れて扉を閉めた。


「あの少年は何者なんですか?奴隷にあそこまでするヤツは珍しい。それに貴方との接し方」


閉められた扉の外でウィルナ達を待つ二人は、ヴィガから暇潰しの質問を口にした。


ディロンは騎士団の存在を息苦しく感じて、自分達を近くに置かなかった。金で雇って配下としていた傭兵達とも違う認識を抱かせるウィルナという、どこか異質な存在への当然な疑問。


「さてね。私も彼の全てを知らない。だけど人の姿をした魔族で無知な天使なんだよ」


「魔族!?それは一体?」


「天使とも言った。君も確かに強い。この都市では上位に入る強さを持っている。けど彼は人の範疇を超えた、魔族とも云える力を持っている」


「なっ。あの少年がですか?確かに彼のあの手。動きにも武人特有の動きが見られたが」


「驚きは彼の実力を見た時に脅威と変わる。だけど彼は私の友人なんだ。君と同じくね」


「ご冗談を。剣と魔法にしか取り柄の無い俺如きが」


「そうだね。君との同じやり取りは何度目だろうか」


無言となった二人の空間に、客の雑踏だけが鼓膜を刺激して幾数分。


「僕を脅かしましたね!また僕をからかったんですね!」


勢いよく開かれた扉。側に誰かがいたら、間違いなく突き飛ばされていた程の力で解放された部屋の入口。姿を見せたのは子供達四人と、扉を開けたウィルナだった。


「一体何を言っている。契約は済んだのかい」


そっけなく聞くディロンに腹が立つ。ウィルナは顔を赤くして騙された事に憤慨していた。


「凄く血が必要かと思ったら、髪の毛みたいに細い針でつけた小さな傷の血の一滴じゃないですか!」


「それの何が問題なんだい?ここまで小さな傷で、契約を済ませる職人を私は知らない。君も喜ぶと思ったんだが違ったかい?」


「違います!いや、傷は確かにそうですが。先に話してくれれば良かったじゃないですか!」


「まったく。だから君を子供だと言ったんだ。それは君の先入観がもたらしたものだ。もっと脳細胞を活性化したまえよ。くくっ」


「んなあぁ。――っく」


「子供は貴方でしょう。悪く思うな。バルムト卿は性格が悪い。金遣いが荒い。女を見ればすぐに口説こうとする。多少の犯罪すら厭わず行う極悪人だ」


「流石ヴィガ。私の事をよく理解している。はっはっは」


割って入ったヴィガ。楔を打ったつもりだったが、巨大な流砂には意味を成さずに流された。


「さて、次の用事を済ませるとしよう。次は君だ。その恰好をどうにかしないとな」


「確かに。何でそこまでサイズの合わない服を着ているんだ」


「それは僕――」


「彼はセンスが無いのさ。買い物の仕方すら知らないほどにね。さあこっちだ」


話を強引に区切り、一行を先導したディロン。奥にあった階段を上り、二階へと移動した。


そこは様々な武具が置かれた広い空間で、隣には服飾品も陳列されていた。明らかに一階の雑然とした空間とは違う高級感。


「先に防具からかな。ヴィガ。よろしく頼むよ」


「そうですね。先に防具を選んで、それに合う動きやすい服を探しましょう」


「あの。お金が無いんですが」


ウィルナは焦った。どれも値札は皆無。高価そうだと思える品々が広い間隔を取って飾られていた。間違いなく手持ちの金貨数枚で変えないと判断した。


「何を言っている。私が君に贈るんだよ。君は私の為に。私は君の為に出来る事をする。それが盟約というやつさ。今から君は私専属の護衛となるんだよ」


「はぁ。何もお礼は出来ませんよ」


「いや。先々君は私のために何かしてくれるさ。君はそういう人間だ」


「えと、良く分かりません。遠慮しなくて良いという事ですか?」


「勿論さ!」


ここでウィルナは意識を切り替えた。


ディロンは正直何を考えているか分からない。後から何を注文されるか分かったもんじゃない。だから何も気にせず甘える事にした。


「それでは服からお願いします。黒一色で揃えます。まずは子供達の服から」


「何だって!?」


「えと、子供達の服からおねがいします」


ディロンは呆気に取られて聞き返してしまった。子供達は認識外。自分が選んだ最高級を贈った。服は既に着ていた。しかし飛び出た子供服要求。


「子供達は服を着ているが、聞き間違いかい?」


「いえ。子供達も黒で統一してください」


ここでウィルナは言葉を止めてヴィガを見た。進めた会話の内容で、騎士であるヴィガと敵対したくなかった。


「ああ。ヴィガは気にしなくて良い。彼は信用できるし言葉を選んで話せる男だ」


「わかりました」


ウィルナはヴィガを知らないがディロンの言葉は素直に聞く事が出来た。彼の言葉で正しい選択を選んできた過去を実感している今だからこそ素直にヴィガを受け入れた。


「僕は騎士団に追われてます。今後は夜の闇に紛れての移動が多くなると思います」


「なるほど。君のそれ。未来を予測して今を生きる姿には感銘を受けるよ」


「それと僕も黒にする理由は、返り血を目立たせなくするためです。黒なら人間の赤も魔獣の黒紫も目立たない」


「ふふっ。子供達に嫌われたのが大層こたえた様子。くくっ」


「笑い事じゃないです。お金無いですか?」


「はっ。私は散財の王だよ。まかせたまえよ」


「ありがとうございます!」


「話は纏まったようだな。確認しておくが、西で騎士団員殺したのはお前か?」


二人の会話を眺めて聞いていたヴィガが最後に口を開いた。何の感情も抱いていない。その質問は明日の天気でも聞くような軽い口調だった。


「はい。知り合いか家族。あの中にいましたか?」


「心配するな。俺に家族はおらん。――なるほどな」


「どうかしましたか?」


「なんでも無い。お前が強いと聞いていたもんでな。西の現場と遺体を見た。しかしお前がなぁ」


ヴィガはウィルナを眺めて腕を組み、鎧のプレートがぶつかり合って金属音がガシャンと響く。


「だから言ったじゃないか。彼は無知な天使で悪魔なんだよ」


「何かすいません。悪魔って悪い存在だと聞きました」


「はっはっは。そうだな。悪魔は人間だ。人間が悪魔になるんだ。君も気を付けたまえ」


「はい。でも相手次第です」


「確かに君ならその答えしか持ち得ないだろうよ。くくっ。さて、買い物を済ませて二人を迎えに行くとしよう。地下闘技場はここから少し距離がある」


「はい!」


元気よく返事したウィルナは初めて見る並んだ武具に心を奪われた。それに救出ではなく迎えと言ったディロン。言葉の意味を理解していたウィルナは、二人に少しだけ待ってもらう事にした。

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