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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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平穏の破壊者(4)

予想はしていたが石造りの我が屋敷は大惨事。


二日経っても配置されていた騎士団員が視界内に八名。

石畳の通路とその両側の翠の芝生に空いた大穴。未だ残る血痕。


「ご無事でしたか!」


フードを取って馬を進めた先。大きな通りに口を開いた敷地入口の鉄門前。入口を警備していた騎士がディロンを認識して声を上げた。鎖帷子の一般兵では無く、白銀の金属鎧を全身に纏った屈強な戦士とも呼べる騎士。


「不在時に何か変わりは?屋敷の皆は無事かい?」


「はい。皆と屋敷には被害無く。御無事で何よりでした」


「屋敷内の警備は?何人が配置されている」


「部隊は十四名。屋敷に部隊長がいます」


「私は疲れた。二頭を屋敷前まで引いてくれ。彼の馬もだ」


「はっ」


ウィルナは引かれる手綱の馬の背に揺られ、巨大な屋敷を見上げた。縦にも横にも巨大。石材に施された彫刻の装飾。各所の大きなガラス窓。そして見えて来たエントランスと両開きの大きな木造扉。


「二頭は北口の詰所に送り届けてくれ」


「はっ」


ディロンが先を歩き、玄関扉二枚を大きく開いた先の大きな空間。正面から延び、奥で二股に分かれた巨大かつ開放的な回り階段。点在する装飾品と調度品。それら全てが高い吹き抜けの天井に囲まれた一つの空間で調和を見せていた。


「お帰りなさいませ。旦那様」


「心配しましたぞ。今までどちらに。捜索隊は全て屋敷に配置しますぞ」


出迎えたのは初老の近衛騎士団長と配下の数名。更には使用人の若い女性が数名。


「来たのかい、爺。何かと苦労した。屋敷内の警備は外せ。私は部屋に戻るよ」


ディロンは右手を上げて払い、道を開けるように促す仕草を取った。

実際、精神的にも肉体的にも辛かった。


二日間飲まず食わずで魔族達に気絶させられ続け、解放されてもウィルナの相手。化け物達の思惑に付き合わされて、心労だけが降り積もる地獄を生き抜き、苦心して辿り着いた安住の我が家。


「――この小僧は一体」


「誰もよこさなくて良い。全ては彼に任せる」


ディロンは早く部屋に戻りたかった。ウィルナが騎士団に敵対した事実は知っていた。ここで暴れられたら安住の地を失う事になる。それと同時に、敵に(くだ)った名誉失墜も襲い来る。


「あ――。あの時のかっこいい死にかけ!」


(何だと!!!)


ディロンは疲れと安心感から周囲の認識と判断を誤った。


(しまった!芝居を頼んだあの子か!マズイ!非常に不味い事態ではないか!)


発言者の少女の声に心臓が飛び出そうになった。顔が瞬時に少女に向いた。


「生きてたんだ!騎士さん、こいつ、ばけも――」


「そう!それこそ彼を。私の世話を一任させるに至った理由さ!」


焦りが募る。熱を帯びた表情と声に拍車がかかる。


「あの時、使用人の彼が化け物のような奴らから私を守ってくれたんだよ」


右手を少女に開いて上げて、ディロンは言葉を続けるしかなかった。


「彼のマントの内側。そこには私を庇って出来た負傷すらある。だからこそ私が、部屋で直接手当てをしたいと考えたんだ。誰かが近いと甘えたくなる。私の決意を邪魔しないでくれ」


幼い頃から見てきた舞台。ディロンは今、その舞台の主演を務めている気分。最悪だった。これほどまでに演技が出来る事は喜んだ。しかし彼女の存在を失念していた事を心底(しんそこ)悔やんだ。


(ここは強硬手段。問答無用で押し通る)


「それと君。奴隷の子達全員を部屋に連れて来なさい。品の無い無駄口は慎みたまえよ。他は風呂の準備を。またすぐに出る」


早く少女の口を塞がねばという一心だった。ここを切り抜ければ何とかなる。幸い少女は守銭奴。金銭で解決可能な存在。何気なく部屋に呼び出し金を握らせる。


足早に正面の階段を駆け上がり、屋敷最上階である三階の自室に駆け込んだ。確かに屋敷は安住の地。しかし、獅子身中の少女を何とかしなければと焦りが募る。


ウィルナもディロンの背後に付き従い、部屋に入って扉を閉めた。

記憶にある自分の家が丸々収まる大広間。そこがディロンの部屋だった。


「どこでもいい。適当に座りなよ。自身の蒔いた種が、ここまで自身をがんじがらめにするとはね」


「それは知ってます。自業自得という言葉ですね」


「っふ。そうだね。君の言う通りさ」


ウィルナの傷の手当は既に済んでいる。外出時、着ていく服はこの部屋に無い。まだ夜の開催時刻まで時間はあるが、やる事が無い。二人は適当に腰掛け、長い沈黙の時を過ごした。呼んだ相手が来るまでは。


そして訪れた木造扉のノック音。


「旦那様。連れて来ました」


「入っていいよ」


「失礼します」


先程の少女が扉を開き、部屋に入るように促した首輪付きの、少年少女と呼ぶにも幼すぎる子供達。


「君、無駄口はいけないよ。何も話していないね?」


「はい。すみません」


「最悪。私と君はこの少年誘拐の主犯として挙げられ、その事実を口実に私を攻めて来る者もいる。これは今回の口止め料。今後も私の為に働いておくれ」


そう言って少女に近づき、手渡した小さな布袋。


「有難うございます!今晩も部屋に呼んでくれますか?」


「すまない。今晩戻りが遅くなる。次に誰かを呼ぶときは、君に任せる事にするよ」


「絶対ですよっ」


満面の笑みを浮かべた少女と、それに笑顔で応えたディロン。後半の会話の意味が分からないウィルナは二人を無視して子供達に歩み寄り顔を眺めていた。


四人がまだ幼い獣人。皆が可愛らしい顔に尖った耳が頭の上に突き出し、狼の尾が力無く垂れ下がる。この年齢で親元から切り離された孤独。見える未来は絶望のみ。幼くして親と離れたウィルナには強く実感できる感情と認識。子供達の心情だった。


「こんにちは。今日から君達は僕が迎える事になったから」


片膝をついて同じ高さに下ろした目線。優しく語りかけた口調と声、仕草に笑顔。敵意が無い事を示す為、両手はついた片膝の上に置いた。


その全ては無駄だった。


下を向いていた四人は一斉に、揃ってギョッとした顔をウィルナに向けて硬直した。


幼くても分かる当たり前の事実。屈んで見えているマント内の血まみれの服は貧相でボロボロ。年も若い。今の食事が無くなる。この屋敷なら衣食住だけは与えられていた。


「え――。お金持ちじゃん。それなら言った通り、付き合ってあげても良いよ」


対象に快活な少女から笑みを含んだ言葉が、楽し気に流れた。


「黙れ。それ以上口を開いたら、その指を関節ごとに斬り落とす。何ヶ所あるか数えながら黙れ」


部屋は一瞬で緊張感溢れる静寂に包まれた。


少女も今までは優しげだったウィルナ。芝居をしていた時、自分の為に背を刺されても指示に従うその姿に好意を抱いたそのウィルナ。その戦いを屋敷から見ていた記憶が思考を埋め尽くしたが故に感じた恐怖。他の使用人も見ていた。その中で少女だけが自覚していなかった。軽口が過ぎた事に。


そしてウィルナは後悔する事となった。四人の恐怖に歪んでしまった顔。泣きそうな顔。子供達は変更される主人のウィルナに絶望感を抱いた。


(やってしまった。こいつも子供達を金か商品としか認識していない事に反応してしまった。大体付き合うってどこにだよ。こいつと買い物なんかに行きたくない)


子供達の前で膝をついたまま、愕然と頭を下げたウィルナ。緊迫した空気が充満する大部屋。ここはビルから学んだ処世術。会話の流れを変更するに限る。


「ディロンさん、すいません。お風呂はどこですか?」


「風呂?ああ!準備は勿論万端さ。――君はもういい。他の者達を呼んできなさい。今の教訓を忘れない様に。僕は彼と盟約を結んだんだ。一切の他言は禁止だ。破った時の対価は容赦の無い彼が行う事になる。それも間違いなく都市ごとの破壊を伴って。いいねっ、ほんと気を付けてよ!」


ディロンの言葉に無言で大きく頷くだけの少女。ウィルナも一時の感情に流されたとはいえ、全ては流れ去った時の中。部屋を出て駆けて行く少女の足音と共に虚しく響いて過ぎ去った。


再度訪れた沈黙。うつむいていたウィルナが子供達に視線を送り、首輪はつけていても上等な衣服を身に着けている事に気が付いた。


「大切にしていたんですね。子供達を」


ディロンは返答に困った。全ては自身の存在を受け入れさせる為の策略。安い買い物。大切に育てるからこその楽しみがある。正式に口説き落とす楽しみがある。


「もっ。もちろんさ――。家族のように扱っていたとも。私が親代わりさ」


「家族か。それは良かった。貴方を殺す気は無くなってきました」


「待ちたまえよ!殺す気だったのかい?私を?約束は?二人で楽しんだ乗馬の時間は?」


「貴方も僕の殺意が簡単に収まるとでも?」


「くっ。やはり悪魔か!だが、私を生かしておいてくれるんだね!?」


「そうですね。お風呂に入りながら考えます。場所を教えてください。後、変な動きを見せたら、トレスがこの場にいるこの子達以外をどうするかは知りません」


「いいだろう。私も同行しようじゃないか。私の価値を裸で君に教えてあげよう」


「――貴方の裸に興味は無いです」


「違う!なんでそうなる!風呂で話をしようという意味じゃないか!」


「君達も一緒にお風呂に入ろう。これからは僕が君達家族の一人になるから」


「っておい!私の話を聞きたまえ!」


子供達の目には相手にされずに圧倒される前主人。『殺す』という言葉を平気で使い、圧倒する威圧的な新主人。皆が嘆きを隠し、同時同様に青ざめた顔で大人しく頷くだけだった。

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