平穏の破壊者(2)
乱雑に群生し、規則性も無い雑木林の木々の影。
足元は真冬のためか寒々しく感じる土色と枯れ葉が散乱する大地。
見上げた正午過ぎの空には厚い雲と澄みきった快晴が交錯する。
(片腕でもやれるだろうが、ここで降ろすか)
ウィルナは肩に担ぎ上げていた荷物を乱雑に投げ捨てた。
「うあっ。・・・いったぁ。扱いが酷いじゃないか。それにここまで走った君に担がれ続けて、息が出来なかったよ」
「僕が貴方と交わした約束は、二人の居場所を対価として貴方の命を奪わない事。それだけです」
「分かっているとも。だからこうして地下闘技場の会場まで案内してあげているんだよ。私を丁重に扱わないと、二人の事を忘れてしまうかもしれないんだよ?」
「僕は貴方を殺さないと約束しました。いいですか。傷つけないとは言ってない。二人の事を忘れたいですか?思い出させる方法なら幾らでも思いつきます」
「じょ・・・じょ、冗談さ。それより城門はどうやって通過するんだい。君の隣の魔獣は勿論。君の手配書と人相書きも出回っているはず。それにボロボロの着衣。流石に通過は厳しいよ」
ウィルナもその事については考えていた。横にいる四つん這いの男に言われるまでも無い。立ち並ぶ木々の枝葉の視線の先。聳え立つは最初の関門・都市城壁。
「・・・。邪魔する者がいたら全て滅します」
それは普段見せないウィルナの冷たい視線。冷徹な声。決断と決意は固めていた。
小一時間前に別れ、色々と世話をしてくれ、供に過ごした魔族達。
その時にも決意は抱いていた。しかし離れた途端、押し寄せた悪意に侵された。
それは魔族達に心を許し、その存在に癒されたため。
今はこの世界に孤独と悪意を感じるため。
(――二人の場所まで道を塞ぐ者がいたら全力で叩き潰す)
相手が誰かにとっての善人でも関係ない。自身にとっては二人の救出の邪魔をする悪人そのもの。結局善悪の判断など主観で移ろい、不確かすぎる天気のように変化する。その程度だとウィルナは理解した。
それは自己中心すぎる主観と横暴。自身の暴力に身を委ねた結果。正確には、初めて芽生えてしまった憎悪に満ちた意識。知らない世界の価値観に順応するための、別人格と言っていいほどの思考基準に起因した。
(二人を大分待たせてしまった。選択を誤らなければ、もっとやりようはあったはず――)
「きっ。君は馬鹿なのかいっ!?あの城塞都市に何人の騎士団がいると思ってる!騎士だけではない!シーカーや傭兵連中も君と敵対するかもしれないんだよ!」
「それがどうした。お前も横にいれば。・・・共犯。そう。共犯にしてやる」
「ちょ。ま、まままあ。待ってくれ。まって。待ってください!」
「待てるはずがないだろ。お前のせいでこうなった」
「それはそうだ。いや違う。二人をさらったのは私じゃない。違うんだ。友人だと言ったはずだ。私を巻き込まないでくれ!」
「何を言っている。僕達を巻き込んだのは。首を突っ込んできたのはお前だろう」
「そうなんだ。そうだが待って欲しい。待ってください!」
(埒が明かない。時間の無駄だ。エネさんがこいつを気絶させ続けた理由。分かった気がする。友人?知った事か。誰であろうと変更は無い)
ウィルナが見下すように視線を下げて眺めた四つん這いの男。
魚のようにパクパクさせる口元が気に入らない。へりくだって懇願するかのようなその目が気に入らない。二人を面倒事に巻き込んだ者達の関係者である、男の存在自体が気に入らない。
ウィルナは男背後の首元の衣服を乱雑に掴んだ。
右手を無造作に伸ばしての鷲掴み。そして乱暴に引きずって歩き出した。
目指す先は城塞都市の北門。距離のあるここからでも判別できる入都する民間人の集団と並ぶ馬車。それに対応する入都管理の騎士達。城郭に配置された警備兵。
「待ってください。まってくれ!私が何とかする。します!させてください!任せてもらいたい!」
男にとっては狂気そのもの。共犯にされれば間違いなく命を落とす地獄門。
ウィルナの腕を掴んで必死に抵抗したが人間の力では無かった。悲鳴まじりの声を上げたが、全て無視され引きずられた。
(こいつに関わったのが間違いだった。私はこれでも貴族だぞ。死んだ両親から家督と地盤を譲り受けた現当主。この国ではそれなりに力もある。・・・なんで一般人のこいつがここまで強い。ここまで狂ってる。なんでこうなった)
共犯と判断されれば城塞都市自体と敵対するどころではない。一つの国家に反逆する事になる恐怖と絶望。
「き。君も早く二人に会いたいだろ!時間を無駄にするもんじゃない。私が騎士を言いくるめて城門を通過する。信用して欲しい!問題を起こさないと誓う!誓います!・・・っ。うわっ。・・・っっつ。またか」
多少考え込んだウィルナは男を前方に放り投げた。男の言葉が頭に響いた。時間を無駄に出来ない事は的を得た意見。二人に早く会いたい一心だった。
「分かりました。よろしくお願いします。ですが僕の話の内容でお願いします」
ウィルナは地面の上で這いつくばっている男に普段通りに頭を下げ、礼を尽くした。男を信用したわけでは無い。許したわけでも無い。これはケジメだった。自身が受ける利益。相手が被る不利益に対するささやかな対価の証。
「分かってくれたかい。勿論だとも。どんな筋書きだい?」
「貴方の家が僕という敵に襲われ悲惨な状況である事は知れ渡っているはず。そこを救出したのが手配書に似ている使用人の僕という筋書き。これで僕の左肩の傷と衣服に付いた落ちない血痕は説明できる。その後、僕達は襲撃から逃れ、誰も信用せず北の森に身を潜めていた。だから都市に戻れば必ず取る行動。貴方の家へ行き状況の確認を済ませて無事を宣伝する。そして貴方は服を着替えて僕と一緒に地下闘技場の会場に入り込む。会場は貴方の家と同じ中央区で間違いは無いですね」
男は呆気にとられて静観絶句した。
見上げる立ち姿から溢れる自信の源はこの目で見て知っていた。この少年の絶対的な力量。今でも思い出す戦闘時の無慈悲さゆえに感じた残虐性から襲い来る恐怖心。
しかし一般的な物の名前や知らない単語の意味を聞いて来るほどに少ない知識量。だというのに思考の速さ・思考の幅・判断力・応用力・決断力・精神力。どれもが少年という年齢の範疇を超えているように感じた困惑する男の身体反応。
「・・・それは素晴らしい。君が使用人であるという嘘以外は事実。普段なら取り得る行動。君は一体何者なんだい?他国から流れて来た上級貴族なんて落ちではないだろうね。まさかどこかの王族なのかい?」
「貴方とお友達になるつもりはありません。自分で立って歩いてください――」
「――それと、騎士団に襲撃の事情を聴きたいと呼び止められたら後日伺うと躱してください。トレスはこれから、見つからないようについて来て」
「あぁ。すまない。君は凄まじいな。瞬時に良く思いついたと感銘を受けていた。細かい話は私が家名を使い説明をしよう。万が一も無い。手元に金貨は無いが装飾品なら多数ある。一つか二つでも与えれば問題無く通過出来る」
「それと、もう一つあります」
「何だい?っと、何処に行くんだい?城門は見えているのに」
ウィルナは北門に舵を取らず西に直進した。奇襲じみた強行突破をしないのならば林から姿を見せるわけにはいかない。自身背後の先にはティナ達が未だ滞在している。平時なら記憶され易いその方向を万が一の為にも悟られたくはない。それに都市に戻るなら街道沿いに歩いて来るはず。自然を装う為にも街道に進路を向けた。
「貴方も金持ち連中と呼ばれる人でしょう?」
「なっ」
ウィルナの背を追って歩き始めた男は再度足を止めた。侮辱されたが言葉が出ない。それでも男は口を閉ざして歩き始めた。命の保証はされている。しかしそれ以外が絶望的な状況に置かれている事を強く意識した。
「貴方も奴隷の人達を連れていますか?」
「奴隷?・・・あぁ。勿論だとも。私も貴族。高価な奴隷を所有しているが?」
ウィルナの質問の意図が分からない。会場には連れて行く理由も無い。用も無い。
対して男の返答を聞いたウィルナは怒りがこみ上げた。それと同時に思いついて良かったとも思った。男の家による理由は、着替えて怪しまれる事を防ぐ為だけでは無い。男の家は見るからに豪邸。金持ちの富裕層。ともすればいるかもしれないと思った。
「その方達は僕が連れて行きます」
至極当然かのように流れ出した口調と言葉。
男は奴隷の人達の事を『所有』と口にした。それは命に対して使っていい言葉ではない。助けたい人達は全力で保護すると決めた。全ては自己の基準に準じた判断とわがまま。
男は開いた口が塞がらない。意識は混迷の渦に巻き込まれた。男が所有する奴隷は四名の子供。その全てが獣人。しかも三名は高価な性別である女で少女。
繁殖させるために大金をはたいた。総額は金貨で三千枚。その金額は一般家屋程度なら上等な家が家具付きで建つ。少女達をまとめて安く買ったがそれでも三人で二千四百枚。選りすぐりの奴を高くても買った。数年後成長した初物の少女達をもて遊ぶため。繁殖させれば元は取れると考えたため。
「待ってくれ。君との約束には含まれていない。それは出来ない!」
貴族でもその金額は痛い。許容できない金額でもある。正確には浪費し過ぎて買い直すには時間がかかる。その分待たされる時間が長引く。男の脳裏に浮かぶ、未来の酒池肉林が崩れ去ろうとしている。
「二人の場所まで君を案内すれば良いだけの約束のはずだ!」
「二人の解放後。僕は貴方の命の保証はしません」
男は絶句した。意味が分からない。だったら何故今、二人の場所に案内しているのかさえ理解出来ない。
「何を馬鹿な事を!だったら私の命をここで奪う事になるぞ!」
「貴方は知らないから言えるんです。死にたい。終わりにしたいと思う程の苦痛を経験した事はありますか?選んでください。これからの貴方の時間の過ごし方」
「悪魔か。貴族や王族なんてもんじゃない。私は悪魔に憑りつかれたのか」
「悪魔?何ですかそれ。――城門が近いです。進みますか?引き返しますか?」
「分かった。受けよう。君に渡す。獣人奴隷の子供が四人。屋敷に着けば隠しきれない」
「理解してもらえたようで良かったです。僕も無駄な時間を取らずに済みました。どちらにせよ貴方も共犯。一緒に悪い事を頑張りましょう」
ウィルナとしては、男を放り投げた時には漠然と頭にあった思惑。だからあの時、礼を尽くして頭を下げた。そして今、聞き入れられた事で満面の笑みを浮かべた。
男にはその笑顔感情一切が理解出来なかった。悪魔と取引してしまった。これは一生消える事の無い契約。ウィルナが姿を現す度に襲い来る後悔と、再度告げられる事になるかしれない要求。男は神に隣を歩く悪魔の討伐を願い出た。




