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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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平穏の破壊者(1)

ゆっくりと両目を空けて目覚めたウィルナの視界は未だ暗黒。

寝起き特有の気怠さや漠然とした意識は瞬時に覚醒を促した。

しかし起き抜けの寝ぼけた思考回路。不明瞭な視界で少ない情報。


(なんでだ。拘束されているのか。・・・これでは体が動かせない)


抵抗できない。微動だに出来ない。心臓の鼓動だけがうるさく脈打つ。


寝起き前の夢と現の狭間の時の中、微かな意識から感じていた僅かな感覚。右半身に感じる温もりと柔らかさ。脳と本能を刺激する甘い香り。目覚めた今、頭の感触でわかる大きな枕。暗闇でも分かる純白で巨大な寝具の暖かさ。


大きく目を見開き、目だけで状況確認を行った先。

すぐ先どころではない。寝具の中の自身右半身に体を重ねる少女が一人。


(ティナさん。どういうことだ。マズイ。これはかなり不味い!)


ティナが可愛らしい寝息をたてている事は理解した。


だが何故だ。自身の体はパンツ一丁の肌着のみ。

胴体上部の負傷箇所に布が巻かれているに留まるほぼ裸体。


だがそこは良い。問題は感触から脳へと明確に伝わり刺激された男の本能。

ティナも薄く大きなワンピース状肌着の一枚だけ。

胸元が大きく開いた形状で肌と肌が重なり合う感覚。


ティナの綺麗な顔。大きく柔らかな胸。心地よい重さを感じる足。

更には女性特有の甘い香りが思考を混乱の蟻地獄に陥れる。


(細く見えたのにかなり大きい。――やめろ!違う。これじゃ変態だろ!!!)


問題は男性特有の元気な下半身にも起因した。


(なんなんだ。まずいぞ!これは絶対不味いヤツだろ!せめて収まれ!)


近すぎるティナの美貌と可憐さ、今ある状況に息を呑んだ。呼吸を止めたと言っていい。動けない。今は起こしたくない。今の状態から抜け出したい。


寝起きの生理現象に加え、ティナの感触を認識した元気すぎる下半身を気付かれたくはない。これだけは絶対に。


(ひぃ――っ)


願いに反してティナの重ねられた右足が自身の右足を緩やかに登って来る。

右手が胸部を優しく移動する。


(誰か!誰でもいいから誰か助けて!!!)


「起きたの?まだ昼前。私は眠い。」


ティナの動いていた右手が右頬に重ねられ、微かな冷たさを感じる。


「まだ熱い。高熱だった。冷えた貴方を温めてあげた。」


(それはたぶん違う理由です。いや間違いなく違う理由。なぜだあっ)


理解は出来たが理解出来ない。思考が錯綜して何も言葉が出ない。動けない。


ティナは瞳を閉じたままの状態。再び眠りに落ちるための安定位置を求め、再度ウィルナの体をまさぐるように抱きしめる。ウィルナは只の抱き枕状態と化していた。


(ひいいいい。・・・って、ベルーシュカさんも僕に同じような声を出していた。――昼前か。暗くて分からなかった。・・・昼前?何日寝ていた?今日は何日だ!?)


寝すぎた故の白濁とした意識は完全に覚醒した。

寝すぎた故に頭に鈍痛が響く。上体が気怠い。


「今日は何日ですか?僕は何日寝ていたんですか!?」


故に漠然とした時間の経過を考え焦りが募った。後悔しかない。また選択を誤った。良かれと思って高熱の状態でも雨天で行動し続けた。しかし寝ていた時間を考慮すればマイナスかもしれない捜索時間。


「ここは一体どこなんですか?僕の服は何処ですか?」


二人の笑顔を思い出した。自身の役目と成すべき事柄を思い出した。


「オーグス。開けてオーグス。」


未だ両目に宿る紅眼を見せない気怠そうなティナ。躰をまさぐられる事で飛来する興奮と罪悪感。暫くして木陰の中の淡い光が二人を包み込んだ。


「まだ昼前。もうお目覚めですか。・・・具合はどうだ。少年。」


足元一角の一面がカーテンを開く様に大きく開かれた。姿を見せたのは漆黒の巨躯。銀髪の短髪。含みのある微笑に宿る紅眼の双眸。ウィルナは自身の紅顔を見られたくは無かった。同時に抜け出せる安堵感も運んできてくれた。


「オーグスさん。お早うございます。大分良くなりました」


「それは何より。お嬢に殴られなくて良かったな。小さい頃から寝相だけが最悪だった。」


「そんな事は無い。子供の頃から部屋のベッドが小さすぎただけ。私のせいじゃない。」


「エネ達はもう暫くで戻ります。食事の用意は既に。」


「誰も居ないの?目が覚めた。オーグスが邪魔した。」


「全員が出ております。身支度は私が。」


「いらない。一人で出来る。ウィルナの服持って来て。」


「はっ。」


「僕も行きます。お願いします」


片手は寝具。片手はウィルナの胸に置いて妖艶な体を豊麗に起こしたティナ。

双眸は相変わらず閉じられ、それでもよたよたと歩き出した。


今までの全てを頭だけ動かして対応していたウィルナは漸く解放された。


光が差し込んで来たその瞬間、見える景色で理解は出来ていた。今いる場所は大きな天幕内部。光を殆ど遮断する漆黒の厚い生地。床代わりの同色生地。周囲は木々が生い茂る深い森の影の中。


ティナを見つめ続け、その中で立ち上がったウィルナ。ティナを天幕出口で見送ったオーグス。その後、歩き始めた彼について行く形で後を追った。


「新たな病を(わずら)ったようだな。」


「いえ。具合は良いです。熱も下がりました。肩も背も、この程度なら問題は無いです」


「その傷でこの程度か。強靭な精神力を身につけているな。だがそれらではない。人を愛した病。優しくされて心を奪われたか。」


「え・・・。あ。えとっ。・・・っ」


ティナを見つめた事で気付かれたと感じた。どんな顔して見ていたのかさえ心配になった。意識と感情が表情に出やすい事を今更ながらに気付かされた。


最初出会った時から惹かれてしまった同年代の異性であるティナ。

相手は人では無い魔族。だからどうした。


「いえ。一目惚れでした。父も母に一目惚れだったと話していました」


「そうか。人を愛する事は良い。愛する事は戦いだ。お嬢は特に手ごわいぞ。くくっ。ぬぅわぁっはっはっはっはぁ。良いな。凄く良い事だ。私も戦闘は好きだ!」


「・・・。えと。はい。がんばります。で、良いのかな」


「何を馬鹿な事を吹き込んでいる。この戦闘狂が。こいつの言葉は全て無視しろ。」


「お前に言われたくはないぞ。お前より戦闘を好む人物を私は知らん。」


「・・・。あっエネさんっ!」


ウィルナの感覚は人間種としてはかなり高い。

視覚・聴覚・嗅覚・触覚と平均して高次元な察知能力。

その背後に察知される事無く出現した女性、エネ。

エネの存在を既に認識していたオーグス。

ウィルナは尊敬の念を抱いて声が多少大きくなり、森の中に広がった。


「愛の告白は本人の前で行え。背後から言われても喜ばれんぞ。」


「・・・え?」


「我らの感覚を侮るな。十分聞こえている距離だ。」


「えっ。えぇ――っ」


「だから言った。戦いは開始されているぞ。少年。くくっ。はっはっは。」


(やらかした。どうしよう。・・・ああぁ)


過ぎた事は諦めるしかないがやり直したい。熱にうなされていた時とは違う熱量が体を駆け巡る。離れた場所で告白に無反応に何かしているティナを見て鼓動が高鳴り連打する。


「傷の処置は私がした。問題があれば遠慮せずに伝えろ。」


「有難うございます。それにあの時助けてもらいました。有難うございました!」


ウィルナに笑顔を見せたエネ。その顔を見て無意識に告白した事を諦め、意識を切り替えようと努めた。その意識。照れ隠しも相まって、感謝の念も大量に含まれた大声と大きく下げた頭。


「ふふっ。そこまで気にするな。これは貸しだ。後日私と全力で戦って返せ。」


「だから戦闘狂だと言ったんだ。有望な人材を育てようとするな。」


「何が問題だ。私は少年を気に入っている。それにお前よりも見て取れるこの礼儀正しさ快活さ。下等な人間とは思えん。」


「確かに。ならばこそ。お前では何かと問題も多かろう。その役私が引き受けよう。」


「黙れ。お前より私の方が強い。その役は私だ。」


「何を馬鹿な事を。私の方が強い。」


「すいませんっ!お願いしたキラキラはどこですかっ!!!」


二人の会話に圧倒された。会話だけではない雰囲気と気配。

だから話を別のベクトルに変更した。


「先ずは服だな。日にあてて干しておいた。」


「運んできた下等生物はその木の裏で気絶している。目を覚ます度に意識を断っておいた。下賤な人間風情を近くに置くなど耐えがたいが、未だ生きてはいる。」


「有難うございます。・・・!?。トレス!!!良かった!無事だったんだね」


木々の隙間を木漏れ日が差し込み、広がる木陰の中に小さな光点を形成している。その中で光を一身に受けて青く白く輝くトレスが丸くなっていた。


ウィルナは裸足・裸で駆けだした。小石が足裏に食い込んでも走り続け、膝をついて抱きしめた。トレスも顔を上げてこすりつけ、ウィルナの無事と回復を喜んでくれた。出会った愛すべき家族と呼べる存在が目の前にいて、温もりを与えてくれた。それだけで身体に熱が宿り、気力が満ち溢れた。心と体が何かから解き放たれたような感覚を感じた。


「大通り前の屋上で固まっていたぞ。一体何をしていた。」


「見つけてくれたのはオーグスさんでしたか。有難うございました」


「大雨の最中でも一向に動こうとしなかった。エネがお前を担いで来てから漸く動いたぞ。」


「そうだったんですか。二人とも有難うございました。トレスもごめん」


「ついでだ。気にするな。」


「二人は何で都市にいたんですか?」


「・・・」


「・・・都市観光だ。たまには人間の町を見るのも悪く無い。」


多少の沈黙。答えたのはエネ。


「すいませんでした」


謝罪はウィルナ。どれだけ距離を縮めようと踏み込んではいけない領分がある。そこに軽々しく足を踏み入れてしまった事に気が付き、トレスから離れて頭を下げた。外の世界に出てから何度頭を下げたか数えきれない。何度選択を間違えたか分からない。しかし気は引き締まった。二人の捜索を再開しなければ。


「礼儀正しくおまけに賢い。良いな。言葉は災いの種子。それを理解しているか。この少年はやはり私が。」


「いい加減にしろオーグス。あれから少年は丸二日眠っていた。他にも何か必要なら私に聞け。いいな。私にだけ聞け!。」


「お前なぁ。」


「二人とも有難うございますっ」


エイナとベリューシュカが姿を消し、人質となった理由は地下闘技場でウィルナを戦わせるため。その開催が今夜。首謀者とみられる男は確保した。これで防戦一方だった今回の状況を打破し、攻勢に転じる事が出来る。後は男に二人の拘束場所まで案内させ、二人を解放するだけだ。しかし期限は開催まで。ウィルナが会場で戦わないのであれば無用の存在となる。二人の安全が保障されなくなる可能性が高い。


「行こうトレス。時間はまだ半日ある」

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