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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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気炎に燃える悪意の影(7)

二人が姿を消した元凶。それが自身の過去の行動の選択に起因していた事だったと知った時、自身の馬鹿さ加減と、今までのお気楽さに飽きれ果てて絶望した。


だがまだだ。


連れ去られた二人はまだ何処かで生きている。希望も見えた。そして二人を連れ去った首謀者、もしくは関係者どもが目の前に姿を現した。


(――地下闘技場で僕に戦わせたいか。なら、どこかで二人の安全は確認させるはず。二人の命が僕を拘束する鎖。そうか。獣人の人達もこんな気持ちだったのか。理解した気になっていただけか。恩人達の命が、我が身に重くのし掛かる。心が痛い。その立場にならないと正確には分からないんだな)


二人のために命を削り死人の様に愕然と佇むウィルナ。


肩を落として背を緩やかに丸め、揺れる上体と力無く垂れ下がった両腕。降りしきる雨にうたれ続けて濡れて流れる長髪。大粒の雨水でさえ洗い流せない白の着衣の明確な赤血(せっけつ)。高熱と大量出血で朦朧とする意識と気怠さ。体の重さ不自由さ。左肩と背にある刺し傷二ヶ所の激痛と止まない頭痛。


全ては自身が招いた災い。無知が故に招いた受けるべくも無い苦痛と苦悩。


だがしかし、災いをもたらした者達は今、目の前にいる。


ウィルナの霞む意識は瞬時に燃え上がった憤怒の獄炎で満たされた。その文字の如く、その躰の内を新たなる焔熱(えんねつ)が爆発燃焼させた。


(二人に迷惑かけた事を後悔させてやる。こいつらの悪意はここで終わらせる)


雨の日特有の香りが鼻腔を抜けて脳を刺激する数秒間の沈黙。


脱力状態のウィルナは不動で魔槍を発動した。怒りの感情だけが本能を動かした。それは自己最高記録かもしれない発動速度と精密さ及び巨大さを兼ね備えた、黄金に輝く光の円錐合計十二本。雨音に石畳の破壊音が轟き混ざり合い、ウィルナを中心に光の柱十二本から成る円形遮断壁が瞬時に構築された。


(あぁ。顔を上げれない。力が入らない。駄目だ。自分の体にすら負けるな!)


「こいつやる気だ。文句は後から聞く。殺しますよ!いいですねっ!!!」


「こいつ人質の意味がわかってねえ」


「構う事はねぇ。こいつは殺そう!」


「あれはマズイ!遠距離だ。あれに触れるな!破壊しろ!!!」


「矢で射抜け!相手は死にかけだ!」


ウィルナを囲んだ男達はそれぞれが武器を構え、即座に戦闘態勢へと移行した。しかし前に一歩踏み出した男達とは逆に下がった男が一人。


「馬鹿な。人質二人がこちらにいるんだぞ・・・」


困惑し手に持つ傘の存在を忘れ、濡れる半身を気にも留めずに下がりながら口にした。


(こいつら馬鹿なのか?目の前にいてこその人質が今は別の場所。指示を出すお前を確保する。他は黙らせれば問題は無いだろう)


直後に罵声飛び交う男達から放たれた攻撃魔法や矢の直撃を防ぎ続けた魔槍の光の柱達が創り出した円形中央で防御魔法を構築開始。霞む意識の中で体を打つ無音の雨音が明確な金属音に変わる事で展開完了を確認。


防御魔法の展開を完了したウィルナは魔槍を伴って真上に大きく跳躍し、上空から男達全てを歪んだ視界に捉えた。


(――弓だ。点の攻撃は防御魔法に亀裂を作りやすい。優先すべきは厄介な弓から。視界が揺れる。躰が熱い。脳が溶けたみたいだ。――がんばれ。よく狙え!)


舞い上がるかのような跳躍を見せたウィルナの体に躍動感は皆無。上空へと飛翔した体。その周囲に存在する巨大な魔槍達の光輪は雨天を切り裂き曇天を照らし、その存在を暗天に舞い降りた天使かのように神格化させた。


男達には不意の反攻。その跳躍。どころではない事態と状態、その恐怖。後は拘束すら必要の無い程に衰弱した標的を地下牢に連れて行くだけ。戦闘の意思は皆無。警戒すらしてないお気楽な仕事のはずだった。


話は既に聞いていた。自分達より対魔防御力の高い装備に身を包んだ騎士団連中を一撃で貫いた攻撃魔法。だから瀕死になるまで出血させ、人質の存在で追い打ちをかけた。普通はこれで終わる。そのはずだった。


男達の恐怖を増加させた要因は人間離れし過ぎた跳躍の果てに見せたウィルナ周囲の魔槍全ての矛先が、今いる仲間達の誰かに向けられたという事実。それは自分が直撃を受ける事になるのかもしれない恐怖から来る体の硬直。防御か回避の準備。


男達は上空のウィルナを見上げて動きを止めた。


無重力により身体が消滅したかのような錯覚と、僅かな意識に宿った開放感。


ウィルナは今正に止まった時の中に存在しているかのような感覚を覚え、上空から小さく見える男達を停止した一瞬の時の中で見下ろした。視界に入る雨の粒すら認識出来る程の静止画として。


死者にすら見えるウィルナの血の気の引いた蒼白な顔。

その目は虚ろで口は半開き。霞む視界。揺れる脳。

呼吸の度に襲う頭の激しい鈍痛と傷口二ヶ所の激痛。


それでも跳躍最高地点の上空で、ゆらりとした顔の動きを男達に向け、無意識の内の微かな体の動きの中で魔槍達を解き放った。


空中から射出された高速の魔槍全弾は金色の射線を描いて男達十二人を正確に貫き破壊し、深々と草地や石の通路に突き立てられた後に霧散消滅した。狙った相手を正確に貫くために猛禽類の意識を宿したかの如き魔槍達。その直撃の瞬間の音は正に落雷。激しい轟音が周囲一帯に木霊して、魔槍全弾の同時消滅と共に雨音だけの静寂へと切り替わる。


五体満足な状態から体にあいた大穴。もしくは二分三分されて声も無く崩れる男達。仲間の死で恐怖か怒りをあらわにした幸運な生存者の男達。それぞれが落とした武器と構え直した武器の音は降りしきる雨の中でも響いたがそれも一瞬。誰もが動きを止め、声を上げる者もいなかった。


自身の声は勿論、微かな動作すら狙われる原因になり得る恐怖による硬直。ウィルナの使用した見た事も無い魔法。既知の魔法とは別格の魔槍の威力に圧倒された。


ウィルナの無音の跳躍から始まり、魔槍の破壊音と手に持つ装備を力無く手放して倒れ込む男達。かなりの速度で落下して来るウィルナは身を屈めた状態での無音の着地。その体は動きを見せず雨露に打たれる亡霊のようにひっそりと佇んでいた。


ウィルナの跳躍からここまで束の間の数瞬で生存者達は理解した。虎の尾を踏んだ程度では済まない脅威。竜の逆鱗に触れてしまった途方もない絶望感。殺すか殺されるかの切迫感。雨水に流れ出す仲間達の血が造り出している血の池の中心で、寂然(じゃくねん)と佇むウィルナから感じ取った己の末路。


「今だ!殺せ!俺達が殺されるぞ!奴は瀕死だ!!!」


数秒間硬直していた男達の戦意を奮い立たせたリーダー格の男の咆哮。


「そうだ。ここで殺せ!こいつは必ず俺達を殺しに来るぞ」


「遠距離だ。本体が見えている。何でもいいから撃て!」


「やるぞ。やってやる」


「こんなところで死ねんぞ。化け物を殺せぇっ!」


着地後両手をだらりと垂らして顔を下げ、屈んだまま動かないウィルナに線状の雷撃が放たれ、風刃や炎弾が着弾し、氷塊が直撃した。その最中で響き渡り続けた金属音と攻撃魔法の直撃に合わせて跳ね飛ぶ体。しかし誰一人としてウィルナに斬りかかる者はいなかった。ウィルナに恐怖心を抱いた結果の先。見えてしまった死という未来を変えるための遠距離攻撃。


「・・・っ。・・・ぁく。がっ・・・。・・・っ」


ウィルナは絶え間ない攻撃魔法の痛みと衝撃に歯を食いしばり無言で耐え続けた。どれだけ頑強な鎧を装備しても衝撃は伝わる。防御魔法も同義。絶え間なく襲い来る強烈な衝撃により、漏れ出す肺の空気が微かな声となってウィルナの耳に認識された。それほどまでに無防備に立ち尽くしていた。


「何なんだこいつ。人に化けた魔族か何かか!何で死なない!」


「魔術だ。多分こいつの防御魔法だ!割れるまで撃ち続けろ!」


後方から直撃を食らえば右足を踏み出して耐え、右方からなら左足を広げて耐えて立ち続けた。倒れればもう立てない。


「いけるぞ。ここで仕留めろ。手を休めるな!!!」


(体が思うように動かない。防御魔法が割れる。なんでだ魔槍が出せない。・・・まだだ・・・まだ戦える。戦え。二人の笑顔を思い出せ!たたかえっ!!!)


爆発・炎上・熱線・感電・斬撃・打撃・刺突。男達から発動された、様々な種類の属性魔法。


止めどない衝撃の中、腰に装備したダガーを逆手で抜いた。が、腕が上がらない。足が出ない。攻撃魔法の烈波から抜け出せない。操作していたはずの魔槍は消え去り、魔槍の再構築が出来ない。


ウィルナは薄れゆく意識の中、未だ衰えぬ戦意を保ち続け、体だけが無意識に足を動かし地面に伏す事への抵抗を続けた。ウィルナを中心に捉えた敵集団の遠距離攻撃魔法一斉掃射。それは一重に攻撃魔法直撃の度に響く金属音と、未だ意識と原型を保ち続けているウィルナへの、目立った外傷損傷を追加認識出来ていない男達の焦りの体現。必死な乱発。


(もう良いか。今は諦めよう。今の状態なら防御魔法も二分で消滅する。呼吸を意識しろ。二分だ。二分耐えて、その二分を回復に向けろ。こいつらはここで必ず仕留める)


ただ耐える事しか出来なくなったウィルナへの集中攻撃は熾烈を極めた。


魔法直撃の度に発する金属音、炸裂音。衝撃の都度苦痛に耐える声が意図せず微かに漏れ出す。ウィルナ体は最大速度のメトロノームの針の様に飛び跳ね続けた。

 

しかし何事にも終わりは来る。ある者は絶望と恐怖。ある者は畏怖と後悔を抱いて愕然とした共通認識の中で鳴り響いた轟音。行動の一切を止めざるを得なかった。


「なっ・・・」


「・・・」


「ひぃっ・・・」


男達は自身の視覚を疑った。開いた口が塞がらない。状況一切理解が出来ない。

ただ、この場で確実な人生の終焉を迎える事だけは理解出来た。


曇天より降りしきる雨粒と同様に降って湧いた乱入者。着地と同時に、両手に持つ巨大なハルバードを大上段から直線で振り下ろし、ウィルナへの魔法の一つを両断爆砕させた。その威力は足元の石材をも粉々に破砕し、轟音と共に漆黒の姿を現した。


「加勢しよう。少年。」


(!?・・・あぁ。ありがとうございます。ほんとに、ありがとう)


雨音だけが響く静寂の中、聞き覚えのある女性の声にウィルナの緊張の糸は切断された。両膝から崩れたウィルナの前に背を見せた漆黒の姿に銀の髪と二本の角。


「あのキラキラで変な服の男は生かしておいてください・・・」


「後は任せろ。」


ここでウィルナの意識は完全に途切れ、両膝をついた状態で頭を垂れて崩れた。

しかしその顔は安心を得て、眠りに落ちたかのような安らかな気絶。


「馬鹿な。魔族が人間を助けに来たのか」


「何故だ。なぜここにいる」


「やはり魔族の仲間だったのか。俺達は一体何に手を出しちまったんだ」


「もう無理だ。どこで選択間違えたんだ俺」


「周辺の警備はどうなっていた。騎士団連中は魔族の襲撃を知らないのか」


人に仇なす圧倒的強者。

その脅威と殺意、その存在を仲間の声が再認識させる。と、同時に襲いくる絶望。


力無く呆然と立ち尽くしてしまった男達は無気力感に覆われ、後悔の念を辞世の句として恨めしく口にした。ウィルナをもう少しで仕留めきれると感じた矢先の魔族襲来。しかも城塞都市コンスフィッツの中心部に位置する中央区のこの場所に現れた悪魔的存在。


「お前は動くな。他は殴殺だ。」


「ひあぁぁっ」


女性ながらに逞しく思える凛とした声。ウィルナからの信頼と期待を一身に受けた女性は男を一瞥(いちべつ)して認識。羽織っていた漆黒のマントを外して背後のウィルナにかけた。その立ち居振る舞いは厳格化され、男達が知り得るどの貴族よりも品性を示した。その内なる姿は女性特有の豊満さに加味された、戦士の体躯と風格に見合う漆黒の鋼製防具で堅固に包まれていた。


女性が始めた行動は有言実行を旨とした。ウィルナが示した男以外の全てを両手に持つハルバードで殴り殺した。両者が争う戦闘空間と言える場所は存在せず。一方的な悲鳴と狂気に満ちた虐殺は短時間で終了した。女性にしてみれば下等な人間風情の血でハルバードを汚したくは無かっただけ。ウィルナをここまで追い込んだ興味と多少の怒りを感じた故。


「この程度の奴らに不覚を取る少年では無い。姑息な手段を用いたか。」


豪雨の中、女性以外全員が地に伏した状態の静寂。


這いつくばって逃げようとする男は、ゆっくりと顔だけ動かした女性の真紅の瞳に捉えられた。腰が抜けていた。焦る気持ちとは裏腹に、体が恐怖に支配されて思うように動かない。大金はたいて雇っていた傭兵団は一流だったはずだ。


それが瞬殺。


「それ以上動くな。」


男は生き残る為に体を硬直させた。あの女性の声に逆らえない。


背後から聞こえてくるコツコツと奏でる足音と共に、恐怖の体現者が近づいて来るが、身動き一つ出来るわけがない。


(なんでこうなったんだ・・・)


そこで男は意識を断たれた。

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