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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 中幕 ~災いの火種と烈火の根源~

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気炎に燃える悪意の影(2)

ウィルナは闇夜に覆われた閑散とした厩舎で、大人しくしている二頭の馬の鼻先を両手で撫でながら思案にふけっていた。


本当に困った時、思い付きで行動して間違えた選択を行った場合、時間を戻して過去の選択をやり直す事は不可能であるという事実は当然として、最悪な状況に陥った場合は打開策すらもが皆無であるという事態に成り得る可能性が極めて高い。


(――急がば回れ。ヨル爺様がよく言い聞かせてくれた。落ち着け。考えろ。優先順位を決めて行動しろ)


ウィルナの旅の目的は弟妹を探し出す事。

しかし今現在そこに追加された問題数点。


離れているトレスを迎えに行く事。

ヘイヨード村に送り届けると約束した二人との合流。

悪意のある者達が関係しているのならば全力での排除。

放置された二頭の馬と馬車の保管。


(優先すべきは二人だ。エイベルさん達にも協力を。違う!酒場に行くと言っていたが、どこの酒場にいるかは知らないだろ!)


エイナとベリューシュカの二人は宿に持ち込んだ少ない手荷物のみを抱え、馬と馬車を残して姿を消した。見失った二人。現在の少なすぎる情報。戦闘以外でここまで焦る感情を抱いた事は無かった。


(――あぁ。落ちつけ。・・・落ち着いて良く考えろ)


ウィルナは二人と立場を入れ替えて考察した。


荷物だけを持ち出し、馬と馬車を放置して宿を出る事になる事案。


お金が無くなって宿代が払えずどこか、もしくはこの馬車で寝泊まりしている?

偶然知り合いに会い、そこで世話になっている?

無料で置けるが馬と馬車を置いて?

普通に買い物で外出?宿を延長せず引き払って?


(――全て違う。駄目だ。兎に角宿屋の主人に話を聞こう)


「おなかすいてたらごめん。今は水だけで我慢して。すぐに戻って来る」


ウィルナは暗闇の中で二頭の馬を背に、足早に店内の喧騒の直中へと戻った。

その中で陶器のジョッキ数個を手に持つ従業員を見つけ、宿屋の主人に人探しの為会いたい旨を伝えた。


ウィルナはやがて話を聞きに来た宿屋の恰幅の良い女主人に、二階の一部屋に宿泊していた二人の事を聞いたが徒労に終わった。


宿の宿泊客に加え、酒場のみを利用する大勢の客達。

宿代、酒場の飲食代全てを前金で貰っている。

つまるところ大多数の人間の出入りが自由頻繁。


何かしらの特徴もしくは記憶に残る事案でもなければ、覚えておく事も難しい程に人の出入りが激しい店内。女主人は忙しい店内の仕事の手を止め「すまないねぇ」という謝罪の言葉と共に、二人の事は知らないと告げた。勿論他の従業員二名にも二人の事を聞いてくれたが、答えは「知らない」だけだった。


(――やはり無駄な時間を過ごした。僕でも店内にいた男の数と女の数も覚えてなければ、顔の特徴を覚えた人を誰一人として思い出せない。あれだけ人がいれば当然か。だが大きな情報は入手した)


宿屋の主人及び従業員が二人の事を何も知らないと語った。

店内で何かしらあれば、従業員の誰かが二人の異常や借りた部屋の異変に気が付くはず。宿に持ち込んだ貴重品など数点を入れた二人の鞄だけという所持品一切が消え、姿も消した。つまり二人そろっての外出時に、何かしらの出来事があった可能性が高い。


二人がどこか他の場所に移動するなら店主なりに伝言を頼むはずだがそれすら無い。ウィルナに何も告げず、去る理由。


二人が自発的に去っていないとするならば、他力的に、強制的に姿を消した可能性が出て来る。つまるところ人さらいの可能性。二人の笑顔に盗賊から助けた時の記憶が覆いかぶさり蘇る。


(――やはり最悪か。選択を間違えるな)


今度は盗賊の主観で事態の考察を開始。

更に体を動かし馬に馬車を引いてもらう為の装備を付け始めた。

ここで考えてばかりいても自体は好転しない。出来る事から片付ける。


「多少の金にはなりそうだ」


人さらいの立場で考察を開始したウィルナの脳裏に、下卑た盗賊の声だけが繰り返される。いくら考えても人さらいの思考で物を考える事が出来なかった。

故に繰り返された。今では忌まわしく思える記憶の中の盗賊達の声。


「ダルケイさんの所に行こう。お願いだから僕の指示を聞いてよ」


ウィルナは馬具の装着を終え、二頭を引いて馬車の前で鼻先を撫でながら語りかけた。二頭もウィルナの事を覚えているらしく、二頭には馴染み深い馬車に大人しく連結された。


「エイナお婆さんとは捌き方が違うかもしれないけど、二人とも頼んだよ」


ウィルナは馬車の御者台に腰掛け手綱を両手に「たぁ!はいやぁっ」と声を上げて馬車を走らせ始め、ダルケイの待つ武器屋を目指した。


ウィルナにとって馬車の操作は初めての試み。最近目にしたエイナやエイベル達を見よう見真似で動かした。全ては馬頼み。素人が操作すれば横転の危険すらある馬車は、人通りの少ない夜道を安定して移動し続けた。馬頼み。これが全てで賢い馬二頭が安定した速度で進み、角を曲がり、障害物を避けて進んでくれた。


「しぃしぃ。着いたよ。有難う」


ウィルナは石畳に打ち鳴らす安定した二頭の蹄の音と馬車の振動に揺られ、やがてダルケイの武器屋手前で二頭を止めた。


「遅かったな。また道に迷ったのかこの方向音痴が。んあぁ?お前だけか」


御者台から降りて二頭の手綱を引いていたら、ダルケイが大声で出迎えてくれた。


「ご飯も食べてないかもしれません。この子達にご飯をお願いします。僕は二人がいなくなりましたので探してきます」


ウィルナは口を開けて固まったダルケイに一方的に頼み込み、踵を返して更に奥の狭い路地裏へと駆けだした。目的はトレスの安否確認と合流。城門は既に閉ざされた。だったら城塞の外壁を越えるまで。


風のように走り去ったウィルナ。何も言葉が出なかったダルナクは、声を掛けようとしたその背を僅か数秒のみだけ視界に捉え、手綱を握り絞めて思考に没頭した。


「ギャリアン。出て来いギャリアン。メレディアも来い」


しばらく曇天の夜空を見上げ続けたダルナク。

おもむろに向かいの木造建屋に顔を向け、二名の名前が澄んだ闇夜に響き渡った。


武器屋の入口で発せられたダルナクの野獣の咆哮にも似た大声。やがて向かい二軒の入口が反応を示し、多少のズレを伴って開け放たれた。木造屋内の光に照らされた男性と女性それぞれが逆光の影の姿。


「メレディア、すまんが馬車を頼む。水と餌も。ギャリアン、エイベル達全員を引きずってでも連れて来い。俺の客に面倒をかけた可能性が高い」


「問題発生ですか副団長。私の自信作の手料理どうしてくれるんですか。副団長がどうしてもって頼むから、五人前は越す量を短時間で頑張って作ったんですよ。嫌がらせで馬の餌にしますよ」


ダルケイを副団長と呼んだ若い成人女性。メレディアはとてつもなく不機嫌な感情を、その表情態度よく通る声に余す事無く隠す事無く表して冷徹に言い放ち、風に揺れた純金の長髪を細く綺麗な指を耳元に添える事で抑えた。その腰には高身長ではあっても細身である彼女には大きすぎる剣が、左右両側に一本ずつ装備されていた。


「そう言いなさんな」


横からダルケイに助け船を出した中年男性。こちらも細身で高身長。メレディアと同様に腰の左右に剣を装備し、黒の強いダークブラウンの短髪には白髪も含まれている。


「二人ともすまんが人の命がかかっているかもしれん。エイベル達が少年達を巻き込んだか。あるいはエイベル達が巻き込まれたか。どちらにせよ、事態は深刻なようだ。俺は客の帰りを待つ。あの少年や知り合いの少女は俺のお気に入りの客だ。礼儀正しい言動が特に良い。最近じゃあ希少種だとは思わんか」


「はいはい。礼儀なんてもんでお金が増えたら苦労はしないでしょうが。私が出した今回の食費は全額くださいよ。色付けて倍額で」


「倍額は諦めろダルケイ。支払いはエイベルにさせれば良い。戻ったら俺も貰うから馬にはやるなよ」


ダルケイは手綱を引くメレディアに道を空け、言いたい事を口走りながら歩き去る二人を見送り、夜空に向かい大きく息を吐いた。冷え込む真冬の暗夜に白霧が淡く儚く流れ、やがて儚く曇天の深淵に消えてゆく。

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