安寧 陸
太陽が数刻足らずで一日の約半分となる事を告げようとしている。同時に長老が落とす影も目に見えて小さくなってゆく。
ウィルナは新緑を眼下に遠方の山麓へと視線を移し、遠く広がる晴天に目を向ける。
まるでこの村を護るかのように聳え連なる淡い青灰色の山麓には木々が存在せず、裾野には小規模な雑木林が疎らに留まる。
三人の話し合いを見守っていたカーシャから手を打つ音が響く。
いつも頃合いを見計らい、次の課題へと誘導してくれる。おかげで今では癖がつき、手を打つ音が意識の切り替えを容易にした。
これから行う訓練は周りの人を守るため。更には今現在ウィルナ自身の両隣にいる二人を護るために頑張ると決めている。
「今日は広場を使います。三人で私から有効打を取ってくださいね」
多少の笑みを含んだカーシャから優しい口調で明確な課題が与えられる。
「はいっ」
了解の意思を伝える返事と共に、ウィルナが先程視線を送った山麓方面への移動準備を開始する。
父ダルナクから渡されたタオルを持ち、竹の水筒の水を一口飲み目線を移す。
真っ直ぐ進み続けた目線の先は大地そのものである土色の色彩が強調され、多少の緑が点在するのみとなっている。
主に訓練で使用している場所となり、今いる長老の位置からも見えている程度に距離は近い。それでも安全な村の外へと出る行為は緊張感が半端ない。
だがカーシャという存在感のおかげで村中心部から多少なりとも離れる行為に恐怖は無くなる。
ウィルナが見つけたカーシャの特徴の内、三つが今日も心に平穏をくれている。
いつも笑顔で物静かであり、大声を出すところを一度も見た事が無いし、少ない言葉でありながらも必要で確かな事だけを伝えてくれる。
言い終え、ウィルナ達に伝わったことを確認したカーシャは長老の傍まで移動し両膝を曲げて右手を伸ばす。
寝かせてあった白銀に輝き深紅の宝玉が際立つ巨大な剣槍の柄を右手で掴み「よいしょっ」という一声と共に起こし上げ、切先を自身の左へと向けた後、左腕で刃の腹を受け止め抱き上げる。
腰に巻かれたカーシャの革ベルトには、いつの間にか水筒にタオルと括り付けられている。更には左右に各二本、計四本の木剣まで装着済みという準備の速さ。
巨大な剣槍を持っている姿は抱えられた子供の様に見えてやけにしっくりくる。
優しさの裏に見せる技量と力量こそが最大の安心材料であり、今日もカーシャの後ろ姿と巨大な剣槍を眺めつつ歩き始める。
この村に存在する三つの正式な武器の内の一つが剣槍で、三武器全てが卓越した業物でありながら無名。由来さえ不明である。
カーシャが持ち歩く武器も形状からブレイドランスと認識され、それを以て名とし、剣槍と呼ばれるにいたる至高品。
白銀の輝きを放つ両刃の剣身は深紅の楕円型宝玉を根本付近に宿し、蔦とその息吹を感じさせる葉の刻印が宝玉周囲及び切先方向へと広く施され装飾されている。
更にフラーと呼ばれる樋が中心で切先方向へと溝の線を創り上て、剣身を飾るアクセントであり実利を兼ね備えた機能美として存在している。
その巨大でありながらも優雅な武器にはガードと呼ばれる鍔は無く、ブレイドである両刃の根本が外側へと緩やかに湾曲拡張するに留まる。
そして冠する名の内、槍の要因となる柄であるポールも先端の石突であるバットまでかなりの長さを有する。
その巨大さゆえ超重量である剣身を操作し振るう為、設計構築された形状になっていると思われる。
そんな巨大で重量のある剣槍を幼子の様に苦も無く大切に抱きかかえて歩くカーシャと子供達は、目的地である腰掛岩と呼ばれているベッド程の大きさの一枚岩周辺の訓練場まで村を出て数分歩く事になる。
目的地に到着する頃には、周囲一帯が砂と小石ばかりが目立って広がる荒涼地帯。唯一存在感を放っている腰掛岩にそれぞれが所持品を預ける。
カーシャも腰掛岩のいつもの場所に綺麗に畳んであるタオルを置き、我が子をベッドに寝かせる様に剣槍の切先を枕代わりのタオルに当てつつゆっくりと寝かせた。
毎日行う学習や訓練だが、この広場を使うことは週に二度あるかないか。これから始める訓練に、子供達三人は圧迫感を伴う緊張が沸き上がる。




