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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 初幕 ~ 邂逅と認識 ~

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目標と目的 (5)

離れたウィルナに代わり、ビルが直剣を抜き、腹部の負傷部位を両手で抑えて跪く男の肩に当てた。その表情仕草はいたって自然。


「俺達の一部が通知役だった。次にやる仕事は二週間後。シーカー協会で都合のいい護衛依頼を見つけた」


「まともに依頼をこなす事は無い。収入も無いのに酒浸り。装備品や高額な獣人奴隷まで連れて歩けば流石に疑われるよ。当たりを付けて丸二月(ふたつき)監視してたけど、仲間が酒飲んだ勢いで少し漏らして確定したよ。お前達馬鹿なの?」


周囲の大人達から様々な技術を受け取り影響を受けた結果、残酷な仕事さえ日常の一部となった抑揚さえも普段のままビルの声。


「仲間?監視?俺達を?狙いは盗賊団とそのアジトか」


「お前はついで」


「だったらなぜ連絡役を追跡しない。三週間前にも会ったぞ」


「見たよ。だけど俺達は追跡職じゃない。戦闘が本職だ。逃走に長け、尾行察知能力の高いヤツが連絡役だろ。察知される危険な真似するヤツは馬鹿しかしない」


「クソガキが。お前も俺と同じ苦痛の中で死ね」


「無駄話はそれくらいにしてやれビル。楽にしてやる。本拠地は何処だ」


「こいつまだいけそう。こいつら釣り出すために大金使ったし、もう少し遊んでも良いんじゃない」


「何の話だ。まさか、この依頼お前らが。クソがっ。もう十分だ。正直に話す。全部」


剣を引いたビルの横にアーロンが屈み、男に告げた。アーロンが真正面で目にした男は苦悶の表情を浮かべ、苦しみに耐えて話を続けた。鮮明な意識の中で感じる激痛の時間、必ず迎える死をただ待つ生き地獄。


「盗賊の本拠地は知らん。こうなった場合に備えてだろう。だが、西区の魔獣騒ぎ、お前らが抑えたと聞いた。あの魔獣を連れた一団が盗賊団だ。六日後日没、宿泊地に大量の奴隷を運んで来る筈だ。連絡役とはシーカー協会向かいの酒場、同じ日時で会う。これが俺の知る全てだ」


「そうか。やはりあいつらで間違いなかった。エイベル、お前が正解だ。一度接触しただろ。こいつはもういいか?」


「あぁ。悔やんで死ね」


「かはっ。ぁぐああああああ」


エイベルは片手でグレイブに捻りを咥えて引き抜き、男に背を向けて立ち去り始めた。


ウィルナも目の前の男から視線を逸らしてウィルナを殴った広場の男達を思い出した。あの男達が魔獣を馬車の荷台に捕獲して連れていた。その暴れ出した魔獣をエイベル達が討伐した後、エイベルは男達のもとに歩いて行った明るい夜の光景を、鮮明に思い出して目の前の男に視線を戻した。


「待て。お前ら。俺をこのままにしていくつもりか!」


男はグレイブを抜かれた事で吐血し、悲鳴をあげて前屈みで丸くなり、腹部の大量出血を抑えて喚いた。男に背を見せ歩き出したのはエイベルだけではなく、ウィルナ以外の全員だった事で男は狂気じみた奇声を上げたが誰も振り向く事はしなかった。


「頼む。頼むから終わらせてくれ。ひどく寒いんだ」


「・・・」


「おい待てっ。くそがあああぁ」


ウィルナも苦しむ男を一瞥しただけで皆の後を追った。

男には自死する覚悟も気力も体力も無い。

持って十数分の命と数分の意識の中、最後尾のウィルナまで背を見せ歩き出した事で、瀕死の男は絶望に支配され、苦痛と重力に抗えず草原に倒れこんだ。



「依頼を受けて半年。ようやくだよ。人探しも楽じゃないね」


「連絡役が来るまで六日ある。まずは酒だ」


「いや、ダンジョンの帰り道あるでしょ。怪我しないでよ」


「心配するな。いや、酒代の心配をしてろよ」


「だから、体壊すよ。俺も暖かいシチュー食べたいけど」


「冬だし良いじゃないか。でっかい丸鳥焼いてもらってシチューにいれようぜ」


「いやそれ、シチューじゃないでしょ。何の話してるの」


四階層の階段大部屋に戻り、アーロンとビルの日常会話が繰り広げられ、それぞれが自分の荷物を纏めて背負い上げた。


「帰るぞお前達。あのお嬢さん方は生かして帰したんだな」


周囲を見回したエイベルがカインに尋ねた。荷物が無くなり、姿が見えない事で全員が気付いていた。全員がブレイブヒルのメンバーに興味が無く、彼らがダンジョンから無事に出れるのかさえ心配していた。


「ああ。あのお嬢さん、ウィルオーザウィスプの炎弾を受けていた。仲間の前に出て。上級貴族に生まれたから価値観がずれているだけなんだろう。ガウェイン卿の様にまともになってくれる事を願うよ」


「そうか。望みは薄くともだな。さてと、時間は少ない、帰還するぞ。それとウィルナ。お前に指示は出さん。自分で考えて道中自由に動け。俺達と無理に連携しようとするな。必ず俺達に支障が出る」


「そうだな。ウィルナは何もせんでも俺達は負けん。俺達を信じて気楽に行け」


「そういう事だ。流石部隊最年長のカイン。話を纏めるのが上手いな。良し、行こうか」


「はいっ」


ウィルナはエイベルとカインに返事を返し、他のメンバーからも笑顔を向けられた。外の世界で初めて出来た仲間意識を強く感じで気分は高揚し、バックパックの肩ひもを握る手は、その意識と共に強く固められた。


それから一団はダンジョンの出口である地上のポータルを目指した。


「無理はするなよウィルナ。この道の突き当りを右で良いのか?」


「そう。そして十字路を左折」


特徴の無さ過ぎる地下迷宮は、方向感覚も狂う事で地図が無ければ踏破が難しい。しかし幼い頃からメンバー達とダンジョンに潜っていたビルは全てを記憶して進路を指示し続けた。更に前面で火力を出したウィルナが遠方の敵を片っ端から魔槍で貫き仕留め、三部隊合同時の行進とは格段に違う速度で上階を目指して突き進んだ。


「ウィルナって化け物だね。いや、性格が大人しくて優しいから、優しい化け物」


帰還一日目で一階層の階段大部屋まで辿り着き、一夜を明かす為、全員で階段横に輪をつくって携帯食料を取り出した。ウィルナの横に席を設けて話しかけたビルは普段と変わらず無表情だが、口調は以前より警戒心が薄れたというか穏やかさをウィルナは感じた。


「ビル。お前なぁ。なんでそんなに口が悪くなったんだ。お父さんは悲しいぞ」


「俺の口の悪さ、アーロンの酒癖の悪さよよりましでしょ。他人にも沢山飲ませて潰すし、俺にも飲ませるし。初めて二日酔いになったの十三だよ。最悪だよ。俺は絶対に酒飲まないから」


「確かに。お前と酒飲んだら誰もが潰されるな」


「ビルの手本にならんぞ。剣術以外もしっかり見てやれ」


ビルとアーロンの会話にエイベルとカインの順で加わり、ウィルナとリカルドは苦笑するばかり。


(優しい化け物か。悪い気はしない。きっとビルなりの誉め言葉かな)


ウィルナにとって居心地の良い時間は馬車の旅に変わり、更に丸一日経過。あっという間に楽しい時間は終わりを迎えた。五階層から帰還を開始して三日目の夕方。


リカルドが馬車の御者を務め、ウィルナも横に座って夕日に照らされた景色を眺め、帰還先の城塞都市コンスフィッツの城壁を目にしたからだ。一団はやがて城門を通過し、都市に入ってすぐの大通り脇に停車した。


「これが今回の報酬だ。働きに見合った額を入れといた」


幅のある開けた歩道に寄せた馬車から降りたウィルナに、エイベルが布袋を投げて渡した。


「ありがとうございます」


「今から酒場に行く。お前も来るか?」


頭を下げて礼を述べたウィルナにエイベルは続けたがウィルナに断られた。ウィルナはトレスの事が心配でもあるが、エイナに早くお金を渡したかった。ベリューシュカに何かしてあげたかった。


「僕に何かできる事があれば声を掛けてください。この都市にいなければ北のヘイヨードに行ってるかもです。お金は今回の報酬で大丈夫?かもです」


「なんでそこは疑問形なんだよ。まあいい。またどこかで会おう」


「はい。ありがとうございました」


やがて馬車は走り出し、荷台に乗る他のメンバーもウィルナに別れを告げて手を振った。ウィルナも小さくなるまで馬車を見送り続けた。


「あんなにいい奴だったんだな」


馬車の荷台後方でリカルドが独り言じみた声を上げた。


「ああ。仕事に最善を尽くすぞ」


向かいに座るエイベルが小さく答え、小さくなってゆくウィルナを眺め続けた。

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