目標と目的 (4)
草原の上でアーロンの負傷を確認するため、仲間四人に加えてウィルナまで加わった。結局上半身の肌着以外全てをはぎ取られたアーロンは「いい加減にしろっ」と叫ぶ事になる。しかし、仲間は止まる事を知らず。
アーロンは「俺は大丈夫だ。これを見ろ。多少の打ち身で済んでるんだ。仕事中なのを忘れるな」と怒鳴り上げ、子供のように騒いでいる皆からようやく解放された。
「そう言えば大分時間経つけど、あいつまだ生きてるの」
立ち上がったビルの『あいつ』はエイベルがグレイブで腹部を貫いた男で、貫いたエイベル本人に聞いた。
「俺なんかで遊んでる場合じゃないだろう。まったくこいつら」
「はっ。やられるお前が悪いんだよ。それに生きてるさ。俺の腕は師匠ガウェイン卿のお墨付きだ」
エイベルは嫌味な笑顔を向けながらアーロンから離れて立ち止まり、ついでにビルの男に対する生死の質問に揚揚と答え、記憶の中の師匠を思い出した。
ビルが目にしたその立ち姿はどこか物悲しく、その目は遠い過去の記憶を見るように、遠くに向けられていた。
「え、えっ?ガウェイン卿。あぁ、え?エイベルの師匠なんだ。シャロウブルーアイズの人でしょ。ノーブルエイム騎士団団長の。俺見た事無いんだよ。凄く強いし、名君で人望まである化け物だったとは聞いてる。実際どうだったの」
普段は感情の起伏をあまり表さず、何事も淡々とこなすビルも驚きの声を上げた。
ビルの記憶では八年前に魔族討伐で騎士団を率いて北上し、そのまま消息不明になったと聞いていた。知っていた情報はそれが全て。エイベルが知り合いで、しかも恩師だとは初耳だった。
ブレイムチェインのメンバーは全員が平民出身。
それぞれが平民として生まれてきたが故に、様々な不幸な過去を背負い、それが元で集まったメンバー達。そのメンバーが自分の過去の不幸自慢をする筈も無く、自分の過去に言及する事も無かった。
ビルもアーロンの草原に散らばった装備品を集めながら、エイベルの話に合わせる形で軽く聞いたつもりだった。しかし全く自分の過去を語らないエイベルが、過去を少しでも語った事に驚いて手を止めて顔を向けた。
「その通りだった。化け物じみた強さを持っているのに優しい人だった。それに命の恩人だ。大きな借りもある人だった。まさか、瀕死の平民である俺を五大貴族の現当主自ら治療して世話するとか。名君にもほどがあるよな。結局俺は四年間世話になったよ。その時に色々と教えてもらって今の俺がある」
エイベルは若かりし頃を思い出し、両手を腰に当てて苦笑した。
ダンジョンで獣人に命をかけて助けられ、一人ダンジョンから脱出したが動けず気を失い、倒れていた所をシャロウブルーアイズの通り名で呼ばれるガウェインに助けられ、その所有する大きな屋敷で傷の治療を施された。
そしてその後、ガウェインと過ごした過去の充実した四年間の日常を思い出していた。
「そうなんだ。会ってみたかった。だから依頼主のアルエイと仲が良いのか。没落貴族とはいえ二人とも風格あるよね。」
「お前なぁ。没落貴族は止めろ。今は傭兵でも、俺の尊敬する人の御子息と御息女だぞ」
「そうか、ごめん。そうなるよね」
ビルは約七年前にアーロンが北部地域から拾ってきた戦災孤児。今でもアーロンが親代わりを務め、ビルもアーロンに一番懐いていると言っていい。エイベルの話は十二年前。ビルには経緯を知る全てのメンバーの誰からも聞かされていないエイベルの過去の話。
故にビルにはアルエイの二人が、自身の知る貴族とかけ離れ過ぎた存在。嫌悪する貴族とかけ離れ過ぎて、高貴な貴族だった事に実感が持てなかった。
「だからお前達は仕事を忘れるな。その依頼主である御子息様方に失望されるぞ」
ビルとエイベルの会話を遮る形でカインが中断させた。
「俺はもういい。他は歩きながら装備する。まったく。この代償は高いぞ。高い酒だ。店を貸し切りだ」
「だから酒は控えなよ。少し持つから貸して」
「ん、うぅん。これとこれ頼む」
「ほらっ。移動しながら装備するんだから、さっさと歩く」
ビルは革鎧を装備したアーロンの肩にベルトを回し、両手で大きな背中を押して歩く。ビルには弱いアーロンが巨大な両手剣を左手に、右手には適当に纏めた装備数点を持ち抱えて歩き出す。
ビルとアーロンに置いて行かれた他のメンバーは、しばし二人を微笑ましく眺めた。
「ふふっ。良ぉし、お前らぁ。仕事の続きだ」
エイベルの声で二人に置いて行かれた集団が動き出す。仕事の続きのために向かう先はエイベルが腹部を貫いた男。
「なぁウィルナ」
集団の最後尾でウィルナと並んで歩くカインが声を掛けた。
聞きたい事は勿論ウィルナが見せた魔術の事。
カインの知る魔術には無い術式系統と言っていい故に、その興味と知識欲を抑える事が出来なかった。
「お前の魔術。攻撃魔法はマジックバレットか。防御魔法はマナスキンなのか?やはり身体強化魔法も使えるんだろ?お前が女の子を魔獣から助けた時、俺達も見てたんだ。あの動き。そうなんだろ」
「はい。身体強化は使います。他は分かりません」
ウィルナは興味津々で自分の顔まで覗き込んでくるカインに戸惑った。
そもそも魔術の魔法名など名付けない。村の皆も同様だった。『あ、ロッシュは名前つけてた。じゃない』ウィルナはとりあえず返す言葉を理解出来た質問範囲で選び、カインから少し離れて返答した。
普段と違い積極的に距離を詰めて来るカインが少し怖い。
「そうか。そうなのか。お前どこかの名家が出自か?名門の魔術師学院卒業生か?まさか上級貴族なのか?」
「えと。分かりません。あの、単語が」
「そうか、そうかっ。俺のマジックバレット見せてやる。お前も見せろ」
「カイン。お前少し落ち着け。普段のお前がここにはおらんぞ」
カインに知らない単語を羅列され、話を理解出来ないウィルナを助けたのは、先頭を歩くアーロン。ビルの助けを借り、最後の装備品である巨大な両手剣を、背にあるフックに納めていた。
「あぁ。すまない。興奮しすぎた」
周囲は大爆笑。
ウィルナも悪いとは思ったが笑い声が漏れ出した。カインは苦笑を見せ、仲間達に謝罪した後、ウィルナに頷いて右手を上空に掲げた。
「見てろ。これがマジックバレットだ」
カインは言い終わると掲げた掌の先に小さな光球を創り出し、高い天井の黒の空間に撃ち出し着弾させた。
ウィルナが口を上げて見上げた光球。その形は多少いびつで楕円形。弾速も十分目で追える程度で威力も少なそうに見えた。
「これの上位でマジックアローという遠距離攻撃魔法もあるが俺には使えん」
そう言ってウィルナに顔を向けたカインは残念そうでは無く、満面の笑みを浮かべていた。
カイン達の、主な仕事は人の命を奪う事。
仲間達の誰も家族を持たず、身近な誰かに何かを与える経験は少ない。ビルに魔術を教えるくらいだった。だから今という時間をカインは大切に感じた。同時にビルを拾い育て、剣術を熱心に教えてきたアーロンの気持ちも理解出来た。
「こいつまだ息があるよ。俺の見る限り、まだまだいけそう。顔の血色まで健康そうで良く見える。どんな貫き方したら生きた標本に出来るのさ」
ウィルナが声の方に目を向けると、ビルが腹部を貫かれた男の正面に回り込んで顔を覗き込んでいた。草原に膝を屈して硬直する男の背が見え、その左腰部からエイベルのグレイブの刃が突き出ている。
「先に言っとく。お前はここで死ぬ。自分の利益は他人の不利益の上に成り立つ。俺達が調整役だ。楽に死ぬか、長く苦しんで死ぬかはお前が選べ」
男の正面に立って見下ろしたエイベルが、明らかに仲間達には聞かせた事の無い、冷徹且つ憤怒の混ざった声で男に話しかけた。
『自分の利益は他人の不利益の上に成り立つ』
ウィルナにも言葉の意味は理解出来た。
しかしエイベルの伝えたい事は理解出来なかった。
だからなのか脳裏に刻み込まれ、目の前の男が悪人である事は確実視した。
「これからあいつに聞く事がある。カインはウィルナを連れて先にいけ」
後続のウィルナに顔を向け、普段見せない真面目な表情のエイベルが真剣な声でカインに告げた。
「この人何したんですか。僕もここにいていいですか」
ウィルナは感じたままを伝えた。
指示には従う事は決めていた。
それ以上に自分で考え決断する覚悟も、獣人女性を看取った辛さを受け止めた時に決めていた。
今ウィルナの目の前にいる男に何の感情も、同情の意思すら微塵も感じない。しかし、エイベル達の仲間として見届け、出来る事があるのなら、その先の力になる覚悟も決めた。
「あぁ。いいとも」
エイベルの返答には多少の時間がかかった。
エイベル達は男に優しく質問する気は、当たり前だが最初からない。苦痛と恐怖を与え、拷問という形態で聞きたい情報を入手する予定だ。ここにいる全員がエイベルと顔を見合わせ、ゆっくりと大きく頷いたからエイベルも決断した。
「お前を見つけるのに苦労した。お前が通知役だな。次の馬車はいつのどれだ」
男は苦痛に歪む顔と珠の様な汗を肌に見せた。腹に刺さったグレイブの長いポールの柄尻を地面につけ、傷口付近を両手で押さえつけて苦しんでいる様はまさに生き地獄だろう。
沈黙を続けた男は絶叫を上げた。
男の腹部のグレイブのポールにエイベルの右足が乗せられ、その僅かな振動でも感じる痛みは凄まじく、再度動かしたエイベルの踏み足の振動で、男はさらなる絶叫を上げた。
「三週間ほど前に襲った北への馬車一台。ババアと小娘の二人組。最近はあれだけ、あれの失敗後で今はねぇ」
(――殺す。)
再度男から悲鳴が上がる中、ウィルナは指折り数えて計算し終えた瞬間に沸き立つ殺意。
「があっ。っ・・・」
「貴方たちが僕の大切な人達を襲ったんですか」
エイベル達は勿論、エイベルによる再度のグレイブの振動で悲鳴を止めた男も歯を食いしばり、黙ってウィルナに顔を向けて口を開け固まった。
男には自分の肩に手を置いただけのウィルナがどこにでもいる普通の青年に見えた。
だが何かが違う。
出血による寒気ではない悪寒が全身を這いずり回る。
得体のしれない何かに恐怖する動物特有の本能なのかは男にも分からない。だが得体の知れないウィルナの冷徹な威圧感に圧倒された。
「そうだったのか。助けに行ってやれず、すまなかった」
頭を下げて謝るエイベル。
「いえ。僕も他人のためにそんな事はしません。それに悪いのはこいつらです。全部話してください」
「分かった。話す。もういい。話すから苦痛はもういい」
ウィルナは弟妹以外の他人の命はおろか、存在にすら興味がなかった。それでもエイナやベリューシュカ、ウォレスや他のおじさん五人と関りを持ち、今では彼らやエイベル達にも元気でいてもらいたいと思っている。
ウィルナには不思議な感覚だったが、明確な意志として守りたいという感情の存在を認識していた。だからこそ目の前の男がエイナ達の馬車を襲った事実で、怒りに支配されそうになっていたが、エイベルの行動で、目の前の男に対するあらゆる悪意を冷静に抑える事が出来た。




