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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 初幕 ~ 邂逅と認識 ~

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目標と目的 (2)

エイベルは男の腹部を貫いたグレイブを手放して離れた。


「急所は外したが抜けばニ十分で死ぬ。大人しくしていろ」


エイベルは歩き出し、腰部のダガーを逆手で抜いて、男の仲間二人の奥に見える遠方のドラウグル二体を敵視した。すでに男に興味無く。草原に両膝をつき、動きを止めた男の真横から見下ろし、冷徹に告げながら歩き去る。


「お前達、私を守れ。警戒しろっ」


ルーシェだけがエイベルの行動に対応しようとした。しかし他は絶句か絶叫のみ。完全にその場の空気に飲まれた。共通目的を持ち、エリアボスまで依頼を進めた。しかし、頼りになる護衛役傭兵団ブレイムチェインの予測不能だった裏切り行為。


状況を理解出来ないルーシェは小さく固まる仲間の中心に入ろうと後進した。他六人の仲間もやっている事は同じ。自分達を取り囲む敵対者達から少しでも距離を取り、仲間の影に隠れたい。それはまるで、おしくらまんじゅう状態。遊んでいる様にも見えるが、本人達の表情は真面目で命がけだった。


「何なんだっ。貴様ら私達も殺す気か!」


突発的に現れた脅威に驚愕し、小さく固まる集団の立ち位置は即座に固定された。仲間達の先頭にいた事で、背後の仲間達に押し返されるルーシェは、盾を正面に構えてエイベル達に必死に叫んだ。


ルーシェは武器を抜く事はしなかった。

自身と仲間達を大きく囲む防御陣形だった傭兵団は、武器も抜かず意識も向けず。


それでもか、だからこそか。何も出来なかった。敵対行動と判断されたくなかった。仲間達も同様で、ルーシェに触れた仲間の体が震えている事だけを感じ取っていた。


「目的はなんだ!」


ルーシェは彼我の戦力差をこれまで自分の目で見て痛感していた。

戦えば確実に死ぬ。だからこそ間近に迫った生命の危機を感じて絶叫した。


「お前らは依頼外だ。黙ってろ」


「依頼?私達の護衛が依頼だろうが!」


冷静さを失い混乱しているルーシェは、正面の落ち着いた男の気怠そうな声に苛立った。だがそれも一瞬。名前も知らない巨躯の両手剣持ち、アーロンと目を合わせた瞬間に死を予感し戦慄した。


――初めて顔を、正面からこいつの目を見た。こんな奴らと一緒に行動していたのか。こいつ、まともじゃない。いや多分、こいつら全員が。


ルーシェもガスト程度なら一体や二体を相手に無傷で勝てる自身はあった。しかし目の前の男達に護衛されてきた数日間で、その実力を自分の目で見て桁違いな強さを実感してきた。だからこそ、自身を取り囲む護衛達が心強い存在だっただけに、それが今では彼ら自体が圧倒的脅威。


――依頼外?ならば殺されない?口封じで殺される?どうする。


思考は巡るが答えは得ず。ルーシェは跳ねあがる心臓の鼓動と両手の汗を感じ取った。されど半狂乱の状態でも感覚を認識する程度には落ち着いていると自覚した。


「予定通り俺達は行く。カイン、後は任せた」


「任せろ。後は処理する」


アーロンは急に大声を出し、身構えたルーシェに一切の関心を示さず、反転して体の向きを変えた。


「私達をどうするつもりだ!」


アーロンが声をかけた『カイン』という名前を知らなかったルーシェは、背を見せたアーロンではなく、アーロンと会話した声の主に注意を向けた。


――退路に二人。逃げる事も出来んのか。


ルーシェは飛び去るように仲間集団から離れ、声がした方向の階段下通路に立っている長身の痩せ男、カインと青年二人を視界に捉えた後、立ち尽くしていた。


アーロンはゆっくりと歩いて来るドラウグル二体を奥に、

ドラウグル二体とエイベルに挟まれ狼狽する男二人を視界に捉えて言葉を続けた。


「面倒なら殺せ」


アーロンはカインに全てを任せ、背を見せたまま冷めた口調で言い放った。


アーロンにしてみれば、ルーシェ達は一人で即座に両断できる弱者集団。

それは他の仲間全員にも当てはまる。

そのためルーシェ達の対処を含め、カインが背後の階段入口で待機していた。


「弓持ちは俺が行く。先行する」


「ああ、いつも済まない」


リカルドはアーロンに頷き、左手に鋼鉄の盾、右手で直剣を抜いて草原を駆けだした。そしてアーロンはエイベルに加勢するため背中の巨大な両手剣を抜いて歩き出し、ビルもメイン武器の直剣を抜いてアーロンの背後に続き、草原を進みだした。


「貴様らの本当の依頼は何だ!誰からの依頼だ!」


普段なら依頼内容を明かす必要は無い。依頼者は秘匿される。当然誰からも返答はなく、ウィルナはルーシェが見えないその背後、エイベル達に視線を向け続けた。


――やはり答えないか。入口に二人。突破出来る、はずも無い。痩せ男一人ですら無理だ。いったいどうしてこうなった。


「目的は何だ。答えろっ」


多少の時間が経過し、包囲の脅威から解消されたルーシェは部隊長としての威厳を保つため、カインに再び語気を強めて声を荒げた。それに『面倒なら』という言葉に生の望みをつないだ。


「貴族からの討伐依頼。お前も貴族なら理解しているはずだ」


唐突なカインからの回答発言。活舌の良い落ち着いた声。


――貴族の依頼?冷静な言動を見るに一流の暗殺部隊か。こいつらが暗殺対象?こいつら何をして貴族に狙われた。


ルーシェは思いついた事を羅列した。不意の情報に混乱した。何を考えるべきか、それすら分からなかった。ただ、どうすれば生き残れるかは考え続けた。


「誰の依頼だ。私も対象か?」


ルーシェが喉を潰されているかのような声で問いかけるが、カインは「違う」の一言で終わらせ「俺の後ろから離れるな」と、横のウィルナに声を掛けて足早に歩き出した。


ルーシェ達から見れば、カインとウィルナという、名も知らぬ二人の暗殺者。敵対すれば暗殺部隊全員に狙われるという脅威が迫って来ている様にしか見えない。


「そうか。お前達が噂の断罪者。傭兵団の名前を聞いて気付くべきだった。

ブレイムチェイン。責任を取る鎖。いや、取らせる鎖か」


ルーシェの独り言。ルーシェは上級貴族として生まれ育ち、色々な者が寄って来ては情報をくれた。その中で、鮮明に掘り起こされた幼少期に聞いた断片的な僅かな記憶。一番最初に耳にした貴族達の一部だけで囁かれるおとぎ話のような噂話。


『本当にいるとは。いや、出会うとは』


ルーシェは暗殺部隊である傭兵団の名前と存在すら初めて目にした。


――階段下の通路を越えて草原に入る。こちらに来る。どうする。


依頼主が暗殺を依頼して吹聴する馬鹿はまずいない。

そして目撃者を理由なく生かしておく暗殺者もまずいない。


歯ぎしりするルーシェに迫って来るカインとウィルナ。


『この前亡くなった方、魔獣に殺されたというのは嘘。誰かがやったんですって。わたくしが聞いた噂では断罪者と呼ばれている方がやったそうよ。断罪者なのだから正義を成す方?物語の主人公のような素敵な男性なのかしら』


ルーシェ個人には関係ないと記憶から除外していた只の噂話を思い出していた。更には関係のない様々な記憶まで浮かび上がっては思考の邪魔をしてきた。


――暗殺者が素敵な男性のはずがない。どうする。どうすれば。


しかし噂があるという事は遭遇して生き残った者がいて、何かを差し出した。


「私は⋯⋯」


人数的にはルーシェ達が有利。暗殺部隊はドラウグル二体とも戦闘中。

目まぐるしく様変わりする思考は脳に高熱を与えたかのように沸騰し、呼吸をしているのかさえ判断が出来ない数秒で答えを絞り出した。


「私も貴族だ。貴様らを口外しないし、させない事を誓う!

依頼完了証明書だ。貴様ら下賤な傭兵団とはこれ以上関わりたくはない」


ルーシェは丸めた依頼書に魔力を込めて依頼完了の印とし、

カインに投げつけ大声で罵った。ルーシェが出来た最大限の些細な抵抗。


カインは無反応且つ機械的に対応した。


依頼書を拾い上げ、エイベル達の加勢をするために、ルーシェ達の横を無視して通り過ぎた。草原を突き進むカインの視界には、ドラウグル二体と交戦状態に入ったエイベル達にだけ向けられていた。


ウィルナはカインに当たり、草原に落ちた依頼書を一瞥しただけ。

依頼書を拾い上げ、手早くローブにしまい込んで歩くカインの後に続いた。


エイベルに対処を任されていたカインは、すでに怯えた目で自分を見るルーシェ達に興味はなく、取られる時間一切を無駄と感じていた。カイン達にも有力貴族達とのコネがあり、ルーシェ達を生きて帰して問題が発生すれば依頼主も必ず対応する。カインも殺す人間は選びたい。だからルーシェ達を見極めた後は、戦闘に入っている仲間達のために一秒でも多く使いたかった。


ドラウグル二体に負ける仲間達ではない。

それでも仲間のために出来る事は必ずある。

四人より、自分含めた五人の方が確実且つ負傷も少なく済むはずだ。


「これから参戦する。いいかウィルナ、お前は俺の後ろで身を守れ」


カインはエイベルに対処後も、後方待機とウィルナの事を頼まれていた。だがしかし、カインはウィルナの安全より戦闘に参加すべきという自分の意思決定を尊重し、仲間を選んで草原を進み続けた。同時に戦闘参加後は身を挺してウィルナを守る覚悟を決めていた。




ルーシェは歩き去ったカインとウィルナから目を背け、うつむいて愚痴をこぼし続けた。


「貴族の私が傭兵などに⋯⋯私の受けた依頼は一体何なんだ。無駄足か。依頼主を五階層まで進路指示して帰還させるまでの簡単な依頼だったはずだ。依頼主のやつら、ドラウグルの存在を知らなかったのか?いや、ここまでも消耗し過ぎだ。あいつら弱すぎるだろ」


依頼主部隊最後の生存者がドラウグルに倒され、暗殺部隊が戦闘中。


やがて顔を上げ、このままでは家名に傷がつくと考えたが、暗殺集団に解放され安堵した事が挫折感を感じさせ、屈した気分を払拭したいだけだった。


視界に入る大樹の高値で取引される厄災の果実に目を付け、持ち帰る事で今回の仕事に価値と意義を付加し、依頼失敗に対する名誉挽回の果実にすると決めた。


「⋯⋯メイ。厄災の果実を撃ち落とせ。四個確保して持ち帰る」


五階層にある厄災の果実を持ち帰れば、依頼主達は自分達の誘導指示で五階層までは辿り着き、ドラウグルに全滅させられたという言い訳の証明にはなる。


しかし名指しで一人指示を受けたメイは動揺し、両手で握ったウッドスタッフすら震え、ルーシェに引きつった顔を向けて硬直し続けた。


ルーシェも果実を実らせる大樹付近で繰り広げる別次元の戦闘。連携のとれたエイベル達とドラウグル二体を確認した上での指示だった。


「向こうだ。大樹の端の実を摘み取れ。お前達も全員メイの手伝いをしろ」


ルーシェは方向を指さし、エイベル達の戦闘場所から離れた果実を指示した。


「ブライトンはメイを優先して守れ」


幸いなことに、遠距離の弓持ちはリカルド一人が盾を巧みに使い距離を詰め、

単独で接近戦に持ち込んで弓矢による遠距離攻撃を抑えている。


両手剣持ちにも三人が囲んで攻撃を仕掛け、一方的な状態で攻撃を仕掛けている。


「急げ!討伐される前に撤退するぞ!やつら地図を持たん。下賤な奴らと帰還の旅など虫唾が走る。そもそも金のためなら何でもする傭兵どもと行動を共にするなど、気が進まなかったんだ」


ルーシェの指示で動き出した使用人兼部隊員を眺めながら後悔した。


――この依頼不自然すぎる。誰からも受諾されないからと、協会が私に泣きついてきた。あの暗殺部隊、依頼自体を仕込んだか。だとするなら、かなりの権力者の後ろだてが。わざわざ手を回して私を指名したなら、何故私達を殺さない。


今回の依頼は、道案内だけの簡単な依頼だったから受けた。しかし、依頼主達が全滅したため依頼失敗の汚名と無報酬。今回の依頼は何処まで考えても憶測と推測の域を出ない。


おまけにルーシェの視界の先には自分の部隊メンバー。屋敷の多数いる使用人の中で、魔術適正が高く、動ける人材を厳選したメンバー達。


それから厳選したメンバー達を使用人の仕事に加え、訓練とシーカー認定を取らせて約三年。さしたる成長は見せず、指導員として雇い続けているブライトンも働きが良くない。


ルーシェの視線の先の暗殺部隊とドラウグル二体の戦いを目に、自分の部隊員達との歴然とした差を感じた。


「まぁ、名も知らない村出身のあの子達に期待してもか。やはり貴族同士で部隊を組み直すか。いや、寄って来るのは私を嫁にしようと企む下賤な貴族ばかり。やはりお父様に強そうな使用人探し、お願いするか」


ルーシェの独り言は草原の端で実を拾い集める使用人達に向けられ、「いや、貴族たる者、寛大であらねば」という言葉で締めくくられた。

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