未知と既知 (4)
書いた自分でも少々ムナクソ回かと思います。
苦手な方はページバックお願いします。
この作品はフィクションです。
三日目の四階層の安定した進行は、突如として三部隊の総力戦となった。
敵集団との遭遇場所は巨大な通路の丁字路を先頭集団が左に曲がった直後。
前方の傭兵達は敵集団のガスト大多数に突撃され、
最初の接触で、負傷し疲労していた獣人二名が凶爪で重傷を負い、
二名の男が押し倒されたところを追撃され、喉を切り裂かれて即死した。
四階層に入り遭遇する敵は少なく、
小型で獣毛の無い獣が人型になった見た目のガスト数体のみ。
警戒して進むべき先頭の傭兵団が慢心し、確認を怠った結果だった。
「お前達はウィルオーザウィプスに攻撃を集中させろ。ガストどもは抑える」
悲鳴と罵声の中で最初に反応したのはルーシェ。
背負った荷物を通路脇に投げ捨て、剣を抜いて背後にいたエイベルに叫んだ。
「荷物は左にまとめろ。ビルとカインは火の玉どもに攻撃を集中、
マナスキンを付与する時間は削れ。ウィルナは俺の後ろで身を守れ」
エイベルは叫びながら荷物を投げ捨てグレイブを両手で握り、
集団の最後尾にいた事で敵の視認が遅れた事を悔やんだ。
戦闘開始前の選択肢が無く、戦闘で勝敗を大きく左右する
準備時間も無く、初動の対応が遅れた事をひたすらに悔やんだ。
「やるぞビル!ウィルオーザウィスプに物理は効果が薄い」
即座に呼応したカインは、エイベルが荷物を投げた場所目がけて
自分の荷物を投げ、突き出した両手の先に炎弾を構築発動させた。
「俺達は足を止める。ガスト達は任せたよ」
ビルも敵を視認した直後に荷物を投げ、炎弾を発動させた。
二人が乱戦の中、個別に狙いを定めた黄色の光玉を青黒く揺らめく炎で
包み込んだ魔物、ウィルオーザウィスプ。
ガスト集団の突撃に加わらず、石畳の床から三メートル程の空中に浮遊し、
後方から傭兵集団に炎弾を放つ七体の内の二体に炎弾は直撃。
燃焼中の僅かなタイミングで嫌な音と共に青黒い炎が大きさを増し、
直後に縮小するが再度炎弾の構築を開始、カインとビルを標的に発動した。
二人ほぼ同時に反撃の炎弾が着弾。
軽い金属音が響き渡り、二人の体を一瞬の炎がその身を焼いた。
「くそがっ!二人とも大丈夫か!」
二人を標的にしたウィルオーザウィスプの炎弾に気が付いたアーロンは、
その身と両手に持つグレートソードを盾にすべくビルの正面に駆けていた。
しかしガスト達の相手をしながらの移動は困難を極め、目の前で着弾したビルと
視界の先のカインに叫び、その大声は大きな通路の戦場に轟いた。
「あぁ。怪我は無い。無傷だ!まだいけるが一撃で落とせない!」
叫んだカインは無傷な体と自分から聞こえた金属音に訝しんだが戦闘に集中し直し、自身が狙われたことを察したビルは、回避する場所を確保するため集団から通路脇に少し離れた。
ウィルナはエイベル達だけに防御魔法を付与し、
様々な音や声が通路で反響する中、展開する構築音はかき消されていた。
昨夜エイベルはウィルナに独学で学んだ奴隷についてを色々と教えた。
奴隷の首輪は微弱な魔力信号を送受信するのみで、奴隷を拘束する力を持たない。
数の少ない獣人は高い戦闘力と屈強な肉体を持って生まれ、
それに見合うだけの強く折れる事の無い強靭な意志がその身に宿る。
その獣人達を人間は愛情という鎖で拘束した。
人間は獣人を家畜のように扱い、
繁殖させる施設で繋がりを与え数と従属を保っていた。
全ての獣人は離れた場所に家族や恋人だった存在を、
知らない場所の誰かに人質という奴隷として奪われて従属を受け入れた。
同じく我が身も愛情を注いでくれる存在の人質として奴隷となった。
数の少ない仲間達と意思疎通は出来ず、機会を合わせて人間に反抗する事が
不可能で、人間が魔族領を除く大陸のほぼ全土を支配し拡散した今、
安住の地さえ持たない獣人達は、主人からたまに聞かされる
「まだ生きてるぞ」という言葉だけの家族の安否を信じ、
獣人に生まれただけという運命を受け入れるしかなかった。
今回いた獣人女性四名も両親を取られた者、夫子を取られた者達だった。
『お前が奴隷を買い取って大切にしても、あいつらの心は救われない』
ウィルナはエイベルの言葉を思い出し、
家族のため仲間のために命を捨てる獣人達に、
防御魔法は付与しなかったが酷く苦しい罪悪感を覚えた。
今のウィルナはエイベルの指示に盲目的で忠実に従う事で理性を保つ、
かなり不安定な精神状態になっていた。
理解出来ない外の世界の価値観に翻弄され、自分で考え行動する意識を放棄し
『仕事のため』という大義名分を得て、それにすがりついた結果だった。
「奴隷どもをウィルオーザウィスプにぶつけろ。時間稼ぎくらいは出来る」
乱戦の最中、声を荒げたルーシェは
自身前面の仲間六人にガスト達の猛攻から自身を守らせ、
偶に撃ち込まれる炎弾をラウンドシールドで防ぎ、後方で守りに徹していた。
「お前ら行け!」
主人の短い指示で三人の獣人は視線を合わせ、少し微笑んで頷いた。
獣人達はせめて自分の死が愛する者に伝われば、
反抗して逃げのびるかもしれないという微かな希望を胸に笑っていた。
最初に動いたのは一番傷の浅い獣人、左腕は炎弾に焼かれ既に力なく垂れていた。
それでも右腕の爪でガスト数体を切り裂き、二人も赤く染まったぼろ布の衣服を
疾走する体の流れになびかせ、その後に続いて突撃した。
先頭の獣人が乱戦地帯を抜け、
の一体をめがけて駆け抜けた。
七体からの集中砲火を巧みに回避して距離を詰め、咆哮と共に跳躍した直後、
七体の集中砲火を一身に受け、炎に包まれて石畳に落下してゆく。
命を落とす事は百も承知で回避行動の取りずらい空中にその身をさらし、
七体の多角的な集中砲火を一斉に浴びた。
道を切り開いた獣人は一人で戦っているわけではない。
苦しみだけを共にしてきた仲間二人が自分の背後で懸命に追走する気配を感じ、
最後に笑顔を見せた二人の顔を胸に先頭で我が身と命を後続に託した。
追走していた二人には十分な隙だった。
ウィルオーザウィスプの炎弾再構築の暇を与えず、
空中で命を落とし落下する仲間の横を通り過ぎ、咆哮と共に目標個体に跳躍。
それぞれが別個体に両腕の爪を振り下ろし、
ウィルオーザウィスプは嫌な音を上げて霧散消滅。
しかし追走してきたガスト集団の内二体に跳躍後の着地を背後から狙われた一人は、一体に背中を凶爪で大きく切り裂かれ、一体に首を食い破られて力を失い膝から崩れた。
残った獣人は咆哮の中、ウィルオーザウィスプの直下まで移動し、真下からの
跳躍で両腕の爪の攻撃を仕掛け、さらに一体を仕留めたがここで力尽きた。
そもそも少ない睡眠時間と少ない水と食料、多数の傷に加え重傷を負い、
出血も激しい瀕死の状態で無理に体を動かし続けた結果だった。
ウィルオーザウィスプの絶え間ない炎弾と、孤立した獣人を狙うガスト集団に
最後まで立って抵抗するが、なぶり殺しに合う形で壮絶な最後を迎えた。
三人の獣人達が命を懸けた突撃の最中、エイベル側ではガスト集団は二分され、
ウィルオーザウィスプからの炎弾の脅威が薄れていた。
エイベルは勝機を逃す事はしなかった。するわけにはいかなかった。
「俺とアーロンが火の玉まで突貫する!カインとビルは俺達の援護!
リカルド、ウィルナは護衛対象の近くにいろ!ガストどもを一気に蹴散らすぞ!」
エイベルは大声を張り上げ、両手に持ったグレイブで一体ずつ確実に貫き倒し、
呼応したアーロンが両手のグレートソードで、目についたガストを
切り伏せながら二人で進行を開始。
一気に反転攻勢に出た二人の形相は凄まじく、鬼気迫るものがある。
カインとビルもストレートソードでガストと交戦し、
エイベルとアーロンのバディとしてそれぞれが反撃を開始、連携をとった。
二人一組は多勢に無勢と乱戦による死角からの攻撃を防ぐ為で、
前衛と後衛に別れ、声を掛け合いガストを確実に討伐しながら前進した。
「俺の後ろに入れ!あれは俺に任せろ!」
アーロンが遠方のウィルオーザウィスプ一体がこちらを標的とした炎弾構築を確認
四人の盾となるため大きく前進してグレートソードを左手に持ち、
剣身に右手を支えて受ける態勢を取り、四人が即座に直列陣形に展開。
「牽制で良い!速射で撃ちまくれ!」
エイベルの大声はカインとビルに向けた援護指示。
無理に前に出て動きを止めたアーロンに対してガスト数体が群がり始めていた。
「俺が左だ」「分かった右は任せて」
アーロンの周囲で小さな炎と獣声が響く中に、軽い金属音と
大きな燃焼音が混ざり合った。
「問題無い!あいつらをやる、突っ込むぞ!」
アーロンの体にも炎が上がるが両手に持ち替えた大剣を一振り、声を張り上げた。
「ここで別れる。ガストの数は少ない。ガストを先に討て」
先頭でウィルオーザウィスプに駆けだしたアーロンに呼応し、
エイベルがカインとビルに指示を出して駆けだした。
「了解!やるぞビル!」「分かった。近距離は俺がやる!」
この時点でウィルオーザウィスプ四体と十七体のガストが残るのみ。
ガストは獣人達を追いかけた十二体とカイン達の周囲に五体。
カインとビルは連携して炎弾と剣でガスト五体を仕留め、
ウィルオーザウィスプに狙いを定めた。
ガストと交戦中のアーロンとエイベルに当たる事を防ぎ、援護のための炎弾で
ウィルオーザウィスプ四体の注意を自身に向ける為だった。
エイベルとアーロンは確実にガスト集団を討伐し続け、
ウィルオーザウィスプ四体が残ったところで互いに足を止めた炎弾の応酬となり、
二人の直下からの突きで最後のウィルオーザウィスプを仕留め、戦闘は終了した。
被害は敵の初動による傭兵二名の男と奴隷の獣人女性三名。
他は負傷の酷い者もいたが歩けない程では無かった。
交戦したのはエイベル達と獣人達だけで、
他の全員が通路の壁を背に防戦に徹し続けたからだった。
ウィルナも同様に、エイベル達に防御魔法を展開しただけで、
ガスト数体を切り伏せたリカルドの後ろに守られ立ち尽くしていた。
ビルに貰ったショートソードを抜く事すら出来なかった。
ウィルナは委縮して何も出来なかった。
始めて体験した集団による乱戦で自分が何をすれば良いのか分からず、
エイベルの指示と、リカルドに守られてからはリカルドの指示に従い続けた。
ウィルナはただ怖かった。
「すぐに荷物を拾え!ここから移動を開始するぞ!」
決断し大声で移動を促したのはルーシェ。
横には進路指示を伝え終わり、左肩の出血を抑えたメイが立っていた。
全員が戦闘時間が長引いた事、魔物の追撃を恐れた事、
大量の血だまりで他の魔物を呼び込む可能性すらある状況を理解し、
負傷した者も消毒し服の上から包帯を巻くだけの軽い処置で移動を開始した。
最後尾をエイベルと並んで歩くウィルナは下を向いて歩き続け、
黒く焼け焦げた獣人の遺体、惨殺された獣人の遺体の順で視界の端に捉え、
『ごめんなさい』と心の中で謝る事しかできなかった。
最後の獣人の横を歩いた時、普段は耳にしない呼吸音を微かに感じ取った。
隊列で歩くウィルナは一人足を止め、音の方向に振り向き駆け寄った。
背中を爪で大きく裂かれ、首に致命傷を受けた獣人が、
うつ伏せで微かな呼吸音を立てていた。
ウィルナはすぐさま首の傷に布をあてて強く抑え、
止血と呼吸をしやすくするため抱き上げて近くの壁際に降ろした。
クヒュークヒューと聞こえる呼吸音は変わらず、触れた体は冷たい。
ウィルナは命の灯が消えかかる獣人に何も出来ず何も言えず、
ただただ首の傷を強く抑え続けた。
「お前の部隊員に勝手な真似をさせるな。
お前たちの任務は奴隷の面倒ではなく、私達の護衛のはずだ」
ウィルナが顔を向けると隊列は離れ、ルーシェが大声で怒鳴っていた。
「お嬢さん。あれはうちのポーターだ。戦闘員じゃねぇよ」
落ち着いた声で返したエイベルはウィルナを見て頷いた。
ウィルナも理解していたが決断できなかった。
青白い獣人の顔が少し動いて薄く目を開け、ウィルナに微かに微笑んだ。
ウィルナは左の腰にあるショートソードを逆手で抜いた。
ウィルナのショートソードを握る震えた手に、
獣人の冷たく弱々しい血まみれの手が重なり自身の方に微かに引いた。
獣人の薄く開いた目は視点すら定まらず。
それでも獣人はウィルナに出来る限り精一杯の笑顔を見せて受け入れた。
ウィルナは外の世界に出てから虫すら殺さず生活してきた。
自分が知る世界の全の命を尊び、命を繋ぐ糧として魔獣でさえ敬ってきた。
人の命など奪った事も奪おうと考えた事すらも皆無だった。
初めて自発的に奪った最初の人の命が、
ウィルナにとって偉大な人だった事で自分の中の何かが壊れた気がした。




