既知と未知 (3)
明るい地下の大部屋中心で遭遇戦が開始された。
スケルトン十九体の集団が雪崩のように飲み込んだ九名の武装した男と、
多数の荷物を抱えた奴隷の獣人女性四名からなる傭兵団。
その勢いは凄まじく、怒号の中の乱戦は部隊を拡散させ、
数の優劣が極端な場所が顕著に現れ始めた。
孤立した傭兵団の男一人が複数体に囲まれ、背後から一体の剣による刺突を腰部に受け、体勢を崩して片膝をついた事で他の一体にすぐさま追撃された。
動きを止めた男は背後から剣で胸部を貫かれ、スケルトン二体が剣を引き抜いたタイミングで力を失い、短いうめき声と共に石畳を赤色に染め続けた。
ブレイムチェインが護衛対象のブレイブヒルを囲んで守り、防御態勢を敷く中で
ウィルナは後方通路からの増援を確認する背後警戒を任されていた。
ウィルナの横で同じ役目を受けて背後に向き、
後方の警戒監視を続けるビルには申し訳なく感じたが、
阿鼻叫喚の中で懸命に戦う奴隷の獣人女性達の姿から目を離せなかった。
「後方監視は俺だけでいいよ」
ビルはウィルナが恐怖し、戦いから目が離せないのだろうと考え声を掛けたが、
ウィルナは獣人達の動きに集中し曖昧な返事を返す事しか出来なかった。
「ああ、うん。ありがとうございます」
「気にしないで。それと敬語はいらない」
「ああ、うん。ああ、これ癖なんだ。ハハッ・・・」
ビルと短い会話している最中も乱戦を視界に捉え続けたウィルナは、
エイベルに魔物と教えられたスケルトンを理解した。
普通に人の人骨が形を保って武器を振り回すのみで動きは遅くぎこちなく、
体重の無い骨の体で剣を振っても革鎧すら切断できず、
防御の薄い部位でも多少肉を切られ、骨が痛い程度の軽い攻撃が主体。
『剣先の突きだけ警戒すれば問題は無い。打撃による部位破壊が有効で、
一定破壊で動きを止める。なんで骸骨が動いてるんだろ。そんな事より強い』
乱戦の最中、最前線でスケルトンを多く倒しているのは獣人の女性四人だった。
重い荷物を背負い、両手が荷物で塞がっていても鋭い蹴りで骨を粉砕していった。
やがて戦闘は終了し、死者一名と奴隷の獣人女性二名含む数名が負傷した。
嫌われ傭兵団数人は奴隷を除く負傷者の手当てを開始。
血だまりに倒れている男の横に二人が屈み、衣類を除いて全てをはぎ取り始め、
武器等数点を所持して残りは奴隷に持たせた。
「ああやってスケルトンが生まれてくる。
人間の骸骨しかいない理由は、獣人が魔術を使えないからだ」
床に置いておいた荷物の横に立つウィルナに、
自分の荷物を背負いながら安堵した表情のエイベルが話しかけた。
「良く分からないです」
ウィルナの答えには『強く見えた獣人女性がなぜ奴隷なのか』が分からない
という思考も含まれ、呆然と立ち尽くしていた。
素直な返答と感じたエイベルは「そうかっ」と笑顔を見せ、
「今日の予定は三層階段。あくまでも予定だ」と仲間達にも陽気に伝えた。
先頭に立ち戦う依頼を受けてきた傭兵団の実力をその目で見たエイベルは、
この先の行軍どころか依頼の可否さえ分からなくなり苦笑した。
ウィルナ達が護衛対象として囲んで守るブレイブヒルに所属するメイから
進路指示が一定間隔で伝えられ、進む先で遭遇する敵はスケルトンのみ、
数も五体や六体程度で問題なく進み、やがて大部屋の入口に到着。
地上の草原にあった形と同じ大階段が部屋中央で口を開け、
他は何もない大きな空間が広がっていた。
「ここで休息を取るはずだ。お前らはここで待ってろ」
エイベルはメンバー全員を自分が下した荷物に集合させ、
階段付近に場所を確保した隊列の先頭に、今後の確認をするため歩いて行った。
「多分、昼は大分過ぎたよね?俺の体内時計が喚いてる」
荷物を下ろし愚痴をこぼすビルに、ウィルナ以外が荷物を下ろしながら苦笑した。
単純に能力不足の傭兵団に向けた言葉で、苛立ちを隠してない。
「お前も背中のモン降ろしてそこ座れ。エイベルはすぐに戻って来るぞ」
アーロンの言葉でウィルナはカインの言葉『休める時に休め』を思い出し、
返事をして背中の荷物を下ろし、皆がつくる輪の一部になった。
「ここは深いダンジョンなんですか?」
奥の更なる地下へと口を開く大階段を見ながらウィルナは尋ねた。
「あぁ、記録では未だ十七階層までしか残ってない。
その先は何処まで続くんだろうな。それ以上は食料不足で進めて無いと聞く」
ウィルナの疑問に対するカインの返答、それらが話題となり時間を潰し、
少ししてエイベルが戻ってきて本日の進行は終える事を皆に伝えた。
「予定の五階層まで残り四日で行けんのか?行って戻るんだぞ」
アーロンの愚痴とも質問ともいえる言葉にエイベルは両手を上げたが、
「依頼内容を忘れるな。俺達はやることをやるだけだ」と告げて皆の不満を抑え、
入口正面から少し距離を取った場所で宿泊準備を始めた。
「アーロン、ビル、二人は入口の警戒を頼む。晩飯は期待するなよ。酒も無いぞ」
「いつもの事だろ。帰りにしこたま浴びるから気にすんな」
「アーロン酒飲み過ぎて喉が酒ヤケしてるじゃん。いい加減にしなよ、体壊すよ」
ウィルナは大部屋に一つしかない大きな入口に
無駄話をしながら軽快に歩く二人を見送り、皆の笑い声の中で宿泊準備を始めた。
こうしてダンジョン進行初日は終了。
二日目早朝に二階層に入りスケルトンに加え、リビングデットが敵に追加された。
初日のような集団に出会う事も無く、討伐しながら進むが負傷者は増え続け、
先頭を進む傭兵団は進行速度を落としながらも進み続けた。
昼過ぎには三階層への階段大部屋に辿り着き、少し休憩した後
決定権を持つ傭兵団が前進を決断し、食事と休息を取り強行軍となった。
予定より大幅に遅れた進行速度で、
所持した食料を鑑みても選択せざるを得ない状況故だった。
三階層で敵の種類は増えず。しかし敵との遭遇確率が格段に上がった。
少数の集団のままだが戦闘中、討伐直後に敵の増援が押し寄せる事も数回あり、
進行途中で傭兵団は男六名、奴隷の獣人女性が三名までに減り、
殆どが多少なりと負傷した状態だった。
男数人が全ての遺体から所持品だけを奪い取り、ほとんどを奴隷三名が所持した。
「そんなの奴隷にやらせて装備の手入れでもしなさいよ」
遺品の回収も行軍を遅らせる大きな要因となり、ブレイブヒルのリーダーである
ルーシェが、無駄と考える待機時間に苛立ち怒鳴りつけた。
傭兵団のリーダーは、不要な遺品を売り多少の金にするという目的、
『目先の利益』の事を隠して文句を返し、双方のメンバーが加わる事で、
白熱したののしり合いはさらに時間を無駄にさせた。
二日目にして結束を失った二部隊は、
何かと奴隷の扱いを論点にあげて衝突し、奴隷に当たり散らし、
ようやく階段大部屋まで辿り着いたところで野営準備に入った。
野営の準備といっても部隊で固まり、
バックパックから食料と寝具を取り出し、食事をして寝るだけ。
ウィルナは食事の手を止めていた。
結局しまい込んで水だけを流し込み、見張りのために指定場所まで歩き出した。
罵るだけの人間より同じ獣人の仲間を守るため、
命を投げ出して最後まで戦い、命を落とした獣人女性の姿が目に焼き付いていた。
戦闘に参加したかったが、勝手な真似は出来ない束縛された今の立場を悔やんだ。
「あの人達を助ける事は出来ないのですか?」
今の自分が奴隷のためにしてやれる事を思案したが答えを得ず。
ウィルナは近くで一緒に見張りに立つ、雇い主であるエイベルに打開策を求めた。
「お前は俺と違い、人としての心があるんだな。
いや、あの時、子供を助けたのを見ていたから知っていたか」
辿り着いた時間も遅かったため見張りをする二人以外は既に休んでおり、
ウィルナは寝ている皆を気遣い無言でエイベルを見つめ、その先の話を促した。
「暇だし昔話をしてやろう。馬鹿だった俺は奴隷の奴らが嫌いだった。
抗いもしない負け犬どもがってよ」
エイベルは屋外壁際の入口側に移動して腰掛け、
水袋を口元まで持ち上げ豪快に水を流し込み、ウィルナを横に座らせて続けた。
「獣人達の戦い、お前も見ただろ。あいつらは強い。
今日みたいに合同でダンジョンに潜った俺は馬鹿で若かった。
調子こいてダンジョンに突っ込んだが他の部隊は壊滅か逃走。
俺と獣人奴隷の男の二人が残され俺は深手を負った」
ここで一度区切り、エイベルは少し笑顔を見せた。
その笑顔は過去の自分の愚かさを恥た故、
自分の価値観を一変させた出来事を今でも鮮明に覚えているからだった。
「馬鹿にしてた獣人に助けられたんだ。あいつは必死になって俺を助けた。
片腕になっても俺を抱えながら戦い、ダンジョン入り口で死んだ。
名前も知らないやつで、俺は嫌な目であいつを見てたのにな。
・・・さっきのお前の質問、答えはノーだ。理由と奴隷を教えてやる」
大部屋に顔を向けたエイベルの視線の先には階段下を見張る奴隷の獣人女性達、
さらには全員寝ている傭兵団と護衛対象のブレイブヒル部隊。
「あいつら全員、奴隷の事を物としか扱ってねぇ。
あいつらや俺達と獣人達、どっちが獣なんだろうな」
ウィルナが目にしたエイベルの横顔は、冷たさを感じる悲しみに溢れていた。




