既知と未知 (2)
ウィルナは憤りを隠さず敵意を向けて見つめていた。
「気持ちは分かるが手は出すな」
ウィルナの肩に手を置いて諭してくれたのはカイン。
目線の先では嫌われている傭兵団十三名の中に奴隷の獣人女性四名が
叩かれ罵声を浴びて馬車から荷物を下ろし、それぞれが大量に背負っていた。
ウィルナも大きなバックパックを背負っているが、獣人達はそれ以上に大きく、
両手にも革袋を抱え鞄数個まで肩に掛け運んでいた。
ウィルナが獣人達より荷物が少ない理由はカイン含め、
ブレイブチェインの人達全てが荷物を分散して所持したからで、
向こうの傭兵団は十三人分の荷物を四人の奴隷が持っているからだった。
「すいません。分かっています」
無力感だけを感じ獣人達から視線を逸らしたウィルナは、離れた場所で
話し込んでいるエイベルと女性に目を向け、落ち着こうと大きく息を吐いた。
「ウィルナ。これあげるよ」
後ろから声を掛けられ振り返るとビルの手に簡素な鞘に納められたショートソードが握られ、ウィルナに差し出されていた。
「戦う必要は無いけど、ほら。・・・安物だから使いなよ」
安物とは言え、武器屋で買った剣は金貨十五枚、これも金貨数枚はするはずで、
金貨一枚あれば良い宿で三食ついても多少のお釣りがくる。
「人の親切はありがたく貰っとけ」
横のカインに言われ、ウィルナは自分の顔が自然と笑顔になるのを抑えもせず
「ありがとうございます」と受け取った。人に優しくされる事が嬉しかった。
「気にしないで。俺達皆、メイン武器とサブ武器持ってるから」
「そうだぜ、戦闘中に武器が壊れる事もある。特にお前は気を付けろ。くくっ」
表情を変えずにマントを広げ、左の腰に差した二本の直剣を見せたビル、
ウィルナが武器屋で新品の剣を折ったと聞いて大爆笑したカインは嫌味を言った。
『武器折った事、しばらく言われそう。まぁそのお陰で皆とも仲良くなれたし』
ウィルナは二人と他愛ない会話で時間を過ごし、女性と話していたエイベルが戻り
「よ~しお前らぁ、予定通りだ。出発するぞぉ」と全員を集めた。
先頭に軽装備の騎士団員が二名、後ろに嫌われ傭兵団十三名、その後ろに
先程エイベルと話をしていた女性が部隊長をする護衛対象のシーカー部隊七名、
そしてウィルナを雇ったエイベルがリーダーの傭兵団ブレイムチェイン。
『小さい岩だけど星夜の扉である事は間違いない』
ウィルナの視界の先には高さ二メートルほどの縦長い岩。その横に
到着した騎士団員の一人が岩に触れ、黒の空間に星々が輝く空間を創り出した。
「あれがダンジョンの入口だ。どうだ綺麗だろ」
ウィルナの横を歩くリカルドが声を掛け、ウィルナは黙って頷いた。
開いた星夜の扉を順番に通過してウィルナも最後の方に通過した。
暗闇と方向感覚を狂わせる嫌な一瞬の後、
目の前はウィルナが知っている空間では無く、円柱状の黒の空間の中の草原。
空を見ても黒一色だが周囲は昼のように明るく気温も初秋くらい暖かく、
大きな広場程度の草原の中央に石造りの大きな階段が地下への入り口を開き、
階段の手摺と周囲の地面にも石材が見られ石畳が多少広がり草原を侵食している。
ウィルナは歩き続ける一行に歩調を合わせ、
背後に目を向けると人工的な小さな石柱を見つけ『やっぱりあるんだ』と
確認して周囲を眺め『狭いな、これがダンジョンか。あの階段の下の事か』
などと考えながらこれから出会う魔獣に興味を引かれた。
「仕事の時間だ、隊列を変える。護衛対象前方にリカルド、カイン。
右翼にアーロン、左翼にビル、俺とウィルナが後方で守備に就く」
エイベルの指示に呼応しそれぞれが展開して大きく口を開けた階段に進む。
「その護衛対象はやめてくれないか?
先ほども言ったが私達はブレイブヒル。シーカー部隊で協会に登録してある」
前を歩く二十代半ばの女性が振り返りエイベルに話しかけた。
その左手にはラウンドシールド、左の腰にはストレートソード、
鎖帷子のローブに小振りなバックパックと肩掛け鞄を所持しており、
ブレイブヒルの部隊の中で唯一高価で頑強な武具を身に着けている。
「細かい事は気にするな。名前は覚えているが皆に伝えてないだけだ」
女性は軽くあしらうエイベルにため息をついて長い階段を進み
「私達も仕事の時間だ。メイ進路指示をくれ」と、右隣を歩く女性に話しかけた。
「はい。直進して大部屋を抜け、更に直進。突き当りを右。まずはここまでです」
答えた女性は大きな紙を広げ、ローブにウッドスタッフというかなりの軽装備、
大きなバックパックに紙を丸めた筒を入れた女性がウィルナの前を歩く。
ウィルナの目にはベリューシュカよりも幼く見え、
シーカー登録は十五歳から可能なため実際若いのかもしれないと考えた。
「聞こえたなブライトン」
ブレイブヒル集団の先頭を歩く軽装備の男が右手を上げ、
メイの進路指示を前を歩く嫌われ傭兵団の男に伝えている。
ここまでの集団で探索行動をした事無いウィルナは、
周囲で指示をする大人達や迅速に行動する皆を見て楽しくなり心が躍ったが、
やはり引っかかるモノがあり、先頭集団の奴隷の獣人女性達を気にしていた。
やがて直線階段は終わり、縦にも横にも大きな石造りの通路に入るが
不思議な事に周囲は明るく足元の石畳や通路の奥まで視界が通る。
異様に広い地下空間は明らかに地上の草原の広さを越え、
ウィルナは感覚の狂う嫌な感じを覚えた。
幾筋かの交差路を直進し何事も無く大部屋に到着したが部屋の入口に扉は無く、
大部屋と呼ばれるだけの空間が天井高く広がり、
数本の太い石柱が天井まで伸びているが配置に規則性は無く、
同じく規則性の無い数ヶ所の出口があちらこちらに存在していた。
「・・・い‘っ?・・・なんで?・・・あれは何ですか?」
ウィルナは初めて見た怪異に流石に怖がった。が一瞬で、興味が勝った。
「お化け初めて見ましたよっ。ダンジョン凄いですね!」
ウィルナは横を歩くエイベルに見つけた集団を指さして聞いてみた。
「大部屋でお出迎えってやつか。あれは魔物のスケルトン。
どうだ、動く骸骨。お化けじゃなくて残念だったか?」
笑って答えたエイベルにウィルナは魔物の名「スケルトン?」と
再確認して剣や盾を持ち布切れを纏った骸骨の集団十九体を残念に眺めた。
『・・・骨か。・・・・・ホネ。・・・食べるとこ無い。
今日は焼き肉の気分だったのに・・・はぁ~~~~~~~~~』
先頭の嫌われ傭兵団が慌てだし、リカルドに殴られた男が指示を飛ばす。
が・・・。指示とは言えず喚くだけ。「行け。やれ。戦え。」を繰り返し、
荷物を抱えた獣人の女性四名まで前に押しやる始末。
数で押された状況に腰が引け、大乱闘ではなく泥仕合が始まった。
「お嬢さん方、少し下がんな。お前ら念のため荷物はここに置いとけ。
少し前に出て、抜けたやつだけは俺達で砕くぞ。配置換えだ。
ビルとウィルナが背後を警戒、他はカインを中心に前面に広く展開。
カイン、マナスキンを俺達に頼む。ビルはウィルナにかけてやれ」
「マジか。最弱スケルトンだぞ。金払いが良くてもこの仕事だりぃーな」
「文句言わない、ウィルナはそこでいいよ」
エイベルの指示に合わせ、嫌われ傭兵団に文句を言うアーロン、
ウィルナは黙って荷物を石畳に置き、ビルが走って来るのを待った。




