安寧 伍
「苦行からの解放だー!」
ウィルナの隣に座って常に頭を抱えてうなっていたルルイアは、カーシャから学習時間の終了を告げられたと同時に叫び声を上げた。
――かと思えば、立ち上がった直後にはキャッキャと無邪気に辺りを駆け回り始めた。
先程の算数で答えを教えてあげなかった事は失念しているらしいルルイアに、八つ当たりはされないだろう安堵感を得たウィルナは「ふー」と大きく息を吐いた。
毎日この調子だが、今日はどこで覚えてきたのか『苦行』という言葉つき。
この手の類の言葉は意味や使い処含めてすぐに覚えてくる事を不思議に感じ、草原を無邪気に駆けまわるルルイアを眺める。掛け算も暗記すれば良いと思うのだが。
楽しそうに笑い声を上げて駆け回るルルイアから視線を外し、竹の水筒を枕に草原に寝転がったウィルナも苦笑する。
ウィルナの隣で両足を伸ばし、その上に本を開いて魔術書を熟読していたロッシュベル。
カーシャも含めて誰からともなく笑みが漏れ始め、やがて暖かい草原に広がり木霊する。
この様な何でも無い事で笑える今が、ウィルナにはとても大切な時間に感じられた。
この様な大切を見つけて積み重ねてゆくことが、大人になるという事なのかもしれない。
などと考え、毎日変わらない四人で時間と空間を共有し『楽しい』を実感した気がして嬉しくなった。
のんびりと談笑を交えて行われている学習時間だが、課題の区切りをつけるために設けられた休憩時間の約十分間がこうして終了した。
次に行われる訓練は木剣や長い棒を用いた剣術や棒術や槍術・弓術含めた体術全般の戦闘訓練。
普段なら開始直後に準備運動と柔軟運動を始めるが、今日はカーシャからそれぞれの長所と短所を指摘するようにと言われた。
三人で輪を作り話し合った結果、意外にも少ない時間で結論を出した。
先ずはウィルナに対して二人が思う欠点は首を横に振って「特にない」だった。更に続いて長所に関しても淡白に述べられ、二人同時に首を振り「特にない」という残念な意見を伝えられた。
長所ならそのまま伸ばす方向でいい筈だと感じた。だが明確な問題は短所。
周りの大人の指摘や意見で多くを得てきたウィルナとしては、出来ればいろいろと指摘して欲しかった。
更に自己分析をした結果、訓練全般で八歳女児のルルイアに押されている。
特に身体強化魔法を使用してルルイアと戦った場合は防戦一方に陥り易い。
次にロッシュベルに対してウィルナとルルイアが出した欠点は、自身も苦手だと口にしている近接戦闘全般。
ルルイアより「ロッシュ兄、戦ったらよわよわじゃん」とド直球を告げられ、ムッとした表情をしているロッシュベル。
カーシャがクスクスと微笑を浮かべた口元を手で隠し「がんばれ」と近接最弱認定となる止めの一言で撃沈沈黙。
結局正確すぎるカーシャの一言。どれかがツボに入ったのか笑いだしたカーシャにつられ、ロッシュベル以外は大笑いする事となった。
ついでにロッシュベルとルルイアで訓練する場合、ロッシュベルが遊ばれている感じがするのは間違いではなさそうだ。
この二人の仲は良いのか、それとも良すぎるからこうなのか分からない。
だが言い争う事があっても仲が悪いという事はまず無い。と思いたい。
対してロッシュベルの長所は三人の中でも群を抜いている魔術があげられた。
魔術とは様々な形態の魔法技術の総称で、自身に宿る魔力を使い、この世界に存在するマナを操作して自然界の力を借りる技術といわれる。
主に攻撃魔法・防御魔法・強化魔法に大別され、この村では幼少期から教えられている。
ロッシュベルは物心ついた頃から魔術を幅広く学び、今現在では未だ幼いながらも多くの攻防魔法と強化魔法を習得している。
ロッシュベルの爆炎魔法を初めて見たルルイアの驚き具合が目に浮かぶ。
また見たいから魔法撃ってという意思表示を込め「ロッシュ兄の火の玉ドォーン、さいこー!」と花火感覚の大絶賛ではしゃいでいたのはウィルナにとってもいい思い出となっている。
しかしながらロッシュベルの欠点は二人の同意見として魔術も体術に続いて挙げられた。
魔法操作や火力調節が上手く出来ない点であるが、年齢に反し魔力が強すぎる事に起因しているらしい。しかしこれは訓練と時間が解決するのは目に見えているので、現在はという形になる。
ウィルナも五歳位から今までの約六年、殆ど毎日欠かさず魔術の訓練をしているが使える魔法は二つのみ。
筋力を強化する身体強化魔法と、いびつな円錐状の魔弾を目標に打ち込む簡素な攻撃魔法だけなので、ロッシュベルを素直に凄いと思っている。
最後にルルイアだが、ウィルナとロッシュベルの出した答えは問答するまでもなく三人の中では八歳にして弱点無しという長所のみだった。
唯一あげられた欠点も遠距離攻撃手段である攻撃魔法が今は使えない点だが、そのうち何とかしそうでもある才能を見せている。
他にも例えば弓や投げナイフなど他の手段も取れる事。防御魔法の強固さは三人の中でもルルイアが随一で、強化魔法まで加えた戦闘訓練では攻撃魔法をかいくぐり簡単に距離を詰められるのでまず勝てない。
結局の所ルルイアに関しては「自慢すべき末の妹」と二人笑顔で伝え、それを再認識するのみであった。
伝えられたルルイア自身も屈託の無い笑顔で素直に喜び、再度草原に駆け出しては陽光に赤髪を輝かせる。
そんなルルイアに目を向けた三人も、陽光に輝く深緑の草原に負けないくらい穏やかな笑顔を見せていた。




