期待と無体
城塞都市内部の環状線大通りを馬車二台で進み、
西地区から北地区の境の工業地区に辿り着き、通りを曲がってさらに進んだ先、
鋼を打つ音や木を叩く音が周囲の騒音に混ざり、独特な雰囲気を創り上げている。
「宿屋はここら辺に密集してますよ」
通りに点在する馬車止めに馬車二台を止め、先導してきた
ウォレスがエイナの近くまで駆け寄りこの周囲に安い宿屋が数件ある事を伝えた。
「ここまでありがとう。帰りもウィルナさんと一緒だから心配ないよ」
御者台からウィルナに手を借り、ゆっくりと地面に足を付けた老婆が微笑んだ。
「必ずヘイヨードに一度戻るよ。ウォレスも帰りは気を付けて」
「心配すんな、あのおっさん達も強いんだぜ。それよりほらっ」
ウォレスは話しながら革袋を取り出しウィルナに投げ渡し、
受け取ったウィルナは微かな金属音で中身を察した。
「明日手ぶらで行くわけにはいかないだろ。俺の今の全財産だ。
それで安い武器くらいは買える。店も近くに数件ある」
「ありがとう、ウォレス。けど、お礼が出来ないよ」
「いいとこあるじゃん。なに?これが男の友情ってやつでしょ。
村では偉そうで感じ悪い癖にウィルナには優しくしてっ」
「お前なぁ。・・・俺は背が高くて顔も良い、女にもモテる。
お前の親父さんに鍛えて貰って腕も立つ。そして次期村長の俺は偉いんだよ」
「なにそれ。全部最悪じゃん。いいとこないじゃん。ホント最低~」
「っるせーな。まぁあれだ。少ないが気にせず使え。
ウィルナにはエイナさんとベルを助けてくれた借りがある」
「・・・ありがとうねウォレス」
「使わせてもらうよ。ありがとうウォレス」
エイナはウォレスに礼を言い、ウィルナに顔を向けて受け取るようにと
頷いて促し、ウィルナも礼を述べて手の上の革袋を指で包み込んだ。
「それじゃ俺達は先に戻る。弟妹の話聞けるといいな」
「ああ。気を付けて、ありがとう」
ウィルナとウォレスが別れの挨拶を交わし、
エイナも続いたがベリューシュカは黙ったまま見送った。
エイナと自分のために財布ごとウィルナに渡したウォレスに
なんと言えばいいか分からなかった。
「またな」「トレスと一緒に遊びに来い。うちの子が喜ぶ」
「ダンジョンでは無理するな」「二人を頼んだぞ」「じゃあな」
馬車の荷台に乗った護衛役の村人五人も最後にウィルナに声を掛け、
三人はウォレス達の馬車を見送り周囲を見回して最初に宿を探す事にした。
周囲には食堂兼酒場が多く並び、宿屋の看板を掲げている店も点在していた。
目に映る建物の殆どが木造二階か三階建て、一部が土壁で仕上げられた造りで、
周辺で働く人や、仕事のため数日滞在する人達の拠り所となっていた。
エイナを先頭に歩いて厩舎のある宿を探し、
一番安い小部屋の料金を確認して三人で一部屋を借りて馬車を取りに戻った。
「おばあさんお金大丈夫?」
「ウォレス達がくれたお金があるから心配ないよ、かわいいベル」
「そうなんだ。よかった。村に帰ったらおじさん達にお礼言っとかなきゃ」
「それより馬車はいいから二人で御飯食べて来なさい。
宿の場所は分かるわね?ウィルナさんの武器も見て来るのよ」
エイナは滞在費を除いた分の金貨を布袋ごとベリューシュカに手渡し、
その手を両手で包み込んだ。
「おばあさん、・・・ありがとう。見る目はあるから任せてっ」
布袋を受け取ったベリューシュカは、
ここ最近では一番輝き屈託のない笑顔をエイナに向け、
エイナもかわいい孫の笑顔を見て微笑んだ。
「二人ともありがとう。お願いします、ベリューシュカさん」
「違うって!ベルって呼んで。・・・ちょっと待って・・・・
そう!偉大な大商人ベルって呼んで」
「フフ。ベルも商人の血を引いて優秀だからね」
エイナとベリューシュカの会話について行けず「え?」と
口にするしかないウィルナは笑う二人を眺め続けた。
エイナと別れた二人はベリューシュカを先頭に歩き出し、
通りを眺めながら歩いて武器屋を探した。
本来なら武器探しはシーカー協会のある東区の方が店の数や
質は良いが金額も高く、ウォレスに聞いていた店を目指していた。
「えと・・・ここ曲がったとこかな?」
角を曲がり路地の中にひっそりと店を構えた質素な造りで木造二階建ての
武器屋が見えてきた。
店の前には店名を書いた大看板も無ければ、武器屋を示すマークさえない。
「ここかな・・・」
判断材料となった物は建物正面が扉も無い開放的な造りとなっており、
屋内には種類は少ないが、数十点の武器が飾られ陳列されており、
奥には店舗に必ずあるカウンターが無人で存在していた。
ウィルナは立ち止まったベリューシュカの横に立ち、
先に店内に進ませて後を追い、店内で追い越してから大声を上げた。
「すいませんーーーーーーーん!。だれかいませんかーーーーーーー!」
・・・・・二人の沈黙の時間がしばし流れ、
「すいませんーーーーーーーん!。だれかいませんかーーーーーーー!」
再度ウィルナが大声を張り上げ二人の沈黙の時間がしばし流れ・・・
「すいまー・・・・」
「少し待て~!いまいく」
再度声を上げたウィルナの声に重ねて野太い声が響き、
ベリューシュカが反応して体をビクつかせた・・・
「ひぃっ」
だけではなく、店主と思しき人物を見てベリューシュカは悲鳴を上げた。
「武器を買いに来ました。ウィルナです。よろしくお願いします」
ウィルナが丁寧に名乗って頭を下げ来店理由を述べ、
カウンター奥の出入り口から出てきた相手の店主は体の動きを止めた。
身長2メートルはありそうな大男、しかも横にも大きく太い筋肉達磨、
ズボンは着用している、それと足音からわかる靴。
それだけで上半身は真冬の時期でも裸体で数本の大きな傷跡が目につき、
顔の左にも額から目を貫通して頬まで傷跡を残し、
その傷のためか左目は白く濁った色をして不気味さを増している。
目の前の男は野太い声に見合う体躯とそれに見合う威圧感でしかも裸体、
ベリューシュカは前に立つウィルナの背後に隠れて悲鳴を上げていた。
「なんに使う武器だ。お前、年は?」
「明日からダンジョン探索に行く事になりました。十八です」
「今まではどの武器を使ってた?お前新人か?」
「はい。武器を使った事は無いです。木剣の訓練をしていました」
男はカウンターから出てウィルナの両手を手に取りその手を確認した。
「良いだろう。で、予算は?」
「予算?こちらに偉大な大商人ベルさんがいますので」
「・・・・・・ひいっ・・・・・・え・えと、・・ぇと」
会話の流れで男の視線を正面で受けたベリューシュカは動揺を隠せなかった。
おまけに『偉大な大商人』と先ほど言った冗談をそのまま言われて恥ずかしく、
この場から逃げたくなったがウィルナの背を掴み顔だけ出した。
「き・・き、金貨で・・・二十三枚・・・です」
男には狭そうな店内を歩き、一本のストレートソードを鞘から抜き、
剣先に持ち替えてウィルナに柄を差し出した。
「金貨十五枚にまけてやる。持ってみろ」
ウィルナは柄を持ち、男が剣先から手を離したのを確認してから動かした。
見た目より重く感じる直剣の剣身は細く短くしかし厚く
全体でも1.1メートル程度。
「これ凄く良いですね。なぜだろう・・・両手に良く馴染む感じがします」
「そうだろう、俺の自信作だ。・・・フフッ。
その大きさ含め、両手でしっかり握れるストレートソードは数が少ない」
「両手・・・」
男に言われて店内を見回したウィルナは短い直剣が片手剣の形状で造られ、両手で
持てる剣の全てが長い刃をむき出し、あるいは鞘に納めてある事に気が付いた。
「これなんだけど、どうかな偉大な大商人ベルさん・・・」
「え・・・。ぇええええ・・・・もうそれはいいから!ベルって呼んで」
「そうなの?・・・この武器」
男と同じようにベリューシュカに渡し、同じように受け取られ、
ベリューシュカは両手の上に乗せた剣を真剣に観察した。
「綺麗な武器。手に馴染んでるのならこの剣が良いと思う」
両手を前に出して乗せてある剣をウィルナに渡しながら伝えた。
直剣の飾り一つ無い見た目は簡素、しかし幼い頃から父親に多くの剣を見せられ、
一本ごとに色々教えられて育ったベリューシュカには一級品に見えた。
「あの・・・あ、あ、あなたが・・・この店の店主さんですか?」
恐る恐る男に聞いたベリューシュカ。
男は笑っても怖い顔で「あぁ、俺一人だ。今日は気分がいい。こっちに来い」と
二人を奥に招き入れた。
店の奥には小さな裏庭があり、切り株と斧、大量に積まれた薪の山があった。
「これ、お、お代です。や、ゆっ・・安くしてくれてありがとうございます!」
裏庭に到着後、ベリューシュカは勢い良くお辞儀して代金を払い、
怖い笑顔の店主が切り株の前でウィルナに切り株を指さした。
「ほら、ここで試し切りさせてやる。今日は良き日かな。がははははっ」
大声で笑って屋内に戻る店主にウィルナは頭を下げ、店主と同じく今日の出会いと
自身が扱う最初の武器を感慨深く眺めながら両手で握りしめ「よしっ!!!」と
気合を入れ、全力近くまで魔力を練り上げ身体強化と防御魔法の展開を完了した。
『ウィルナからまた氷の割れる音。魔術なのかな?』
などと考えているベリューシュカの前で、高さの低い切り株に対して
ウィルナは動き出し、右足を引いた大上段に構えてから右足を大きく踏み出し
全体重をかける形で両膝を折り全力の切り下ろしを放った。
目の前で見ていたベリューシュカにも一瞬の流れだった。
バギャイーン
音を字に起こすと難しいが凄い音がして剣身が切り株に深々と切り込まれた。
「・・・・・」「・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「何の音だ!!!」
暫くしてカボチャを抱えた店主が慌てて裏庭に駆け込んできた。
ウィルナは片手で握った柄だけを店主に見せた。
「馬鹿かおまえは!!!剣で切り株切るやつがどこにいる!!!」
『最近忘れてた。ウィルナ優しい化け物だったんだ・・・』
ベリューシュカは一瞬で消えた金貨十五枚の記憶を消去する事にした。




