偶然と必然
初冬の季節、厚い雲が光を遮る暗黒の休息地、
一つの焚き火が明かりを灯し、四人に同じ温もり与えていた。
囲んでいるのは二人が人間、二人が魔族。
宿敵と天敵が同じ焚き火を囲んで銀盃片手に酒を酌み交わすという前代未聞。
どちらも何も語らず動きも最小限。
酒を盃に注ぐ音だけが四人、もっぱらベリューシュカから聞こえていた。
この場は静寂に包まれてはいるが、離れた場所から
ウィルナと巨躯の魔族の激しい戦闘音が暗闇から響き渡り続けている。
四人は少ない食事ではあるがいずれも済ませ所要時間は10分ほど、
食事前から行われていたウィルナと魔族の戦闘は今で15分は経過し、
魔族相手に戦い続けるウィルナは相当な実力である事が四人の知る所となる。
四人は銀盃片手に無言で過ごし、さらに数分が経過。
硝子の割れるような巨大な音が戦闘中の二人から初めて鳴り響き、
大きな影は立ち尽くし小さな影が大地に伏せて大地と同化したように見えた。
エイナとベリューシュカはウィルナの敗北をその暗闇の先に見た。
同じく魔族も顔を向け口を開いた。
「終わったようにございます。」
声を受けた長髪の魔族は右手を正面に向けて、その行動を止めさせた。
手の静止を受けたのは正面に座っていたベリューシュカ。
少し上げた腰を再度下ろし、ウィルナを心配して顔を向ける。
「先程、主が心配するなと言った。安心しろ。」
ベリューシュカにエネと呼ばれていた魔族の女性から助け船が入り、
それを信じて待つしかない事を実感する。
「この酒は強い。急に立つとふらつくから。」
心配するベリューシュカとエイナを気遣ってか長髪の魔族も声を掛けたが、
ウィルナの心配を鑑みてなのか、強い酒を飲んでいる事を心配しているのか、
表情も口数も少なく、どちらの心配を取り除こうとしたのか分からない。
ベリューシュカは「はい」と答え、エイナと二人暗闇を見つめた。
やがて見えた一つの人影は二本の角に赤い瞳、
灰銀色の髪は男性にしては長い。ウィルナを右肩に担いでおり、
焚き火まで辿り着いた巨躯の魔族は小脇に抱え直し、そのまま地面に落とした。
人間個人が魔族に立ち向かい勝てるはずは無かった。
「遅かったな。有意義な時間、酒を飲み過ぎるところだった。」
エネが背後に立つ巨躯の魔族に声を掛けたが、
ベリューシュカに聞こえたその声は多少楽しそうに感じた。
「それは結構。有益な時間を互いに過ごしたようだ。」
応えた巨躯の声は最初に聞いた声と違い、かなり弾んでいる。
ただ、息切れはもちろん疲労の色を全く感じない。
「あの・・・・ウィルナさんは・・・?」
エイナが巨躯の魔族にウィルナの状態を確認した。
地面に伏せったその体は微動だにせず、
意識も無い事が一目でわかるが出血は見られない。
「少年に心配は無用。・・・この少年は二人の奴隷か?」
「え・・・・?」 「はい?・・・・」
同時に答えた二人には
巨躯の魔族の質問がなぜ出てきたのかが理解出来なかった。
「違うのならば、何ゆえに裸体であるか?」
続けて問われた二人は口を開けて言葉を失った。
「・・・そ・・・それ。それは・・・ですね。・・・え・・と」
エイナおばあさんが説明しようとしたべリューシュカに向いて頷いた。
「私から説明致します」
黙って頷く巨躯の魔族、
二人の魔族も布一枚で体を覆うウィルナを眺め、エイナに視線を向けた。
エイナおばあさんは自身達が住むヘイヨード村を出る事になった
最初の理由から話し始めた。
この地方を治める領主に税として収穫した作物の大部分を村の馬車四台、
村人10人で南の都市コンスフィッツに収めに行った。
受領した貴族は馬車一台分だけ受け取り、
馬車三台分は更に西方にあるガラ砦に運び込むように言われ、
誰の馬車一台の納品を優先するかが話し合われた。
唯一の女性組であるエイナおばあさんとベリューシュカが選ばれ、
村で必要な品を買う為に集めたお金でシーカー協会から護衛二人を雇い、
遠方のガラ砦まで一緒に行くより先に村へと帰す事に決まった。
辺境の旅は命がけ、村の仲間は文句一つ言わず即決だった。
しかし途中で盗賊に襲撃され二人の護衛は逃げ出し、
黒い空間から見た事も無い魔獣だったトレスと
毛皮だけの格好のウィルナが出現して二人を救い、
エイナがせめてもと大きな布をウィルナに差し出しウィルナに護衛を願い、
村でお礼をするため北にあるヘイヨード村への帰路を進み続け、
今日で四日目の晩となった事を落ち着いて全て隠さず知る限りを話した。
「主・・・・。」
聞き終えたエネが主を見て固まり、
「お嬢・・・・。」
巨躯の魔族もエネが主と呼ぶ長髪の魔族に視線と声を送った。
今の話に魔族を深い思考へと誘う何かがある事は分かるが、
エイナおばあさんには多少絞れても、どの部分なのかがまったく分からない。
黒い空間の事なのか、出てきたトレスかウィルナかどちらもか。
魔族がヘイヨードからさらに北や北西端に位置する村々を滅ぼしたと聞いていた。
近年できた開拓村であるヘイヨードの辺りまで南下し滅ぼすためか。
魔族は活動域を既に南下させ、盗賊が現れたという事はつまり、
人間の活動域も広がっているという事、そこに問題があるのか。
それとも西のガラ砦に兵糧を蓄えている事なのかが絞れなかった。
エイナおばあさんはこの先もベリューシュカと生き残るため、
魔族の内情を、ここにいる魔族の目的を無表情の魔族相手に
少しでも探ろうとしていたが出来なかった。
「ん・・・・」
魔族と人間の沈黙の時間が多少過ぎ去り、
ウィルナが意識を回復させ、地面に右腕をついて上体を起こして座り、
「手加減していたのに強いですね。参りました」
戦闘後意識が無かったにも関わらず、
結構しっかりとした声で巨躯の魔族に話しかけた。
「なぜ手加減と?。」
ウィルナは戦闘を行った闇夜の草原のすぐ横方向に体を向けて答えた。
「全力でなかった事は戦ったので分かりました。・・・それに、
あそこに立ててある二本の武器、どちらかは貴方のではないですか?」
最初は気が付かなかった闇の中、エイナとベリューシュカも目が慣れたのか
遠方に二本の武器が直立して大地に突き立てられているのを発見し、
魔族の三人がここに来る前に聞いた二回の音の正体を理解した。
一つはバトルアックス、一つはハルバード、
暗夜の遠方でも判別できる形状はその巨大さを物語っていた。
「確かに武器は取らず・・・。
こちらも問おう。なぜ攻撃魔法を使用しなかった。」
ウィルナをその紅の瞳で捉えて問いただす巨躯の魔族に、
「貴方も使用してないので使いませんでした。
少し休んだら再戦お願いしたいのですが、駄目でしょうか?」
答えたウィルナに「っ。はぁーっはっはっは。面白い人の子よっ」
と、盛大に笑い出した巨躯の魔族はとても人間らしい感情を見せていた。
「再戦は次回会う事が有れば受けて立つ。少年は力を示した、今回は休め。
・・・・・お嬢。このオーグス・ファドイードが保証致します。」
巨躯の魔族は名を上げて主人に跪き、頭を下げた。
「ありがとうございます。僕の名前はウィルナです」
ベリューシュカに『自己紹介』を教えられたウィルナは空気を読まず、
名前を聞いた魔族相手に勘違いをして律儀に名乗り、
それを聞いた魔族三人はウィルナを見つめて少し笑い声をもらした。
「エネさんのお名前も離れる時に聞こえていました。よろしくお願いします」
ベリューシュカには笑顔で魔族と会話するウィルナが理解出来なかった。
流石にエイナおばあさんも口を開けて呆然としていた。
「そうか。いい耳をもった少年だ。私はエネ。・・・エネ・ルイリーズだ。」
何故かしら魔族と打ち解けているウィルナが二人にはやはり化け物に見えてくる。
「貴方は何という名前なのですか?」
ウィルナは長髪の魔族にも声を掛け、この場の全員が息を呑んで視線を送った。
「私は・・・。」
「主っ!」
話し出した長髪の魔族の声をエネが遮り、静寂に包まれたが
長髪の魔族がエネを左手で静止し再び口を開いた。
「魔族は年を重ね、人は世代を重ねる。・・・・か。・・・・兄様。
・・・・私の名はティナ・ゼルファー・ディルムファルド。」
名前を聞いて嬉しそうなウィルナは忘れないように三人の名前を復唱し、
「ティナさん、オーグスさん、エネさん。今度出会った時もお誘いしますので。あっ・・・魔獣の燻製肉ですが、いりませんか?」
と続けたウィルナに魔族三人は微笑し「頂こう。」とオーグスが受け取った。
魔族三人はウィルナ達と別れ、
大地に突き立てた武器を回収後、他の四人と合流していた。
星明り一つ差し込まない厚い雲の下の草原で全身を黒のマントで身を包み、
闇と同化している七人の人影。
六人が一人に向いて今後の指示を黙って待っていた。
「目的の一つ、エンシェントガーディアンは見つけた。
けどまだ不十分。聖域の崩壊原因が分からない。」
ティナの声は独り言。
独特な声が六人の影にも届くが口を挟む者はいなかった。
「怪我は無いですか?少ないですが数種類の治療薬は馬車にありますよ?」
エイナおばあさんが焚き火を囲むウィルナに声を掛けた。
ベリューシュカは緊張の糸が切れたのか、酒を飲み過ぎたせいか、
魔族が去ってからすぐ横になり焚き火の前で眠りについていた。
馬車の中にウィルナが抱えて運び入れ、今もぐっすり眠っている。
エイナおばあさんがウィルナを心配して声を掛けたのは、
ウィルナが焚き火に戻って来てからだった。
エイナおばあさんが見る限りウィルナには怪我も無く、
普段の様子と違いは無いが念のため聞いたにすぎず、
ウィルナも「大丈夫ですよ。オーグスさん強かったです」と
なぜか嬉しそうに返事を返した。
「そうですか。それでは私も休みますので」
ウィルナに優しく微笑んでエイナおばあさんも馬車の荷台に移り、
ベリューシュカの隣で眠る事にした。
「僕達も寝ようかトレス。外の世界でまた良い人達に出会えたよ。
今度あったら色々な事を教えてもらいたいな~。
・・・そうか。・・・うん。・・・お友達・・・・・・。
・・・・・確かこんな言葉だった気がする。
今度会ったらお友達になってくれるか聞いてみるよ。
どう思う?なれると思う、トレス?・・・んひひ。」
別れ際、ティナに「道が途切れたら日の沈む方角。」と言われたが、
ウィルナにはまったく意味が解らなかった。
トレスも起き上がり、横になったウィルナに寄り添う形で丸くなり、
それぞれが次の日の朝を迎える眠りに落ちた。




