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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 初幕 ~ 邂逅と認識 ~

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噂と現

噂に聞く魔族は凶悪で残忍。


人間を大幅に上回る力を単体が持ち、

人間の一個人が決して抗えぬ脅威であり人間の宿敵とされている魔族。


町や村、小さな都市すら少数個体で殺戮破壊可能とも言われ、精鋭の集団や

勇者や賢者、大魔法使いと呼ばれる少数の英雄豪傑のみが対抗可能と聞く。


エイナおばあさんも約18年前に開始され、今も続く人魔大戦を思い出した。


息子でありベリューシュカの父親も大戦に徴兵され失った記憶を思い出し、

約七年前から北部辺境地帯と北西側の村々が魔族に次々と滅ぼされ、

対応のため魔族討伐の騎士団の大軍が派遣されたと噂で聞いていた。


この国の最北端であり人界域と魔界域の境に暮らしていたエイナとベリューシュカの二人は、魔族反攻の噂を聞いた直後、9年ほど前から避難する形で各村を南下して、仕事を失い散財する事になるとしても魔族の脅威から逃れ続けていた。


現在この国の北部は魔族の支配域とされており、

結果論だが二人が住んでいた村々は滅ぼされ、

迅速な決断行動により仕事と少ない財産を代償に二人は今まで生きてこられた。


未だ優勢を保つ人間側が滅びない理由は只一つ。

魔族の総数が非常に少なく、人間の数が魔族に比べ極端に多い事のみだった。


「他の方々は良かったのですか?」


「えぇ・・・。彼らは気にしなくていい。」


『なんで魔族相手に普通に話しかけれるの?やっぱり馬鹿なの??

私達ここで死んじゃうの???』


座る膝の上で両手を握り、うつむいて固まるベリューシュカ。

焚き火の向こう正面に座る綺麗な顔の魔族に釘付けとなったエイナおばあさん。


その二人を気に掛ける事も無く、魔族の女性は焚き火の空いた最後の席。

ウィルナの左側で草原側に座った魔族の女性はウィルナと言葉を交わした後、

頭を覆うフードを取り去り、灰銀色の長い髪をローブから両手で流し出した。


灰銀色の綺麗な長い髪に頭部にある大きさも形も違う二本の角、

肌の色もその瞳に宿る紅玉も人間とは違う。


『綺麗な顔』


焚き火を囲んだ人間側三人は同じものを目にし、同じ事を考えた。


「少年。その獣をもらい受ける。拒絶の意志は実力で示せ。」


前触れもない急な声。人間三人には不意をつかれた発言だった。


座った魔族の女性の背後に立つ男はまさに豪胆。

フードやローブに包まれてた、大きなその姿に見合う太くたくましい声だった。


「その力量を感じる。その力、いかように収めた。」


焚き火から爆ぜる音が、暗闇に踊り揺らめく光に響き、

微動だにせず続けた巨躯の魔族に、ウィルナは丁寧な口調で男に答えた。


「僕には三人の母がいます」


ウィルナは右横で丸くなるトレスの頭に手を置いて優しくなでながら続けた。


「僕を産んでくれた母と、最期まで大切に育ててくれた二人の母です。

この子はトレス。育ての母の大切な子供で僕の大切な家族です」


ウィルナはカーシャと過ごした幼い頃の日々を、

ウィルナを含め三人の戦闘訓練の相手をしてくれていた

赤い瞳に優しさの宿るアルマを思い出していた。


答えなく押し黙る巨躯の男に応え、

立ち上がったウィルナは暗闇へと歩き出した。


「ここでは親切なお二人に迷惑が掛かります。移動しますがいいですね。

トレスはここで待ってていいよ」


魔族の男は頷きをもって応え、

反転してウィルナの後を追い、辿って来た草原の暗闇へと歩き出した。


魔族の男から、次いでウィルナから聞こえた薄氷を踏む音に

『まだそこまで寒くないよね』と、疑問を抱きながらも視線を送り続け、

多少離れた位置で開始された戦闘をうっすらと確認出来たベリューシュカ。


暗闇の草原に響き渡る激しい金属音。


「ま、ま、・・・魔族と戦ってる・・・ひと、ひ、ひっ、一人で・・・。

魔族と一人で戦えるって、やっぱり化け物じゃん・・・・。」


ベリューシュカは魔族二人に命を握られ、

自分が戦っているわけでもないのに心臓は高鳴り、

普段言葉にしない頭の中だけの言葉をつい口にして、

正面に目を向け焚き火に座る魔族の女性の綺麗な顔を気にして見た。


単純に怖い。それは祖母のエイナも同様だった。




多少離れた一切の光が届かない暗黒の大地で

ウィルナと巨躯の魔族の男との戦闘が開始されて数分経過、

重厚な金属の衝突音だけが連続して聞こえて来る。


同じ焚き火を囲んで座っている灰銀色の長い髪の魔族の女性が怖かった。

その女性の背後に立っているフードを深くかぶった魔族の女性も怖かった。


ベリューシュカとその祖母エイナは焚き火を囲んで座り、

口を閉ざし、身動き一つ無く、一切の行動を恐怖により拒絶した。


噂に聞く魔族という圧倒的存在に恐怖し、

『些細な動きが引き金となり、その瞬間、二人は同時に命を落とす事になる』

その意識が二人の中で同時共通に芽生えたためだった。


沈黙の時間が、苦痛の無い生き地獄だった。


「私達を恐れなくても()い。此方(こちら)に、お前達人間三人を殺す意思は無い。」


落ち着いた良く通る綺麗で独特な声。


それでも、どの様な声、言葉であろうと、

エイナとベリューシュカにとっては、死神の口から出たものに変わりは無かった。


声の主は二人の返事を待たずに立ち上がり、

ウィルナが座っていた場所に移動して、場所を変えて座り直し言葉を続けた。


「エネ。フードを外せ。折角のお誘い、果実酒と・・・・」


途中まで話して上体を右に向け、トレスの頭に右手をおいて撫でた。


トレスは動かず同じ位置で丸くなったままその手を受け入れ目を閉じている。


「人間達は食事中の様子。携帯用のシークバーを多少残してあります。

人間達にも果実酒と合わせて良いかと。」


背後に立つエネと呼ばれた魔族の女性はフードをそのままに、

肩に掛けてある鞄の中を確認してトレスの頭を撫でている女性の言葉を捕捉した。


「えぇ。それから人間達二人をあまり困らせない様に。

エネも三人分配り終えたらそこに座り、自分の分を。」


「はっ。」


エイナとベリューシュカは、今のやり取りで魔族の主従関係を理解し、

目の前に座る魔族が高い地位に就く上位存在である事も理解した。


「ああぁっ・・・あ。・・・あ、あの・・・ですね。

わた、わ、わたしの名前は・・・ですね。・ベ・・・ベリューシュカと申します。

・・・・・三人は、殺さないとおっしゃいました。・・・・・

本当にウィルナさんの事も、・・・こ、こ、・・・殺さないで・・くれますか?」


死神に質問もその返答も無意味だ。

強者が弱者に何を口にしようと言葉を反故にする絶対的な力を持っている。

それでもベリューシュカは意を決して質問してみた。


木の柵につながれた馬は座り込んで大人しい、

同じくトレスも動かず丸くなり大人しい。

エネと呼ばれた魔族もフードを上げ去り、動きを止めて静かに主の返答を待つ。


聞こえて来る音はウィルナと巨躯の男が繰り広げている戦闘音、

大地に衝撃が伝わった音と重厚な金属音が連続して響くだけだった。


焚き火の薪が爆ぜる音、風の微かな音だけが周囲に暗い音を奏でて去り行く。


「心配はしなくて良い。でも時間はかかりそう。エネ。」


「はっ。(ただ)ちに。」


「・・・・・」


ベリューシュカはそれ以上何も言葉にしなかった。

エイナおばあさんは運命を受け入れていた。


魔族のエネは跪いて銀の盃を主に渡し、白い紙で包まれた小さな品を手渡し、

エイナとベリューシュカにも(あいだ)の横に立ったまま手渡し準備を済ませた。


エネは鞄から黒の強い緑の瓶を取り出し同じように主の銀盃に果実酒を注ぎ、

同じように二人にも注いで焚き火の空いた場所に座り、自分の分を鞄から出し、

短く乱雑に揃えられた肩までの灰銀の髪と二本の角と赤い瞳を

焚き火の光に照らし出し、二人の前にその姿と顔を現した。


(あるじ)。他は必要御座いませんか。」


エイナとベリューシュカはその目で見れば命が無いかもしれないと

わかっていても顔を向け、その目で見る事を止められなかった。


幼さの残る長髪の魔族の女性とは、違う意味で綺麗で大人びた顔だった。

さらなる違いは主を守り抜き戦う戦士の意志を、声とその紅の瞳に宿していた。


「ありがとう。これで十分。」


「はっ。」


主と呼ばれた魔族は今までトレスを撫でており、

ようやく焚き火の方向へ向き直って左手の銀盃を口に運び全て飲み干した。


エネも銀盃に口を付けた後に銀盃を置き腰を上げ、主に一歩近づき膝をつき、

果実酒を注ごうとしたが無言の主の手に断られ酒瓶を主の横に置いた。


「あなた方も遠慮はしなくて良い。人間も飲めるし食べれる。」


綺麗すぎる声や外見は魔族という実体を受け畏怖の対象となるが、


「いっ・・・い・・・いただきまつっ・・・」


多少かんだ言葉を発したベリューシュカが動き出し、銀盃に口を付けた。


「ん・・・んぉ・・・うん・・・。・・・おばあさん、これすごくおいしい!。

ん~~~。すっごく甘いし、なんだろう・・・知らない濃い味がするっ」


「いただきます」


祖母のエイナもベリューシュカに続いて口に入れ


「う~む・・・、これは・・・おいしい」と、うなっている。


「そう。それは良かった。警戒も少しは解けた?」


ベリューシュカの反応に表情も口調も変わらない主が自身の銀盃に並々と注ぎ、

酒瓶をエネに渡して主の向かいの場所に座るベリューシュカの右手に置かれた。


「・・・あ、・・・あの・・・す、・・・すみま・・・せん・・・」


ベリューシュカは複雑な気分だった。

魔族への恐怖と味わった事の無い味覚への刺激による幸福感、

先程まで戦闘中のウィルナを心配していたが、おいしくて一瞬忘れてしまった事、

単純に四人の中で唯一はしゃいで子供っぽい所を見られ恥ずかしかった。


恥ずかしいベリューシュカは銀盃を左手に、

魔族のエネから受け取った後、膝に乗せていた白い紙の包みを慎重に開けてみた。


包装紙の中は、白の強い黄色の焼き菓子の見た目。

形状は大人の人差し指よりも少し長い、長方形の固形物が四本。


貧しいエイナもベリューシュカも滅多に見ない焼き菓子と思い、

そっと口に入れた。


果実酒と同じで、知らない味が口の中に広がり、しっとりとした優しい口当たり、

知らない香りと共に、飲み込んでも口の中にほんのり甘さが残る絶妙な味付け。


「ん~~~~!」


ベリューシュカは口元を手で隠し、控えめに表現したがやはり子供っぽく、

上品な素振りに一切見えない。それでも構わなかった。


エイナも一口食べて残りの三本を右に座るベリューシュカに渡そうとしたが、

べリューシュカは「うんん。おばあさんも食べて。すっごくおいしいもの」

と笑顔で断った。


焚き火を囲む魔族二人は表情を一切変えないし声も出さない。


べリューシュカは一気に飲み干した酒の器、左手に持つ豪華な装飾の銀盃を眺め、

ベリューシュカも自身の運命がどうなろうとも、受け入れる覚悟を決めていた。

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