幕間 広い世界へ飛び込んで 開始10秒やらかしたようだ
いつも賢く頼りになるロッシュベル。
いつも明るく勘の鋭いルルイア。
二人を星夜の先に送り出してからのウィルナの生活は熾烈を極めた。
三人でトレスを守りながら戦っていた。
三人だから魔獣との戦闘自体も楽だったが現在はウィルナ只一人。
生活面でもロッシュベルに依存し頼りっきりで、
受け取った革鞄に入っていた着火石でさえ最初はうまく扱えず、
ウィルナは戦闘と生活の両面で悪戦苦闘する毎日を過ごし、
黒一面の空間に転移の扉として出現する星夜を開くための魔法訓練を、
ロッシュベルの様に円を形成する訓練を落ち着いて開始出来たのは半年後だった。
魔槍を黒の空間に並べて四角を形成しても出力不足なのか反応しない。
思考錯誤し色々試し深く突き刺せば反応する事に気が付いた。
「先の方が弱いのかな?自分の魔法でも分からない事が多すぎる」
ウィルナにとっては新しい発見で新境地でもあった。
さらに構築時の魔力出力は無意識に行っていた。
常に全力で拳を握る感覚だったが魔力出力をコントロールする意識が芽生えた。
訓練を開始してもロッシュベルの様に魔法の形状を変化させる事も出来ず、
さらに一年経過し、ふと思いついたやり方に変えた。
黒一色の扉に小さな星夜が現れ、今までの時間を無駄にした事に愕然とし、
両手両足を広がる草原についてうなだれた。
「おおおぉぉ・・・・・」
「なんで気が付かなかったんだ・・・ロッシュ、ルル・・・・・」
ウィルナは戦闘面では頭が回る、意識したことは記憶できる。
思い切った決断力には優れているがそれだけだった。
あまり賢い方では無かった・・・・・。
11歳で大人と接する学習の機会が奪われ、
そのまま育ったからこそ過酷な環境でも抗い生きてこれたのかもしれない。
うなだれるウィルナに駆け寄ってきたトレスも大型犬ほどの大きさへと成長し、
大きな尻尾でウィルナの背中をさすり、頭をウィルナの顔に当てて来る。
「大丈夫だよトレス。外に出たら二人を探しに行こう」
ウィルナはトレスに抱き着いて撫でた。
親のアルマと同様にサラサラでフワフワな蒼白銀の毛並みが
直上から降り注ぐ初夏の陽光に輝く。
「ん~~今日もサラフワ。ありがとうトレス」
ウィルナは巨岩の前に開かれた黒一色の空間に顔を向け、
中心にウィルナの2メートルを超える魔槍十二本が突き刺さり輪を作り、
小さな円の内部に星夜を形成し扉を開いている。
ウィルナはロッシュベルが開いた魔法を意識し、
真似しようと訓練を続けた、そうあるべきと思い込み先入観をもっていた。
一つ決めればどこまでも追い続けるウィルナの思考パターンが邪魔をしていた。
「これだ。あとは魔槍の数を増やして円を広げて扉を開く。
長すぎる魔槍の大きさもどうにかしないと邪魔で扉に入れないね。」
ウィルナは火や氷といった魔法属性の付与変化、
魔法の形状変化は出来なかったが形状はそのままに大きさの変化は出来た。
「いくよトレス。見ててね」
ウィルナは立ち上がり右腕を右に開いて伸ばし掌を上に開き、
今は消えている黒の空間ではなく自身右腕周囲の上空に魔槍を構築した。
大きさは先程の半分程度の1メートル、数は約倍の二十本。
ウィルナは空中に構築した魔槍を巧みに操作し空中で円を形成した。
幼い頃は出来なかった事が年齢や肉体の成長と共に自然と可能になっていた。
「まだ輪が小さいね。もう少し大きくしないと入れないか」
ウィルナは大きくなってきたトレスに目を向け、構築した魔槍を消して近づいた。
今までの一年半近くの魔獣との戦闘で得た経験と知識は無駄では無く、
確実にウィルナを自身の肉体と共に成長させていたが本人に実感は無く、
まったく気づいていない。
顔を隠すほどに伸びた髪も気にはなるが、どうしようもないので諦めている。
「もう少しかかるけど、いけそうだよ。お昼にしようか。どれ食べる?」
トレスの頭を一撫でして森との境に積み上げられた魔獣の方へと歩き出す。
ウィルナとトレスだけでは食べきれず、
埋葬してあげたいが、掘る穴が巨大になりすぎるため諦めた魔獣の遺体の山。
その過酷な戦闘を物語る無数の傷が
毛皮一枚を腰に巻いただけのウィルナの体には刻まれていた。
嬉しい発見は魔獣がアルマに興味を示さなくなった事で、
アルマが眠るこの場所はウィルナとトレスが去れば静かになる可能性が高い。
「なるべく痛んでないやつがいいよ。持って来てくれる?」
ウィルナの顔を見たトレスは棘刺鞭を伸ばし魔獣の山の方へと駆けて行った。
それから五ヶ月後・・・・
初冬の暖かい昼下がり巨石の前に立つウィルナとトレスがいた。
ウィルナは毛皮を羽織り、腰に巻き、ひざ下まで巻いて靴の代わりとし、
唯一の所持品である革鞄と竹の水筒を肩にかけ
「行こうトレス。二人を探しに」
ウィルナはトレスに語りかけた後に両腕を横にひろげ周囲の上空に魔法を構築、
長さ50センチ程度の魔槍56本を構築し黒の空間に突き立て星夜を創り上げた。
「外の世界か~。」
ウィルナの第一目標はロッシュベルとルルイアを探し出す事。
ウィルナらしいというべきか、
第二目標以下となるそれ以外は完全に頭から抜けていた。
今現在のウィルナにとって二人との合流最優先、その他はどうでもよかった。
「トレス、先に入って待ってて。一緒に二人の所に行こう。
ルルもロッシュもトレスに会えたら喜ぶよ」
ウィルナを見ていたトレスが
数秒アルマの眠る場所に目を向け開いた星夜に飛び込み、
「また三人で帰って来るよ。母さん」
ウィルナはアルマの眠る場所に墓標としてたてた最後の木剣に目を向け、
アルマに別れを告げて直ぐに飛び込んだ。
星夜に飛び込んだ瞬間方向感覚を失い、視界は暗黒に包まれ光がともる。
一瞬の事でウィルナは膝をついた木々と草の茂みの中、様々な音を耳にした。
体に感じる風の音、風にそよぐ枝葉の音、男の人の罵声、虫の羽音や鳴き声、
鳥の羽ばたく音や鳴き声、男の人の罵声と女の人の悲鳴。
「これが外の世界か~結構騒がしいんだね。っていうかうるさい」
ウィルナはこれまで生命が植物と魔獣しか存在しない密閉空間で生きてきた。
無音の大森林で魔獣の発見のため微かな音に敏感となり、今がうるさく感じた。
「さあ二人を探しに行こうか、トレス。」
ウィルナは立ち上がり、背後に有るはずの星夜が無い事を確認し、
顔を向けておすわりしているトレスに歩き出した。
可愛いトレスの頭を撫でてあげたかった。
邪魔された。伸ばした手を止めさせられた。
再度男の人の大きな声とまだ幼いだろう女の人の声が重なり、
ウィルナには聞こえていたが興味がない声の主の方向へと顔を向けさせられた。
「うるさいな~行こうかトレス」
声の方向から目をそらしトレスの頭を撫でようと差し出した手は再度止まった。
今度はしっかりと確認した。
声の方向を二度見した状態だ。
毛皮を羽織り、しっかりとした服を着て靴も履いている男の人が6人、
武器を抜いて二頭引きの幌馬車を取り囲んでいる。
幌、布みたいな素材で屋根が付いている馬車は見た事が無かった。
そして馬車の御者台に座るローブを纏った老婆と、
御者台から引きずり落された格好で地面に座り込む、
ウィルナと同年代かそれより多少幼く感じるローブの女の人。
男の人一人が座り込んだ女の人の右腕を掴み、
大声を出して地面から引き起こそうとしているように見えた。
ウィルナは心臓が跳ね上がる感覚を始めて感じた。
魔獣と戦う時とはまた違う。
ウィルナは凝視したといってもいい。
服の上からでも分かる細い腕、細い脚、
浅くかぶったフードから見えるダークブラウンの自分の髪と似た色の髪、
その小柄できゃしゃな体格も服の上からでも見て取れた。
普段は優しそうに見えるその顔も、今は恐怖で青ざめていた。
ウィルナは怒った。 単純に怒りを覚えた。
『いますぐ行きます。すぐ助けに入ります!』
「トレス!馬車の人を助ける。男をやる殺すなよ」
身体強化魔法を発動し、浅い距離の林を駆け抜け、
女の人の手を掴んでいる男の顔を横から思いっきりではマズそうなので、
多少の手加減をして拳でぶんなぐった。
変な音とともに男の人は吹っ飛び、
ウィルナは他五人の男の人を視界に捉え、
警戒しながら屈んで背後の女の人を庇うように右腕を伸ばし振り向いた。
『やっぱりだ・・・』
ウィルナの振り向いた先、御者台に座る老婆の姿に鼓動が高鳴る。
ウィルナの長髪に隠れた瞳と目を合わせた
アサ婆様の微かな記憶に重なる老婆の顔は青ざめ、
その顔と体は恐怖で硬直している。
これだけでウィルナには男達に怒りを感じ牙を剝く十分な理由になり得た。
『もうはっきりと思い出せないけど似ている気がする・・・アサ婆様・・・
・・・よくも。・・・・・こいつらぁ!!!』
男の人達に怒りを覚え男の人達に振り向き、
だいぶ薄れたアサ婆様と過ごした懐かしい記憶が呼び起こされる。
『村のみんな、僕は元気にしています。
この二人を助けたらロッシュとルルは必ず探し出します』
「トレス!!!」
ウィルナの声を受けトレスも男の人一人に横から飛び掛かり押し倒し、
上から押さえつけ棘刺鞭二本の爪を男の人の両腕に突き刺し、
そのまま大地まで貫通させて動きを封じた。
「そんなやつら食べるなよ。絶対おなか壊すから」
「いぎゃあああああああああ」
「ひぃっ!!!」
ウィルナと男の人と背後の女の人の声が重なった。
『外の人達はうるさいな~』
屈んだままのウィルナは怪我でもしたかと思い左腕左肩から背後に振り向き、
女の人の確認をしようとした。
「だいじょびゅ・ふぉ・・・・・・・」
「いっやあああああああああああああああああ」
振り向いたウィルナの左頬にカウンター気味の正確で強烈なビンタが、
女の人の『嫌だ』という拒絶の声と共に直撃した。
女の人も座ったままとはいえ、綺麗なひと振りは独特な響きを周囲に盛大に。
左手で左頬をおさえたウィルナには理解出来なかった。
『なんで・・・・・いたい・・・・・』
ウィルナには警戒意識外で守りたい人からの攻撃を回避も受ける事すらかなわず。
星夜を抜け辿り着いた広い世界で最初に見つけたアサ婆様の面影を感じる老婆を
救うため駆け出して保護対象の少女からの強烈なビンタ。
その間約十秒。
ウィルナは多大な精神的ダメージを負い、
外の世界の人達は素直に襲って来る魔獣と違い理解不能で怖いと教えられ、
トレスと共に広い世界でロッシュベルとルルイアを探すウィルナの旅は
開幕直後で心に傷跡を残し開始された。




