継承 肆
「トレスは少し離れて待ってて」
正面に広がる空間をその目にウィルナはトレスの頭に手を置いて伝えた。
トレスはウィルナの手を顔の横に当て、反転して背後の森に駆けて行った。
半径80メートルほどが砂や小石だけの殺伐とした空間の中心に佇む巨大樹。
大森林を囲む外輪山の近くに佇む巨大樹で外輪山の絶壁まで75メートルほど。
巨大樹の奥の絶壁には地続きの浅い横穴があり、
巨大樹を中心とした円形の荒野が絶壁を浸食したように見え、
明らかに人工物と思える小さな石柱が影の中でひっそりと立っていた。
『四年前ここに来た時の洞窟で見た石柱と形が似ている気がする』
「兄さんあれは燃やすかい?」
ロッシュベルが周囲を観察していたウィルナに聞いた。
長老とよく似た見た目の大きく太い枝葉を横に伸ばす巨大樹の対処。
更には巨大樹は巨大すぎる黒紫の実を陰の中に多数つけていた。
安らぎや不思議な温もりを与えてくれていた長老と違い、
敵意や悪意は感じないが圧倒的な害意を感じる。
「いや、アルマにも言ったけど余計な事は控えよう。
何がきっかけでこの森が壊れるか分からない。」
返したウィルナ含め、ロッシュベルとルルイアも同様に
巨大樹に対して不快そうな感じだ。
周期的に襲来し数の尽きない魔獣発生の原因を調査する為辿り着いた巨大樹。
目の前の巨大樹が宿すその実が何かを確認する為に行動を開始した。
「あの実の中は確認しておきたい。僕だけ行く。二人とも念のため防御魔法を」
ウィルナは二人に伝え、二人の了解を得た後
「ロッシュ、防壁魔法の展開も直ぐに出来るように準備を頼むよ」
更に続け、自身に防御魔法を付与し身体強化魔法も発動、
ウィルナ一人だけで狭く広がる円形の荒野に足を踏み入れた。
近づくにつれ強敵と戦う時と同じ重圧を巨大樹に、この空間自体に感じ、
荒野の中を慎重に距離を詰め最大射程で魔槍を構築、
標的は一番小さな実を狙い、
その枝を撃ち抜き実を地面に落下させた。
一番小さくても巨大な実は地面の衝突に耐え地面で少し転がりやがて止まった。
「あれの中身を確認する。やるよ」
ウィルナはさらに距離を詰め魔槍を発動し巨大な実の皮を引き裂いた。
予想通り中身は未成熟な魔獣で過去に見た事がある獣型の魔獣だった。
「やっぱり」
一歩踏み出したウィルナの声は他の二人とも重なった。
ウィルナには理解が出来なかった。
『なんなんだっ!』
特徴は黒く染まった全身の内、
胴回りに赤い縞模様が数本見受けられ淡い光を放っている。
さらには巨大な赤く光る瞳。
ウィルナが唯一理解出来た事は、危険な存在である。
を通り越し、『あれはマズイ』だけたった。
目の前の巨大樹の幹の側に赤く淡い縞のある漆黒のアルマがいた。
「ロッシュ、ルル、こいつをやる!二人は前に出すぎるな!!!」
ウィルナは瞬時に判断、否、反射で動いていた。
ウィルナは二人に伝えながら自身に注意を向けるため、
多少斜めを向いている何かの顔の奥の方へと左斜めに駆けだし、
走りながら魔槍を構築しては発動し全弾撃ち込み、
黒獣に直撃しては霧散消滅を繰り返す。
巨大な実はもちろん巨大樹からも目は離していない。
一瞬前はいなかったが、存在していたかのように巨大樹の陰の中にいた。
そしてウィルナは地面と平行で左方向の空中に吹き飛ばされていた。
防御魔法が相手の攻撃を防いだ時に生み出す音も無かった。
何をされたのかもわからなかった。
「くっ」
ウィルナに大したダメージは無い、
しかし地面の衝突は避けたい。体勢は立て直したい。
ウィルナは猫の様に全身を捻り、
地面に両手をついて飛び上がり大きく開いた両足から地面に着地。
体が流れるためかなりの前傾姿勢で耐え、
荒野の上を後方に流されながら何かに魔槍を構築し発動する。
何かは体を捻り避けようとするが、ウィルナの高速の魔槍が直撃する。
『避けようとしている。効果はあると思いたい。二人は!?』
ウィルナは体勢を立て直して顔を動かし瞬時に二人を確認、
最初の位置からあまり動いていない、やや距離の近い二人を確認する。
「ルルを守れロッシュ!こいつは僕がやるっ!!」
ウィルナは一瞬で二人の確認後、二人に指示を送り何かの観察を始める。
先ずは魔獣特有の黒い眼球に赤い瞳。
アルマよりは大分小さいがそれでもかなり大きい漆黒の体。
アルマと違い背の棘刺鞭は無い。
代わりなのか、前足の三本の爪の内、真ん中の一本が異様に大きな鉤爪となる。
ウィルナが恐怖を感じる根源は、
その漆黒の獣毛で強調された赤く淡い光を放つ縦縞。
過去の村での記憶がフラッシュバックし、
同じ記憶による心の傷で二人が動けない状態である事も理解していた。
二人を失いたくなかった。傷つけさせたくはなかった。
『ヨル爺さま、アサ婆さま・・・』
ウィルナは呼吸を整え恐怖を抑え、全身のコントロールを意識する。
『雑魚の魔獣の様に、むやみに距離を詰めてこない』
ウィルナの目にはウィルナを敵視し、攻撃態勢で横移動する黒獣を捉えている。
『攻撃方法が分からない、やはり爪か?距離を保ち削り切れるか?』
高鳴る鼓動と呼吸を感じ、ウィルナは必死に考える。
『これ以上角度をつけての移動はたぶん無理だ。
黒獣が二人に牙を剝けば割って入れるか分からない。やはり距離を詰めるか?』
ウィルナは黒獣を基点とした、
ロッシュベル、ルルイアの二人と直角に位置する場所にいる。
数秒の睨み合いの時間を経てもウィルナは決断出来なかった。
黒獣の身体能力と攻撃力と攻撃方法が分からない。
思考する間にウィルナは左右の腰に差してあった木剣は両手に握っていた。
「ん‘っ」という息漏れを伴いウィルナは突撃を敢行、
同時に左右の上空背後に四本ずつ、計八本の輝く魔槍を構築、追従させた。
ウィルナはカーシャの全てを追い続け、その一部は付近まで辿り着いていた。
それは同様に、ウィルナが見る事も無かった姿、
かつて村で最強と云われた自身の母、サレンフィアの戦う姿にも重なっていた。
ウィルナには声も姿も曖昧で微かな記憶の中のサレンフィア、
ウィルナをその腕に優しく包み込んだサレンフィア。
カーシャはそのサレンフィアを姉と慕い、
サレンフィア達の喪失から心に空いた穴を埋めるためサレンフィアの全てを模倣、
記憶の姉を追い求め文字通り自身の身を削る研磨研鑚を重ね、
サレンフィアに近づき、追い越した技量のカーシャ。
カーシャを尊敬し、そのすべてをウィルナは追い続け研鑚を重ね、
願いと意志はウィルナに受け継がれ、今現在かつて無い脅威に抗い覚醒を促した。
大切な最後の家族、弟妹をただ守るために。
「ん・・・んあああああああ」
一瞬でかなりの距離を詰め、多少の距離を残す黒獣の巨大な目を狙い
ウィルナは木剣二刀を右上段に構え地面すれすれの低空で跳躍、
追従させていた魔槍を左右で一本ずつ残し、他六本発動。
「グォルアアアアアァァ」
対する魔獣も直撃に怯む事無く上体を巨大な後足二本と左前足で支えて起こし、
右の巨腕を振り上げ、その巨大な鉤爪で迎え撃つ。
ウィルナには見えている。木剣二本の位置を体勢を変えた。
黒獣の体勢、振り上げた前足の位置、角度から鉤爪の進路を瞬時に予測、
低空の跳躍から瞬時に荒野へ右足左足とつけ、
勢いを失う事無く姿勢をさらに低く身をひねり左へと跳躍、
黒獣の巨腕を掻い潜り右首側面に取り付いた。
「くっがあっあああああ」
ウィルナ自身にかかる巨大な運動エネルギーを全身で耐え、
右手の木剣を黒獣の首に深々と突き刺し突き上げ、
距離を取る為、駆け抜けると同時に下腹部側面から魔槍二本を発動。
「ギャウガアアアア」
「ぐっがあああああ」
「兄さんっ!!!」「ウィルにぃ!!!」
魔獣の跳ねる動きと獣声が同時に響き、
直後ウィルナの防御魔法が砕け、
二人の声を耳に防御魔法の消滅を破壊音と幾筋かの光の反射で実感した。
「尾の一撃で。七秒か!!!」
空中で体勢を整え黒獣を視界に捉え、浮かぶ紅点で自身胸部の出血を認識。
その痛みと出血の元凶となった爬虫類型の尾の形状と、
その両側に存在する巨大なのこぎり状の棘を確認した。
黒獣は会敵時から巨大な武器であり凶器である尾を、
その巨体で最初から行動を開始したウィルナを敵視し隠し続けていた。
ウィルナは跳ね飛ばされた空中で身を翻し、
両足片手の着地と同時に防御魔法の再展開を試みる。
「来るな!何もするな。動くな!!!」
二人に黒獣の敵意が向く事は、
黒獣に二人を攻撃させる事は是が非でも避けたいウィルナは
普段見せない大声を張り上げた。
ウィルナは黒獣に刺さった木剣とそこから流れ落ちる黒紫の血を目に、
利き腕の右手に残りの木剣を握り直し、左手で胸部に触れ傷の確認をした。
『防御魔法構築完了まで残り四秒。急げ!!!』
「ぐあっあぁ・・・くっ・・そ」
瞬間ウィルナは上空から何かに押しつぶされた。
目に見えない何かがウィルナの全身全体を圧迫する。
巨大な形と質量を併せ持ったかのような空気の重圧。
「・・・・・・・・!!!!」
ウィルナの耐える両足は荒野に蜘蛛の巣状のひびを形成し陥没し、
ウィルナは自身にかかる重圧に耐えるため、
防御魔法を構築しながら身体強化魔法を限界を超えて高め続けた。
ウィルナの鼻から一筋の紅線が歯を食いしばる口元を伝い顎先に、
その先の地面に衣服に珠となり流れ落ちる。
「くっ・・・があああぁ・・・・・!!!!」
薄氷を踏み拉く音を伴い防御魔法は発動展開され、
すぐさまウィルナは未だ続く重圧の中、魔槍を合計十本即座に構築。
全弾撃ち込み、黒獣は直撃で体勢を崩しウィルナは解放された。
『漆黒の体が影の中、黒獣の血が確認できないが魔槍も効いている筈だ。
今のうちに首か腹部に突っ込む。取り付けばさっきのは来ない筈だ』
「うおおおおおおお」
ウィルナ自身を鼓舞するウォークライ、魔槍を十本構築しながら肉迫する。
瞬間魔獣が向きを変え、二人の場所に向かい跳躍し駆けだした。
魔獣背後の地面が微かに蠢いている。ロッシュベルの土操魔法だ。
黒獣は背後を視認する事無く察知し、
回避と攻撃を同時に行うため二人に向かい疾走していた。
『行けるっ。間に合わせる!!!』
「やらせるかああああああ」
ウィルナは瞬時に反射で魔獣の動きに合わせ跳躍と疾走を織り交ぜ、
黒獣の進路上に木剣片手に躍り出た。
「グルアアアアア」
ウィルナの出現に多少攻撃姿勢とタイミングのズレた黒獣は、
それでも右の鉤爪を振り上げウィルナに攻撃を仕掛け、
ウィルナも先に進ませないために正面から我が身で迎え撃った。
魔獣に抗うため身に着けた魔法は効果を示さなかった。
ウィルナの防御魔法は粉砕され巨大な鉤爪を左手で握り抗うが、
その巨大な鉤爪と前足で地面に押し倒され、巨大な牙をその目で見た。
「がはっあぁ・・・・くっ・・・ぅおああああああ」
未だその効果を失っていない上空の魔槍は黒獣の開かれた巨大な顎、
その黒獣の開口正面でウィルナに未だ追従しており、
ウィルナの咆哮を受け、その意思を受け、
その全弾が巨大な顎内部に射出、
上顎を通過貫通し頭部へと撃ち込まれ、黒獣は力を失った。
「にいさん!にいさんっ・・・。ごめんよ、にいさんっ!!!」
「うぃるにい、しっかり!!!」
何度目だろうか、薄れゆく意識の中で二人の悲しそうな声を聴くのは。
ウィルナは『心配かけてごめんよ・・・』と
口に出したくても声が出ない言葉を残し意識を失った。




