安寧 参
ルルイアと並んで暫く歩いた後、目的の広場と目印の巨大樹が見えてきた。
広大な世界を実感させてくれる雲一つない蒼空の下、
新緑の草花が視界の先で風と共に踊り、受け取る陽光を様々な色で返してくれる。
巨大樹が落とす影の中には、さらに二つの人影がいた。
カーシャおばさんと、その息子であるロッシュベルだ。
カーシャおばさんが見守る前で、ロッシュベルは木剣を正眼に構えている。
数秒の間を置いた後、大きく踏み込み上段からの一刀を振るう。
ルルイアと僕を認識していたカーシャおばさんが、
こちらに体を向け優しく、そして小さく手を振る。
二人に近づいた事でロッシュベルも僕達に気が付き振り返る。
「おはよう兄さん、ルル」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おっはよーう」
集まった四人がそれぞれ挨拶を交わす。
次いで僕とルルイアは巨大樹のもとへ向かい、その幹に手を当てる。
「おはようございます。長老」
「おっはよっ。長老」
手を当てた巨大樹にも朝の挨拶をする。
樹齢四百年とも云われ、村の一員であり、
長老として慕われている巨大樹が存在するから、
村の端ではあるが付近には小屋や畑、
用水路など一切建築されない草原となっていた。
この村で育った住民の全てが、長老に寄りかかり語り掛けた。
もちろん返ってくる言葉はない。
風に枝葉が揺らされた時、葉音を響かせるのみだ。
それでも、ただ草原の直中に佇み、その巨大な存在感を示すだけで、
村の皆に安心感と拠り所を寡黙に与え続けている。
そんな長老が落とす巨大な日陰の下、学習と訓練が開始される。
「さあ、始めましょうか」
カーシャおばさん特有の、緩やかで包み込むような優しい声に引き寄せられ、
三人がそれぞれの返事を返しながら、カーシャおばさんの近くへと集合する。
目の前に立つカーシャおばさんの、光沢のあるイエローゴールドの長い髪は、
首元で一つに纏められ大きな赤いリボンで結われている。
僕の横に立っているロッシュも、
九歳とは思えない程の落ち着きを見せる長髪の少年で、
自身のお母さんであるカーシャおばさんと同じ、
金色の長髪を後ろで纏めている。
カーシャおばさんに似て端正でありつつも、
幼さを盛大に含んだ可愛らしい顔と、両親から受け継がれ、
影の中であるため少し青暗の入った金色の髪を、親子共々風に漂わせている。
たまに頭をよぎる予感がある。
確信に近く、いつかの、それでいて、遠い先の確かな未来。
ルルは強く素敵で綺麗なお姉さんに。
ロッシュは知的で格好の良いお兄さんに。
いたって普通な僕を変わらず兄と呼んでくれる二人と共に、
三人で笑いあえる未来が見えている。