成長 伍
真上に輝く太陽の下、一枚岩を背に草原を駆けるウィルナの感情は、
自身の負っている傷の痛みを忘れている程に高揚していた。
ウィルナは草原で立ち止まり「こっちだよ親犬!」と、
後方について歩く親犬に振り向いて両手を広げ数回飛び上がり、
二者の距離が近づけば再度目的の場所まで駆ける、
を繰り返し行い到着した場所は、一枚岩の亀裂から離れながらも一番近い窪地で、
穴底は草原と同色の翠、穴の側面は赤茶けた土色の二色で構成されている。
円形で垂直に陥没した目的の場所に到着したウィルナは穴の側に座り込み、
「これをやって欲しいんだ。穴だよ、穴。」と声を張り上げ、
未だ幼く未成熟な全身を大きく使い懸命に意思を親犬に伝えようと試みる。
立ったままウィルナを眺め、動かす耳以外微動だにしない親犬に、
「お願いだよ、穴が欲しいんだ。」と再度頑張って全身で伝えようとする。
ウィルナは穴を指さし、両腕を広げ円を描き、草原に向き直り草地を叩く。
同じ事を熱心に繰り返すウィルナに親犬の触腕が伸び、
体に巻き付き抱え上げ親犬の巨大な首元の空中へと引き寄せた。
「違うんだ、遊んで欲しいわけじゃないんだ」
耳以外微動だにしない親犬に再度懇願しようと口を開いたその瞬間、
ウィルナの背後で超重量の衝突音が響き渡り、
音の方向、先程の穴に頑張って顔を向けると先程より巨大になっており、
周囲には熱も衝撃波も埃でさえも存在しなかった。
『魔術は自然の力を借りる事』と教えられたウィルナには、
親犬が焚き火ごと地面を圧し潰し鎮火させた記憶と草原の光景を見て、
親犬が借り受ける自然の力の根源が全く理解出来なかったが、
過程は良しとして結果は知っていたため頼み込んでいた。
「ありがとう!!!でも場所はここじゃないんだ。向こうなんだよ」と
ウィルナは触腕に抱かれた空中で両腕を動かし方向を示し必死に訴えた。
「親イヌ~~~」「裸で何してるの?」と声が聞こえ左下に振り向くと、
ルルイアが子犬を抱え親犬の巨大な前足に抱き着き、
その近くにも一緒に走って来たロッシュベルが立っている。
「家を造るんだよ」「おぉ~~ぅ」「暴れると傷が開くよ」
ウィルナは意図的に『建てる』を使わず『造る』に変えた。
引っ越しを決める直前、ウィルナ達は木を伐採しようと、
三人でそれなりの大きさと形状を備えた石を手に試みた事がある。
当たり前だが木は切れない。
植物の繊維は固く強く、樹木に至っては強靭ともいえる密度を誇り、
石で叩いた樹木には極少量のへこんだ傷をつけるのみ。
村にあった石斧は大人達、技術を持った職人たちが製作したもので、
子供達がそこらに転がる石を適当に加工した石では歯が立たなかった。
「ダメじゃん、あたしが頑張るから」とルルイアが言いだし、
腰裏に装備してあるロングダガーを抜いて自身に身体強化魔法を付与し、
強力な斬撃を繰り出し「・・・・う・・いぃ・・ぅわあああぁん」と、
防御魔法を自身に付与せず切りつけた右手が凄く痛かったようで、
盛大に泣き出した事がある。
右手を犠牲にしたルルイア渾身の一撃でも多少の傷をつけるのみ、
その時に三人とも家と呼べる建物の建築を諦めた。
だがウィルナは親犬の作り出した穴を見て、諦めていた家の建築方法を閃き、
そこから火が付いた思考はさらなる発展を見せ、
何かを作る子供らしい楽しさと共にウィルナの意識を高揚させた。
ウィルナは思い描く家の完成予想図に欠かせない協力者、親犬に降ろしてもらい、
「穴の中に住むんだよ、これ見てよ」と穴を指さし二人に伝える。
「はぁ~?穴じゃん、雨降ったら溺れるよ?」
「兄さん血!包帯に血がっ、出血してるって!!!なにやってるの!」
と二人から散々なウィルナだが諦めず、というかワクワクが止まらず、
家を建てる建設予定地である亀裂の側で滝壺とは逆に向かい、
駆けては親犬を待ち、親犬を呼んで近くまで来たら再度駆けてを繰り返し、
目的地に到着してから痛みも出血も気にせず再度全身で懸命に伝えた。
「馬鹿なの!?兄さん動かないでっ!
傷薬また塗って包帯も洗わなきゃなんだよ!?」
動き回るウィルナを見たロッシュベルがすぐさま声を上げた。
「分かった、手伝うからウィルにぃはそこでやる事教えてよ」
とルルイアも折れて親犬に盛大な身振り手振り全身でウィルナの言葉を表現した。
ウィルナが亀裂の中で目覚めてから二時間が経過、
その時間の大部分を親犬とのやり取りに費やし、
ロッシュベルが拾ってきた枝でウィルナの指定した草原に形を描き、
親犬が数発の魔術でその形と深さに整え、
縦横5メートル落差2メートルの四角とも楕円とも呼べる穴を形成した。
深さを伝えるのが大変だったが親犬は辛抱強く子供達に応え、
完成後三人から抱き着かれ、盛大な感謝を伝えられて亀裂に戻っていった。
「ほんとにここ住むの?ただの穴なんだけど」
親犬に対する声色とうって変わって冷たいルルイアの声がウィルナに刺さる。
「勿論だよ。ここに住むんだけど先ずは床から始めよう!」
ルルイアと違い、未だ熱の冷めないウィルナの声はいつもより大きく、
「水が入っても良い様に大きな石で床を作るんだよ」と続け、
ウィルナはなるべく水の侵入を防ぐ為、
穴の周囲を囲む形で溝を右手で掘りながら二人に細かく説明した。
ウィルナの考えは単純で、木で作れない壁の代わりに地面を掘り下げ風よけとし、
水没対策として穴の底に大きな石を敷き詰め隙間を開けて水没対策の空間を作り、
大きな石の上部の隙間に入る中位の石を並べて床の高さを決め、
さらに間に小石を挟み、炭を砕いて細かい隙間を埋め床を固定する。
ある程度の大きさに砕いた炭をばらまき、その上に雑草や蔦などで厚い層を作り、
火を使うための場所として石で囲い確保していた場所も大量の土と砂で層を作り、
縦横1メートル程度の毛皮三枚を適当に広げて終了となる。
ウィルナの説明を聞いて理解した二人は直ぐに石や手頃な岩を投げ入れたが、
大きな石の層すら完成せず初日を終え、亀裂で犬の親子と共に眠りについた。
炭を製作したり周囲から石や岩を拾い集めたり雨に降られて中断したりと、
ウィルナの思い描く床の製作だけで十日が過ぎた。
「いいんじゃないかな、少し歩きにくいけど毛皮が増えたら床に敷こう」
「そうだね、足元の草も乾燥すれば馴染んでくるし、良いんじゃないかな」
「やったーおうち出来たー」
「後は踏まれた炭が床を慣らしてくれると思うよ」
ウィルナ、ロッシュベル、ルルイア、ウィルナの順で感想を述べ、
「次は出入り口と屋根を作ろう。出入口は岩を並べて置くだけだけど、
家づくりはまだまだこれからだよ」
と続けるウィルナに「え・・・」と声を重ね固まる二人をよそに飛び上がり、
1.4メートルの高さを越えて地上の草原に着地する。
草原に着地したウィルナ、後を追って着地したロッシュベルとルルイアは、
岩壁の亀裂から出てきている親犬と此方に走って来た子犬を目にし、
親犬の視線の先、森を抜けこちらに突進して来る大きなトカゲを発見した。
草原に点在する陥没した地形を見た時から予測はしていた。
魔獣で数は四体、体長は約5メートル、距離は約150メートル、
見た目は太ったワニと言えなくもない姿で左右三本ずつの六本足、
両前足のみ極端に長くバッタの後ろ足の様な見た目が特徴的だ。
ウィルナは子犬を抱きかかえ、三人は親犬の側に駆けて魔獣を視界に捉え続ける。
親犬はトカゲの方へとゆっくりと歩き出し、
ある程度亀裂から離れ、子供達と魔獣の直線状の位置で足を止めた。
「どうする?」
二人に質問したウィルナは今後の行動を決断できなかった。
子犬は親犬から託された気がする。
それでも子犬を抱え親犬に加勢するか、それとも亀裂に隠れ続けるか、
草原で魔獣を確認しながら魔獣との距離を保ち続けるか。
どの案もウィルナには短所しか思い浮かばない。
加勢すれば必ず邪魔になる、
亀裂では親犬を躱した魔獣、もしくは攻撃魔法が飛来した場合、逃げ場がない、
草原でも遠距離魔法の集中砲火に晒される危険が伴う。
「加勢しよう」ルルイアとロッシュベルの声は再度重なり、力強く響いた。




