琢磨 陸
「ルル、ダガーを、後は任せてご飯食べて休んで」
夕日色に染まるルルイアには、疲労の色が濃く表れているが
それでも眠るウィルナの横に座って額や首の汗を自分のタオルで拭っている。
「明日ウィルにぃの12歳の誕生日なんだ、お誕生日会出来るかな」
ロングダガーを鞘ごとロッシュベルに手渡し、
ウィルナの顔に目を移しながら問いかけるルルイアの声は、
細く小さく疲れ果て、戦闘と魔力消費を伴う移動で明らかに衰弱している。
「起きたその日にしよう。ウィル兄さんも喜んでくれるよ」
受け取ったロングダガーの鞘を腰に差し、移動してウィルナの上着を捲り、
傷に触れない打撲ヶ所に川の水で濡らした自分のタオルを当て上着を戻し、
ロッシュベルは置いてある革鞄からイチジクを取り出しルルイアに渡す。
「そうだね、ウィルにぃびっくりさせなきゃ・・・」
イチジクを両手で受け取り微笑むルルイアは、草の上に自分のタオルを置き、
イチジクを両手で包み込み、そのままウィルナの隣で横になり目を閉じた。
『お休みルル、後は任せて』
ロッシュベルも今は食べずに眠る方が良いと思った。
進み続けた森の中、緑で成長途中の栗とイチジクしか発見出来ていない三人は、
食事を殆ど取っていない。
空腹の中、それでも固形物だけの食事は人にとってはかなり酷で、
味の濃い物、今回は甘すぎるイチジクが水を欲する要因となり、
飲み水の無い現状では眠る事が一番なのかもしれない。
ウィルナに目を向け、炎症を抑える軟膏は塗ってあるが、出来る事は全てしたい、
打撲への対処は兎に角冷やすと教わり、ロッシュベルは実践し続けた。
ウィルナに当てていたタオルが熱を帯びてきた事を確認し、
タオルを手に取り水筒から川の水をかけ、絞って再度当て立ち上がる。
来た道を走って引き返し、大量の枝や枯れ葉を拾い集め、二人の近くに置く。
同じことを更に三度繰り返し、小山が出来上がった所で、
更に杉の乾燥した樹皮を採りに戻り、ついでに枝も拾い集め小山の横に置く。
二人から少し離れた背の低い草地に木剣で少し大きめの浅い穴を掘り、
穴の中心に枯れ葉を下に置き枝を乗せる。
ダルナクからウィルナが受け取っていた革鞄には火を起こすための道具と
土焼き製の鍋も入れられていた。
ウィルナの傷の手当てを開始した時、鞄の中で発見した鍋は鞄の中で場所を取り、
包帯など必要な物を探す邪魔となり、鞄の口を大きく開く事になったが、
昼の戦闘で割れずに形を保っていた事に今は感謝し作業を継続する。
横の草を引き抜き場所を確保し着火剤として用意した乾燥した樹皮を手で砕き
革鞄から取り出した着火石を削り合わせ火花を移し種火を作り出す。
始めて行うがこれが難しく、やり方は分かっていても中々出来ない。
ロッシュベルは長い時間辛抱強く繰り返し、
漸く着火に成功した樹皮を枯れ葉の下に潜り込ませた。
枯れ葉は針葉樹が良く燃えると教わり選んで多く用意したが煙が多く、
むせかえる煙の中頑張って息を吹きかけ続け、
火が燃え上がると嬉しさのあまり「よしっ!」と声が出る。
直ぐにウィルナの下に駆け寄りタオルを水で冷まし打撲ヶ所に当て変え、
飲み水確保の作業を開始する。
焚き火の横に場所を確保し石を積み重ね、簡易的なかまどを作り、川まで走り
革鞄から土鍋を取り出し、溢れる程汲み上げ蓋をした後両手で抱え、
かまどまで移動して、慎重に積み重ねた石の間に置く。
焚き火の熱を我慢しながら燃えている枝を両手の枝で挟んで移動し、
かまどに移した火に枝を足し水の煮沸消毒を開始する。
立ち上がり額や首の汗を拭い、気が付けば辺りはすっかり暗くなっており、
ウィルナに当てていたタオルも時間の経過で乾燥しだしている。
急いでウィルナの傍に戻り、水筒の水に浸したタオルを絞りそっと当てる。
「大丈夫だよ兄さん、僕達がいるから」
ウィルナに語りかけ、自分の気力を保つ為の言葉でもあったが、
ロッシュベルも既に限界を迎えており、二人の横に座り込み、
「枝を追加して、兄さんに軟膏を、・・・運んだ魔物も解体しなきゃ・・・」
腰のロングダガーを目の前に置きながらやりたい事を口にして、
睡魔に抗えずロッシュベルは横になり目を閉じた。
川の潺と燃料の爆ぜる音は、風が揺れ鳴らす自然の音と調和し、
三人を包み込み、衰弱した体を休める無夢の世界へと落としていった。
霞む意識の中、激痛により覚醒したウィルナは、
自身が地面から突き立つ数本の大きな木の枝と、
葉が付いたままの枝に取り付けられた大きな広葉樹の葉で造られた、
簡易的な三角テントの木陰の中にいた。
目が覚めた瞬間全身に痛みが走り、上体を起こし上着を捲り傷の確認をすると、
大きな血の塊が瘡蓋を形成し、薄青紫の打撲を数ヶ所発見、
腕や足にもある怪我を自覚した為か、痛みが増した感覚に陥る。
横に置いてある竹の水筒を手に取り重さを感じ、
口に運んで一気に流し込んで一息つく。
二人が気になるウィルナの正面には背の低い草花の先に川が見え、
その更に先には今まで見てきた大森林が広がっている。
「つっ・・・。」
痛みに堪え、背を丸めた傷を庇う姿勢でテントから出て、顔だけで周囲を見渡す。
足元や周囲の影は長く、今が朝なのか夕方前なのか分からない。
「ウィルにぃ!」「兄さん!」
川へ歩き始めたウィルナに二人の声が聞こえ、痛みが和らぐ感じがした。
声のする方向に体を動かし二人の顔を確認すると満面の笑みで走って来る。
「ぬいっ」
二人の笑顔と全力疾走の勢いが強すぎて、
二人を見て安心したが別の不安がウィルナの意識に発生し、
『今体を触られたら痛くて間違いなく泣く』
ウィルナは口から変な音を出し、
二人から距離を取るため左手を持ち上げ正面で広げ後ずさる。
「痛っ・・・」やはりだった。
ロッシュベルは駆け寄っただけだったが、ルルイアはがっしり抱き着き、
ウィルナが声を上げ「ごめんよー」と離れるその笑顔は確信犯。
「うん、大丈夫、大丈夫」
来ると分かっていれば案外耐えれるものだと実感し、
やせ我慢したウィルナはルルイアの頭に手を置いて優しく答えた。
辺りに目を向ければ近くに木と蔦で作られた物が数個あり、
その中の一つから二人は走って来ていて、
そこには即席の乾燥ラック数個が建てられ、茶色の毛皮が乾燥のため掛けられ、
違う形の乾燥ラックも数個あり、薄く切られた肉が大量に天日干しされていた。
他にも焚き火と焚き火を囲む数ヶ所で長い木の串に刺さる肉が煙で燻され、
かまどにも火が起こり土鍋が置かれ、横には木の枝が大量に積まれており、
作業台に使用している大きく平らな岩も見られた。
離れた場所の地面を掘り返した大地も見つけ、太く長い木の棒が一本立つ。
周囲に解体した魔物の残骸が見当たらない、
きっと二人が埋葬し弔ったのだろうとウィルナは考え、
寝ていた時間を察し、自分では真似出来ない作業量を見て、
「ありがとう、二人とも。体調は?怪我とかしてない?」
と自分の看病、周囲の立派すぎる工作物も含め、感謝を伝えた。
「大丈夫。ロッシュにぃが頑張ったんだよ、ルルも手伝った」
「僕も問題ないよ。水と当面の食料は確保できた」
とウィルナに伝える声は明るく、陽の光に照らされる表情もまた同じだ。
「兄さん具合は?何か食べる?イチジクしか今は無いけど肉用意しようか?」
ロッシュベルがウィルナに続けて声を掛けるが「いや、川にいくよ」と返し、
「どの位寝てた?」と二人に質問をする。
「あれから丸二日間、兄さんは寝てたよ」「寝すぎ、心配かけすぎ」と
二人に答えられたウィルナは「おぉー」と素直な驚きをもって返した。
「それじゃ、顔と体を川で洗って来るよ。水、綺麗だった?」
歩き出したウィルナに
綺麗だと伝え手伝うと言い張る二人からタオルを貰い、漸く川に到着。
聞いた通り透き通る水は穏やかに流れ、川の潺が心を癒す。
タオルを置き、足首までの革靴だけ脱いでゆっくりと服のまま足を踏み入れると、
水は冷たく頭の先まで感覚が伝わる。
川幅は狭く水深の浅い川の中で傷を気にしてゆっくりと腰を下ろし、
水の流れに流されない様に横になり、頭だけ出して正面に見える木々に目を移す。
打撲などの炎症で熱を持った体が冷やされ、痛みも引き、
乾燥している傷口には軟膏が塗られ、多少の時間このままでも問題ないだろう。
怪我で右肩が使えない為、左腕を動かすが左も腹部に大きな傷があり、
痛みを堪えて顔を洗い腕を水に戻し大きく息を吐く。
「兄さん!少しうるさくなるけど我慢してよ」
下流の左に顔を向けると、ロッシュベルが川岸で手を振っているのが見え、
ウィルナは我慢して左手を上げ、了解の合図を送りロッシュベルを眺めていると、
「魔術の訓練、今日から再開したんだ。ウィルにぃが起きたらやるって」と
近くの川岸に立つルルイアから何が始まるのかを教えられ、
起きたら始めるという事は、寝ていた自分の邪魔をしない為かと考え、
目にした工作物や肉の加工物の量も考え納得する。
「そうか、いいね」とウィルナは答え、ルルイアを笑顔で眺め、
見上げる形で話を聞いていたウィルナの下流で爆発音が轟き、
振動が水中の体まで響く。
今までは脅威との遭遇を控える為、極力声や音も控えてきたが、
現在はウィルナも訓練を優先すべきと考えている。
前回の戦闘時、カーシャの防御魔法が無ければどうなっていたか分からない、
保護を無くした現在、一刻も早く強くなる必要がある、最低でも守りは必須だ。
それに魔物との遭遇は一度のみ、生体数が少なく遭遇率も低い可能性が高い。
食料が確保された今、この場所で訓練する事に決め、再度横から爆音が響く。
「ルルも訓練始めるの?」と聞くと、「もちろんっ」と答え離れていく。
水の中で横たわるウィルナも集中し、
目の前の空中にいびつな円錐形魔弾を一つ構築し空へと撃ち上げる。
ウィルナが使える魔術は今撃ち出した攻撃魔法と
身体能力を高める身体強化魔法の二つのみ、
他の魔術も色々と教えられたが、それを魔力でマナを練成する事すら出来ず、
攻撃魔法もその形状を変成させる事、火などの属性に変成する事も出来ず、
ヨービルの様に鋭く頑強な形状で練成、魔法として構築する事も未だ出来ず。
だが、成長し出来るようになった部分は自分でも分かっている。
ウィルナは魔弾を二本構築し空に撃ち上げ考え込む。
カーシャを参考に前回の戦闘中、初めて二本同時の構築を試み成功した、
今回は三本に挑戦したが、何故か出来ず二本のまま構築され発動した。
魔力はある、具体的なイメージもある、しかし何かが足りないみたいだ。
カーシャの構築した六本の氷柱魔槍は、更に自身に追従させていた。
槍を投げる瞬間で槍と体を止め続けるに等しい行為でかなりの負担がかかり、
というか、どうすれば出来るのか訳も分からず、
また、そこから再開し槍を投げても効果が有る筈も無く、
目標とするカーシャの凄さを改めて実感していた。
ウィルナは再度集中し二本の魔弾を構築、
その場で数秒維持した後、暴発を防ぐため射出しようと試みるが、
空へと撃ち上がる指令を操成された魔弾は、再度即座に空へと撃ち上がる。
ウィルナは再度魔弾を二本構築し空に撃ち上げ考え込む。
構築後、発動待機は出来ない、三本以上も無理、・・・であるならば、
一本ずつ連射で二本の構築発動をと考え実行したが上手くいかず、・・・となる。
『魔術の全ては自身の魔力によるマナの練成、変成、操成か』
ウィルナの思考の中、数年前ヨービルから
「魔術とは砂場の砂で何かを作る事と同じ事」と言われたのを思い出す。
目の前の砂粒を手で、全身の感覚と筋力で砂山を作る様に、
目に見えないマナを、全身の感覚と魔力で魔術を作り出す。
言われた時は理解出来なかった。今は何となく教えを理解した気はするが、
やはり目に見えないマナで形を創り出し、操る事が難しく、
ウィルナは再度三本の構築を試みるが、上空に消えてゆく光はまたも二本。
「はぁ」ため息が出る。
『例え理解出来たとしても出来るかどうかはまた別問題、訓練あるのみだな』
「ウィルにぃ、ロッシュにぃ見てー!」
声の方に顔を向け、ルルイアが小さな白い犬を抱えているのを見つけた。
「ん、おぉー。犬?」と、ウィルナは驚き、「そーそー」と答えられ、
「ロッシュー、犬ー、犬見つけてるー!」
ロッシュベルにも伝え、全身を冷やした事で痛みも楽になり、
川から上がり手や顔をタオルで拭きながらルルイアの下に向かう。
この大森林に入って二度目となる遭遇者はとても小さく愛らしく、
三人の子供達に子供らしさを全開放させた。




