表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィルナの願い星  作者: 更科 梓華
第零章 ~ 礎と意志 ~
17/32

終始 玖

起伏の激しい森の中、一定の木々の隙間から光の線が様々な彩を映し出し、

この世界が、自然が美しい事を示してくれている。


しかし懸命に走る子供達三人に、その後ろを走るカーシャにも心理的余裕は無く、

意識全てを周囲の索敵及び警戒に費やし、目的地方向へ駆ける事に集中する。


目的地となる巨石のある広場は奥まった地形にあり、

道を知らなければ容易に進入出来ない村の退避場所の一つであり、

村とこの付近の守り神として崇められている『古からの(エンシェント)守護者(ガーディアン)』が

住まう地とされている場所でもある。


転がる岩や倒木の隙間を駆け抜け、小さな崖を両手両足で這い登り、

懸命に駆けていく子供達を目に、カーシャは八年前の約束を思い出す。


やや平坦になった大地を走る目の前の子供達の正面左方向に、

青く輝く亀甲型の防壁魔法を左腕の一振りで構築し、

木々の隙間を抜けて飛来する球状の炎弾魔法を防ぎ爆裂音を生じさせる。


「大丈夫。必ず護るから走り続けて!」


カーシャは爆発で驚き頭を抱えて屈み込んだ子供達にその言葉だけを渡し、

自身は飛んできた魔法の弾道から発動場所と発動者の全身金属鎧(フルプレートアーマー)を即時に特定、

光り輝く魔槍を構築し、尾を引く光の道を伴い正確に胴体中心に撃ち込む。


高速で魔槍が貫通した金属鎧はゆっくりと崩れ落ちた。

他に攻撃は無い。


やはり敵対する濃藍色の全身金属鎧(フルプレートアーマー)がいる、

予測もしていた、だが陽光に満ちた草原で見た目立つイメージではない。


森の中、薄暗い場所の草葉に隠れられては、あの姿が逆に目立たない。

発見が遅れ、攻撃も遅れる。が、伏兵にしては統率されていない気がする。


だが金属鎧の認識はカーシャの意識下で再確立された。


『次からは確実に対処する。速射性と貫通力、魔力消費は考えない!』


カーシャは自身の背後二ヶ所、

右肩、左肩の後ろ上部に氷で形成れた氷柱魔槍を三本ずつ構築、

魔力消費を厭わず発動待機させ自身に追従させる。


「必ず約束を守るよ。サレン姉さん、ダルナク兄さん。エヴァン、エイーヴァ。

 子供達を守ってフェリックス」


カーシャの小声は記憶の中にしか存在しない家族ともいえる人達へ。


10年前の災厄で残った同世代及び子供はたった十三人。

八年前の災厄で残ったのはダルナクとカーシャ、そして残された三人の子供達。


どちらも大量の魔物の襲撃で多くが倒れた。


八年前戦いに赴く際、『誰が残っても子供達は守り抜く』と約束し、

村の防衛戦が広範囲となったためサレンフィアとダルナクは離れ、

その別れ際、戦火に包まれる最中でもダルナクを捕まえ約束を交わした。

ウィルナの母『サレンフィアを必ず守って』と、そして失った。


幼い頃から姉と慕い,何処へ行くにもその後を追いかけ続け、

何をするにも一緒に行動し、長老の下で並んで寝転がる時間が楽しかった。


年上のサレンフィアもカーシャを妹の様に大切にし、

いつも抱きしめ合い、たまにふざけあっては笑い合い、

笑うカーシャの視界の中には大体サレンフィアが映っていた。


家族のいないカーシャにとって、気に掛けてくれる村人より、

そんなサレンフィアが、姉であると同時に心のよりどころでもあった。


押し寄せる魔獣に必死に抗い、戦い続け、サレンフィア含め多くの仲間、

サレンフィア以外からの愛を始めて伝え教えてくれた夫のフェリックスまでも、

カーシャを守り抜いた末に力尽き、失った者の多さに、

修復不可能な過去の日常の記憶に自己が潰された。


残ったカーシャは自身を強く非難し、妻を守る為、カーシャとの約束を守る為、

ウィルナの母を守る為、深手を負いながらも必死に戦い失ったダルナクとの

接し方が分からなくなり、結局距離を取り冷たく当たってしまっていた。


誰も悪くない、全て分かっていても受け入れられない記憶から逃れる為に足掻き、

心に穴の開いたカーシャは、サレンフィアの口調や行動を真似するようになった。


角笛の音を聞いた時、最後にダルナク兄さんと呼べた事は良かったと思った。


村の人はダルナク含め逃げないし、諦めない、いつもそうだった。

脅威に対し必死に戦い続け、抗い続け、己が信念を貫き通す強さを持っていた。

誇れる仲間であり、今では家族と呼べる人達だった。


村に脅威が存在する今、角笛を吹く理由は無い、

戦闘が終了したら所在を把握している子供達の為、皆で迎えに来るはずだ。


敵に奪われ使われたか、ダルナク兄さんが何かを伝えるために吹いたか、

どちらにしても生存者は誰も居ないだろう。


不思議と悲しみは無い。まだやるべき事がある。

三人の走る後ろ姿を確認し、自覚する。託された皆の意思を。


『約束は守ってみせる』


八年前の『誰が残っても子供達は守り抜く』という約束を胸に、応えるために、

心の中で叫び、自分に、記憶の中の倒れた全ての人に、再度誓いを立てる。


左の氷柱魔槍二本を発動し再構築し六本に装填し直す。

視界の左奥で胸部を貫かれた金属鎧二体が崩れ去る。


森の中を進むにつれ、視界には他に引き裂かれた金属鎧、

熱に晒された金属鎧の姿が散見されていた。


更に数発氷柱魔槍を発動し子供達に進路を指示しつつ駆け抜け続けたその先で、

岩と木々に囲まれ開けた草原と、中心に存在する二つに割れた巨石を確認する。


ここに来るのは四年ぶりか、

『巨石が割れている、割れても使えるの?金属鎧の目的は?』


カーシャは考えても答えが出ない自問自答を中断し、

更に離れた場所に百体程の金属鎧の集団と天幕、物資箱などを複数発見し、

ここに着く直前、進んで来た森の背後からも百程度の集団を確認していた。


『森の部隊早すぎる、別動隊か?ここが本隊?他にも複数部隊が?敵の戦力は?

この数、子供達を守り切れない?やる事は二つ、先ずは子供達を!!!』


カーシャは圧倒的戦力差を痛感した、人数差は即ち総合魔力量の差、

圧倒的物量の前にはカーシャでも分が悪かった。


カーシャはウィルナに革鞄を渡すと同時に割れた巨石を指さし

「岩に触ったらそのまま魔力を込めて飛び込んで!」と、(まく)し立て

三人に防御魔法をかけ直し、薄氷を踏み砕く音と自身の感覚で完了を確認する。


「行きなさい!生きるのよ!!!」


此方に気が付いた金属鎧は声を上げ、一斉に走り出しこちらに向かってくる。


カーシャは剣槍(ブレイドランス)を蒼天の空へと掲げ攻撃魔法を構築開始する。


「早くしなさい!」


動く気配のない子供達に再度語気を強め促す。

まだ子供達と金属鎧の間に距離はあるが弓や遠距離魔法は撃たせたくない。


カーシャは意を決し剣槍を肩に担ぎ上げ、

敵集団の意識を自身に集中させるため敵集団正面と子供たちの間に駆けだし、

カーシャ自身を子供達を守る盾として敵を討つ剣として立ちはだかった。


「しっかりしてよ!二人とも!!!」


カーシャの背後でルルイアが泣きながら、(むせ)びながらも声を上げた。


「母さん!」ロッシュベルの泣く声がする。


『ごめんなさい、ロッシュ、ルル、ウィル』


出来れば三人にお母さんと呼ばれたかった。

母親になろうと接してきた、小さい頃の三人の記憶が駆け抜ける。


「子供達はやらせない!!!」成長を見届けたかった。


轟音と共に敵先頭数人に落雷が落ち、

その周囲の僅かな数人も、地を伝う雷撃で倒れ込み膝をつく。

更に肩上にある氷柱魔槍を六本全て撃ち出し再構築し距離を詰める。


出来れば三人を抱きしめたかった。

三人の母親になろうとして過ごした毎日を思い出した。


「っやあああああああ」穏やかな同じ毎日を過ごしたかった。


最高速度で敵集団に突入し剣槍を左から振り払う。

その勢いを殺す事無く体は回転させ、剣槍は大上段に、

浮き上がる体に脚力を加え、次なる標的へと跳躍し振り下ろし、

攻撃後の隙を埋めるべく氷柱魔槍を周囲の標的に撃ち込み再構築する。


背後の子供達を配慮し、自身が包囲される事も警戒し、敵集団を視界内に捉える為

集団の突入口から大きく離れ、距離を取って剣槍を空に掲げ雷撃魔法を構築する。


『ダルナク兄さん、サレンフィア姉さん、エヴァン、エイーヴァ、フェリックス、

 もうすぐ会いに行くよ』


構築完了次第雷撃魔法を再度集団に撃ち込み轟音と共に数人を倒す。


「母さん僕達行くよ!」「お母さんありがとう!」「お母さん!」


ロッシュ!ルル!ウィル!


子供達が気になり草原中央の巨石を見ると姿が見えない。


固く結んだ唇が震え、安堵感と幸福感が押し寄せ涙が零れ落ちてきた。

同時に村の皆や子供達から離れた事が寂しかった。悔しかった。

そして今ある感情は只一つ、目の前の敵に対する怒りだ。


「くっ・・・・ぁぁあ・・・・あああああぁ!」


金属鎧集団はカーシャを警戒してか、先程の村を襲った集団を待っているのか、

それとも他の理由があるのか、村を襲撃した理由さえ分からない。


だが分かった事が一つある。


先程村を襲った魔物、四足黒獣の件だ。


村からここまで様々な金属鎧の死体が転がっていた。

明らかに黒獣にやられた痕跡が残る金属鎧。

目の前の奴らが関係している事は間違いない。

故意か偶然かは分からないが、そんな事は関係無い。


黒獣を金属鎧が村へと誘導し残った方を殲滅という最悪の筋書きもある。

更に魔物の村への襲撃頻度の増加についても関与が疑わる。


「お前ら全員皆殺しだ!!!」


憂いは残り、約束も最後まで守れなかった。

だが、後はこいつら全員をここで殺す!!!


カーシャは鋭い金属音と共に右方向に進み消えていく魔法を目にする。

右肩に衝撃を感じ後ろを振り向くと百体程の集団が控えていた。


背面の敵に振り返りながら、左手を向け、

更に飛んでくる敵の多数の攻撃魔法を防壁魔法で全弾遮断し声を上げる。


「その程度か雑魚共がああああ」


カーシャはもともとお転婆な性格の少女だった。

更に言葉もきつく、お淑やかとは正反対の性格の持ち主だったが、

姉と慕うサレンフィアの喪失により記憶の中の彼女を追い求め続けた。


その結果、サレンフィアの様に上品な一面を見せる

現在のカーシャが出来上がる。


しかし、ここにはカーシャしかいない。

怒りと呪いと恨みを、全て込めて自身を、本来の自分を解放した。


新たに現れた一団へ切り込み一刀のもとに割り切る。

確実に両断し刃を敵の体から解放しなければ、

剣槍を抜くという隙を与えてしまう事になる。


咆哮と共に横に薙ぎ涙が零れ落ち、上段から切り割れば涙で視界が歪む。


視界の歪む世界の中であっても、

カーシャの動きは誰からも捕捉されず剣槍と魔法で敵の数を減らしてゆく。


カーシャを取り囲む位置で金属鎧が大きな円を描き距離を詰めて来る。

天幕側の集団もカーシャを取り囲んで来ている。


固まれば好都合。空に剣槍を突き出し雷撃魔法を構築開始する。

背後の一人から肩口に切り込まれ自身を覆う防御魔法の金属音と共に剣を弾くが、

衝撃はカーシャにも多少伝わり「がっ」という声を吐き出させる。


すぐさま剣を弾かれた金属鎧と他五体は、

カーシャの構築した六本の氷槍に貫かれ崩れ去る。


更に轟音と共に空から雷撃が走り更に数人が倒されるが

金属鎧は仲間を気に掛けずカーシャを取り囲む円を更に縮小させる。


カーシャと金属鎧との距離が近づいた時、カーシャは時期を悟った。

多分この周囲一帯全ての敵が自身に集中している、射程範囲内!


「はあああああああああ」


剣槍を逆手に持ち直し、

両手で大地に突き立てると共に全身全霊で魔力を練り上げる。


両手は剣槍に、剣槍は大地にある事、そしてカーシャの魔法を阻止する為、

金属鎧は一斉に駆け出すが、カーシャを中心とした衝撃波を生み出す魔法で

周囲半径10メートルの範囲が無人となる。


「ああああああああ」


限界を更に超えたカーシャの肉体は軋み鼻から血を流し、

それでも魔力を更なる領域まで押し上げ続ける。


『ダルナク兄さんには、ちゃんと謝ればよかった』


過去の記憶が蘇る。


『皆の子達はきっと大丈夫。そっちに行ったら皆褒めてくれるかな?

 声を聞かせてよ、フェリックス。やっぱり怒るよね、サレン姉さん。

 姉さんより年上になっちゃったけど、また撫でてくれるかな。』


「あああああああああああああっ!!!」


周囲は虚無を感じさせる純白の世界に雷龍の如き雷が数本うねり狂う。


カーシャが独自に編み出し始めて使う魔術は、

発動の代償が自己犠牲である事を漠然と理解していた。


しかし、それ以外の全てがカーシャの予測の範疇を超えた。


自身の存在を含め、半径500メートルの一切を消失させる究極の広範囲魔法。


サレンフフィアを追い続け、自己を研磨し続け、辿り着いた現在の到達地点は、

同時に複数の魔術を精密かつ極めて高い出力で駆使し続け、

自身に付与した強化魔法と共に、巨大すぎる剣槍を隙無く巧みに操る。


世界に羽ばたけば、世界でも指折りの一人と認められる程の実力者は、

最後まで戦い、若干二十八歳で誰に知られる事も無くこの世を去った。


土色のみが残る広く変形した大地には、

突き立てられた剣槍のみが銀紅色の光を反射し存在していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ