終始 質
人は耐え切れない程の悲しみ、打つ感情で心が張り裂けた時涙を流す。
そこには慟哭も咆哮も存在せず、ただ声を押し殺し嗚咽を漏らし泣き続ける。
ヨービルとアリエッサはウィルナが生まれてた時から何かと面倒を見ていた。
物心が付く頃、ウィルナは母サレンフィアを亡くし、
隣に住むまだ若いダルナクを支える為、その頻度は増した。
自己意識を確立する以前から、幾度となく一緒にいるヨービルとアリエッサに
ウィルナも良く懐き、ダルナクが不在になる時は、必ず親代わりとして預けられ、
同じくカーシャの夫でありロッシュベルの父親であるフェリックス、
ルルイアの両親である父親エヴァン母親エイーヴァも、
八年前の魔物襲撃時戦場に立ち、戻る事は無かった。
二人は両親を失った一歳にも満たないルルイアを引き取り育て、
片親を失ったウィルナ、ロッシュベルの面倒も極力見るようにした。
子供達三人は共に育ち、二人の家で過ごす日々も知識や年齢と共に増えていった。
ウィルナが扱う攻撃魔法も魔術の基本を学ぶためヨービルが教えたものであり、
ヨービルが構築する円錐形を無意識の領域で認識し、その形を成している。
常に日々を一緒に過ごしてきた親代わりであり、
祖父母である二人の戦いを、良くしてくれた村の人達の
喪失を突き付けられ三人は涙した。
「ああああああああああああっ」
ただ一人ルルイアだけが声を上げて泣いた。涙に声が載る。
人が声を上げて泣く理由は只一つ。怒りだ。
ルルイアだけが敵を憎み、大声を上げ続けた。
転んだ時の痛みに対する怒り
自身に起きた不都合への怒り
単純な怒り
「っくっあああぁ」
喪失したウィルナは自身の無力さ故に両膝を着いて崩れ落ち、
自身の無力さに怒り、木造の床に手をついて泣き声を漏らした。
三人の泣き声は監視塔に全力で駆けつけ、
三人を抱きしめたダルナクの腕の中でも泣き止むことは無かった。
この村で三つの正式な武器の一つ、紅の宝玉を宿し装飾された
巨大な金属製の漆黒に輝く弓を床に置き、体の痛みに耐え、
子供達が落ち着くまで抱きしめていたかったが事態は更に深刻化しそうだった。
一定距離外から発見され難いこの村にも人は来る。
数年に一度という頻度で、前回は五年前。
村に来る少数の集団。その全てが北に行く途中で道に迷い村へと至る。
村の東北東に多く生息している魔物を狩りに行くのだと聞く。
ダルナクも幼い頃、北東に魔物が多く生息していると教えられている。
集会所を宿として貸し出し。食事と酒を提供し。その過程でダルナクも
剣や盾や革鎧、金属の胸当て等を知り、衝撃を受けた事がある。
この村でも革の防具は製作出来るが、製作も使用する気すらも起こらない。
単純に魔物相手は勿論、獣の牙や爪すら防げない物で行動阻害されたくない。
意味を成さないのならば製作時間は他へ、敵の攻撃は回避するという極論的思考。
重量及び行動の邪魔にならない程度の毛皮の腕巻き、
毛皮の長靴を村人の一部が衣服として着用している程度。
ダルナクも毛皮の腕巻き、毛皮の靴を着用している。
今現在、監視塔に上がった際、
起伏のある村の外側南方面に存在する者達を認識した。
以前村に来た誰とも違う。全身が濃藍色に金の縁取りのある金属鎧で覆われ、
全員が同じような格好で、集団の先頭数人だけが金属鎧と同色のマントを被い、
兜の頂点付近に白と赤で線を引く獣の尾の様な細長い飾りが付きかなり目立つ。
一瞬、新種の人型魔物の集団かとも思ったが、
強化魔法で視力を強化し視認した先頭数人。それらは常に動き
腕や体の動きから集団に指示を出している様に見える。
流石にあれは人間で、人が金属の服を着て歩いていると思った方がいい。
問題は何をしに来たか。
南の一団で二百は軽く超える人数がゆっくり歩いてくる。
更には南の地点を本隊と見て、五十は軽く超える数の他二部隊が
本隊から分離移動、既に別方向から北上して来ているのを確認した。
ざっとだが総数約三百を越える数の全身金属鎧が動いている。
あの動きは間違いなく敵意を含んだ動きだという事を理解した、
一刻を争う事態であるという事も。
ダルナクは角笛を吹くか迷ったが、聞かれれば警戒され敵の足を速める可能性がある、三点包囲される形は遅らせたい。
「また敵が来る、南からだ」
包んだ腕の中で泣きじゃくる三人にはっきりと伝える。
敵という言葉で涙は止まらずとも泣き声は止み、
子供達から離れたダルナクが角笛を手に取り、
角笛で部隊の場所を指し示し、子供達も見るために南に涙を腕で拭い走る。
「これから走って皆に伝える。三人とも走れるね」
言葉なく頷く子供達を見て床の弓を手に取り言葉を続ける。
「一階倉庫で必要な物を取ってくる。一階の入口で集合しよう」
またも頷く子供達を確認して「中で待つんだよ」
と付け加え三階の手摺を越え、一階の屋根、地面へと飛び降り入口に入る。
子供達が階段を駆け下り、入口に着く頃には二つの革製鞄を右肩に掛け、
左手に弓、腰裏に専用矢の入った矢筒を上下に重ねて二つ、
角笛を結び付けた紐を左腰に下げた状態で待っていた。
未来は予知できず。
今回も村に来ている集団と争いになる訳では無いのかもしれない。
だからこそ『かも』の為、
子供達の為に今出来る最大限の準備を、限られた最小限の時間で行った。
「さあ、行こう」
子供達は朝から木剣、水筒、タオルを持ったままで、
ウィルナは二人分体に携帯していたが今後も考え問題は無いだろうと判断。
集会所入口の扉を、音を立てて一気に開放。
周囲に侵入されていれば音や扉の動きで出て来る筈だと判断し、
最悪の場合集会所に立て籠り、角笛を吹くつもりだったが気配は無く、
安全を確認し子供達を集会所から出し、後を追う形でダルナクも走り出す。
大人の足でも走って多少ある距離を子供達も今度は皆を守る為、懸命に駆けた。
本来、戦闘終了後も子供達を付近に近寄らせない。
命の大切さを教える為、極稀に狩りに同行させてはいるが、これは違う。
昨日、もしくは今日先程まで話していた人が無残な死を迎えたこの場所が、
子供達に与える影響は計り知れない。
子供達もダルナクに続き集団に合流し、堪えていた涙が溢れだす。
アリエッサに向けられた黒紫の魔法射線軸付近にいた数名が命を落とし、
存命な数名が血にまみれ火傷を負い、道横の草に横たわる人もいる。
しかし子供達は皆に迷惑を掛けない為、声を上げない。
それに子供達三人の目にはヨービルとアリエッサ、
二人が並んで横になっている姿も映る。
『敵』という言葉を聞いて、泣いてばかりではいけない気がしていた。
「南から不審な集団が村を三方包囲しだしている。多分人間だ。数三百。」
ダルナクは傷の手当てをしている一人に走り寄り一つの鞄を渡し、
子供達を連れてきた理由であり、皆で対策を考えるべき問題を伝える。
騒がしくしていた集団に更に拍車がかかる。
数人がダルナクの周囲に集まりカーシャも詳しく話を聞きに来ている。
更にここにいる全員、つまり村人全て話し合った結果、
対応はすぐに決定され敵意有りとして対応する事となる。
潜伏時の食料や水、人数が増える程発見され易くなる等を考慮し、
子供達をカーシャが守り森の中に隠れる事となった。
他は先ず話を聞く事が決定し、
対話の為、誰が村に残るかだが、結局他全員が残る事になり、
最悪の場合は敵を撃退する事になったが、
今の時点で戦える人数は怪我人含め三十七人と絶望的な状況下でも、
誰も村を捨てると言い出す者はいなかった。
各自が行動を開始する中、「ダルナク兄さん」と
涙の跡を残すカーシャに声かけられダルナクは驚いた。
幼い頃から妻達と共に育ち兄と呼ばれていたが、
妻を亡くして以来、仲が疎遠となり兄とも呼ばれなくなっていた。
ダルナクが一方的に敬遠されており、「気を付けて」と続けられ
衝撃はカーシャに抱きしめられた事で弾けた。
ダルナクは三百人と戦う事になれば、これが最後になる事を理解していた。
だからこそカーシャが取った行動を理解し、
右手を肩に置いて「カーシャも、三人は頼んだよ」と微笑んで返した。
次いで「遅すぎた、古の守護者の場所まで行くんだ」と、
視線を先の南の森に向け付け加えた。
村からは「御守様」とも呼ばれ森に住み村や村人を保護していると伝わり、
村人は古の守護者が住まうとされる森や生命を大切にしてきた。
実際魔物の村への襲撃は年に一度あるかないか。
村から多少離れた周囲に跋扈する魔物の数と比べ襲われる頻度は少ない。
しかし、今回の魔物襲撃は今年二回目であり、前年から何かがおかしい。
村から離れた北の森の開けた場所に象徴とされる巨石があり、
村に伝わる伝承が住処への途を開けると伝わる。
「北に来ている。皆気をつけろ!」
全身金属鎧の北の森からの出現にダルナクは驚きながらも警戒を促し、
ダルナクの声でカーシャも部隊十数名になる先兵部隊が、
村人の集団を北から大きく取り囲み包囲を縮めつつあることに気が付いた。
「これを。最悪の場合は道を切り開く」
ダルナクは肩の鞄をカーシャに渡し、
村を見守る巨大樹、長老の枝が鞄の中にある事を伝え、
カーシャから離れ、抜剣している集団へと歩き出す。
ダルナクに限らず全員が北に向かう。負傷者すら立ち上がり、供に進む。
ダルナクは進む。
(剣を抜かれた今でも先ずは話し合い。だがやる気なら即皆殺しだ)
カーシャや子供達は集団の後方からついて行くのみだった。




