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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第二章 初幕 ~触れ得ぬ過去に貫く帰り花~

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流れのままに、流されるままに(2)

メレディアが焚き火のそばにうずくまるように座り込む。


夕暮れが世界を赤く染め上げるその刹那、西日の暖色はメレディアの心を包み込む毛布のように温かい。


おかげで地面は真冬らしい冷たさを感じさせるが、睡魔に抗う材料とは成り得なかった。


それどころか、まどろむ意識で焚き火の炎に両手をかざすと温もりを貰え、薪としてくべられた枯れ木が小さく、しかし確かに数回「パチンッ」と爆ぜた。


その乾いた音すら夜の帳が降りる草原周囲に子気味良く響き渡り、静寂をいっそう深く強調して睡魔を呼び込んでいく。


そして爆ぜる音に加え揺れる炎も相まって、柔らかな陽と火の光の中に溶け込んでいくメレディアの意識は薄れゆく。


それはまるでダルドの家にあった暖炉の火を見つめているかのような安寧となり、過去と現在を混同させるかのようだった。


只々揺らめく焚き火の炎、その色彩の移ろいに意識を委ねる一方で、遠くで響く弓から射出された矢が木に突き刺さる音を心地よく感じながらウトウトする。


それから一瞬の意識欠落後、背に掛けられた厚手の毛布の感触が、メレディアの意識をそっと覚醒させた。


「副団長――」


たった数秒であったのか、あるいは深い眠りに落ちていたのか、寝ぼけた意識で口走る。


瞼を開けば先ほどまで燃え盛っていた焚き火の熾火(おきび)が、かろうじて周囲をぼんやりと照らしている程に薄暗い。


空を見上げれば、そこには暗くなりつつある深い藍色の空が広がり、瞬く星明りが闇の帳の中で過ぎ去った時間の確かな経過を告げていた。


「食事の準備は僕がしてます。もう少しかかるので休んでいてください」


その優しい声音の主の眼差しが無言で語る想いは静かな感謝と揺るぎえない信頼。


メレディアは肩に手を回して毛布を掴んで包まり直し、声の方に応えるように顔を向けて微笑み瞼を閉じた。


それから砂地に座った状態のまま、再び途切れるメレディアの意識。そして認識出来ない時間経過後、再び同じ声によりゆっくりと覚醒していく。


「――起きれますか?――晩御飯出来ました。起きれますか?」


声に反応した起き抜けのメレディアがゆっくりと顔を上げ、自身の横に膝をついて声をかけたウィルナをぼんやりと認識する。


「晩御飯出来たよー。今日もお芋ゆがいただけだけど!――ふふっ。おーいえっ!おーいもっ!――あーんど・バタ――ッ!!!」


メレディアのぼやけた視界の先でパチパチと音を立てる焚き火の柔らかな光が風に揺れ、ふかし芋を手に持ってはしゃぎまわるミスアを優しい光で包み込む。


『バター』を好物として気に入ったミスアが小さな体の全てを使用して晩御飯の時間を盛大に喜び、ミスアの笑顔をメレディアとウィルナが笑顔で眺める。


ミスアも辛い奴隷生活を共に過ごしてきた家族のような存在、キーラ・オースト・イズの三人を亡くしたばかり。それでも強く逞しく前を向き、今では日課とも言えるそんな日常の一部分に焚き火以外の明るさが灯る。


だが、晩御飯を用意したウィルナの顔には暗い影が色濃く見えた。


野生児であるウィルナが出来る料理は、そのまま焼くか煮るか茹でるか蒸すか。その中で蒸し料理は機材さえあれば少量の水だけで調理が可能。


更には料理の苦手なウィルナが大切な食材を焦がす事も無い上に、湯がかないため栄養が水に流れ出にくいという完璧な調理法。


だからと言って、自身が他人に料理をふるまう事になろうとは思いもしなかった。しかも今、手に持つこれが料理と言えるかは果たして怪しい素材そのもの。


木皿の中身は蒸しただけで、勿論味付けすらされていない皮つきジャガイモ三個がコロコロ転がる。そしてウィルナが添えて渡す木製コップは、白湯が夜風に揺れる湯気をあげている。


「料理出来なくてすみません。今日の晩御飯です」


ウィルナはそう口にしながら気まずそうに木皿をメレディアに手渡した。ここまでくれば、羞恥心を通り越して胸が痛いまである。


「ありがとう。頂くよ」


そんなウィルナを気にしてか、メレディアは同じ献立が四夜続こうと文句を言わずに感謝を述べた。そして優しい微笑みを見せながら受け取った。


だからこそウィルナは自身の少ない知識量を余計に恥ずかしく思い、それ以上にメレディアの存在に救われている実感を強め続けた。


「今晩も同じ敵が来るようなら僕も戦います。魔力の無い今の状態にも大分慣れてきたので問題無いと思います。――だからと言って、ゆっくり休めないかと思いますけど」


「そうか、流石に寝不足だし、困ったもんだ。私の自慢の素敵なお肌が台無しなんだよ。――だが、お前達は私が必ず守ってやるから心配するな」


「教えてもらって弓にも慣れてきましたし、無理はしないでください。――と言いたいですけどミスアもいます。不眠不休も今日で十日目ですが、よろしくお願いします」


「ふふふっ、素直でよろしい。――それじゃ食べようか。そしてお前は薬を飲んで早く寝ろ。安心して傷を治せ。それに明日の夜か明後日には目的地の町に着く。町に着いてからは忙しいぞ」


「はい」


ウィルナは疲労困憊なメレディアに、労わる声音で返事を返して焚き火のそばに座り込む。


質素で味気ない食事は昔から。そんな食事をウィルナは手早く終わらせ、メレディアに処方された薬剤を水と一緒に飲み込んだ。


薬剤は粉末に錠剤に苦い薬液の三種類の飲み薬に傷に塗り込む軟膏など多種多様。いずれも負傷を癒す為の薬で炎症を抑え、止血・鎮痛効果や殺菌効果をもたらしてくれる貴重な薬剤がウィルナに使用された。


薬剤の効果は抜群で、ウィルナ自身も驚くほどの回復効果を見せている。しかし多大な恩恵には代償が付きまとう。服用後には凄まじい睡魔に囚われ、効果持続中の数時間は目覚める事も無い。


飲み薬はウィルナが四日間の昏睡状態から目覚めた直後から処方され、夢を見ない眠りの奔流に流され続けた。そして十日目となる本日から三日前、深夜の静寂に鳴り響いた剣戟音と歪な咆哮、そして低い唸り声。


ウィルナは朦朧とする意識の中で異常を認識して目を開けた。そして「敵!?」と無意識に口走る自分の声が闇に乗る。


しかし焚き火の横で暖かい厚手の毛布に包まれ、寝転んだ体は指一本程度しか動かせない。覚醒しても服用した薬以上に、負傷して弱った体が意志を受け入れられずに動かせない。


その状態でもウィルナは目だけを動かし、耳で状況を理解した。深い眠りに落ち、今まで知らずにいた辺境を旅する、という現実を直視させられた。


激しく燃え盛る蒼の炎を両手の双剣に宿して闇を照らして切り裂き、一心不乱に、しかし舞い踊るように魔物を焼き払うメレディアの雄姿。


動けないウィルナを護りつつ、縦横無尽に駆け回るトレスが棘刺鞭で数多の魔物を穿ち抜く。その背に跨るミスアも覚えたての弓を引き絞って矢を放つ。


ウィルナの瞳を大きく見開いた暗がりの視界には、仲間達が命を懸けて戦っている姿が映し出されていた。その光景をただ見つめる事しかできない自身の無力さと言ったら言葉に出来ない。


魔力を失ってから常に己に付きまとう感覚。弱者は喰われて全てを奪われるという恐怖心。


ウィルナは失う事になるかもしれない仲間達の姿から目を逸らせず、今ある己が姿に絶望感を抱きつつ、奥歯を強く噛み締めた。


無知と無力が罪であるという事を、これでもかと思い知らされた。この世界に植え付けられた残酷な現実に、抗う術も無いほどに打ちのめされていた。


メレディア達の戦いは闇夜が深まり、月が頭上を通り越してから激しさを増していった。


押し寄せた魔物の群れは腐肉喰らいのマンイーター。人の魂を欲する蒐集家のソウルリーパー。腐臭と腐肉で身を揺らす死者のモート。骨だけで闇夜の大地を闊歩する異形のスケルトン。


魔物の大群正面に立ち塞がるメレディアの双剣が蒼炎を纏って容赦なく宙を舞い、魔物数体を瞬く間に焼き払って蒼炎業火へと姿を変えて闇夜の周囲を蒼に染め上げた。


トレスの肩口から伸びて揺れ動く棘刺鞭はその一撃一撃が闇に同化した閃光となり、毒蛇のような正確さと無慈悲さで魔物を貫き消滅させる。


そしてトレスの背に跨るミスアの放つ矢が、唸り声を上げて襲い掛かって来る敵の胴体に強烈に突き立つ。


小型の弓だとしても、ミスアの小さな体には不釣合いな大きさの狩猟用短弓。そして背負われた矢筒の最大本数は十八本。その少ない矢弾本数をミスアも理解して、確実な近距離射撃で魔物の数を減らしていった。


止めどなく現れ続けた魔物の総数は、ざっと百体を超えていた。その討伐に一体どれほどの時が流れたのだろう。どれだけの時を、無力さに苛まれながら眺めていた事か。


激戦後の夜空には変わる事の無い星々が散りばめられて輝いて、明るい月が周囲の薄雲を淡く照らして自身を飾りたてているようだった。


その月明かりに照らされたメレディアが荒い呼吸で膝をつく。そして草原に突き立てた剣を支えに振り返り、ウィルナの無事を確認して微笑んだ。


ミスアやトレスもウィルナの傍に駆け寄り、温もりを分け与えるかのように重なり横になる。


魔力を失い無力な今に至る以前まで、ウィルナは『あるべき姿』を夢想して追い続けた。


それは記憶の中で美化され、追い付く事も出来ない過去の父親の雄大な姿。薄れて消えた記憶だけれど温かいと感じる面影のみの母親の姿。生き抜く技術を優しく見守り与えてくれた村の人達、ヨービルやカーシャ達。


ウィルナは胸に宿した心の羅針盤に従い、目指すべきその姿を明確に認識して時を過ごしてきた。


この世界で愛して止まない弟や妹、そしてトレスを含め、長男として守るべき尊厳と命ある者全てを自身の信念に基づいて護り続けて来た。


だがむしろ、だからこそと言うべきか。


メレディア達が戦うのをただ見ている事しかできなかったあの闇夜。ウィルナの覚醒した意識だけが帳に広がる虚空の瞬間になり果てた。


守り続けてきた事が当然に感じるが故に、守られる事には不慣れだったウィルナの心は激しい無力感に苛まれた。その無力感は心を深く蝕み、無音の悲鳴を上げさせ続けた。


それでいて、ウィルナの心に感謝以上に淡く輝く罰当たりな感情が、強烈且つ小さな光となって姿を見せた。


それは弱体化した今のウィルナだからこそ欲した存在なのかも知れない。そしてそれは、今現在どれだけ望もうと存在し得ない存在だった。


何という事は無い。命を擦り切らせて守ってくれるメレディアを、いつの頃からか存在しない姉の様に見ている事をウィルナ自身は自覚した。


思えば今は、後方からウィルナ達を追いかけて来ている集団の指揮を執っているヴィガの事も、いつしか頼れる兄のような存在として認識している自分がいた。


ユーイルやメシュイラ含めた獣人達や避難民達合わせて総数六十程度に数を減らしてしまったが、それでも大所帯の大切な仲間達を安心して任せられる信頼は、ヴィガだからこそに思える。


これまでのウィルナは常に先頭に立ち、その責任の全てを一人で背負い込んできた。だからこそ弱体化した弱者目線に、これまでとは違う感情が湧き上がっていた。


焚き火の炎が闇夜に飲まれた世界の拠り所として光を保つ中、黒の深淵がどこまでも深く続く闇夜の空を見上げ、いつしか瞬き始めた星々を眺めて闇の到来を肌身に感じ取る。


やがて深まる闇夜の静寂を切り裂き、魔物の気配が周囲を覆う。


「まったく、北部一帯は全滅か?戦闘直後の戦場が付近に点在するとは言え、今晩も付きまとわれるとか一体何なのよ。――私達はモテモテじゃないか。とは言え趣味じゃないんだよ、アンタらは」


億劫な声で文句を言いつつメレディアが立ち上がる。その肩から毛布がずり落ち、抜かれた二本のロングソードに焚き火の炎が朱色に輝き反射する。


「睡眠導入剤の入った薬を今日は飲んでないです。なので、僕も一緒に戦います!」


戦弓を握りしめたウィルナの言葉に、魔物の群れへと歩を進めるメレディアの肩が一瞬だけ揺れる。


大切な存在や力の根源に原動力、多くを失ったウィルナはそれでも前を向き、弱くても辛くても力強く生きていた。それを意志力溢れるウィルナの口調から肌で感じたメレディアは、振り返る事もしなかった。


「行くぞトレスッ、今日も合体だー!!!」


ミスアの可愛らしくも勇ましい声が闇夜に響く。二人の声をその背に感じ、メレディアの顔には微かな笑顔に安堵の色が浮かんでいた。

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