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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第二章 初幕 ~触れ得ぬ過去に貫く帰り花~

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流れのままに、流されるままに(1)

触らなくても分かるほどに熱をもって疼いて暴れる激痛に思わず顔を歪めて奥歯を噛み締め、苛立ちを込めた声を漏らして目を覚ます。


眠りの中というウィルナの曖昧な意識に乱入して来た耐えがたい激痛は、負傷箇所付近以外の全身からも発生した。


「っつつ――、痛いなんてもんじゃないな」


全身の激痛と高熱に苛まれて目覚めるという最悪に対抗する手段は存在せず、ウィルナは結局悪態をついて我慢する事だけを強いられた。


しかしウィルナ自身の選択した過去が導き出してしまった現状全てを甘んじて受け入れ、口角を少し吊り上げ歪んだ笑みを見せていた。


「何年ぶりだろうか。ここまでの傷は久しく無かった。ふふっ――そうだね。慢心した僕には良い罰かもしれないよ」


多くを失い精神を打ちのめされたウィルナが意識を取り戻して最初に行った行動は、並び置かれた木樽達三樽に向けてゆっくり顔を動かし話しかけた事。


大切な存在の多くが消え去った大嫌いな世界に押しつぶされる感覚は、ウィルナの心の中心に押し寄せる虚無感と喪失感。


心というものが人に備わる何かなら、存在する場所は胸の中央付近に感じられた心の痛みが所在を告げ、背中まで貫通して塞がる事の無い鋭穴と鈍痛を明確に認識させて精神を圧迫し続けた。


横になっているウィルナはそれからしばらく瞳を閉じ、深淵続く世界をひたすらに呪った。体の傷が生ぬるく感じるほどに、心に受けた傷が辛辣過ぎた。


思えばウィルナが人生の約半分を過ごした隔絶された世界は地獄のような天国だった。弱者は命を含めた全てを強者に奪われるという明確かつ当たり前の法則に支配された単純な世界。


魔獣達の王として君臨していたウィルナは自身の強さに驕るだけで何も成し得ず、誰も守り得なかった。そして自身の無知無力に打ちのめされ続けた意識に浮かんだ終の望みは、人として見せた弱さと脆さ。


『あの場所に帰りたい』


『この世界から逃げ出したい』


外の世界に出てから何度同じことを考え、何度涙を流して誓いを心に世界を睨んだか。


しかし亡くした大切な人達の笑顔と声が挫けそうな意識に上書きされ、負に覆われた子供らしくも弱々しい意識は瞬時に霧散消滅した。


「ミスア――僕は大丈夫。僕が必ずこの世界を君の為に。――いや、君達の為に壊すから」


ウィルナの口から出た言葉は自分に言い聞かせた単純な自己暗示。


しかし感覚として認識出来る程に感じるオースト・キーラ・イズの笑い声や楽し気だった頃の姿を思い出し、激痛に苛まれる意識を振り払う決意が怒りを伴い紅蓮に宿る。


(――現状確認が最優先)


馬車の車輪は軽快な音をガタゴトと奏で、馬車を引く馬の蹄がリズミカルな音をたてて躍動感を伝える。そこに馬車の積み荷の様々が揺れて打ち合い、子気味良いアンサンブルで調和する。


ウィルナは動かさなくても激痛が駆け巡る左半身を庇い、起き上がるために右手で掛けられていた厚手の毛布を体から外す。


「んっくっぐあぁっ――。くっ、ただ痛いだけだ。この程度の傷で死にはしない。ミスアが僕が守ると決めた最後の一人なんだ。――ミスアが望む世界を創り出す。ミスアが安心して暮らせる世界を手に入れるんだ」


決意を言葉に苦痛に抗う。更に敷かれたベッド代わりの毛布三層に右手右肘をついて上体を起こし、穴の開いた記憶を埋めていく。


上体を起こしたウィルナの体は包帯でぐるぐる巻き。天井及び四方を幌で覆われた馬車の荷台内部は薄暗い。それでも闇に慣れた両目が周囲の状況を視認可能にした。


更に周囲の深緑に輝いて反射した真冬の陽光が幌の隙間から見え隠れし、馬車の荷台一部を優しい日向となって明るく照らす。


「ここは?ミスアの怪我の具合は?日の明るさや見える影から正午過ぎだとは思うけど、どのくらい寝てたのかすら分からない。兎に角ミスアのもとに」


ウィルナが見渡した周囲には大きな麻袋や正方形の木箱が整然と配置され、その上にも木箱や布製品が積み上げられた倉庫のような場所の一角にウィルナは寝かされていた。


しかし認識出来た馬車音の台数は今現在自身が乗って揺られる一台のみ。


以前のバーキス先遣隊との戦闘で多くを失ったが馬車が一台になる程ではない為に感じる凄まじい不安。自身の置かれた状況が不明瞭故に感じる不安。


何よりミスアやトレスとはぐれたかもしれない不安に体が即座に反応する。馬車に揺られながらも四つん這いとなり、近くの木箱を支え代わりに立ち上がる。


そのままおぼつかない足取りながらも御者台方向へと木箱を伝って懸命に歩き、荷台と御者台を遮る厚手の布を押し開けた。


瞬間視界は瞳に痛みを感じるほどの自然光に覆われ、両目を細めて右手で陽光を遮断した。そしてウィルナが視認した光の無数に息を呑む。


空に浮かぶ白雲は薄い層で穏やかに流れ、今日も快晴だと断言出来る晴天快晴。


陽光浴びる大地は何処までも平坦に続く草原地帯。剥き出しの岩肌無数が剥き出しの乳白色を見せて低木の翠と混ざり合う。


嫌いな世界の中に、素朴だが雄大に栄える大自然がそこにはあった。


そしてウィルナが眺めた美しい大自然の原風景に溶け込んだトレスとミスア。


深緑の草原に蒼灰色の毛並みのトレスが躍動し、漆黒のマント翻して喜び笑うミスアの声が陽気に響き渡る。


トレスがミスアを背に乗せて草原地帯を無邪気に駆け回り、ミスアもトレスに跨り笑顔ではしゃいで大自然を謳歌していた。


失い続けて壊れかけたウィルナの心。しかしミスアだけでも元気な姿を見せてくれている事に、どれだけ救われどれほど今を感謝した事か。


「そうだ。自然はいつも美しかった。何も見えて無かっただけなのかもしれない。僕には自然に目を向ける余裕すら無かったんだ」


「お前はホントに十八か?お前の言葉は達観しすぎだろ」


ウィルナの存在を背後に認識したメレディアが、ウィルナの独り言に横やりを入れる形で会話に昇華した。


「大分寝てたようで、ご迷惑おかけしました。それとミスアやトレスの事、有難うございます」


「まったく、傷は重症を超えた重体手前で四日も昏睡状態。お前は死にかけだったんだぞ。だからこの先の村医者まで私達だけで全速力だったんだ。で、起きて大丈夫なのか?」


「この程度なら慣れてますから問題無いです。トレスのお母さんがいなければ僕は一度死んでますし」


「はぁー。どんな生き方をしてきたんだよ。まぁ立ったままも辛いだろ。横に座れ」


会話の最中も馬車は草原を疾走し、御者台に座るメレディアはウィルナに背を見せて手綱を操作し続けていた。


しかしウィルナの口調に負傷状態の安定を感じて腰を浮かし、左にずれて開けた場所を右手でポンポン叩く。


「はい」


ウィルナの顔に無邪気だった過去の面影は皆無。落ち着き大人びた声と雰囲気は威圧感さえ感じさせた。


存在価値は皆無且つこの世界を歪める害悪になりかねない有象無象の集合体が人間種に憎悪だけが降り積もる。


しかし短い時間を外の世界で過ごして理解した、責任の所在と被害の伝播という鉄鎖の理。


素直に返事を返したウィルナは、今現在も大多数の存在の意見を素直に聞く気はない。その中でヴィガとメレディアの言う事だけは必ず真摯に受け止め、その意見を優先すべきだと痛感していた。


一概に無知なウィルナの選択の結果が及ぼす被害は甚大。ウィルナ個人に収まり切れない最悪となって襲い来る。であるのなら、ウィルナ個人の独断ではなく被害を受けるだろう人達の意見も必ず聞くべきだという強い認識。


(多くの人達の命が僕の選択に左右される今、いつまでも子供のままではいられない。無知と無力は生きる権利すら奪われる弱者そのもの。強くなるんだ)


自身の成長を促す秘訣は意識を向けて認識し続ける事、その一点。ウィルナは自身に強く言い聞かせ、そしてメレディアの開けた座席に移動した。


全身を襲う激痛は凄まじく、座席に腰掛けるという動作すらままならない。メレディアの横に移動後は、座席にドッと崩れるように座り込んで一息大きく吐きだした。


「状況を伝える前にこれだけは言っておく」


座り込んで息を吐きだしたウィルナに顔を向ける事も無く、メレディアははっきりとした声で真剣に言葉を続けた。


「今回の被害はベリューシュカや子供達含め多すぎた。だが、お前は私から見ても化け物じみて強すぎる。誰もお前を止められないんだ。憤怒の業火に身を焦がして怒りのままに命の灯を飲み込むな」


メレディアのその言葉は人としてこの世界に生まれ、人を信じ人の側に未だ立つが故に出た願いと希望。人の醜い一部を認識されたウィルナにも人を信じて欲しかった。


「勿論無駄に命を食らい尽くす事はしません」


対するウィルナは高い環境適応能力を有する悪魔的思考の持ち主。涼しい顔で憎悪の炎をひた隠し、多くを語らず多くに応えず曖昧な答えで返して場を濁す。


ウィルナは雄大な自然の原風景を過ぎ去る風で肌に感じながら思いを馳せる。


獣人達の解放含め、今では敵は世界中に広がった人間種。世界が仕掛けて来た戦いならば世界を屈服させるまでは止まれない。


細めた両目に映るのは楽し気な声を上げて喜ぶミスアが輝く。そして兄弟の様にミスアに触れ合うトレスの元気な姿に決意を固め、世界の再構築を目的とした行動を開始する。


「メレディアさんにお願いがあります。僕とミスアに学問と戦闘訓練をお願いします」


「学問!?――なんだって?」


無知無力が弱者であるなら勉強して克服するのみ。やると決めたウィルナの即断行動力にメレディアは意図を理解出来ずに困惑するのみだった。

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