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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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完話 過ぎたる時は迎える未来

負傷箇所を簡易的に消毒止血してもらったウィルナは、馬を引いて歩いてくれるメシュイラの背を馬上から視界に入れ、ゆっくり流れる戦後の景色を無情に眺める。


戦闘が終了しても辛く悲しい戦いは、生きてるからこそ強制的に継続した。


一人の少年は唯一の肉親である父親の姿を泣きながら探し続けた。


幼い子供を抱いた母親も同じく夫を。老夫婦は息子を探して戦場を彷徨った。


周囲にはウィルナ達以外にも生存者を見つける為に駆けまわる救護班。その場で処置を施されて苦痛にのたうち悲鳴をあげる負傷者達。


誰もが失った命を受け入れられず、悲痛な悲鳴を上げる寒月冬晴れの暖天下。生き残った者達が今できる最善を、自身の負傷具合と他者の安否を天秤にかけて駆け回り続けていた。


戦中戦後の戦場に英雄などは誕生しなかった。全てが第三者に美化され創り上げられた夢物語。


現実は青に広がる晴天が天国を示すなら、どこまでも広がり続ける人の大地は血に赤黒く染まる地獄絵図。


失った命という被害は凄まじくも痛ましく、戦闘以前の状態から人も獣人も年齢性別問わず半数以下まで数は減り、生存者も負傷者が大部分を占めていた。


特に幼い子供達のかん高い泣き声は過去の自分を連想させ、ウィルナも同じ辛さを経験したからこそ精神を荒く削るように心を苛む。


「長い間忘れていた弱者という感覚。巻き添えになった人達の無念と憎悪。これが、この痛みも弱い僕への罰なんだ」


馬上から辺りを見回し小声を漏らしたウィルナは、自身が受けて酷く痛む左半身の生傷をきつく抑えて激痛を受け入れた。それ以上に感じる心の痛みに怒りが勝る。


「見つけた。この子がオーストだよ」


やがてウィルナが跨る黒馬の手綱を引いて歩くメシュイラが足を止め、小さな獣の遺体に手を当て寂しく告げた。


獣化した個体をウィルナは識別できない。だからメシュイラに頼み、微かな希望を胸に戦場を彷徨い続けた。


だが、オーストの名を聞いた瞬間戦闘時とは違う格段強烈な衝撃が心を抉り、跳ね上がる心臓の鼓動に体の感覚自体すらも圧迫されるように感じる。


実際体は重く、心も暗く静かな水底に沈み込んだ。


メシュイラの言い方から察したオーストの状態は、目を背けたくなるほどにキツイ惨状だった。


そしてオーストを見つける直前にはキーラ。更にはイズすら儚く散り逝く絶望の刃を現実として突きつけ、子供達を見つける度にウィルナの心に鋭く深く突き立てた。


この場に至るまでにもメシュイラの寂しく流れる口元から子供たち以外の知らない名前も次々あがり、街道の戦場に儚く散った多くの人狼の遺体に足を止めては進み続けた。


獣人達が微かな笑顔を見せ、ウィルナも笑顔にしてくれた内の確実な誰かの名前。


聞いた名前からは連想できない顔や姿が思い描かれた。そしてその都度、昨夜見た憩いと安らぎを感じる穏やかな記憶の光景が怒りと憎しみで上書きされてゆく。


これから獣人達と言葉を交わし笑顔を交わして信頼を得て、名前を教えてもらう筈だった。これから知り合い、友として歩んでいく筈だった。


しかしその姿は人にあらず。獣化した姿が人の姿に戻る事も無く、無残な姿が野に吹く風に晒され続ける。


獣化したオーストの遺体も生命活動を止めた時点の獣の姿のままだった。


無数の傷が体に刻まれ喉元を大きく切り裂かれ、灰黒色の毛並みを濡らして草原を赤黒く染め上げる。


獣化したオーストにそっと手を当てたウィルナ。イズ・キーラに続きこれで三人目。命の熱は失われ、この子達の笑顔を見る事は二度と叶わない。


「獣人は魔物や魔獣と同格の化け物なんだよ。確実に仕留めるためなんだ」


メシュイラの口調全てから強烈に感じる凄まじい怒りと憤り。


怒りの源は獣人としてこの世界に生を受けただけで生じた。それだけを理由に、それ程の感情を発生させる奴隷人生を歩んできたが故だった。


メシュイラの言葉に、ウィルナの視線は喉元を切り裂いた大きな傷口に自然と移った。ウィルナ自身も魔獣との戦闘時、確実な止めを刺すため喉を切り裂いて戦闘を終わらせる。


人には獣人も魔獣に見えるという事か。とメシュイラの言葉を素直に理解した。同時に『約束』という呪いをかけ、子供達を死地に追いやったウィルナ自身の過去に後悔が絶えない。


「化け物か。――人とは何なのでしょうね。人の見た目や姿か?言葉を話せば人なのか?道具を使用すれば人なのか」


最後に優しく撫でたオーストの傍で立ち上がり、独り言のように自問自答したウィルナ。そのままオーストから離れて黒馬に跨り、その場を離れて『人』について思案にふける。


ウィルナから見れば避難民や仲間達の為に命を懸けて戦い抜いた子供達や獣人達こそ、育った村の人達にも重なる立派な人そのものだった。


「そんなの、獣人のアタシが知る訳ないじゃん」


人も命も生きる意味すら分からないし、答えも出ない。人それぞれの答えが乱雑に入り組む存在の定義。しかし『人』を考えたウィルナの答えは単純明快だった。


「――そうですね。人の存在を決定づける定義は僕が創ります」


「ふふふっ、なにそれ!?ウィルナさんって凄くワガママな感じ」


黒馬の背に揺られて見下ろしたメシュイラが輝かしい笑顔を向けて答える。背後に動く大きな尾が、楽し気な感情を表現するようにぴょこぴょこしている。


「勿論ですよ。僕は悪魔ですので思うがままを。僕の価値観を世界の全てに強要して押し付け続けます」


「えぇー。でもそれじゃ一緒に居る私達も悪魔になるし、悪魔に見られるじゃん」


「そうか。すみませんが、そういう事になってしまいますね」


「まぁいいけど。人から化け物扱いされてるんだ。化け物が悪魔になっても何も変わらない気も・・・」


ここで言葉を区切ったメシュイラ。馬の進む足を両手で馬に抱きつくように静止した。


口を閉ざし、動きすら止めて頭部の尖った二つの耳だけが絶え間なく回転し、雑多音の混じる戦場跡周囲から微細な音を拾い続ける。


「見つけた!間違いないよ。あそこ!ネイロだ!」


これまでの声音とは違い、切羽詰まった緊急事態を示す大声がメシュイラから発せられ、言い終わる前には黒馬を引いて駆けだした。


草原に投げ出されたかのように、うつ伏せで横たわる巨大な獣。無数の矢が巨体に突き立ち二本の槍が胴体を背後から貫通する。


ネイロも巨大な首元を大きく切り裂かれ、壮絶な最後を迎えていた。


「あぁ――。ああああっ!!!」


ウィルナは無意識に奇声を上げて黒馬から飛び降りた。


この戦場跡には似つかわしくない丸っこく短い幼女の細腕。獣化したまま絶命したネイロの巨大な体が覆いかぶさり、守り続けた脆く儚く小さな命がそこにいた。


人の姿では小さなミスアを自重で潰す事無く最後の力で守り抜いたネイロの配慮。死して尚それを成し遂げた強すぎる意志力。


膝をついたメシュイラがネイロの体を少し動かすだけで、裸のミスアはウィルナの腕の中にしっかりと抱き寄せられた。


ミスアをネイロから引き取り、腕に抱いたウィルナは立てず動けず声も出ない。視線は命を落としたネイロの濁った瞳を捉え続けた。


ミスアの負傷は右肩の傷が小さな体に目立って酷い。それ以外の小さな切り傷は傷跡が残ったとしても致命傷では無い程度。


「ありがとう、ネイロ。――ありがとう」


ウィルナが何とか絞り出した言葉は感謝の言葉。それ以外が、守れなかった謝罪もこれからの誓いすらも出て来ない。


ウィルナがミスアの容体を心配して顔を覗き込む。


ただひたすらの謝意に続いて流れる大粒の涙だけが頬を伝って零れ落ち、ミスアの命の鼓動を感じ取れる暖かい頬に弾けた。


「生きててくれてありがとう。守ってくれてありがとう」


しかし呟いたウィルナ自身に医学的な知識が無い故に感じる強烈な不安感。気を失っている以上、頭部などにも損傷を受けた可能性が高い。


「戻りましょう。気絶してますけど、メレディアさんなら何とかしてくれると思います」


ウィルナ自身は無知無力でも頼れる人が近くにいる。身体強化魔法すら使用できないウィルナに、ミスアの体重がネイロの繋げた命の重さとして大切に感じられる。


「良かった。この程度の怪我なら大丈夫。アタシら獣人の強さの真骨頂はタフネスなんだから!」


「そうですか。でも急いで手当てしないと。ほら、女の子ですし」


「ちょっと、アタシも可憐な乙女なんですけど!怪我の手当てもそこそこなんですけどー!」


「あっ、はい。急ぎましょう。馬はお願いします」


「ちょい待ちー。アンタも歩ける状態じゃないのよ。・・・スルーしないでよっ!・・・無視するなぁー!」


メシュイラを置いて足早に草原を歩くウィルナ。ミスアに振動を与えないように抱えて慎重に歩くが、閉じていたまん丸な瞳が薄く開いた。


ウィルナはミスアを起こしたくなかった。何を口に出せば分からない。


約束を守り、仲間の為に命を賭して戦った事を褒めるべきか。


怪我の具合を、ミスアの口から詳しく聞くべきか。


意識を取り戻した幼いミスアにとっては、叫びたくなるほどの苦痛が全身を駆け巡る。それをどうにかする手立てをウィルナは持ち合わせない。


ウィルナには兎に角何かしらの会話をして、ミスアの苦痛を和らげる事が今は最善に思えた。


しかし意識を取り戻し、声を押し留めて涙を浮かべたミスア。発した第一声は「ごめんなさい」だった。


そしてミスアは再び目を閉じ、弱々しくもしっかりあろうと声を振り絞る。


「ダルドのおじちゃんがまもってくれたんだ。ネイロお兄ちゃんが一緒に戦ってくれたのに、わたし、負けちゃった。ごめんなさい。ごめんなさい――」


ミスアの言葉は思考をぶつ切りにするような強い衝撃を与えた。再度気を失ったミスアの最後の言葉がウィルナの心に突き刺さる。


ウィルナは歩く速度をそのままに、ミスアの顔を疑問符を付けた視線で見つめた。


「それだけを、僕に謝る為だけに、僕の声に反応して目を覚ましたのか・・・。僕は何て事を子供達に――」


ダルドやネイロが命を落としてもミスアや子供達の為なら、ウィルナには誇りに思える行動だ。傷ついたミスアが謝る理由が分からない。それに比べて自身は戦闘時、何の役に立っただろうか。


「――僕はまた間違えた。僕が間違った約束をさせてしまった。ミスアは悪く無いんだ。――いや、子供達が戦いに巻き込まれるこの世界自体が間違ってる」


ウィルナは一人でブツブツ呟きながらも、メレディアが主導して救護をしている馬車まで辿り着いた。


外の世界で初めてふれあい、優しい時間をくれたエイナやベリューシュカ。


人の心にズカズカ入って来る会話や接し方が、友人のように感じられて嬉しかったディロン・バルムト・ガリアリス。


豪快な言動が好きだったダルド・ケイディール。外の世界で初めて食事に誘ってくれた人だった。


初めて名前を教えてくれた獣人ネイロ。そして失ったオースト、キーラ、イズ。獣人達は避難民を護るために多数散り、その命はウィルナが必ず守ると誓ったはずの命だった。


「悪夢にうなされ続ける間違った世界。この世界が悪夢なら僕が叩き起こしてやる」


怒りを孕んだ言葉も涙も外の世界に出てから幾度目か。ウィルナの傍から奪われ、消え去った大切な命が多すぎた。期待した世界は目の前に広がり残酷過ぎた。


「ミスアか?生きてたんだな!!!誰か早くメレディアを呼んできてくれ!いや、俺が直接連れて行く!その方が早いし確実だ!」


ミスアを抱えたウィルナを見つけた瞬間、ヴィガは飛び跳ねるような勢いで声を荒げた。ヴィガ自身この戦場から生還できた子供がいた事に驚いていた。


「騒ぐな、落ち着け。私は後ろにいる。お前は戦闘時の冷静さを日常生活にも取り入れろ」


馬車奥の影から姿を見せたメレディア。ヴィガに飽きれた声と視線で釘を刺し、ウィルナの抱えるミスアに目を向ける。


「メレディアさん!ミスアをよろしくお願いします。まだ生きてるんです。どうか――」


ミスアを預けるためメレディアに歩み寄るが、ウィルナ自身理解していた。


救いを求め辿り着いた救護場所は血と医薬品の濃すぎてむせ返るような匂いの中、苦痛に歪むうめき声と泣き声が大合唱。


負傷者が多すぎる。ミスアは順番待ちの状態となり、手当の仕方も分からないウィルナには頼み込むしかない状態だった。


「心配するな。この子は特別なんだろ?おじさん数人放置すれば事足りる」


「お前、それはそれでどうなんだ」


「んんっ?ヴィガ君は治療の心得がお有りかね?」


「良しっ、ウィルナ。ミスアの事は心配ないそうだ。場所を移して今後の事を話し合おう」


「待て待て、お前達も重症なんだし安静にしてろよ。それより、副団長の武器をユーイルとメシュイラに託そうと思う」


「二人に?」


「あぁ、副団長が残した武器は二本あるだろ。ウィルナもそれで良いか確認したい」


メレディアに視線を向けられたウィルナは、馬車に寝かせたままの極大剣を思い出した。魔力を失った自分には持ち上げる事すら不可能な重量武器。


「勿論僕は良いです。でも、二人が使わなくてもいいのですか?」


ダルドの武器は形見の武器。二人がそれを獣人姉妹に渡す理由が分からない。


「周りを良く見ろ」


メレディアに促されて見渡した周囲には、無数の負傷者の手当てに勤しむ高齢者や軽傷者達。その周囲を獣人達が忙しく駆け回り必要品を馬車から取り出す姿が目に映る。


しかし、人と奴隷の主従関係では無い協力関係が構築され、人と獣人の差別を消し去った光景に涙が浮かぶ。


「皆が獣人達に救われた。そしてそれは現在進行形だ。だから今では人も獣人も無い。いや、それ以上に皆も私も感謝しているんだ。だから信頼の証として遠慮なく受け取れ」


そう口にしたメレディアはメシュイラにダルドの巨大な両手斧を渡し、ウィルナからミスアを引き取って歩き去った。


「重量武器の扱いは勿論、戦闘訓練は俺たち二人が見る。勿論、戦う意思のある獣人達皆を見るつもりだ」


そう口にしたヴィガは、ユーイルにダルドが最後に製作した巨大な極大剣を手渡した。


「有難うございます」


受け取った獣人姉妹と何故かウィルナも声を揃えて謝意を告げた。


「命がある今は弱音を吐く時じゃない。失った存在が多くとも生きている以上は懸命に生き続ける」


ウィルナは自身の無くした心の隙間を埋めるかのように言い聞かせた。


自分に出来る最善を尽くす。そして目に映る景色を無力な自分なりに守り抜くと心に誓う。


「あぁ、ミスアはまだ生きている。命をはぐくみ育てるという事はそれ自体が大きな責任を伴う行為、今は辛いだろうあの子に道を示すのもお前の責任なんだ」


「ヴィガさん、――はい、僕の考えが甘過ぎました。――過去に戻ってやり直したいくらいです」


「これからどうする」


「弟は僕より強く賢い。妹は三兄妹(きょうだい)の中で一番強い。先ずは二人を探しましょう。必ず僕達を助けてくれます」


「確認だが、魔力のある時のお前より、という意味で受け取っていいんだな?」


「はい、二人は僕と同格以上に強いです。それに賢い弟は、僕に分かるメッセージを世界に残していると思うんです。それに出口は同じだった。近くにいると思うんです」


「ははは、お前みたいに化け物じみた存在が後二人か。――この世界はどうなることやら」


敵別動隊の動向が未確認でこの場に長くとどまる事が出来ない為、周囲は慌ただしい雑音に飲まれていた。その中でウィルナとヴィガは、自身の負傷箇所を抑えながら晴天に向けて顔を上げた。


辛い今は輝かしい未来の礎に、希望は自身で見出し創り出す。


そうする事が失った命への贖罪だと信じ、視線を合わせたウィルナとヴィガは少し微笑んだ。そして地下闘技場以前から現在まで繋いだ緊張の糸は遂に切れた。


負傷激しい二人は同時に限界を迎え、微笑んだまま意識を失い緑溢れる草原に倒れ込んだ。

長くなりましたが第一章は完結です。


二章もこのままのペースで投稿予定。それでは、はぶあ、ないす、でい。

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