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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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意に宿るは回帰か天望か(7)

多勢に無勢且つ、敵は訓練された騎士団連中。装備も充実している敵部隊は統率され、多数である利点を活かして堅実な攻勢をかけていた。


白馬を駆るヴィガの視界には無数の仲間の遺体が散見され、予想以上に多すぎる被害状況とダルド達の意志や願いを損なった事に強い罪悪感を感じて口を閉ざした。


結局の所、ダルド達が命を賭して皆を逃がそうとした選択が最善だった。


「後退してっ、イル姉さん!」


姉妹二人で連携を取って戦っても敵の攻撃に回避移動を余儀なくされ、分断されてしまった。そして数に押されるユーイルに妹のメシュイラが大声を上げた。


「退がりはしない!私達が生きた証と誇りを私の命で証明するっ!」


いつもは穏やかな口調と性格のユーイルが珍しく声を荒げた視界には、人狼へと獣化したまま草原に倒れて動かない幼い子供達が捉えられていた。


ユーイルの狙いは子供達を斬り伏せた敵部隊長や取り巻き連中に定められ、一矢報いるために立ち塞がる敵兵達と負傷覚悟の強引さで斬り結ぶ。


姉のユーイルの言葉に妹のメシュイラは何も返せない。それ程の決意を声音に感じ、姉に並走する形で敵部隊長へと斬り進む。


しかしメシュイラ自身も多数の敵兵に取り囲まれ、二人とも敵が背後に移動した時点で致命傷を負わされかねない。


「くっ、人間どもが。邪魔するなぁー!」


巨大な武器を活かし、敵を攻撃範囲に入れず振り回すだけという戦法は功を奏していたが、無暗に攻撃した時点で隙を突かれ、反撃を受ける事態に陥り焦りが募る。


敵にしてみれば罵声飛び交い断末魔の悲鳴が耳に残り続ける戦場で、脅威にしか映らない獣人姉妹。二人を排除すべく多くの敵兵が、磁石に引き寄せられる物質の様に群がり迫る。


重装歩兵の敵兵集団が一枚壁の様に見えた瞬間、二人は迫る荒波に耐えるかのように両足を前後に広く開いて足を止め、腰を落として迎撃態勢を整えた。


「えやああああぁ!」「やられるもんかあっ!」


二人が持つ巨大な武器は両手で固く握られ、意を決した目線は敵を捕らえ続けて怯えを宿さない。二人は最後まで生を諦めず、力の限り吠えて突破を試みた。


「奴隷の獣人風情が図に乗るな!」


「正面からでもいい、皆で一斉攻撃だ!」


「ああ、同時にやる。俺に合わせろ」


抗う意思は更なる敵を呼び込んだ。だが、この戦場に宿った炎熱は獣人姉妹二人以外の二人ももたらした。


「おおおぉ、――ぅえいあああぁっ!!!」


一人は白馬に跨り、二人の眼前に迫り来る敵兵集団を蒼炎で焼き払ったヴィガだった。ヴィガの持つ双剣には蒼の業火が激しく宿り、繰り出す一刀毎に炎の揺れる斬撃音が木霊する。


「ヴィガさん!助かりましたっ。イル姉さん!!!」


敵兵の断末魔をかき消すようにメシュイラの声が響き渡り、分断されていた戦場の姉妹が背を寄せ合う。


「遅くなってすまない。ウィルナの護衛を任せたいが、まだ行けそうか?」


ヴィガが周囲の敵兵を斬り伏せた後、姉妹二人の負傷状態を確認して言葉をかけた。


二人とも衣服は自身の血で染まり、致命傷は避けつつも負傷は酷い。このまま放置し続ければ失血で倒れるだろう事は瞬時に判断出来た。


それを質問した側された側、双方が負傷の危険度合を認識しても大丈夫という意思表示の為に獣人姉妹は大きく頷いて応えた。


大乱戦となった周囲には、命ある限り未だ必死に戦い続けている避難民達の姿が目に映る。そして姉妹二人の視界に映り込んだ同族達の必死に敵に抗う勇ましい姿。


獣化後の暴走に不安を覚えた女性達や子供達の集団も馬車周囲から戦場へと駆け出し、変身する事はせずとも戦場に散乱した剣や槍を拾い上げて懸命に戦っていた。


人間種と獣人種が伴に並んで敵に立ち向かい、守り合って戦う姿。皆が自身の命を顧みず、誰かを護るために命をなげうっていた。


「私達は大丈夫です。まだ生きてる子供達がいるかもしれません。負傷者の手当てを急げば消えない命の炎もある筈です。早くあの敵を片付けましょう」


右腕を負傷し、巨大なグレートソードを左腕一本で振り続けたユーイルは、肩で大きく呼吸をしながら早口でヴィガに訴えた。


獣人は良くも悪くも人では無い。人以上の生命力と頑丈な肉体を持った獣人という種なのだ。生きている子供がいる可能性が確かにある。


負傷した人間種も、止血さえできれば生存確率は大きく跳ね上がる。そして戦闘の早期終結方法としてユーイルが言及したのは敵部隊長の撃破。


「人ではない獣人、これは嬉しい誤算というべきか。くくくっ、戦場で巡り合わせに感謝する事になろうとは」


ヴィガは馬上から疲労は見せても戦意の衰えないユーイルの真剣な顔を見下ろし、驚きを声に乗せて苦笑を返した。


命を懸けた戦場の歩兵目線で、ここまで冷静な判断を下せる優秀な人材は貴重だ。それが獣人ともなれば戦力自体も強大な存在となり、姉妹の戦力は目視確認済み。


「んんっ。――度々済まない」


将来間違いなく自身に比肩する。もしくは更なる高みに存在するメレディアにも並び立つか。そう感じたヴィガは、不思議そうな顔で自身を見上げるユーイルの視線に気が付き、咳払いで収めて言葉を続けた。


「今の時点で彼我の形勢は逆転している」


敵はまだ多く戦闘は継続して人数差が一目瞭然、此方が少数だった。しかしヴィガは、周囲の戦場を見回して疑問を表情に出した獣人姉妹に言葉の補足説明はしなかった。


説明は一言『戦場の蟲毒』これで足りた。だが、口には出したくない自然の摂理の呪い部分。


馬を進めるヴィガは眼前に迫る敵を容赦なく斬り伏せつつ、左側面をユーイルとメシュイラが固める。その背後をトレスが歩き、ウィルナを背に乗せた黒馬が追従する。


多くの仲間達が倒れた戦火の渦。敵兵と戦い生き残っている者達は相応の戦闘力を持ち合わせ、いわば淘汰された強者のみ。


極度の興奮と緊張感で時間経過の体感を伴わない戦場に戦力としての獣人達が強く躍動した結果、味方と敵数は激しい衝突で拮抗するほどまでに至る。


そして荒れた戦場を突き進んで辿り着いた敵部隊長。西のバーキスが国の武力の頂点に頂く六聖連座の一角であり、ヴィガより多少年上の二十代半ばの男性。


一年ぶりの戦場で顔を合わせた両者は名乗らず言葉も交わさず剣を向け、しかし顔や姿の記憶は互いに曖昧でも個人を識別可能にする技と力量を互いに認識した。


「こいつは俺が斬る」


ヴィガの決意表明に、姉妹とウィルナやトレスは周囲警戒に努めて見守った。


両者が愛馬を草原に走らせ、すれ違う狭間に渾身の斬撃を繰り出し交差する。


「はっ、一年前と結果は変わらずか。――くく、くっくっく。流石だ」


互いが馬の進路を回頭して睨み合う。そしてヴィガは自身肩口の新たな負傷を確認して笑っていた。


世界中の人々に英雄と認められた敵はやはり強かった。


ヴィガは他国との戦争も経験し、世界を見て来たつもりだった。しかし、強敵を正面に捉えながらも笑うしかなかった。


「強い。――が、所詮は結局この程度の人間種、か。俺もお前も大海を知らなかったようだ。俺を含め、お前ですらまがい物。人の認識が甘すぎたんだ」


魔族と目を合わせた瞬間に感じた極限の脅威。目撃した魔族同士の戦闘は人間が辿り着ける領域を遥かに超えていた。獣人のように強靭な肉体も無い。


結局は人間種。種族の壁は超えようの無い断崖絶壁。


「くくく、だからこそだ。悪いが、お前程度に負ける気がせんのだよ!」


互いが馬を走らせ、敵の剣閃とヴィガの蒼炎が交錯する。ぶつかり合った二合目は互角。激しい剣戟音だけが戦場に響き渡った。


「止めろ!来るな!邪魔をするな!」


三合目へと駆け出す白馬を御してヴィガは声を上げた。


何の事か分からない敵部隊長も馬を止めたが、ヴィガが声をかけた相手は敵部隊長の背後に姿を見せたメレディアだった。


「それは無理な注文だ。こいつは私が斬り刻む」


メレディアは敵部隊長へとゆっくり歩を進めながら姿を現し、ヴィガ同様巨大な戦斧に蒼炎を宿した。


「ダルドさんは?」


姿を見せたメレディアより、その手にあるダルドの巨大な戦斧にヴィガの視線は釘付けとなっていた。だからこそ、口から自然と流れた言葉。そしてヴィガは答えを知っていた。


「多分、苦しみ抜いて逝ったよ。頑丈な人だったからな。副団長だけじゃない。皆、壮絶な最後だった筈だ」


悲しみと無念を冷たい声に乗せて答えたメレディア。残忍な感情は敵部隊長を睨む冷たい瞳の視線にも現れていた。


「そういった理由なら、私にも戦う権利はありますか?」


メレディアとヴィガ、二人の強烈な殺気に戦場周囲の雰囲気は一変。熱い蒼炎と冷たい激情が激しく燃える中、不意に思えるほどに急な発言をしたのはユーイルだった。


そしてヴィガもメレディアもユーイルに視線を送って言葉の続きに耳を傾けた。


「えと、同族の、子供達や皆の仇なのです」


戦争だろうが些細な争いだろうが、奪われた痛みはそれに勝る怒りで返す。


当然の言葉がユーイルの口から出て、ヴィガとメレディアは視線を合わせて苦笑した。


「ここは戦場、勝つためなら何でもする煉獄だ。一人に三人がかりでも文句を言う奴は誰も無い。正確にはいなくなるし、問題は無いんじゃないか?」


ヴィガは言い終え、一重に結んだ唇の端を邪悪に吊り上げた。


「そうだな。私の怒りの捌け口は西のバーキスに決定済みだ。こいつは片腕切り落とす程度で引いてやるよ」


「ということは、私もやっちゃって良いんですね?」


「あぁ、気が済むまで徹底的に。もしくはこいつの命がもつまでは、な」


ヴィガが右手の剣を一振りしながら答え、メレディアも巨大な戦斧を両手に持ち替え笑みを零した。


直後メレディアが一気に距離を詰め、馬上の敵部隊長に強力且つ重厚な斬撃を振り下ろす。


三対一の戦いの火蓋は切られた。こうなれば敵部隊長が英雄だろうと悲惨としか言えない状況となり、何よりメレディアは敵より格段に強すぎた。


ある程度敵を弱体化した後、ヴィガとメレディアは敵を使ってユーイルに戦闘訓練をさせている状態にまでなっていた。


「蹂躙する側がされる側。奪った命は恐怖と絶望を添えた命の喪失で償ってもらいましょう。メシュイラさん、獣人の皆さん達にそう伝えてください」


敵英雄の戦いに興味を無くしたウィルナは最早勝敗の決した戦場を見回した後、メシュイラに声をかけた。戦闘後にも嫌な事が気の重くなる現実としてのしかかる。


「わかった。死んだふりしてるやつも心音聞こえるからまかして!他にもなにかある?」


ウィルナの言葉に勝利を実感したメシュイラは明るい声を興奮気味に出した。自身の負傷や仲間達の死にも意識を向けてない。


負傷を誇り、仲間達の死も受け入れているようだった。奴隷としてこの世に生まれ、狂った地獄に生きてきたメシュイラにはこれが日常なのかもしれない。


「それから急いで負傷者の救護措置を。そして子供達を、僕が世話していた四人の子供達を見つけてください」


ウィルナは重い気分もそのままに、暗い声と表情で伝えた。


「そうだった。子供達が私達と契約した理由だったよね」


答えたメシュイラも子供達という言葉に声のトーンを落とし、暗い表情を見せた。


死屍累々の戦場から息のある仲間達の救出や手当をしなければという意識。それは死者の確認でもあり、子供達の死を突きつけられるという事に他ならない。


この時点で残敵数は戦意喪失した三十数人。部隊長が落とされた状況は敗走者を発生させ、指示を受けた獣人達の執拗な追撃に瞬く間に敵兵は数を減らし続けた。


ウィルナは敵も味方も無く命が無意に散り逝く戦場で勝利を収め、地獄のような景色を馬上から眺めた。


戦った相手が物語の敵役のように魔物とかなら胸を張って誇れただろうが、現実に手に入れた物ははたして何もなかった。


敢えて言うなら敵部隊が北部地域の寒村を襲撃して強奪してきた食料や馬車家畜。それらが唯一の戦利品という現実に虚無感だけが押し寄せた。


「これが希望に心躍らせた外の世界。ロッシュ・ルル、二人とも無事でいてくれ」


ウィルナ自身が感じて味わった心身の痛みを弟妹も受けてはいないだろうか、と不安だけが心を占領する。


世界と命の価値をあるべき姿から醜く歪める人間種に嫌悪感を露わにしたウィルナは、弟や妹の安否を心配せずにはいられなかった。

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