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ウィルナの願い星 Self-centered   作者: 更科梓華
第一章 終幕 ~厄災の起日、それは誰かの不幸で誰かの幸運~

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意に宿るは回帰か天望か(4)

戦場には無数の死体が転がっていた。多くが敵兵だったが獣化した獣人の遺体やダルド達と共に先行した仲間達の倒れた姿も目に留まった。


「右方転進っ!振り落とされるな!!!」


馬上のヴィガの両手にはロングソードがそれぞれ握られ、馬の操作は膝や足の刺激に声のみ。全身に受ける風も強力な遠心力にも耐えつつ声を張り上げた。


ヴィガが狙いを定めた目標は、蜂の群れの様に避難民達の集団周囲を駆け回る敵騎馬集団。それも人を一刺しで死に至らしめる事すら可能な猛毒蜂。


「了解!」


ヴィガの背後から勇ましくも頼りない青年達の声が連続して響く。青年達はただ馬に乗れたから、という理由だけで志願した新兵ですらない一般人。


それでも懸命に馬を駆り、片手に剣を片手に手綱を握り絞めてヴィガの背を必死に追い続けた。


ヴィガの脳裏には一年前のバーキスとの過酷で悲惨な戦場が鮮明に蘇っていた。


あの戦場でも多くの若者が散り逝く様を見届け続けて来た。勝利を収めて凱旋した際も、残された家族が泣き叫ぶ光景に何度目を背けたか数えきれない。


今いる青年達全員の命の対価は自分の指揮次第。そして戦場で目にした敵歩兵隊の乱れの少なさ。先行したダルド達や獣人達生存者の数が少ない事実を認識した。


敵騎馬部隊からは魔弾がひっきりなしに部隊に迫り来る。


敵部隊を猛追するヴィガは魔弾を双剣で防いだ。着弾予測地点から逸れるように転進した。取れる手段と自身が高め続けた力で防ぎ続けた。


それでも背後からは苦痛に歪む声や落馬する人達の音が無情にも耳を打った。


「っく、――おおおおお!」


ヴィガは吠えた。皆が家族と幸せに過ごせる筈だった。敵に有効打を与えれない自分の低能ぶりに腹が立つ。戦場では人の命が軽すぎた。


敵騎馬兵にも部隊を指揮する指揮官が当然いた。敵の指揮官は冷静で効率的な殲滅方法を選択。


ヴィガ達を避けるように転進を続けて遠距離魔法を絶え間なく撃ち込んだ。旋回包囲する避難民達にはすれ違いざまに近接攻撃を繰り返し続けた。


「皆来るぞ!」


メレディアは短い言葉だけを残して歯ぎしりした。


戦う意思を宿した避難民達もメレディアの声に応えて雄叫びを上げている。遠距離魔法を使用出来る者達から魔弾が飛翔し、数人が弓矢で騎馬兵に牽制射撃を行う。


しかし敵兵に有効打は確認出来ず。


一般人である事以上に武器の所持数不足が決定打となり、彼我の戦力差は明白だった。


それでもメレディアは諦めず、一秒でも早く敵騎馬隊に刃を突き立てようと、仲間達を守り切ろうと懸命に走った。両手のロングソード握りしめて敵騎馬部隊の進路上に立ち塞がった。


「来いっ、バーキス兵共がぁっ!」


声を荒げて一歩踏み出したメレディアの頭上。その空中には一面を覆う程の小さな光球が生み出された。


放たれた光弾全てが蒼く輝き、矢よりも高速で敵部隊に迫った。


しかし敵部隊指揮官も即座に反応。ベール状防御魔法が多重展開され、軌道を逸らすように着弾を防いだ。


そしてメレディアを避けて転進。角度を付けた別方向から避難民達に斬り込み、駆け抜けた後には仲間達の無残な遺体だけが残された。


メレディアは例え相手が五十人を超えた騎士であろうと負ける気はしなかった。


しかし百を裕に超えた避難民達と合計十一台の馬車全てを一塊に固めても、単身で守り抜ける範囲を超えていた。


「卑怯者がっ!私と戦え!!!」


現状は叫ぶ事しか出来なかった。


敵の指揮官は有能だった。メレディアも敵の作戦勝ちである事を理解していた。それでも自身を躱され続ける歯痒さに苛立ちが募り続けた。


「くそ――。騎馬隊の動きを止めなくては。或いは進路誘導を」


メレディアの独り言は、奇しくもヴィガの口からも同時に流れ出た。


今の状態では大型肉食魚の群れに襲われ続ける小魚の群れに等しい。行き着く先は敵の腹の中。


メレディアとヴィガはそれぞれが同じ思考に辿り着いた。


『私が囮に』『俺が囮に』


二人は単身で敵部隊に突撃すれば、流石の敵も捨て置かない筈だと踏んで口を開けた。しかし開いた口は動かず塞がらず。


「止めろ!死ぬぞ!!!」


「あいつらは頭が可笑しいのか!?」


数瞬自身の目を疑った二人は我に返ったかのように叫んだ。思考が頭を独占して体の動きを停止させ、目だけがウィルナ達を捕らえ続けた。


「遅くなりました!僕達も戦います!!!」


魔力という戦う力を失ったウィルナは、それでも戦い抜く事を決断した。


ベリューシュカの笑顔や生きた証が胸を埋め尽くしていた。彼女には感謝しかない。後悔や自責の念に頭を抱えたくなる。


これ以上、獣人達に優しくしてくれた人達を失いたくない。仲間達に失望されたくない。だからこそ敵部隊正面まで駆けて立ち塞がった。


傍から離れないトレスが死神の鎌から守ってくれるような安心感を与えてくれた。


「あいつらが敵だ!やるぞ、トレスッ!!!」


草原の只中に孤立したウィルナは左手には戦弓を携え、右手のロングソードを草地に突き立てた。


ウィルナの護衛役として獣人女性二人が志願してくれた。巨大なバトルアクスとグレートソードを両手で握り直衛についた。


獣人二人は貴族屋敷で共に戦ってくれた女性達。抱えていた矢筒をウィルナの傍に置き、ウィルナの左右前面に立ち塞がった。


「有難うございます。ユーイルさん、メシュイラさん」


無力なウィルナは笑顔で頷く二人を見ながら大きく息を吸い込んだ。吸い込んだ空気は全身を巡り、敵に抗う為の勇気に変換されているような気がした。


体が熱い。魔力を失っても体は闘争に燃えていた。一度折れた意志は強靭な大樹となって再生し、ウィルナの心に大きく根付いた。


「もう折れない。最後まで戦い抜く。僕達が皆を守り抜く!」


ウィルナは腰裏に装備した二本の矢筒から流れるような動作で矢を抜き取り、突撃して来る敵騎馬先頭に放った。


正解には放とうとした。しかし久しぶり過ぎた弓に、雄叫びを上げて迫る敵という緊迫した状況。構えた格好は良かったが、矢は矢番え時点で失敗して足元に落下した。


すぐさま第二射、第三射と番えて放つが、全てが盛大に逸れて敵の横を通過していく。その都度射角を修正するが全弾明後日の方向へと飛翔した。


「くっ、分かってた事だ。弓だって簡単に扱えるモノじゃない。――まだだ!」


ウィルナが魔獣達の王として君臨してきた姿は健在。しかし姿だけのハリボテと化してしまった今、自身の無力さを嘆いても現実は不変。


草原に突き立てたロングソードを両手で握り絞めて猛進して来る敵騎兵を睨んだ。


「僕が敵の足を止めます!二人は僕の後ろで敵兵に攻撃を!」


ウィルナは獣人女性達に大声で指示を送りながら敵騎馬部隊先頭に向けて走り出した。


ウィルナが握る鋼鉄製のロングソードはやけに重く感じる。走る速度は水中散歩でもしている様にスローだった。


魔力を失ったウィルナはこの世界から嫌われてしまったかのように弱体化していた。それでも培ってきた技術は体に染みついていた。抗う事を諦めた者より無力じゃないと、自身に言い聞かせた。


「おああああぁっ!!!」


ウィルナは眼前に迫る騎馬兵達を睨みつけて叫んだ。背後からも同様の雄叫びが、女性の声で戦場に響き渡った。


敵が怖い。傷つくのが怖い。死ぬのが怖い。後ろで一緒に戦ってくれている二人の命が奪われるかもしれない恐怖。あらゆる恐怖に奮い立つために叫び続けた。


ヴィガやメレディアにはウィルナの行動が自殺行為に等しく見えた。だからこそ囮を買って出るつもりだった。


「一度離脱する!俺の背を追い続けろっ!!!」


ヴィガは疾走を続ける馬の手綱を引いて方向転換。東に広がる林へと進路を変えた。


「敵の足が必ず緩む!撃てる奴は集まれ!引き付けてから斉射しろ!!!」


メレディアは大声で周囲に呼びかけ、敵部隊の進路を予測した地点に戦える者達を集めた。


他の獣人達が避難民達の周囲を取り囲むように展開してくれた事もメレディアの負担軽減となった。


反撃はここからだった。しかし二人は騎馬兵に飲み込まれた三人とトレスを目にした。


食いつかれた囮であるウィルナは振るった剣ごと切り払われ、後続の馬に跳ね飛ばされた。


獣人達も数人斬り倒すが、敵兵の数に飲み込まれるようにして倒れた。食らいつかれた囮役は無残だった。騎馬兵が走り去った後に立っていたのはトレスのみだった。


メレディアは敵騎馬隊の進路を予測して移動していた。今度は一人では無く、槍などの武器を持った男達二十数人も避難民達から飛び出して離れ、歩兵集団として背後に控えた。


「てえええぇ――!!!」


メレディアは射撃指示と同時に、こちらへの被害を防ぐ為ベール状防御魔法を展開した。


無数の魔弾が両陣営へと交錯。直撃を受けて落馬した敵兵も数人いたが敵部隊は健在。


敵部隊による攻撃魔法はメレディアの防御魔法であるリフレクションが全弾防いだ。が、問題はこの後だった。


メレディアや敵兵も使用するリフレクションはウィルナが使用していた防御魔法の劣化版だった。


全身を覆うマナスキンも対魔法防御に特化した防御魔法。物理攻撃には完全に無力。だから人は鎧を着込んだ。盾を装備していた。


「来るぞ!武器を構えろ!仲間を守れ!!!」


メレディアは叫んだ後、自身の粗い呼吸に気が付いて深呼吸した。


メレディアは騎士では無く、武人として生きて来た。近年ではダルド達とダンジョンに潜って剣の腕を磨き、剣術大会が開催されれば出場して他人の技も学んだ。


これが初めての戦場だった。他人の命の重さを、心を含めた全身で感じる。そこに生じた重圧が、意図せずメレディアの呼吸を乱していた。それほど戦場の空気が重かった。


戦闘技術は高くとも、戦術面が貧弱なメレディアは陣形すら構築せずに集団の先頭で双剣を構えた。


敵騎馬部隊が転進しようともう遅い。人間の足でも追い付ける距離に捉えたメレディアは不敵な笑みを浮かべた。


「漸くだ。漸くお前らを斬れる。散々弄んでくれた礼だ」


騎馬した敵兵であろうと敵と正面から斬り合える状況に、歪んだ微笑が思わず形成された。意図せず零れだした独り言は、軽やかな口調の中に怒りを盛大に含んでいた。


敵騎兵集団先頭に斜めから斬り込んだメレディアは、両手の双剣を舞い飛ぶように振るい続けた。すれ違いざまに剣を振り下ろしては、駆け抜けた馬から落馬する敵兵の音が鮮明に聞こえる。


手に伝わる感触と敵兵が上げる悲鳴が心地良い。敵の口元から呼気と共に吐き出される苦痛の声は、命の終わりを告げる呼び水として上がり続けた。


「残りはお前達の獲物だ!頭まで食らい尽くせ!」


敵の返り血で全身を赤く染め上げたメレディアは、通過した騎馬隊後方に喰らい付こうとするヴィガ達を確認して、右手の剣を掲げて声を荒げた。


多くの避難民達や仲間達の命が奪われた。今回の騎馬隊との衝突でも多くの犠牲者が出た。


一兵たりとも逃がすつもりは無い。一方的に戦闘を仕掛けられて許せるはずも無い。


「任せろっ。こいつらは必ず仕留めるっ!」


白馬に跨り集団を牽引するヴィガは、メレディアとすれ違いながら大声で答えた。ウィルナ達が命を懸けて作り上げた好機を逃すはずが無い。


部隊への被害を最小限に抑える事が可能な、敵騎馬隊後方にも喰らい付くことが出来た。


ヴィガは正面に見据えた敵兵の背より、好機を創り上げたウィルナ達の事が気がかりになって視線を向けた。


三人の遺体をせめて綺麗なままで回収したい。この戦闘に勝利を収めて丁重に弔いたい。その思いは嬉しくも一瞬で崩れ去った。


「あいつら――。くくっ、そうだよな。そうだったよなぁ!」


ヴィガが目を向けた三人は満身創痍だった。それでも戦意は衰えず。


左肩を大きく切り裂かれて頭部から出血しているウィルナは、左腕をダラリと垂らしたままでも戦っていた。同じく右腕を負傷した獣人女性は両手剣を手放していた。


満身創痍でも膝立ちの二人は騎馬隊先頭に狙いを定めて戦弓を草原に突き立てて固定し、女性が弓を握ってウィルナが矢を番えて放っていた。


そして二人を護衛する獣人女性も、背を赤く染め上げながら両手斧を握りしめていた。


ヴィガは戦場において、昂る高揚感全ては他者から与えられて来た。戦場において、これ程戦意向上させられる光景を見た事が無かった。


人の限界は精神では越えられない。気持ちだけで上手く行く世界ならば苦労する人はいない。


それでもヴィガは熱く滾る何かを体内に宿し、限界を超えて魔力出力を高め続けている感覚を覚えた。


「やるぞ、お前達!仲間の無念をここで晴らす。俺に続けえぇ!!!」


敵部隊後方から侵入したヴィガは、育ての親であるダルド同様鬼神の如く猛威を振るい続けた。


敵部隊に進入すれば当然囲まれた。それでも盾を持たず双剣を握るヴィガは視界に頼らず、敵兵の動きを含めた周囲を感覚で認識して無双し続けた。


孤立した敵騎馬兵はヴィガに追従して来た青年達に囲まれて打ち取られていった。


ヴィガが最後の騎馬兵を打ち取った瞬間目を向けた敵部隊主力の歩兵達は、数を半分以下まで減らしながらも突撃体勢の錐形陣形に配置換えを完了していた。


敵指揮官にも面子があるのだろう。民間人に敗北すれば立つ瀬が無くなる。そして先行突撃した仲間達生存者がいない事を非情にも物語っていた。

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