終始 弐
木造の床を駆け靴音が籠り響き渡る。
先程までの周囲の音は離れ石材の壁に遮られ、
角度が急な木造階段を駆け上がる。
監視塔三階の部屋に到着後、大人二人が僕の横を縫う様に過ぎてゆく。
先に上っていた二人は方角を聞いていたらしく、
部屋の北側一面の木造柱が立つ両角の横側で、それぞれ北に視線を送っている。
僕も二人の間に入り、手摺中央部から遠方の森へと視線を移す。
時間の認識が狂う、一秒が長い時間を過ごした感覚に陥る、
跳ねる鼓動が頭に響く。
無自覚な時間経過後、村の北の森、その木々の隙間から
一瞬だけ人影が二つ現れた。
森と村の間に広がる草原まで一息の距離だ。
人影の中に北方警邏隊を指揮しているお父さんもいるかもしれないが、
まだ遠く木々の間を見え隠れする為、判別出来ない。
両手を手摺に置き上体を突き出して、遠方に焦点を合わせる事に集中する。
だが、確認出来たのは草原に到達した二人のみ、父親ではないし人数も少ない。
三人目、四人目と人影が続いた後、少しの間を空け「お父さん」自然と声に出た。
「ダルクナおじさん」と僕の父の名を口にするルルイアの声も聞こえる。
しかしそこには追随する二体の黒獣も存在した。
僕と同じ髪、黒の強いダークブラウンヘアを見つけ心が締め付けられる。
巨大な弓で矢を放ち、黒獣二体を相手に牽制と攻撃を交えながら、
前を走る四人を護り村への撤退を支援しながら後退している。
僕は咄嗟にそうすべきだと、考えず感じた行動を取り、
テーブルに向かい角笛を手に、聞きたくもない重低音を響かせる。
北側方面の広い開口部に身を乗り出し脅威の所在を探していた二人も、
この数舜で黒獣の正確な位置を把握、
ルルイアは小さな体の腕だけを手摺から突き出し方向を指し示す。
ロッシュベルはより多くの人に知らせる為、南側へ移動した後、北に腕を振る。
「ダルクナ隊が抑えている、中型魔獣二体、迎撃地点は北入口だ」
それは入れ違いに監視塔の階段を下り集会所を出た大人二人が周囲に
伝えた発言で明確な指示となる。
見下ろすと弓とかなりの数の矢筒を抱えている二人が目に留まる。
色々と準備していたのが見て取れた。
三階ですれ違い階段を下りてから出るまでの空いた時間の認識、
それだけの矢が必要になる程の魔物であるという認識も。
遅れていた住民全てが二度目となる正確な方向指示で、
「北だ」「北入口だ」と、確認及び伝達の為、声に出し迎撃のため動き出す。
監視していた大人二人の声が届いてない村人、
未だ集会所へ移動中の村人も、
監視塔で方向を示すロッシュベルとルルイアを視認し、
ある者はそのまま集会所へ、
ある者は指示する方向へ直行する。
集会所内の一角にある倉庫では武器も生産、管理、保管されていた。
今現在集会所前広場に集まったほぼ全員に
木製の槍や短弓、石の鏃の矢が入った革製矢筒の
受け渡しが終了しており、木製の鍬や鋤を手にする者もいた。
「皆」
穏やかな陽光の中、その声と共にカーシャに掲げ上げられた剣槍は
真紅に煌めく宝玉をその身に宿し、周囲の敬虔を白銀の剣身に受け、
声の主と剣槍に視線を向けた周囲は一瞬で固まり静寂に包まれた。
「家族のため!隣に立つ仲間のために!!!」
たったそれだけの行動と言葉。しかしその意思は十分伝播した。
「おおおおおおおおおお」
それぞれが手に持つ武器を空へと掲げ呼応する。
男性女性年齢問わず集団となり迫り来る脅威に対抗する為、
一斉に北口に進路を取り足早に移動を開始する。
村の北口には防衛のため、長さ4メートル、高さ1メートル程の、
土製防壁三つが一定間隔で横一列に並び設置されている。
監視所は高く視界が取れ、北口まで高い建物が無い為、良く見えている。
北口にはすでに第一陣数人が防壁裏に男性数人が木の槍を手に身を隠し、
女性の射手数人は確実に迫り来る脅威に矢を射かける準備を開始している。
その横を初老の男性三名が木製の鋤を両手に駆け抜ける。
同じ毎日を望んでも、必ず違う一日が来る。
ウィルナは無力であるが故、壊れた日常をひたすらに恨んだ。
生きるための戦いが始まる。心の中で願う。
「大切な人達と明日も会えますように」




