安寧 壱 及起
物心が付いた頃から、大体同じ毎日を過ごしている。
太陽が世界を柔らかな暖色で照らす頃に目を覚まし、
ぼんやりとした目で気怠さを振り払い、ベッドから起き上がる。
寝間着から普段着に着替え終わっても、ベッドに戻りたくてしょうがない。
それでもベッドとは逆へ、音のするドアの方へ、よたよたと歩を進める。
ドアを引いて開けた先は、この平屋で一番大きな部屋となっており、
左手には外側に開かれた玄関と、明り取りのための両開きの窓が解放され、
心地よい風を、家屋内に取り込んでいた。
「おはよう、父さん」
寝起きの、か細い声で、自分の部屋のドアを閉めながら挨拶をする。
「おはよう、ウィルナ」
朝食の調理はすでに済ませ、配膳を進めていた父は、
必ずその手を止め、優しい眼差しで僕を見つめて返してくれる。
玄関横に置かれた棚から歯ブラシとタオルを手に取り、
玄関をくぐって外へ出る。
視界に収まるその全ては、いつもと変わらない。
外に出て、毎朝同じ位置で空を見上げながら背伸びをし、歩き出す。
変わる事といえば、毎日の天気と気温と洗濯物くらいなのかもしれない。
家の近くに設置された井戸で、水を汲み上げ歯を磨き顔を洗い、
タオルで拭いて家へと踵を返す。
体を動かした事、冷たい水で顔を洗った事で、すっかり目は覚めた。
家に戻り歯ブラシを棚に戻すと、
食事の準備を済ませた父が出迎え、タオルを受け取ってくれる。
「さあ、朝ご飯にしよう」
父は受け取ったタオルを自分の首にかけ、食卓に着く。そして僕も椅子を引いて席に着く。
パンにフライドエッグ、そしてトマトスライスが、一つの皿に綺麗に配置されている。
皿の横には木で作られたフォークと、陶器で作られたコップに、ミルクがなみなみと注がれている。
「いただきます」
両手を組んで目を閉じ、父と子の息の合わないハーモニーを、
食べ物に対する感謝の印として捧げ、食事を始める。
好き嫌いは無い方だ。今日の朝食も常日頃、食べているものばかり。
ただ、父さんが作ってくれるパンだけはおいしくないのだと、
四年ほど前、気が付いてしまった。ある事をきっかけとして。
それでも父が作る、少し固く少し粉っぽいパンは、嫌いではなかった。
「ごちそうさまでした」
二人そろって食事を済ませた後、食器の片付けは、僕がするようにしている。
台所に併設してある流し台まで食器類を運び、食器用粉石鹸を使い洗浄し、
布巾で水を拭き取った後、食器立てに並べていく。
「よしっ。父さん、終わったよ」
濡れた手を、台所に備え付けてあるタオルで拭いて、玄関脇にいる父の傍へと駆け寄る。
「ん、ありがとう」
感謝の言葉と共に、父の両手から折り畳まれた綺麗なタオルと水筒が渡される。
「さあ行こうか」
父の大きな手が僕の頭を優しく撫で、外へと向かう。
「うん」
僕も頷いて父に応え、後を追う。
大体同じ毎日を繰り返して、過ごしている。
それでもウィルナの心の中には、不安も不満も一切存在しなかった。