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ハートスート・フェリクス編

◆左手

1月13日。アニュラスデッキは、2年目の初戦を迎えていた。相手は、5年目の「スルゴーデッキ」。

その日の3戦目に登場するアニュラスデッキの控室では、全員が思い思いの時間を過ごしていた。競技後への入場が近くなってきたその時、ソラナはいつもの笑顔で言った。

「円陣、組もうよ?」

ソラナが差し出した右手の所に、ルシア、ラモン、エルネスト、テオの順で右手が集まる。

しかし、1人、右手を出さないメンバーがいた。ソラナは、そのメンバーを見て笑顔を崩すことなく首を傾げた。それを見たそのメンバー、フェリクスは、遅れて右手を差し出した。

ようやく集まった右手。6人はいつもの掛け声を声を大にして言った。

「アニュラス!!」

そして、競技場へと入場して行った。

場内アナウンスが案内する。

「マトゥーレイン、授与。」

ソラナは多少緊張した面持ちだったが、何も知らなかった頃の昨年と遜色ない笑顔で光に包まれ、スート4人にマトゥーレインを授与した。そして、こう言った。

「ここからは、みんなの力だよ。精一杯使ってね!」

エルネスト、フェリクス、テオ、ラモンは、ソラナの命の力を噛み締めるように受け取った後、指定されたリングへと向かって行った。

その短い道中、伏し目がちなフェリクスはいつまでもその左手を胸から離さなかった。


◆称賛

ゲームは始まる。フェリクスの相手は、こう言った。

「お久しぶりです、フルーメン。覚えてますか?アレーナです。」

「覚えていますよ。本当に、お久しぶりですね。しかし、ここではフェリクスと呼んでください。勝手ながら、私はあなたをここではイラリオとお呼びします。すみません、イラリオ・ガイヤール。」

イラリオは首を傾げるが、それを素直に受け入れる。

「確かに、ここは教堂ではありませんからね。逆に失礼しました、フェリクス。」

「いいえ。お詫びをさせてしまって申し訳ありません。イラリオ。」

「そろそろ、戦いを始めましょうか?」

「はい。」

イラリオからこう唱えた。

「慈愛の海より、サーバント・フェアリー召喚。スコーピオ。」

少し遅れてフェリクスもこう唱えた。

「慈愛の海より、サーバント・フェアリー召喚。キャンサー。」

フェリクスは、唱えながら心の中で言った。「これからソラナの命が毒に晒され、また、私はソラナの命でイラリオを傷つけます。お許しを。」と。

イラリオのスコーピオは、一直線にフェリクスの元へと走るように近寄ってくる。それを全力でかわすフェリクス。一方、フェリクスのキャンサーは、跳び上がり、上からハサミでイラリオを傷つけに行った。イラリオもそれを避ける。

「フェリクス、そう言えば、今の導師ランクは、どうなりました?」

「グリーンです。」

「そうですか!グリーンまで!凄いですね?私はブルーですから、ひとつ上ですね?」

「確かに、そうかも知れませんが、このゲームに参加する前の話でしょう?あの当時は、私はブルーのすぐ下のインディゴでしたから、実質あなたの方が今でも上でしょう。」

「そう言ってもらえてありがたいですが、素直に『同期導師』の称賛を受け入れてくださいよ、フェリクス。」

「それは、失礼しました。」

ひたすらサーバント・フェアリーの攻撃をかわし、避けながら2人は会話していたが、遂に疲労により隙が出来る。フェリクスはスコーピオの毒に侵され、イラリオはキャンサーからの傷を負った。2人は、短く悲鳴を上げる。

フェリクスは、体の異常に耐え、こう言った。

「すみません。前言撤回です。やはり、私にはイラリオに称賛される資格はありません。もう二度と『ノーブル大教堂』に戻れないかも知れませんから。」

「どう言う事です?」

「私は、規律を破りつつある導師ですから。」

フェリクスは、下を向きながら、こう言った。

「武器を我が手に、ハートグレイル。」

イラリオは言った。

「答えになっていませんよ?フェリクス?しかし、それを出されてしまったら、こちらもこうせざるを得ません。武器を我が手に、ハートグレイル。」

それに対する反応をせずに、フェリクスはこう言った。

「『そこ』までしか言えません、すみません。そして、今のあなたは私にとって辛い『光』のようなものです。申し訳ありません。ウォーター・スチール。」

「フェリクス、理解できません。」

「本当に、すみません。」

「ウォーター・スチール。」

2人の手に出現したばかりの厳かな聖杯から水の龍がそれぞれ1匹ずつ出現。お互いの力を奪っていく。フェリクスは、こう呟く。

「ソラナ、ソラナを奪われたくありません。」

必死にフェリクスは胸をかきむしった。意味のない物とは思いながらだったが。しかし、それがおまじないのように効いたのか、イラリオから崩れるように倒れた。

そんな中、運営のカウントが始まる。

「勝敗確定まで後5秒。4、3、2、1。」

運営は、こう宣告。

「勝者、アニュラスデッキのハートスート、フェリクス・ジュアン。敗者、スルゴーデッキのハートスート、イラリオ・ガイヤール。」

フェリクスは下を向き、こう言った。

「この勝利は受け取っていいものなんでしょうか?」

それを見たソラナは自らの席で言った。

「フェリクス、勝てたね!よかった!!けど、どうしたんだろう?元気、ない?」


◆脱退の依頼

その後、エルネスト、テオ、ラモンも勝利を飾り、アニュラスデッキは完全勝利を手にした。

控室に戻り、スート4人は状態回復を行う。それが終わった後、ソラナは、ある1人のスートを見つめた。そして、心配そうにそのスートに話しかけた。

「フェリクス?今日、変だよ?元気ないって言うか。」

フェリクスは、ソラナを直視した。その表情の奥底に、涙の気配があった。

「フェリクス?」

フェリクスは、意を決しこう言った。

「すみません。急で申し訳ありませんが、今日をもって、アニュラスデッキから脱退させてください。」

「え?」

ソラナの困惑の短い声が響いた後、ルシアが言った。

「本当に急だよ。」

テオがそれに続ける。

「何でやねん?フェリクス?」

フェリクスはこう答えた。

「導師としての規律を破りつつある、いいえ、私は破ってしまいましたから。」

ラモンがそれに返す。

「それとこれ、何の関係があんでぇ?」

フェリクスは再び答えた。

「その時点で、私は導師ではありません。導師が務めるハートスートですから、導師ではない私は、ハートスートの資格も失いました。」

エルネストが尋ねる。

「フェリクス、君は、導師としての何の規律を破ったんだい?」

フェリクスは、間を空け、こう言った。

「それは、お答え出来ません。」

ルシアが再び口を開いた。

「答えらんないのに、辞めさせろ?そんな、筋が通らないよ。」

フェリクスは、深々と頭を下げ、控室から飛び出して行ってしまった。

「フェリクスっ!!」

ソラナは、それを追いかけた。


◆想い

ソラナは、途中見失いながらも、フェリクスに追いつく。

「フェリクス!フェリクス!!待って!」

フェリクスは、振り返り諦めたように立ち止まった。サクセスコロシアム前の広場にて、2人は並んだ。

「もう、どうしたの?こんなお別れ嫌だよ、フェリクス。」

フェリクスは、しばらく無言だった。ソラナは、フェリクスの前に移動し、見つめる。フェリクスは、左手にて自らの目元を隠した。

「ソラナ、止めてください。私を、見ないでください。」

ソラナは、かなしげな表情になる。そして、こう言った。

「わ、私が嫌になったの?ごめん、フェリクスに負担かけてた?」

フェリクスの左手が取り払われた。

「違います!ソラナ!!」

思いの外、大きい声を出してしまったフェリクスは、すぐに謝罪。そして、再び意を決した。

「大声を上げてすみません。私が、アニュラスデッキを脱退せねばならない理由は、特定の人を愛してしまったからです。それは、前にお話したと思いますが、破門級の規律違反です。」

「そう、だったんだ。難しい話だね。でも、ハートスートを続けられる道を一緒に探そうよ。私、やっぱりアニュラスデッキのハートスートはフェリクス以外考えられないから。」

フェリクスは頭を下げるばかり。ソラナはこう尋ねた。

「私、フェリクスの恋、応援する。誰なの?フェリクスが好きな人って?」

フェリクスは揺れる瞳でソラナを見つめた。

「ソラナ、あなたです。私は、あなたを愛してしまいました。」


◆規律違反と

「え。」

ソラナは、それ以降、絶句した。フェリクスの悩みの原因が自分だと知ってしまったから。しかし、「応援する」と言った手前、ここでフェリクスを拒否出来ないとも考え、思考ががんじがらめになっていく。

一方、話の流れとは言え、一番告げてはならない事を告げてしまったフェリクスは、左手で自らの口を塞ぐ。

沈黙が流れる。それは、ソラナが破った。

「フェリクス。ど、どうして正騎士教会ウヌスの導師は、人に恋しちゃいけないの?」

「正騎士教会ウヌスの導師は、すべての人々に慈悲、慈愛を与えねばならない立場ですから。特定の人を愛する事で、愛せない人を生む可能性を排除するためです。」

ソラナは首を傾げた。それを見つつ、フェリクスは話を続けた。

「私が愛してしまったソラナ、あなたがいい例です。ソラナにとって不利益な存在、アニセト・デフォルジュを私は今、愛する事が難しい状況です。よって、私は今、すべての人々に慈悲、慈愛を与えていません。それは、導師として認められない行為です。」

ソラナは、その話で、この重大な事態を理解した。しかし、同時にフェリクスを「仲間」として失いたくない心が強くなる。そして、狡猾とも言える提案をし始めてしまう。

「そ、そうなんだ。だけど、ここはサクセスコロシアム、ノーブル大教堂じゃないよ。内緒にしていれば、大丈夫だよ。だから、アニュラスデッキにいて?」

フェリクスは、困惑の表情を浮かべる。そして、こう返した。

「確かに、それはそうかも知れません。ご提案、ありがとうございます。けれど、私は私自身を許せません。」

ソラナは、更に食い下がってしまう。

「だったら、ここにいる間で、私への想い、消していこう?私、そのためにどうしたらいいかわからないけど。」

「ソラナ。」

「そ、その想いが消えるまで、フェリクスは、『人を愛する勉強をしてる』っていう事にしない?ねぇ、だから私とアニュラスデッキにいて?フェリクス、お願い。」

必死なソラナをフェリクスは抱き締めたくなっていく。しかし、フェリクスもまた、必死にそれを諌めた。

「わかりました。これも『修行』と解釈して、一旦脱退を撤回しましょう。」

「ありがとう!フェリクス!!」

ソラナは、思わずフェリクスの両手を取る。フェリクスは赤面した。


◆撤回と

それからソラナは、フェリクスと共に控室に戻る。まだ仲間たちはいた。ソラナは、こう言った。

「まだ、みんないてくれてありがとう。ちょっといいかな?」

エルネスト、テオ、ラモン、ルシアは、頷いた。それを受け、ソラナは続ける。

「フェリクス、これからもアニュラスデッキにいてくれるって。」

フェリクスは、頭を下げ、こう言った。

「ご心配をおかけして、すみませんでした。」

ルシアがそれに返した。

「わけわかんないよ、フェリクス。抜けたいだの、やっぱやめただの、何なの?あんた。」

フェリクスは、意を決し真意を話した。

「私は、規律を破り、ソラナを恋人として愛する導師となってしまいました。だから、ここにいられないと判断したんです。」

4人は、ソラナとフェリクスを交互に見た。ソラナはそれに続けた。

「ちょっとずるいかも知れないけど、その事を内緒でいれば、大丈夫だと思って、いてもらう事にしたんだ。」

テオがそれに返した。

「なんや、そんな事かいな。せやけど、商人の俺にはわからん話や。」

ラモンもそれに続く。

「農民の俺にも、わがんねぇ話だなぃ。おめらがよければいいんでねぇが?」

エルネストは言った。

「僕も、貴族としては異端な存在だからね。異端の存在となったフェリクス、君は排除されるべきなんて言える立場じゃないよ。」

ルシアは最後に反応した。

「ま、説明してくれたからよしとするか。後は、あんたらで話、進めなよー。」

ソラナは言った。

「ありがとう!みんな!!」

フェリクスは再び頭を下げ、言った。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。これから、再び精進します。」

そして、アニュラスデッキは、控室から退出、それぞれの寮に戻って行った。


◆心の変化

ソラナは、必然的にフェリクスの事を考える時間が増えていった。暇さえあれば、フェリクスとの出会いから今までを振り返る。

この日の夜も、寮の部屋にてフェリクスの事を考える。そして、出会ったばかりの頃のフェリクスの一言が胸に響いた。

「追悼の涙は美しい物です。」

ソラナの祖父母、両親を弔うために導師フルーメンとして考えを巡らせ、葬儀を執り行ってくれたフェリクスの慰めの言葉。ソラナはひとりごちた。

「あんなに、素敵な導師さんを、私の存在が消そうとしてる。嫌だ。フェリクスは傍にいて欲しいし、フルーメンさんとしても生きて欲しい。なんてわがままなの?私。」

ソラナの目に涙。そして、最後に呟いた。

「フェリクス、私、どうしよう?」

きっとこのわがままな涙は、美しくない。そう思いながら。

それから、アニュラスデッキは、ミックススタイルでの対戦が組まれた。いつものように、ソラナはスート4人にマトゥーレインを授与する。フェリクスばかり見てしまう自分に戸惑いながらだったが。それを振り切るように、こう言って4人を送り出した。

「今日もみんなが勝つの、見たいな。頑張って!」

4人もいつものようにリングへ向かって行った。そんな中、フェリクスは、ふと、右手首のデッキバングルに目を落とす。過去一番の濃さを持った赤いハートが目につく。

「ソラナ?」

フェリクスは呟いた。そして、対戦前だったが、一番最初にルール説明で聞いた「仲間を思う心が、より強い程ジョーカーのマトゥーレインをスートはもらえる」という事を思い出した。

「まさか、そんな筈はありませんよね?ソラナ。」

ソラナと「愛」で心が繋がったのではないか、という自惚れに近い考えだった。

その後、フェリクスは、相手のダイヤスートに勝利を収めた。


◆繋がってしまった物

エルネストは、相手のハートスートに負けを喫す。テオは、相手のクラブスートに負けを喫す。ラモンは、相手のスペードスートに勝利を収めた。よって、アニュラスデッキは引き分けとなった。

ルシアは、控室に戻るなりこう言う。

「引き分けかー。」

ソラナはこう返した。

「そんな時もあるよ。」

そんなやり取りの横で、スート4人は、状態回復を行っていた。

そして、アニュラスデッキは寮へ帰って行った。

ソラナは、部屋にて一息ついた。すると、スマートアニマルのアマガエルがこう言った。

「フェリクス・ジュアンから通話。フェリクス・ジュアンから通話。」

「フェリクス?クローズサウンドで通話繋げて。」

ソラナがそう言った後、フェリクスの声がソラナの頭に直接届く。

「ソラナ、少しお話いいですか?」

「うん。でも、話だったら控室でしてもよかったんじゃない?」

少しの間を空け、フェリクスの返答が。

「顔を合わせてお話すると、一線を越えてしまいそうだったので、通話にしました。」

「『一線』?わかったよ。何?」

「単刀直入に訊きます。私はあなたを愛していますが、あなたは私をどのように思っていますか?」

「えっ。」

ソラナは、そう問いかけられた事がきっかけで、とある答えが心に溢れて来る。ソラナの逡巡が時を止めたようだった。しかし、ソラナは時を進めた。

「私にとって、フェリクス、あなたは失いたくない人。アニュラスデッキのハートスートとして、ノーブル大教堂のフルーメンさんとして、そして、大切な人として。」

「やはり、何かしらの愛を私に抱いてしまったのですね?」

「フェリクスっ。」

ソラナは、「愛」に気づいた。フェリクスへの「恋人」としての「愛」に気づいてしまった。

「ご、ごめん、フェリクス、好きっ。大好き。こんな気持ち、フェリクスには迷惑だよね?でも、止められないよっ。」

目の前にフェリクスがいたら、抱きついてしまいそうな愛の衝動が、ソラナを襲った。そこで、フェリクスが言った「一線」の意味を正確に知る。そして、今、自分とフェリクスは同じ衝動にかられていると思った。

「フェリクス、抱きしめたいよ。フェリクス。」

「ソラナ、私もです。それ以上に。」

フェリクスは、それ以降の言葉を自粛した。その衝動は、フェリクスのスマートアニマルであるシャルトリューが受け止めた。シャルトリューの頬に降り注ぐフェリクスのキス。それは、ソラナのアマガエルも動かした。アマガエルは、ソラナの顔に向かって歩きだし、ソラナの頬にキスをした。

「フェリクス。」

「ソラナ。」

ソラナもフェリクスもその甘美な衝動にしばらく身悶えた。その後、フェリクスが言った。

「ソラナ、今の私とあなたにどんな形の『愛』がいいのか、考えます。」

「ううん。フェリクス、一緒に考えよう?」

「そうですか。では、そうしましょう。」


◆意図

8月。アニュラスデッキのスート4人は、スートレベル10を手にした。そして、「フォーティーフラッグ」が授与された。授与された後、昨年の作戦通りに、スート4人全員の「レベルリセット」を申請した。

運営は、戸惑いの動きを見せる。昨年も、スペードスートのエルネストが異例の「レベルリセット」にてスートレベルエースになった事を踏まえ、何故この時期にまたそれを申請するのか、何故今年は4人全員がそうするのか、と質問が絶えなかった。

それに対して、アニュラスデッキのスート4人は、「一身上の都合」と言って一蹴。運営は、ゲームマスターのアニセト・デフォルジュの判断を仰ぐ事にした。

「この件は、私が預かろう。」

そうアニセトに言われた運営のスタッフは、異例続きのアニュラスデッキへの懸念を抱きつつも、その言葉の通りにした。アニセトは、1人になった時、こう呟いた。

「かえっていいかも知れない。より多くのソラナ・アルシェの命を削る事を可能に出来そうだ。」

そして、少しの間を空け、続ける。

「『アニュラスデッキ』の本心は、わからないがな。」

後日、アニュラスデッキ全員は、アニセトの元に呼ばれた。

「諸君、どういう風の吹き回しだ?」

フェリクスがそれに返した。

「あなたが卑劣な意図でソラナをこのゲームに引き入れたように、私たちにも意図はあります。しかし、それはいずれわかる事でしょう。」

「ここで返答する気はなさそうだな。」

ひとつアニセトは息を吐き、こう続ける。

「まあ、私もその申請から『新たな意図』が生まれたからな。いいだろう。レベルリセットを認める。」

アニセトは、スタッフを呼び出し、レベルリセットをさせた。

「アニュラスデッキのスート4人のスートレベル、エース。それを宣言する。」

そして、アニュラスデッキの面々は、アニセトの部屋から退出した。

テオが言った。

「ここからが正念場やで?俺たち。」

エルネストがそれに返した。

「確かにね。他のデッキのスートとのレベル差はきつくなった。」

ラモンがそれに続く。

「んだなぃ。みんな、レベル10にちけぇからな。ひでぇ時は、9もある。」

フェリクスが言う。

「それでも、ソラナを救うために、私たちはやらねば。」

ルシアがそれに反応。

「フェリクス、あんたは特に『やる』んでしょ?ソラナにぞっこんみたいだし。そうだ、あんたがトランスフォーメーション・ステージで変身したら?」

フェリクスの顔が引き締まる。

「是非、そうさせてください。」

ソラナはフェリクスの傍に行き、言った。

「今の私たちなら、フェリクスをキングに出来そう。」

「はい、キングとなって戦えるよう、再びスートレベル10を目指します。」


◆世間では

一方、アニュラスデッキの動向は、全国的に知らされた。2年連続異例の「レベルリセット」を行った初のデッキとして注目された。

そんな中、ノーブル大教堂では、大導師のフランマが驚きを持ってそれを受け止めていた。

「何があったのかはわかりませんが、フルーメン、あなたの挑戦は、『リアルトランプゲーム』の歴史に残るでしょう。」

そして、その翌月の9月、「好感を抱いたデッキ」への投票が始まった。フランマは、この年の投票先に、アニュラスデッキを選んだ。フルーメンことフェリクス・ジュアンの現状を知らずに。


◆ハートとの夢

ソラナは、この頃になると、とある考えが浮かんで仕方なかった。その日の対戦後、ソラナはサクセスコロシアム前の広場にフェリクスと共に行き、こう言った。

「ねぇ、フェリクス。」

「どうしました?」

「あの、私ね?フェリクスと同じ導師になりたくなったの。」

「ソラナ。」

「このゲームが終わった後も、フェリクスと一緒にいたい。ずっと、ずっと。」

「それは、導師になれば私といられるからですね?」

「そう。」

フェリクスは、少し考えた後、こう返した。

「苦言になりますが、いいですか?」

「え?うん。」

「その動機では駄目です。私も、はじめ正騎士教会ウヌスの門戸を叩いた時、両親へのあこがれだけを訴えて導師になろうとしました。しかし、答えは『ノー』でした。」

「そんな。」

「私利私欲と判断されたのでしょう。それから、改めて考えをまとめ、『エテルステラ国民のため』に働きたいと訴えました。そして、私は導師として認められました。」

ソラナは、軽くうなだれた。

「駄目なの?」

「私への想いは、とても嬉しいです。しかし、今のままのソラナでは駄目です。」

「そっか。」

沈黙が流れた。その沈黙は、フェリクスが破った。

「ソラナの気持ちを聞いたら、あの時の気持ちに戻りますね。」

「そう?」

「改めて考えた導師としての志望動機を口先だけで終わらせてはならないと、再び門戸を叩く前に、様々な人々へ思いを馳せました。」

フェリクスは遠くを見つめ、言葉を続ける。

「国王から、貴族、そして、同業者になる聖職者、商人、農民、その他の職業の方々、更には、フィステリスの恵まれない方々。老若男女すべての方々に。」

「そうなんだ。」

「そして、導師として受け入れられ、はじめの導師ランクのランクパープルを示す紫のストールを首にかけた時は嬉しかったのを覚えています。」

「最初は、紫なんだね?」

「そうです。紫、藍色、青、緑、黄色、橙色、赤とランクは進んでいくんですが、上がる前に、その時の考えを導師の皆に述べる機会を設けられます。その内容が他の導師に支持され、日頃の導師としての働きと合わせて評価されると導師ランクは上がります。」

フェリクスはうなだれる。

「いつの間にか、私は初心を忘れていたようですね。だから、評価が上がらず、ランクグリーンで止まってしまった。そこでソラナ、あなたと出会った。」

ソラナは、フェリクスを見つめた。その視線を受け、フェリクスは言葉を続けた。

「今、わかりました。ソラナを愛しつつ、導師でいられる道を。」

「フェリクス?どんな?」

「あなたを、私が愛すべき人々の象徴として慈しみます。」

ソラナの顔に愛の衝撃が走った。

「出来れば、ソラナ、あなたにもそれを求めたい。そうすれば、自ずとあなたも導師となる道が開けるでしょう。」

「やってみる。ううん、やるよ、私。フェリクスと一緒にいるために。」

「そのお心、ありがたいです、ソラナ。」

そして、フェリクスは思案する。

「私にとっての最終目標は、アニセト・デフォルジュを受け入れ、癒す事ですね。」

「私も、考えなきゃ。」


◆思案の夜

それから、ソラナは心の整理をした。フェリクスとの短い恋を終わらせ、次元の違う愛情をその心に宿す覚悟を決めるために。

その夜、部屋の自らのスペースにて、ソラナは必死に戦っていた。

「フェリクス、フェリクス、愛おしいよ。」

しかし、その過程で忘れてはならない重大な事を思い出す。

「駄目、駄目。私のせいで犠牲になったセシリアさんの事忘れちゃ駄目。」

その呟きに、ソラナはある結論を導き出した。

「決めた。フェリクス、決めたよ。」

一方、フェリクスも部屋の自らのスペースにて、思案していた。そして、苦しげな呟きを響かせた。

「ソラナの命を奪おうとするアニセト・デフォルジュっ、許せません。しかし、許さねば、愛さねば、私は、導師としても、ソラナの想いを受ける者としても、失格です。」


◆夕方の別れと新たな道

それから、1週間後の夕方、ソラナのアマガエルにフェリクスから、フェリクスのシャルトリューにソラナからのメールが届く。「広場で会いたい。」と。

程なくして、ソラナとフェリクスは、サクセスコロシアム前の広場にて顔を合わせる。

「フェリクス。」

「ソラナ。」

2人は、しばらく見つめ合った。そして、フェリクスが切り出した。

「私は、ようやくアニセト・デフォルジュを受け入れる事が出来ました。確かに、アニセト・デフォルジュは、今でもソラナにとっての脅威には変わりありませんが、アニセト・デフォルジュがソラナをこのゲームに誘わなければ、私たちは出会うことはなかったと思いますから。そんな事を考えたら、もう、私が憎むべき人物でなくなりました。」

「そう。出会った頃も言ったけど、やっぱり、フェリクスは立派な導師さんだよ。」

「ソラナ、ありがとうございます。」

「私も、決めたよ、フェリクス。」

「どんな事を決めたんですか?」

「私は、今、生きてる人だけじゃなくて、セシリアさんみたいなエデンに行った人たちにも心を寄せる。フェリクスと一緒だったら出来ると思う。もし、生きてこのゲームを終わらせる事が出来たら、私、一生を賭けてやるよ。」

「ソラナ、素晴らしいです。それであれば、間違いなく導師となる事が出来ましょう。」

「ありがとう、フェリクス。」

一転、沈黙が流れた。「別れの時」が来たからだ。夕焼けが消える。見つめ合う瞳は反らされる事はなかった。しかし、言葉が出ない。次の言葉は、「別れの言葉」だからだ。しかし、フェリクスが意を決し口を開く。

「ソラナ、今まで私を、私個人を愛していただき、ありがとうございました。」

「私も、感謝してるよ。フェリクス。幸せな恋だったよ。」

どちらともなく、ソラナとフェリクスは抱き合った。そして、その唇は熱く重ねられた。人目を憚らず繰り広げられた「別れの儀式」は、夕闇が隠した。ソラナとフェリクスのファーストキスは、深く長く続いた。やがて、2人の涙が落ちた頃、「儀式」は終わりを告げた。

唇から離れ、手、腕、そして、体が離れた。ソラナは涙の余韻の中、こう言った。

「さようなら、フェリクス。そして、これからもよろしくね?」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


◆ハートの変身

12月10日。セイムスタイルでの戦いが組まれた。11年目のフルクトゥスデッキがアニュラスデッキの相手だった。場内アナウンスは、こう案内した。

「マトゥーレイン、授与。なお、アニュラスデッキのハートスートは、トランスフォーメーション・ステージとなります。」

それを聞き届けると、いつものようにソラナからスート4人にマトゥーレインが授与される。

スートレベル9のエルネスト、スートレベル9のテオ、スートレベル7のラモンは、いつも通りの様子だった。

しかし、アナウンスで案内があった通り、スートレベル10のフェリクスは違う様子を見せた。厳かな光をまとったキングローブが出現。そのローブの襟には、ハートのマークが細かくあしらわれていて、フェリクスを包んだ。それが終わると、王冠が出現する。こちらもハートのマークがあしらわれている王冠で、それを見たソラナは、愛おしそうな目で言った。

「私たちの冠だね。」

フェリクスの愛の戴冠が繰り広げられる。こうして、スートレベルキングとなったフェリクスは、エルネスト、テオ、ラモンと共にこの日の対戦の舞台であるいつものリングへと向かった。


◆ハートの王

指定されたリングに上がったフェリクス。そんなフェリクスの相手は、スートレベル9のハートスートだった。お互いに、星の半合掌にて敬意を示した。その後、場内アナウンスは、こう言った。

「ゲームスタートまで、後10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1。ゲームスタート!!」

フェリクスは、言った。

「キングとなると、サーバント・フェアリーを3体使えるようですね。」

相手は返す。

「そうですよ。」

「なにぶん、初めてなもので、確認させていただきたかった。お答え、ありがとうございました。」

「いいえ、どういたしまして。それで、お使いになられるんですか?」

「今は、遠慮しておきます。」

「では、私からの攻撃を受けてもらいましょうか。」

相手は、そう言った後、唱える。

「慈愛の海より、サーバント・フェアリー召喚。ピスケス。」

フェリクスからのマトゥーレインは、水のホログラムとなり、相手のピスケスという魚が泳ぐ場所となる。相手のピスケスの行き先は、勿論フェリクスの元。泳ぎ、たどり着くとフェリクスに体当たりをし始める。相手は、言う。

「避けないんですか?ピスケスを。」

「『王』が逃げる光景は、誰も見たくないでしょう?」

「確かに、そうですね。」

相手がそう返すと、フェリクスはピスケスの攻撃をしばらく受け続けた。そして、こう言った。

「それに、みなさんの施しにもよりますが、これが、私の最後の戦いです。」

相手は首を傾げるが、こう返す。

「確かに、今シーズン最後の戦いになりそうですね?」

「はい。武器を我が手に、ハートグレイル。」

厳かな聖杯がフェリクスの手に出現。すると、相手のピスケスの体当たりの軌跡がぶれ、フェリクスに全くダメージがいかなくなる。相手は、ため息をついた。

「勝負あり、ですね。」

「まだ、終わりませんよ。」

相手は、経験から作戦を変更する。

「そうされては、私はこうするしかありません。武器を我が手に、ハートグレイル。」

キングではない相手の聖杯は、相手の手中で飾りとなる。聖杯が出現した事を確認すると、相手は間髪入れずにこう言った。

「ウォーター・スチール。」

相手の聖杯から水の龍が。フェリクス目掛けて進んでいく。フェリクスは、言った。

「早めに私の力を奪う、という事ですね?申し訳ありません。そうさせてしまって。」

そして、フェリクスは力を奪われはじめる。しかし、いつもとは違う。その奪われ方は緩やかだった。フェリクスは少しため息をつき、矢継ぎ早にこう唱えた。

「慈愛の海より、サーバント・フェアリー召喚。キャンサー。スコーピオ。ピスケス。」

フェリクス側から、蟹、蠍、魚の妖精が出現。そして、3体は相手を取り囲んだ。キャンサーは切りつけ、スコーピオは毒を注ぎ込み、ピスケスは体当たりを繰り返す。

鈍い悲鳴を上げる相手にフェリクスは頭を下げ、更にこう唱えた。

「ウォーター・スチール。」

極めつけの水の龍をフェリクスは自らの聖杯から出現させる。相手はたまらず膝をつく。

そんな中、運営のカウントが始まる。

「勝敗確定まで後5秒。4、3、2、1。」

運営は、こう宣告。

「勝者、アニュラスデッキのハートスート、フェリクス・ジュアン。」

フェリクスは、呟いた。

「ソラナ、あなたの最後の力は、勝利を呼んでくれました。」

ソラナは、自らの席で言った。

「フェリクス、勝ったね。おめでとう。」


◆ハートたちとの殿堂入り

ほぼ同時に他の3人のスートたちも勝利を収めた。完全勝利がアニュラスデッキに訪れた。

競技後、「トランスフォーメーションフラッグ」が贈られる。

そして、4日後の12月14日。この年の「リアルトランプゲーム」は閉幕を迎えた。「ビクトリーフラッグ」と「ポピュラリティーフラッグ」もアニュラスデッキは手にする事が出来た。

翌日の15日。殿堂入りしたデッキとして、アニュラスデッキの6人は、アニセトと面会をしていた。

アニセトは言った。

「諸君の『意図』とは、このような事だったのか。考えもしなかった事だな。」

そして、アニセトは、右手をソラナに向けた。

「はじめから、こうすればよかったのかもな。」

ソラナは尋ねた。

「何をするの?アニセトさん?私に?」

「今より、そのコアから、すべてのマトゥーレインを回収する。」

フェリクスは、ソラナの前に立ち強い声色で言った。

「それは、ここでソラナの命をすべてあなたのマトゥーレインにするという事ですか!」

「いかにも。」

「やめなさい!!」

フェリクスの珍しい怒鳴り声が響く。その後、フェリクスは呼吸を整え、一転、落ち着いた口調でこう言った。

「ここで、そのような事をされないでください。これは、ソラナのためでもありますが、あなたのためでもあります。これ以上、罪を重ねてはなりません。あなたのお心の内面まではわかりませんが、罪の意識を持てる方だと私は信じます。ここで、ソラナを殺めてしまっては、あなたのお心の負担が増えてしまいます。ですから、その手を収めてください。」

その言葉に、アニセトの仮面の奥の目が揺れた。それを見たわけではなかったが、ソラナは、アニセトにこう語りかけた。

「EX1は、確かに「廃棄」された。けど、EX1は、生きてた。きっと、大霊皇ヤファリラ様がEX1の苦しい『命』に慈悲をくれたんだよ。だから、今、EX1はアニセト・デフォルジュさんとして生きてる。あの時、EX1は死んで同時にアニセトさんが産まれた。アニセトさんは、大霊皇ヤファリラ様から、新しい『命』をもらった。そう思えないかな?そんな素敵な『命』を、私の家族への『復讐』をすることに使って欲しくない。私は、一生アニセトさんに憎まれていい。けど、きっと苦しいよ。私、アニセトさんが少しでも苦しくない『命』であることを、精一杯これからずっと大切な人と祈るよ。だから、ここで私たちはお別れしよう?ね?アニセトさん。」

アニセトの右手が震える。そして、こう言った。

「生まれ変わり、か。」

フェリクスは慈愛の眼差しでアニセトを見つめ言った。

「信じてみませんか?それを。」

「よかろう。」

アニセトの右手は下ろされた。そして、アニュラスデッキとアニセトは、永久の別離を果たした。

ルシアが言った。

「あの『おじさん』、ソラナの言った事、信じるかねぇ。」

ラモンが言った。

「信じる事を信じっぺ?」

テオが言った。

「せやな。そうするのが、俺らの使命かもしれへんな。」

エルネストが話題を変えた。

「ソラナ、フェリクス、危ない橋を渡ったね。」

フェリクスは言った。

「いいえ、世の人のためです。」

ソラナは言った。

「助けてもらったけど、心のどこかではアニセトさんの心を救えるのなら、私の命を差し出してもいいって思っちゃってた。だけど、それじゃ、みんなの心の方が壊れちゃうよね?ごめん。」

仲間5人は、そのソラナの謝罪を受け入れた。


◆ハートたちとの帰還

後日の事だった。アニュラスデッキだった6人は、寮から退去し、ソラナの自宅に一旦集まった。そこには、ラウラがいてこう言った。

「アニュラスデッキのみなさん、ソラナを救ってくれて、ありがとうございました!」

ラモンがそれに返した。

「俺は、やりでぇ事やっだだけだぁ。」

ルシアがそれに返した。

「いやー、あたしは何もやってないですよー。」

テオが少し笑いながら言った。

「そう言われればそうやな?」

それを見つつ、エルネストが言った。

「何にせよ、ラウラさんの前に再び『6人』で集まれてよかったと思ってるよ。」

ソラナは言った。

「そうだね。私からもお礼、言わなきゃ。ありがとう、本当にありがとう、みんな。」

穏やかな空気が流れる。そんな中、再びソラナは口を開いた。

「お母さん、私ね?この2年で夢が見つかったの。」

「何?」

「私、メリディサームで導師になる。」

「そう、じゃあ、またお別れなのね?」

フェリクスが言った。

「確かに、そうですね。しかし、今度はソラナさんの命が脅かされる所ではありません。ご安心ください。」

「そうね。メリディサームには、あなたもいてくれるでしょうし。」

「おまかせください。」

「よろしくね?娘を。」

そんな様子を見届けたエルネスト、テオ、ラモン、ルシアは、口々に「アニュラスデッキの仲間は、永遠の友人だ。」といった旨の事を言いつつ、帰るべき場所に帰って行った。


◆ハートとの墓参

仲間の「帰宅」を見送ったソラナ、フェリクス、ラウラ。フェリクスがこう切り出した。

「ソラナ、どうしますか?私と共にメリディサームに行きますか?それとも、後程来られますか?」

「あっ、そ、その前に、フェリクスとルクセンティアに行きたい。」

フェリクスは、「ルクセンティア」という地名でソラナが何をしたいかわかった。

「ご家族の、お墓参りですか?」

「うん。フェリクスと、お母さんとなら行ける。」

それにラウラは返した。

「私は、行かないわ。『あの時』ちゃんと弔って来たから。」

「そうなの。お母さん。」

「では、私とソラナで行きましょうね。」

後日、ソラナとフェリクスの姿は、ルクセンティアの墓地にあった。6人分の墓を目の前に、ソラナとフェリクスはしばらく佇んだ。ソラナは言った。

「やっと、来れたよ。パパ、ママ、カルロスじぃ、ダニエルじぃ、マヌエラばぁ、グラシアばぁ。」

名前をひとりひとり呼ぶにつれ、ソラナの涙が溢れる。フェリクスはそれをその手で拭ってやった。

「やはり、美しい涙ですね。」

「ありがとう。フェリクス。」

そして、フェリクスは導師として簡易な葬儀のような事をソラナのためにしてくれた。それが終わると、フェリクスは言った。

「では、メリディサームへ行きましょう。」

「導師になれるように、頑張るね?」

ソラナは、そう言い終わると、はっとし、言い直した。

「いいえ、導師になれるよう、頑張ります。」

フェリクスは微笑んでくれた。


◆導師へ

E.E.235年のある日、ノーブル大教堂に、純白の装束に、紫色の長いストールを首から下げた女性導師がいた。本名、ソラナ・アルシェ、導師名アクア。それがその女性の名前だ。

アクアの傍らには、緑のストールを下げた導師名フルーメン、フェリクス・ジュアンの姿もあった。

2人は、大導師フランマと会話をしていた。そのフランマが言った。

「フルーメン、本当にいいのですか?ランクグリーンのままで?」

「いいんですよ。フランマ様。これは、自らへの罰ですから。一時期とは言え、規律違反を犯した者としては、適切な処罰でしょう。」

「わかりました。何度も確認して申し訳ありませんね。これから、正しい修行を重ね、上のランクを掴みなさい。」

「はい。フランマ様。」

フランマは引き続き話を進める。

「アクア、まさかあなたが導師としてここに帰って来るとは思いませんでした。」

「そうですか?」

「アクア、あなたとフルーメンには、可能性を感じています。導師としてのより高い指標になってくれるのではないかと。」

「精進します。」

「正直な話、先輩導師としてフルーメンのご両親の『事件』を見ていました。辛い別れでした。あなた方が、それを再現することなく導師として生きるのを、見守りますよ。」

「ありがとうございます。フランマ様。」

アクアとフルーメンは見つめ合い、決意を新たにした。

その後の、E.E.240年。アクアとフルーメンは、新たなストールを受領していた。アクアは言った。

「フルーメン、ランクレッド、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。アクアこそ、ランクグリーン、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。フルーメン。」

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