スペードスート・エルネスト編
◆目線
1月13日。アニュラスデッキは、2年目の初戦を迎えていた。相手は、8年目の「コンクェストゥムデッキ」。
スートの4人は、控室にて集中力を高めていた。それを見守るルシア。ソラナは、自らのデッキバングルを見つめていた。
そんな中エルネストが全員にこう声をかけた。
「円陣、組むかい?」
ソラナは目線を上げ、一番に返答した。
「うん!」
言い出したエルネストの右手にソラナの右手が近づき、フェリクス、ラモン、テオ、ルシアの順で右手が集まる。そして、控室にいつもの掛け声が響いた。
「アニュラス!!」
そして、アニュラスデッキは、その日の第2戦の舞台、サクセスコロシアムの競技場へと移動していった。
そして、マトゥーレイン授与の時間が来る。ソラナからスート4人へと「命」の譲渡が行われた。その事実は5人に緊張感をもたらす。しかし、その緊張感で一致した心は、いつもより強いマトゥーレインをスート4人に与える事となった。
セイムスタイルのリングに向かって行く4人、その背中を見送った後、ソラナは再び自らのデッキバングルを見つめた。
「私の命。」
そう呟きながら。
◆スペードに向けられる嫌悪
ゲームは始まった。エルネストの相手は、声を大にして言った。
「私は、ラファエル・ブロンダン!!」
急な自己紹介にエルネストは多少驚くが、「ブロンダン」という下級貴族の名字に同じ下級貴族として自己紹介を返した。
「僕は、エルネスト・イベール。よろしくね。」
ラファエルは、眉間に皺を寄せつつ言った。
「武器を我が手に!スペードソード!!」
発生する風。それに押されながらエルネストもこう言った。
「武器を我が手に、スペードソード。」
強い風が吹き荒れる中、剣での打ち合いが始まる。剣からの風圧に耐えつつ、2人は、お互いを切りつけようと剣を振るう。しかし、その剣術の腕は拮抗する。故にリングに剣の擦れる音がとけていく。そんな中、エルネストはラファエルにこう言った。
「流石だね。長くこのゲームに参加しているだけあるよ。」
ラファエルは、無言で剣を振るい続ける。エルネストは、柔らかい表情を崩す事なく、それに応戦する。そうしているうちに、ラファエルの剣からの圧力が荒々しく高まっていく。エルネストは尋ねた。
「どうしたんだい?」
その一言に、ラファエルは苛立った様子を見せた。同時に、ラファエルに隙が出来た。それをエルネストは見逃さなかった。ラファエルの左脇を叩くように切りつけた。
「ぐっ。」
ラファエルの鈍い声が響く。エルネストは、こう言った。
「やっと君の声を聞く事が出来たね。」
「黙れ!お前の声など、聞きたくない!!」
「どうしてだい?」
ラファエルは、それに返答せずに、こう唱えた。
「死の城より、サーバント・フェアリー召喚。アクエリアス。」
「それ、かい。」
エルネストは呟きながら、剣を構え直した。そして、この先の戦略を頭の中で練る。
「しばらく、サーバント・フェアリーは、使えないね。」
エルネストは、ラファエルに届かない呟きを響かせる。
再び、ラファエルは剣を持ってエルネストに襲いかかる。エルネストは、剣で防御。しかし、その剣からの風は近くにいるラファエルに届かない。その風は、水に変わり、アクエリアスの水瓶の中に入っていくからだ。一方、風を発生させる事の出来るラファエルの剣は、エルネストを追いつめていく。
「厳しいね。」
エルネストは、短く一言。そして、心の中で呟く。「でも、負けるわけにはいかない。ソラナの命を負け戦に使いたくない。」と。
一方、ラファエルは、こう言い始めた。
「この剣で、お前を殺す事が出来ればいいのだがな!!」
「どういう事だい?」
エルネストがそう尋ねると、再び、ラファエルの剣からの圧力が荒々しく高まっていく。もはや防具と化したエルネストの剣だが、それでもエルネストは、防具として剣を振るった。そんな中、ラファエルが声を上げる。
「答えてやろう!お前の存在そのものが気に入らない!貴族の血を引いていないお前など!!」
エルネストの顔が歪む。そして、こう返した。
「君も、『知っている』人だったんだね。」
ラファエルは、一瞬鼻で笑った後、こう捲し立てた。
「お前自身、それを知っているのなら、貴族界から出て行け!旧制エテルステラの純血のみがいることが許される貴族界に、どこの馬の骨かわからない血を継ぐお前がいる事が私は許せない!!お前の存在は、貴族界を汚す存在だ!!」
ラファエルの剣からの攻撃の勢いは増すばかり。エルネストは、押されるだけ押される。それでも、エルネストは声を上げる。
「僕の存在が、君に負担をかけていたんだね?」
「私だけではないと考えている!」
「そうかもしれない。けれど、僕は『貴族ではない貴族』として、何が出来るか探しているんだ!!」
「そんな物は、皆無だ!!」
ラファエルは、怒鳴りつけるようにそう言った後、こう叫んだ。
「ウィンド・スプリット!!」
同時に、ラファエルのアクエリアスが水瓶をひっくり返す。エルネストは、「負けてしまう。」と心の中で言った後、こう叫ぶ。
「死の城より、サーバント・フェアリー召喚!ジェミニ!!」
そして、矢継ぎ早にエルネストはこうも言った。
「ウィンド・スプリット!!」
3人に増えたエルネストの内、1人がラファエルのウィンド・スプリットと水瓶の水攻撃を受け止め、消滅。もう1人のエルネストとエルネスト本人の風の切り裂きが、ラファエルに直撃。ラファエルは、膝をついた。そんな中、運営のカウントが始まる。
「勝敗確定まで後5秒。4、3、2、1。」
運営は、こう宣告。
「勝者、アニュラスデッキのスペードスート、エルネスト・イベール。敗者、コンクェストゥムデッキのスペードスート、ラファエル・ブロンダン。」
悔しそうな顔をした敗者ラファエル。一方、勝者のエルネストは、荒い息をして立っていたが、膝をつき、リング上に倒れてしまった。
◆勝利の後
「エルネスト!!」
ソラナは、叫んだ。そして、ジョーカープラスの席を立ち、リングへと走ろうとした。しかし、ルシアに止められた。
「ソラナ!まだ他のリングで対戦してんだから、危ない!!」
「で、でも!!」
「運営がなんとかしてくれるって!」
ソラナは、その言葉にエルネストに駆け寄る事を止めた。
一方、まだ対戦の続いている他のリングからも、エルネストが倒れた光景は見えた。フェリクス、テオ、ラモンは、動揺した。しかし、「仲間」の窮地を目の当たりにした事から、早く決着をつけて、駆けつけたいという思いが溢れ、それから間もなく勝利を収めた。
エルネストは、その中で運営のストレッチャーに乗せられ、退場して行く。
完全勝利を手にしたアニュラスデッキは、ひとまず運営からの「デッキ、退場。」のアナウンスを待ち、エルネストの元に駆け出して行った。
エルネストは、控室にてストレッチャーに乗せられたまま横たわっていた。ソラナが真っ先に駆け寄り、意識のないエルネストに叫ぶようにこう言った。
「エルネスト!しっかりして!!」
その言葉を受け、運営スタッフの男性がこう言った。
「『状態回復の魔法石』を使ってみてください。それでも意識が取り戻せなかったら、病院に搬送します。」
そう言い終わると同時に、別の男性スタッフが状態回復の魔法石を4人分持ってきた。そして、こう言った。
「意識のない方の状態回復は、他の方が『代唱』をしてください。どなたでもいいです。」
ソラナは、「代唱」を買って出た。
「私にやらせてください。」
「では、対象者の上に、魔法石を置いて、『代唱』した後、より多くのマトゥーレインを対象者に与えるため離れてください。」
「わかりました。」
ソラナはそう返すと、言われた通りにエルネストの胸の上に魔法石を置き、唱えた。
「ステータス・リカバリー。」
すぐにソラナはエルネストから離れる。エルネストは、霧に包まれた。固唾を飲みながらその様子を見守るアニュラスデッキの面々。ソラナは殊更にその様子を凝視していた。一方、ルシアは他のスート3人にこう言った。
「あんたらも、『状態回復』しなよ。」
「せやけど。」
「後でいいべぇ、俺らは。」
テオとラモンがそう返すと、ルシアは言った。
「一応、魔法石が全部やってくれんだから、突っ立ってても意味ないじゃん?」
フェリクスがそれを聞き、観念したように返した。
「それに従いましょう。」
そうして、3人の状態回復も始まった。
しばらくすると、3人の状態回復の霧が消える。フェリクス、テオ、ラモンは今度こそ本格的にエルネストの心配をする。そのエルネストは、状態回復に時間がかかっているようで、未だに霧の中だった。ソラナは、震えながら呟いた。
「エルネスト。」
脳裏に浮かぶのは、同じくストレッチャーに乗せられ運ばれていったセシリアの姿。あの時、セシリアは亡くなった。それと同じことがエルネストに起こるのでは、とソラナは内心動揺していた。次第に薄くなっていくエルネストの周りの霧。そして、完全に消えた。一斉にエルネストを5人は囲んだ。
「み、みんな。」
エルネストの声が5人の耳に届く。全員の安堵の声が響いた。エルネストは、ストレッチャーから降りる。その状況を見て、大丈夫と判断したスタッフは、ストレッチャーを撤収しつつ、控室から退出していった。
「ごめんね。心配かけたみたいだ。」
エルネストがそう言うと、ソラナはエルネストに思わず抱きついた。
「よかった、よかったよ。」
「ソラナ、本当にごめんね。」
それから、アニュラスデッキはエルネストに気遣いながらも寮へと帰っていった。
◆3度目
4日後の事だった。アニュラスデッキは、トレーニングのためにトレーニングルームに集合していた。ソラナは尋ねた。
「エルネスト、もう大丈夫?」
エルネストは、いつもの柔らかい表情で返した。
「大丈夫だよ。君があの時『代唱』してくれたんだってね?ありがとう。おかげで今はあの戦いの前より元気になった気がするよ。」
「よかった。」
ソラナは胸をなでおろすと、こう続けた。
「じゃあ、今日は無理しないでトレーニングしてね?」
「うん、わかったよ。」
そして、エルネストはトレーニングをし始める。勿論、フェリクス、テオ、ラモンもそれに続く。
しかし、フェリクスが言った。
「どうしました?エルネスト。今日のあなたの剣は、様子がおかしいですよ?」
それを受け、エルネストはトレーニング用の剣を床に力なく放棄した。テオが首を傾げる。
「なんや?なんかあったんかいな?」
ラモンもトレーニングの手を止めて反応した。
「だっぺね。」
エルネストは、自嘲に近い笑みを浮かべながらこう言った。
「3人目だよ。僕の『過去』を抉られるのは。去年の初戦の相手といつかのテオの相手。そして、ラファエル・ブロンダン。」
次第にエルネストはうなだれる。
「どこまで、僕の事は知れ渡っているんだろうね。」
ソラナは、そんなエルネストの傍に行く。
「エルネスト、辛いね。」
エルネストは、はっとした。
「ごめん、ソラナにまた心配かけてしまうね。これは、僕の問題。そんな事に君らを巻き込む訳にはいかない。トレーニングに集中するよ。」
「そんな、エルネスト。」
ソラナはかなしそうな顔をするが、エルネストは剣を床から拾い上げ、トレーニングを再開した。その剣筋は、いつものエルネストの物に戻っていた。
◆変化
それからというものの、アニュラスデッキは対戦を重ねていく。エルネストの様子はと言うと、変わらない戦いを繰り広げる。ある日の対戦中、そんな様子をソラナは自らの席から見つめ、こう呟いた。
「エルネスト、『あの日』きっとひどい事言われたんだろうな。でも、そんな事がなかったような戦いだね。強い、強いよ、エルネスト。」
ソラナは自らがアニセトの『標的』とされている事を知った後、ルシアに浄化されるまでずっと鬱ぎ込んでいた事を思い出す。一方、エルネストはそんな素振りを見せずに戦っている。再び、ソラナはこう呟いた。
「エルネスト、かっこいい。」
ソラナの心にぬくもりが訪れた。
◆萌芽
その日の夜、ソラナは就寝するためベッドに入る。しかし、なかなか寝つけない。
「眠れないよ。」
どこか上気している心。その理由を探した。
「エルネスト。」
そう、ソラナはエルネストの事が頭を離れない。
「どうしよう。」
とにかく、エルネストの顔を見たくなる。しかし、こんな夜中に会えるわけがない。すると、ある動画の存在を思い出す。1年も前の物だが、アニュラスデッキがデビューを迎えた日に撮影した仲間の映像だ。アマガエルに残されているそれを再生する。音は隣で寝ているルシアに配慮し、ミュートにした。
そして、いつもの柔らかい表情をしたエルネストがソラナの目に飛び込んでくる。
「エルネスト、エルネスト、エルネスト。」
胸の高鳴りがソラナを包む。
「次、エルネストに会ったら、私、どうなっちゃうんだろう。」
◆自覚
それから、数日後。トレーニングの為アニュラスデッキは集まる。
ソラナはいつもと変わらないエルネストの顔を見た瞬間、急に抱きつきたくなる衝動に駆られた。しかし、トレーニングに気合いを入れているであろうエルネストの邪魔とそれを諌める。
そして、トレーニングは始まる。ソラナはいつもの通り椅子に座りその様子を見守るが、エルネストばかり見続けてしまう。そして、抑えきれない呟きをルシアに聞かれてしまう。
「エルネスト、私、変なの。」
「何か言った?」
「えっ!あ、うん。」
「え、あんた顔赤いよ?」
「へっ?」
両手でその熱を持つ頬を隠すソラナ。そして、こう続ける。
「あ、あのね、私、おかしいの。エルネストを見ると、変なの。」
要領を得ないその返答にルシアはピンと来た。
「え、まさか?え、これ、デッキ内恋愛ってヤツ?そんな言葉があるかはわかんないけど。」
「えっ。」
ソラナは、ルシアを見ていた視線を、エルネストへ移してしまう。高まる胸の鼓動。
「わ、私、エルネスト、が、好き?」
「まぁ、いいんじゃない?別に運営とかから『駄目』って言われてる訳じゃないんだし。この後、エルネストに言ってみたら?」
◆スペードへの告白
その日のトレーニングが終わった。ソラナは、意を決しエルネストと話をする事にした。
「あ、あの、エル、エルネスト?これから、話、したいの。いい?その、2人で。」
「いいよ?どうしたんだい?」
エルネストの柔らかい微笑みがソラナの瞳に大きく映る。ラモンが横から言う。
「あんだぁ?」
その様子に、ルシアはこう言った。
「あたしらは、先、帰ろ。はいはい、寮に戻ろ。」
そして、ルシアはラモンはじめフェリクス、テオを半ば無理矢理トレーニングルームから連れ出した。
そんな様子を見て、ソラナは心の中で「ルシア、ありがとう。」と言った。そして、エルネストに向き合った。
「疲れてるよね?ごめん。引き留めて。」
「僕は、大丈夫だよ。『2人で』なんて、どんな話だい?」
「あ、あのね?エルネスト、私、その、あなたの事、す、好きになっちゃったみたい。」
エルネストの顔が明らかな驚きの色に染まる。そんなエルネストの瞳に、これ以上ないと言う程の紅潮したソラナの顔が映る。エルネストがそれを受け、言った。
「『好きになったみたい』じゃなさそうだね?確実に、君は僕の事を『好き』なようだ。」
ソラナの目は、愛おしさに揺れる。
「そ、そうかも。」
「その気持ち、とても嬉しいよ。それに対して、責任ある答えを返したい。だから、少し時間を僕にくれないかい?」
「う、うん。あ、ありがとう。」
溢れ出そうな気持ちに呼吸が制限されるソラナ。それに気づいたエルネスト。
「苦しそうだね?リラックスだよ、ソラナ。」
エルネストは、ソラナの背中を短くかつ優しく撫でた。ソラナはそれを受け、耳まで赤く染める。エルネストは、引き続きそんなソラナに声をかける。
「今日は、話をしてくれてありがとう。寮に戻ろうか?」
「うん。」
◆それぞれの305号室
ジョーカー寮の305号室に、ソラナが戻って来た。
「ルシア、今日は、ありがとう。私、言ってきた。エルネストに。」
「あ、そ。」
「色々、考えてくれるって。」
「へー。」
スート寮の305号室に、エルネストが戻って来た。無言のエルネストにテオが声をかけた。
「で?ソラナの話って何だったん?」
「なかなか、その、責任ある話だったよ。」
ラモンは、こう言った。
「そうけ。悪い話じゃあんめぇ?」
「大丈夫。いい話、なのかな?」
フェリクスがそれに返した。
「なら、いいですが、何か私たちに協力出来る事があれば、何なりと。」
「ありがとう。けれど、これは僕とソラナの話だから、心配しなくてもいいよ。」
そのエルネストの言葉を聞いたフェリクス、テオ、ラモンは、ソラナが何の話をしたのかわかった。3人は顔を見合わせた。エルネストは、少し苦笑いし、こう言った。
「わかってしまったかな?『そう』いうことなんだ。」
フェリクス、テオ、ラモンは、微笑んだ。
◆熟考
それから、エルネストは防音効果のあるカーテンを閉め、「1人」になり、ソラナの事を真剣に考え始めた。そして、柄にもなく独り言をつらつら言い始める。
「ソラナ。」
エルネストの脳裏には、ソラナとの出会いから今までの事が矢継ぎ早に流れていく。
「何故、僕を好きになったのかを訊いてくるのを忘れてしまった。もし、僕が『貴族』だから好意を持ったのなら、それは、消すべき感情だ。」
エルネストの耳に、ソラナの「私にとっての上級貴族」と言う声がよみがえる。エルネストは、引き続き、ソラナの現状を考えた。
「いや、『それ』は冷たい対応かな?命の危機を抱えているソラナには。」
エルネストの右手が自らの顎に添えられる。
「うん、だからこそ、僕との時間がソラナには必要なのかもしれない。僕と共にいる事によって、何かしらの負の感情が和らぐ可能性があるのなら、僕は、ソラナにとっての『休息の場』になろう。」
そして、それからソラナに対する返答を静かに考え始めた。
◆返答
それから3日後の事だった。エルネストの姿は、サクセスコロシアム前の広場にあった。そこにソラナが来た。
「ごめん、待たせちゃった。」
「構わないよ。」
エルネストはそう言うと、ソラナに向き合い、こう切り出した。
「ソラナ、君からの愛の言葉、とても光栄だったよ。結論を言うと、僕は、君を受け入れようと思う。ソラナ。」
「本当に?」
「うん。これまで以上に、仲を深めていこう。とは言っても、こんな事は僕にとって初めての事だから、どう事を進めていっていいかわからないけどね。」
「私も、初めてだよ。だから、一緒だね?」
「そうかい。」
エルネストは柔らかい表情をソラナに見せたが、すぐに真剣な眼差しを向ける。
「だから、何か僕は君を傷つける事をしてしまうかもしれない。もし、僕の存在が君にとって害を成す物となった場合、僕の気持ちに関係なく僕を『切って』いい。」
「そんな。そんな事は嫌だよ。そんな日が来ないように願うよ。」
「そうだね。僕は君を、ソラナを幸せにするよ。」
「エルネストっ!」
ソラナの感情は、爆発し、エルネストに抱きついた。
「今、私、エルネストから幸せをもらったよ。ああ、ずっとこうしたかったの。」
「そうかい。」
エルネストは、ソラナをそっと抱きしめ返した。
◆黒の濃さ
更に2日後、アニュラスデッキは、ミックススタイルでの対戦が組まれた。
いつものように、ソラナからのマトゥーレイン授与が行われる。
エルネストは、いつもと違う感覚に驚いていた。視線を右手首に落とせば、いつもより黒々としているバングルのスペードが。それは、強いオーラをまとっているようでもあった。エルネストは、リングへと足を進めている最中、こう呟いた。
「心を繋げる、と言う事は、こういう事なのか。恐ろしい。ソラナの命がいつもより多く僕に与えられてしまった。」
しかし、同時に自らを愛しいと思ってくれているソラナの存在が自らの中にある事に心地よさも感じる。
「ソラナ、ごめん。しかし、だからこそ僕は負けてはならないよね。最善の戦いをするよ。」
それから、エルネストはソラナの命のマトゥーレインを遺憾なく発揮し、相手デッキのダイヤスートを倒した。
◆戦いの後
フェリクスは、相手デッキのスペードスートに敗北。テオは、相手デッキのクラブスートに勝利。ラモンは、相手デッキのハートスートに敗北。この日のアニュラスデッキの戦いは、引き分けとなった。
控室に戻る6人。状態回復の魔法石が配布される。そして、フェリクス、テオ、ラモンは手早く状態回復をし始める。ルシアは、さっさとそこから退出していく。
ソラナは、そんなルシアに疑問の視線を注ぐ。一方、エルネストは自分のペースで状態回復をし始めるが、他のスート3人がそそくさと控室を退出。エルネストの状態回復の霧が消えた頃、ソラナとエルネストは2人きりになっていた。
「あれ?みんなは?」
「みんな、先に帰っちゃった。」
「2人きりかい。みんな、僕らに『配慮』してくれたのかな?」
「そうかも。ちょっとさびしいけど、エルネストと2人、嬉しい。」
「僕もだよ。」
◆過去の共有
エルネストは、ソラナの隣に立つ。
「折角だから、色々話をしていこうか?」
「うん。」
「ソラナに、ひとつ訊いておきたい事があるんだ。何故、僕を好きになってくれたのか、理由を教えてくれるかい?」
「えっ。」
ソラナの顔が赤くなる。しかし、それでもソラナはこう返答した。
「その、エルネストは強いなって思って。何度も『貴族じゃない』って同じ貴族さんたちから言われてても、エルネストは変わらないから。」
「そうかい。よく考えたら、15の時に『真実』を突きつけられた時よりは大した事はないんだよね。他の貴族から、邪険にされるのは。」
「15歳の時、辛かったみたいだね?」
「そうだね。『成人誕生会』を無事に済ませた後の夜、両親からその『真実』を告げられたんだ。あの夜は眠れなかった。両親との『家族写真』を投げつけて写真立てを壊してしまったくらい、激しく僕は動揺したよ。」
ソラナは、神妙な顔になる。
「私とは、違うね。私は、『成人誕生会』の後はお母さんと、とっても穏やかな時間、過ごせたんだ。」
「それは、いい事だよ。」
エルネストは、少し間を空け、こう言った。
「ソラナ、この話をするのは酷な事かも知れないけど、僕は君の『過去』を知った時、『僕と同じだ。』と、思ったんだ。実の親を亡くしている、という面でね。」
ソラナの顔がわずかにかなしげになる。そして、こう返した。
「そ、そうだね。『酷』じゃないよ。言ってくれてありがとう。大好きなエルネストと『同じ』だって知れたから。」
それから、少しの沈黙の時間が流れる。お互いの「過去」に思いを馳せたからだ。その沈黙の時間は、ソラナの涙にて終わりを告げる。エルネストが慌てて言った。
「ごめん、辛い事を思い出させてしまったみたいだね。」
「違うよ、エルネスト。エルネストは悪くないよ。違うの。」
エルネストは、ソラナの涙をその指で拭おうとした。その指は、次のソラナの言葉で一旦止まる。
「やっぱり、エルネストと私は違うよ。だって、エルネストは本当のパパとママの事知らないんでしょ?顔も見た事ないんでしょう?」
「確かに。そうだよ。」
「私、どこか私が一番辛いって思ってた。だけど、私は本当のパパとママとの「幸せな時間」は11年もあったの。だけど、エルネストにはその『時間』が、全然なかったんだよね?それ、凄く、辛いよ。エルネスト、やっぱり、強いよ。かっこいいよ。」
「ソラナ。」
その瞬間、エルネストはソラナを抱き締めていた。ソラナは驚きで涙が止まる。
「エルネスト?」
「そんな風に僕の事を言ってくれた人はいなかった。ありがとう。君を受け入れてよかった。今、僕の心に確かな君への愛が溢れているよ。ソラナ。」
エルネストの腕の力が強まる。それに応えてソラナも強く抱き締め返した。
「これからも、エルネストの事、好きでいていい?」
「いいよ。これからもずっと、僕らは愛し合っていこう。」
「うん。」
そして、2人の人生で初めてのキスが交わされた。
◆選ばれる者
それからのアニュラスデッキの戦いは、デッキに「フォーティーフラッグ」をもたらした。全員がスートレベル10を手にした8月末の出来事だった。その旗を手にした日、6人が集まっている中でフェリクスが言った。
「ここで、昨年の約束通り、変身するスートを決めましょう。」
テオが言った。
「そらー、決まっとるやろ。」
ラモンが言った。
「わざわざ話すことでもねぇべぇ?」
ルシアが言った。
「でも、とりあえず、形だけでも話しておかなきゃだよ。」
その4人の視線は、エルネストに注がれる。エルネストは言った。
「僕、だね。ここから頑張るよ。」
ソラナは、そんなエルネストの傍に行く。
「エルネスト。」
そして、作戦通りにスート全員の「レベルリセット」を申請しに行った。運営は、戸惑った。昨年のエルネストの「レベルリセット」があったばかりで、今年もアニュラスデッキからの「レベルリセット」の話が出たからだ。しかも、今度はスート全員、という話だったからなおのことだった。
その報告を受けたアニセトは、言った。
「構わない、受け入れよう。」
後日、アニュラスデッキのスート4人とアニセトは対面。
「諸君、何を考えているのだ?」
そのアニセトの問いに、エルネストは答えた。
「それを、僕らが答えると思うかい?僕らと君は、敵対しているんだよ?」
エルネストの毅然とした視線に、アニセトはこれ以上の詮索は出来ないと判断した。
「よかろう。レベルリセットを始める。」
アニセトは、スタッフを呼び出し、レベルリセットをさせた。
「アニュラスデッキのスート4人のスートレベル、エース。それを宣言する。」
アニセトはそう言って、4人の退出を求めた。
この出来事は、「昨年」に引き続き報道された。そこで、アニュラスデッキへの注目度が上がった。
それと同時進行で、エルネストの「両親」は、9月から始まった「好感を抱いたデッキ」への投票を交流のある貴族たちへと呼び掛けた。「父」エンリケは言った。
「この度のアニュラスデッキへの投票に、感謝する。」
他の場所で「母」のビアンカはこう言った。
「お知り合いにも、呼び掛けてもらえれば、嬉しいですわ。」
◆夢
一方、アニュラスデッキ。他のデッキのスートたちのスートレベルが軒並み高レベルな中で、勝利を収めねばならない状況が続く。
それでも、4人のスートたちは、ソラナをこの年で命削りのゲームから救い出そうと、健闘を続ける。
年間最多勝を確実とし、「ビクトリーフラッグ」の取得が現実味を帯びてきた11月、アニュラスデッキが完全勝利を収めた後、ソラナは言った。
「みんな、ありがとう。私のために。」
ルシアやスート4人は力強く頷いた。それを見て、ソラナは続けた。
「実はね?私、夢が出来たの。みんなが助けてくれた命を、その為に使いたいって思うようになったんだ。」
ルシアがスート4人を見渡し、返した。
「へー。あんたらよかったじゃん?ここまで戦ってきた甲斐あったってもんじゃない?」
テオがそれに返した。
「せやな。」
ラモンも返す。
「んだなぃ。」
フェリクスが尋ねた。
「どんな夢なんですか?ソラナ。」
ソラナはそれに返す。
「『里親里子仲介』っていうのかな?そんな事をやりたくなったの。私、パパとママが死んじゃった後、お母さんに育てられたから。」
エルネストは、それに返した。
「それは、いい考えだよ。僕は、それを貴族として後押ししよう。」
「エルネスト、ありがとう。」
ソラナは、一瞬の笑みの後、うつむく。そして、こう言った。
「でも、ちょっとだけ迷ってる。私、こんなに幸せでいいのかな?って思う私もいる。前に進んでいいのかな?私。」
5人が首を傾げる。ソラナは言葉を続ける。
「セシリアさんが、亡くなっちゃったのに、私のせいで。」
エルネストがソラナに寄り添いながら、こう返した。
「君が出来る償いは、それで十分だと思うよ。ある意味酷かも知れないけど、僕らが本当の両親たちに今でも思いを寄せているように、君は、セシリア・フェレールの死に、一生思いを寄せるんだ。僕は、君の傍でそれを見守るから。君は君なりの幸せを掴んでいいと思うよ。」
ソラナの目に涙。そして、人目を憚らずエルネストに抱きついた。
「エルネスト!そうだね、そうする。やっぱり、エルネストはかっこいい。」
「ありがとう。君の夢、君の償いをこれから出来るように、僕は、戦うよ。」
エルネストは、次戦えば変身し、「トランスフォーメーションフラッグ」を手にするスートレベル10となっている。気合いを入れた表情で、エルネストは言葉を続けた。
「君と僕なら、キングを手に入れられる。」
◆スペードの変身
12月10日。セイムスタイルでの戦いが組まれた。10年目のトゥルボーデッキがアニュラスデッキの相手だった。場内アナウンスは、こう案内した。
「マトゥーレイン、授与。なお、アニュラスデッキのスペードスートは、トランスフォーメーション・ステージとなります。」
それを聞き届けると、いつものようにソラナからスート4人にマトゥーレインが授与される。
スートレベル8のフェリクス、スートレベル7のテオ、スートレベル8のラモンは、いつも通りの様子だった。
しかし、アナウンスで案内があった通り、スートレベル10のエルネストは違う様子を見せた。優雅な光をまとったキングローブが出現。そのローブの襟には、スペードのマークが細かくあしらわれていて、エルネストを包んだ。それが終わると、王冠が出現する。こちらもスペードのマークがあしらわれている王冠で、それを見たソラナは、愛おしそうな目で言った。
「私たちの冠だね。」
エルネストの愛の戴冠が繰り広げられる。こうして、スートレベルキングとなったエルネストは、フェリクス、テオ、ラモンと共にこの日の対戦の舞台であるいつものリングへと向かった。
◆スペードの王
指定されたリングに上がったエルネスト。そんなエルネストの相手は、スートレベル8のスペードスートだった。お互いに、ボウアンドスクレープにて敬意を示した。その後、場内アナウンスは、こう言った。
「ゲームスタートまで、後10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1。ゲームスタート!!」
相手は言った。
「君は、私にとって、記念すべき10回目のトランスフォーメーションステージの相手だ!!」
「そうかい。僕は、初めてだよ。こう変身するのはね。」
そして、エルネストは心の中で「最後の変身でもあるけどね。」と言った。そして、こう続けた。
「胸を借りるつもりで向かって行くよ。よろしくね!」
そして、相手と同時にこう言った。
「武器を我が手に、スペードソード。」
エルネストと相手の手に剣が出現。2本の剣からは、風が発生するが、エルネストの剣からの通常より強い風圧が相手の剣の風を押し戻す。
相手は、こう言った。
「キングの厄介な所は、こういう所だ。」
しかし、相手は果敢にもそのままエルネストに剣ひとつて斬りかかってくる。エルネストもそれに応戦。明らかに相手は苦しそうだった。エルネストはこう言った。
「こう言うのもなんだけど、大丈夫かい?」
「10年目の経験を、見くびらないでくれるか?」
すると、相手は剣の握り方を変えた。その形で振るわれる剣の剣筋は、先程とは違う物になった。まるで、エルネストの剣からの風を避けるようにして、エルネストに自らの剣の風を浴びせかけるような物だった。
「くっ、流石だね。」
エルネストのキングとしての絶対的な力が押されていく。相手はこう唱えた。
「死の城より、サーバント・フェアリー召喚。リブラ。」
天秤を持った人型の妖精が佇む。それを確認すると、相手は言った。
「ここは公平にいこう。しかし、君の3体同時召喚を妨げる物ではない。」
「ありがとう。でも、しばらくは使わないよ。」
そう言うと、2人は再び剣を交える。リブラの2つの皿に蓄積される本来2人が受ける筈だったダメージ。それは、しばらくすると、等分され、2人に与えられた。エルネストは、言った。
「どちらのが、強かったんだろうね?」
「それは、君のだろう?」
「そうかもね。」
そうエルネストが返答すると、相手は言った。
「本当に、サーバント・フェアリーを喚ばないのか?」
「『しばらくは』と言った筈だよね?」
「そうか。その前に、キングを仕留めさせてもらおう。ウィンド・スプリット!」
「待ってたよ!死の城より、サーバント・フェアリー召喚。リブラ!アクエリアス!」
相手の風の切り裂きは、エルネストのリブラとアクエリアスに等分され、保管される。相手は言った。
「やはり、キングは厄介だ。」
「えげつない手法をとって、悪いね。」
「いや、それも立派な戦い方だ。」
エルネストは、それを聞き届けると、こう言った。
「死の城より、サーバント・フェアリー召喚。ジェミニ!」
「なるほど、そういう戦略か。」
3人に増えたエルネストが、こう言った。
「ウィンド・スプリット!」
3つの剣からの風の切り裂きは、一旦エルネストのリブラの皿に保管される。そこから、1つの皿分のダメージがエルネストに襲いかかり、ジェミニが消滅。しかし、同時にエルネストのアクエリアスの水瓶がひっくり返され、それと共にリブラの1つの皿分のダメージが相手を襲う。
「ぐうっ!」
相手は、膝をついた。エルネストは言った。
「すまない。」
そんな中、運営のカウントが始まる。
「勝敗確定まで後5秒。4、3、2、1。」
運営は、こう宣告。
「勝者、アニュラスデッキのスペードスート、エルネスト・イベール。」
エルネストは、呟いた。
「最後を、勝利で飾れたよ。ソラナ。」
ソラナは、自らの席で言った。
「エルネスト!エルネスト!!勝ったね!!」
◆スペードたちとの殿堂入り
ほぼ同時に他の3人のスートたちも勝利を収めた。完全勝利がアニュラスデッキに訪れた。
競技後、「トランスフォーメーションフラッグ」が贈られる。
そして、4日後の12月14日。この年の「リアルトランプゲーム」は閉幕を迎えた。「ビクトリーフラッグ」と「ポピュラリティーフラッグ」もアニュラスデッキは手にする事が出来た。
翌日の15日。殿堂入りしたデッキとして、アニュラスデッキの6人は、アニセトと面会をしていた。
アニセトは、開口一番にこう言った。
「諸君、まさかこのような形で『逃げる』とはな。」
そう言うと、アニセトは剣を繰り出した。
「仕方ない。ここで、私がソラナ・アルシェを討つ。」
それを認めたエルネストは、真っ先にソラナの目の前に立つ。
「潔くないね、君ほどの存在が。」
「エルネストっ!危ないっ!!」
「大丈夫だよ、ソラナ。」
そう言うと、エルネストは厳しい視線をアニセトに向ける。アニセトは、しばらく仮面の奥からエルネストを睨むが、こう言って、剣を消した。
「こうなった以上、見苦しいか。」
「剣を収めてくれて、感謝するよ。アニセト・デフォルジュ。」
エルネストは、ソラナの横に移動した。そして、ソラナは、こう話し始める。
「少し、話させて?アニセトさん。」
「何だ?」
ソラナは、アニセトがそれを拒否していないと認めると、話を続けた。
「私は、家族を失った。それから、私を引き取ってくれた血の繋がらない『お母さん』とさびしくない生活をしてきた。アニセトさんが本当におじいちゃん、おばあちゃんが人工生命体として産み出した人なら、パパとママの『お兄ちゃん』なら、私にとっての『伯父さん』だよね?私、なんだか嬉しいの。家族が増えた気持ちなんだよ。そんなアニセトさんと一緒に『苦しみのないこれから』を生きたいよ。勿論、私の事を見たら『苦しかったあの時』を思い出しちゃうよね?だから、ここで、私たちは一生のお別れをしよう。私は、これから『親が欲しい子供たち』と、『子供が欲しい親たち』を繋げることに『命』を使いたい。大切な人と一緒にね。アニセトさんは、どんな事に『命』を使う?」
アニセトは、一瞬口角を上げ、こう返した。
「お前が、私の『姪』か。考えもしなかった。そうか。なら、私の『姪』よ、私がこれからどう『命』を使っていくか、見届けるがいい。」
ソラナは、それに微笑み、こう言った。
「ありがとう、アニセトさん。」
それから、アニュラスデッキはアニセトの部屋から退出した。ラモンが言った。
「いやー、ソラナが殺されなくていがった。」
フェリクスが言った。
「エルネスト、あなたの勇気が、ソラナを救いましたね。」
テオが言った。
「一瞬、肝冷やしたわぁ。」
エルネストがそれに返す。
「ソラナは、僕の存在を賭けて守りたい人だからね。」
それを受け、ルシアが言う。
「あー、ごちそうさま。って言うか、ソラナ、よくあんな奴と『親戚だ』なんて言えたね?」
ソラナはそれに返した。
「話、してたらふっとそう思っちゃったんだ。でも、すぐにアニセトさんが私を『姪』って呼んでくれた。これ、みんなのおかげだよ。ありがとう。」
ソラナは頭を下げた。5人は微笑み、軽く頷いてくれた。
◆スペードたちとの帰還
後日の事だった。アニュラスデッキだった6人は、寮から退去し、ソラナの自宅に一旦集まった。そこには、ラウラがいてこう言った。
「私の『娘』を、私の手元に戻してくれてありがとうございました。ソラナが生きて帰って来て、本当に嬉しいです!」
深々と頭を下げるラウラ。ソラナの仲間たちは、力強く頷いた。そこで、エルネストが言った。
「僕は、仲間たちと愛するソラナさんを守りきれました。」
ソラナは、顔を赤くした。それを受け、ラウラは目を白黒させた。
「えっ?ソラナ?」
「えっと、ごめん、お母さん。エルネストは、私の恋人になったの。」
「そんな事になってたのね?でも、いいわ。これからソラナには幸せになってもらわなきゃ。」
「ありがとう、お母さん。」
「エルネストさん?ソラナをよろしくお願いします。」
「はい。一生を賭けてソラナさんを幸せにします。」
それから、チェントーレ在住でない4人は、自らの住む場所へと帰る事に。
ルシアは、言った。
「ソラナ、幸せになんなよ。」
「うん!ルシア、ありがとう!!」
フェリクスが言った。
「ソラナ、エルネストとの事業が世の為になるよう、遠くの地から祈ります。」
「フェリクスも、修行頑張ってね!」
テオが言った。
「ソラナの立派な事業、期待してるで?有名になったら自慢させてくれや?」
「頑張るね?テオ。」
ラモンが言った。
「俺に、何かできっことあっだら、言ってくんちぇね?」
「その時は、また甘えちゃおうかな?ラモン。」
そんなやり取りをし、アニュラスデッキは「解散」した。
◆スペードとの墓参
アニュラスデッキが解散してすぐの事だった。ソラナは、ラウラに言った。
「今だったら、ルクセンティアに行けるかも。パパとママ、おじいちゃんとおばあちゃんのお墓に行けるかも。お母さん、一緒に行ってくれる?」
「いいわよ。」
「あ、あと、出来ればエルネストとも行きたい。3人で行っていい?」
「そう言うことなら、私は行かない。」
「えっ?」
「未来ある2人で行って来なさい。」
「うん。じゃあ、そうするね?」
そして、年末の12月31日。ソラナとエルネストは、ルクセンティアの地にいた。目の前には、6人分の墓。エルネストは呟くように言った。
「あなた方のおかげで、僕は、幸せを手にする事が出来ました。心から感謝します。」
そして、半合掌をする。そんなエルネストの傍らで、同じく半合掌をしながらソラナは涙を浮かべていた。
「やっと、やっとここに来れた。パパ、ママ、カルロスじぃ、ダニエルじぃ、マヌエラばぁ、グラシアばぁ。」
エルネストは、優しく横からソラナを抱き寄せた。落ちるソラナの涙。ソラナは続けた。
「大変だったよ。でも、私、その分幸せになるから、エデンから見守ってね?」
ソラナの涙が止まった頃、エルネストは言った。
「もし、ソラナが嫌でなければ、ここを僕の本当の両親の墓ともしたい。実は、どこに葬られているのかわからないんだ。教えてくれなくてさ、『両親』が。亡骸はないけれどそうしたいって今思ったんだ。」
「エルネスト。うん、いいよ。これからいっぱいここに来よう?一緒にね?」
◆親子
E.E.240年のある日。「シルバリーヒルクラブ」に、ソラナとエルネストの姿があった。そこでは、乗馬会が開かれる。題して、「親子乗馬会」。ソラナは、参加者の前で挨拶した。
「みなさんこんにちは。『パレントレースリーベリ』の代表、ソラナ・アルシェです。今日は集まってくださってありがとうございます。」
30名ほどの参加者がいたが、6割を占める大人が拍手をした。それを受け、エルネストが続けて挨拶した。
「『パレントレースリーベリ』の後見人、エルネスト・イベールです。ここ半年で誕生した『親子』のみなさん、おめでとうございます。今日は、乗馬を楽しんでいってください。」
ソラナの「里親里子仲介事業」は、順調に「親子」を繋げていった。そんな中で誕生した「親子」の遊びとしてこの会は開かれた。「親」と「子」が一緒に馬に乗り、楽しんでいき、会は終始穏やかな雰囲気で幕を下ろした。10組の「親子」が楽しそうに帰宅するのを見届けた後、ソラナは言った。
「エルネスト、ありがとう。」
「こちらこそ、いい光景を見せてもらえたよ。」
エルネストは、この「パレントレースリーベリ」をE.E.236年に立ち上げた際、「貴族ではない事」を大々的に公表。エルネストは、貴族界からの追放を覚悟していた。しかし、この「里親里子仲介事業」の後見人を務める事を人々が知ると、上級貴族を中心に「素晴らしい試み」と評され、理解者が付き、歓迎された。そのため、エルネストは、引き続き「貴族」を名乗り堂々と生きられるようになっていたのだった。
そんなある日の事だった。「パレントレースリーベリ」の事務所に、6歳の男児が駆け込んできた。ソラナは言った。
「どうしたの?」
事務所に時々顔を出すエルネストもその日はそこにいて、こう言った。
「ひどい傷だね?誰にやられたんだい?もし、よければ教えてくれないかい?」
「と、父さん。」
ソラナはかなしげな目をしてこう返した。
「パパ?ママは?」
「出ていった。助けて。」
エルネストは尋ねた。
「君は?君の名は?」
「クルス。クルス・オリエ。」
クルスは、被虐待児だった。それを認めると、ソラナは保護のための寮にクルスを送った。
それから数日後の夜の事だった。エルネストがこう言った。
「ソラナ、クルス・オリエくんの事だけれど、いいかい?」
「何?」
「僕らで引き取って育ててみないかい?」
ソラナはそれを受け、こう返した。
「うん!そうしよう!!」